CHAPTER15『布袋の変』
俺たちは、たらふく食った露店を後にし、まだ賑わいの残る大通りを歩き出した。
夕陽が傾き、通りの石畳を橙色に染めている。
その中で、ドロガンは魚臭い布袋を手に取り、自分の牙でガリッと二箇所穴を開けると、そこに顔を突っ込んだ。
「……これで完璧だ」
ミロが慌てて穴のほつれを縫い合わせて形を整える。
だが――完成したのは、どう見ても怪しすぎる覆面姿。
通行人が次々と道を開け、子どもは泣き、露店の店主まで身を引いた。
……いや、さらに余計に目立ってるっすよドロガンさん!?
そんな喧騒の中、俺たちは夕陽を背にギルドへの帰路を急いだ。
メイベルは早足で歩きながら、隣を歩くドロガンをチラリと見て言った。
「……おまえ、完全に金庫破りだぞ……」
「お前がこれを被っとけっつったんだろうが!」
ドロガンが怒気まじりに返すが、その声が余計に周囲の視線を集めてしまう。
――うわ〜、みんな異常者を見る目で見てきてるよ……!
その時――
「おい! そこのお前! 止まれ!」
大通りに響く怒号。三人の治安警備隊が槍を構え、こちらに駆け寄ってくる。
メイベルが舌打ちしながら低く呟いた。
「……チッ、まずいぞ。治安警備隊に目ぇつけられた!」
ドロガンは慌てて両手を上げる。
「い、いや、俺ァ、違うんだ……!」
まだ何も聞かれていないのに“違う”などと言い出したせいで、余計に怪しさを増していた。
「怪しいぞ!」
一人の警備隊員が槍先を向けたその時、もう一人が鋭く叫んだ。
「貴様! 動くな! 我々からは逃げられんぞ!」
「ま、待ってくれ! 俺は違う! ただの通りすがりの者で――」
ドロガンの言葉を遮るように、ミロがすっと前に出た。
「すみません、疑われるような格好をして。実は我々――ギルド・リトルリバーの者なんです」
「……ギルド? リトルリバー……聞いたことがあるような……?」
「ならば何故その者は、顔を隠して強盗のようないでたちをしているのだ?」
ミロは一瞬だけ間を置き、真顔で答えた。
「……実は、彼――ものすごく口が臭いんです。周囲の方々にご迷惑をおかけしないよう、あのマスクを……」
「口が……臭い?」
訝しげに首をかしげる警備隊員。
「では念のため……一度だけ顔を確認させてもらえますかな?」
ミロが「はい」とうなずき、ドロガンのマントの裾をそっと引っ張る。
観念したようにドロガンが布袋を外した。
――その瞬間
「……うわっ! めちゃくちゃ魚臭えっ!!」
三人の警備隊員が、同時に一歩後ずさった。
治安警備隊員の一人が、鼻を押さえながら呻く。
「……うっ、こ、これは……生魚の腐った内臓の臭いだ……!」
その目尻から、自然と涙がこぼれ落ちた。
「……そ、そういう事情ならば、承知しました。では……お大事に」
絞り出すような声を残し、三人の警備隊員はそそくさと槍を下げ、風のようにその場を離れていった。
――ドロガンさん、そんな臭い布袋を被って……よく呼吸できてますね……。
心の中でそう呟いた俺は、思わず一歩、距離を取った。
ドロガンが眉を吊り上げて怒鳴った。
「おい、ミロ! 口が臭えはねえだろ!」
ミロは両手を合わせ、頭を下げる。
「ドロガンさん、本当に申し訳ないです。なんとか誤魔化そうとしたら、咄嗟に口をついて出てしまって……」
メイベルは腹を抱えて笑いながら言った。
「ギャハハハ! いいじゃねえか、結果オーライだろ! 治安警備隊も勝手に退散したんだ、上出来だぜ!」
「チッ、まぁいいがよ!」
ドロガンは渋い顔で布袋をかぶり直し、再び魚臭い空気を撒き散らした。
そんな中、メイベルはふと空を見上げて呟く。
「……それにしても、ずいぶんと日が暮れちまったな」
「そうですね、予定よりも遅くなってしまいましたね」
ミロが腰ベルトに巻いた小型砂時計を覗き込む。
俺は肩をすくめながら言った。
「この分じゃあ、行きに通った山賊が出た橋に着く頃には、真っ暗になっちゃいますよ〜」
メイベルは短く鼻を鳴らした。
「山賊なんざ怖くはねえが……暗闇じゃ余計な被害が出るかもしれねえな……」
ミロが小さく頷く。
「……では、今夜は町はずれの安宿にでも泊まりましょう。明日の朝一番でギルドに帰るということで」
「そうだな、それがいいかもな」
ミロの言葉に全員が同意し、俺たちは灯りの点る路地を抜けて、宿を探しに歩き出した。
そして、灯りのまばらな小路を抜けた先――
町のざわめきがゆるやかに遠のいていき、代わりに、異国の風にでも吹かれているかのような、どこかよそよそしい、けれど懐かしさを含んだ空気が流れ込んできた。
「……こんなとこ、初めて通るな」
メイベルが歩みを緩めて呟く。彼女の猫耳がぴくりと動き、鼻先がわずかに風を嗅いだ。
「そうですね。カイラムにこんな雰囲気の街並みがあったんですね」
ミロも目を丸くして辺りを見渡す。
石畳の道沿いに、低くて横に長い建物が並んでいる。どれもこれも、俺たちの町じゃあ普段お目にかかれない珍しい形をしていた。
その時、目にとまった一軒の建物の前で、俺たちは立ち止まる。
ひときわ大きな木製の看板には、異国文字の流れるような書体で『お宿 赤猫亭』の文字。
頭上には大きな丸提灯が三つ並び、右からそれぞれに『赤』『猫』『亭』と描かれていた。
建物の格子窓からは、柔らかな明かりと共に、湯気混じりの香ばしい香りが漏れていた。何か焼いているような、炊いているような、そんな匂い。
「……何か懐かしいような雰囲気だな」
メイベルが目を細める。その声には、警戒がほどけたような響きが混じっていた。
「そうなんすか? 俺、こういうの初めて見るっす。なんか……わくわくしてきますね!」
俺は思わず鼻をひくつかせてしまう。ほんのり甘い木の香りと、どこか安心させてくれる湯気の匂い。扉の奥に、温かいごはんと、ふかふかの布団が待っているはず!
「よし、ではここにしましょうか。料金次第ですが……」
ミロが軽く咳払いしながら、腰の小袋に手を当てる。
「じゃあ、俺が聞いてきます!」
俺が勢いよく扉を引くと、カランカランカラン、と澄んだ音が鳴った。
――静かな、けれどどこか温かな空気が、俺たちを迎え入れた。
そして扉をくぐって土間に入ると、カウンターの奥から、女将らしきふくよかなナマズ魚人が出迎える。
「いらっしゃい。おやまぁ、珍しい顔ぶれだねぇ……獣人さんに魚人さん、それに……」
ドロガンの姿を見て、ほんの一瞬だけ顔が引きつり言葉が止まる。
だが、すぐに作り笑いに切り替わった。見事な職人技だ。
「……旅の方かい? 今夜は部屋にまだ空きがあるよ」
俺は、一歩前に出て、にこりと笑ってから言葉を継いだ。
「はい! 四人なんですが、料金はおいくらですか?」
女将はぽってりした手で指を折りながら、にこやかに言った。
「一人五千ゼリオンだね。四人で二万だよ……夕食付きにするなら、一人千ゼリオン追加だけど、どうするかい?」
「では、夕食付きでお願いします」
後ろからミロがそっと答え、女将にお札を手渡した。
「まいどあり。二階の一番奥の部屋を用意しているよ」
女将は立ち上がり、「では、こちらへどうぞ」と部屋まで案内してくれる。
メイベルが欠伸をしながらぼやく。
「ふぁ〜……しかし歩き疲れたなー」
「全くだ。さっさと風呂にでも入って、疲れを落としてぇぜ」
ドロガンもあくび混じりに言う。
――疲れの前に、まずその臭いを落としてくれ!
俺は心の中で突っ込みを入れる。
木造の階段を上がる途中、女将がミロに顔を寄せて、ひそひそと声を落とした。
「……あの布袋を被った方は……病気か何かかい? 感染症だったら、風呂に入られちゃ困るんだけどねえ……」
ミロは即座に笑って応じる。
「いえいえ、あの人はただの極度の恥ずかしがり屋なんです。昔からずっとあのスタイルでして」
「……あらそう。なら安心したよ」
女将はほっと胸を撫で下ろした。
やがて、廊下の突き当たりで女将が引き戸を開ける。
「梅の間だよ。ごゆっくりどうぞ。夕食はもう少しお待ちくださいな」
そう言い残し、女将は階段を下っていった。
ミロが障子を開け、外の景色に目を細める。
「うわぁ、二階からの景色もいいですねぇ……運河沿いの枝垂れ柳が、風にそよいで風情がありますねぇ」
「……だな」
メイベルが遠くを見つめながら小さく呟く。
その静けさを破るように、ドロガンが肩の力を抜き、
「ぷはぁ〜! やっとこれが外せるぜ!」
と叫びながら布袋を脱ぎ捨てた。
同時に、部屋中に魚の強烈な匂いがぶわっと広がる。
「おい! せっかくの景色が台無しだろうが!」
メイベルが眉をひそめて一歩引いた。
ドロガンは肩をすくめて反論する。
「仕方ねぇだろうが!臭すぎて気が狂いそうだったんだからよ……ったく、なら俺は先に風呂に行くぞ!」
そう言い放つと、再び布袋を被り直し、風呂を探してズカズカと階段を降りていった。
ミロが、心配そうな表情を浮かべる。
「……ドロガンさん、あの姿で一人でうろついてたら、またトラブルに巻き込まれそうですね」
そう言って、手ぬぐいを手に立ち上がる。
「僕も一緒にお風呂に行ってきます!」
そう言い残し、ミロもあとを追って部屋を出ていった。
――まさか、危険と隣り合わせの情報収集に来て、こんなにのんびりできるとは思ってなかった。
柳が風に揺れる運河沿いの景色。どこか穏やかで、平和で……俺たちは、ほんの一瞬、そんな時間に身を委ねていた。
だけど、嵐の前ってやつは、いつだって静かで、どこか、居心地が良すぎるくらいなんだよな。
……ドロガンさん、どうか風呂から厄介ごとだけは持ち帰りませんように。
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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