CHAPTER14『露店の煙と裏通りの影』
――チュービンのアジトでの作戦会議は、始まってからもう一時間は続いていた。
ランタンの明かりがゆらゆらと揺れ、壁に映る影がまるで自ら意志を持って動き出しそうに見える。
机の上には、地図や紙片、そして手書きメモが山のように積み上がり、まるで俺たちが“戦場”にでもいるかのような緊張感だった。
――裏町の抗争、陸軍の陰謀、商会の裏金……どこをどう動かしても、地雷だらけ。
正直、俺の頭はもうパンパンだ!
そして、チュービンの作戦会議は――いよいよ大詰めを迎えようとしていた。
チュービンはランタンの明かりを指先で撫でながら、にやりと笑った。
「……というのが、俺のリトルリバーを守る為の作戦さ。まぁ、実行するかどうかは、お前らのボス、グリムの判断に任せるがな」
メイベルは腕を組んで身を乗り出す。
「……なるほどな。そんで、トラガロとバルバスの奴らをぶつける策ってのは何なんだ?」
チュービンは地図に爪先を当て、低く語りかけた。
「……例の、氷詰めの何かをザルモンド商会が夜間に定期的に運んでるだろ? そこを襲撃させるんだ。バルバス解放戦線に嘘の情報を流してな。
で、襲撃犯がバルバスだとトラガロ側にも密告する」
メイベルは黙って俯き、短く「ほう」と返す。
チュービンは続ける。
「そうなればザルモンド商会は陸軍からの信用を一気に失う――必然的にこちらに寝返りやすくなる、一方でトラガロファミリーは逆上してバルバスを潰しにかかる──これが筋書きさ」
ドロガンは腕を組みながら、眉をひそめて言った。
「なるほどな……途中からちんぷんかんぷんだったが、とにかくトラガロとバルバスの奴らが戦争するんだな」
メイベルがすかさずツッコミを入れる。
「イボイノシシは黙っとけ!」
ドロガンの額に青筋が浮かんだ。
「なにっ! 俺はイノシシだ!イボは余計だぞ!」
「知るかっ!」とメイベルが吐き捨てるように言い放つと、アジトの中に乾いた笑いと怒鳴り声がこだました。
――ドロガンさんも俺と同レベル……バカは伝染るって本当かもしれねぇ。
メイベルは獣骨刀を肩に担ぎ直し、柄を指で弾きながら呟いた。
「そうなりゃ、トラガロファミリーは、俺たちリトルリバーなんかに構ってる暇はねえってわけか……でもコイツ(獣骨刀)はどうすっかなぁ? 武器屋のおっさんに、トラガロファミリーをぶっ潰すって約束しちまったしなあ」
チュービンは地図に片手を置き、薄く笑みを浮かべて応じる。
「ふむ、そうだな。奴らを完全に潰したいなら別の一手もある。だが――それはこの作戦がうまく行ってからだ。まずは段取り通りに動かせばいい」
メイベルは腕を組み、軽く顎を引いた。
「……まぁ、そうするか」
ミロが頷きながら、柔らかく微笑む。
「そうですね。では、その方向で進めさせていただきます。チュービンさん、ありがとうございました! 一度持ち帰って、作戦の決行が決まり次第、早馬を走らせます」
チュービンは満足げに鼻を鳴らした。
「ふむ……ああ、私も一度お前らのギルドまで行って、グリム殿と話をさせてもらおう……それまでは、トラガロファミリーやザルモンド商会の更なる情報を集めておこう」
ミロは深く一礼する。
「よろしくお願いいたします! では、我々はそろそろ……」
チュービンが少し目を細めた。
「すぐにギルドへ帰るのか?」
メイベルは伸びをしながら肩を回す。
「そうだなぁ、せっかく来たし、飯でも食ってから帰るか」
チュービンは苦笑し、指を立てて忠告する。
「……くれぐれもトラガロファミリーの連中に出くわさぬよう、目立つ行動は避けろよ!」
ミロが頷き、明るく言った。
「はい! それでは行きましょう!」
――そうして俺たちは、チュービンのアジトを後にした。
地上へ続くはしごを登る途中、俺の頭の中は“情報”“作戦”“抗争”でパンパンだ。
……うん、今日はもう難しい話はお腹いっぱいっす。
――チュービンのアジトを後にした俺たちは、地上へ出て裏路地を抜け、露店が立ち並ぶエリアへと向かった。
焼き串の香ばしい匂い、煮込み鍋の湯気、商人たちの威勢のいい声。
さっきまで“裏の戦略会議”だったのが嘘みたいだ。
……うん、こういう空気のほうが性に合ってるっす。
メイベルが鼻をひくつかせ、顔を上げた。
「おい! 焼き魚の美味そうな匂いがするぜ! 行こう!」
そう言うなり、彼女は迷いなく露店の並ぶ通りへ駆けだした。
「ちょ、待ってくださいよ、メイベルさん!」
俺とミロは慌ててその背中を追いかけ、焼き魚を売る屋台のほうへ向かう。
通りは香ばしい煙と喧騒に包まれていた。
炭火の上で焼かれる魚の脂が弾け、煙が風に乗って鼻をくすぐる。
「……ったく、食い意地の張った女だぜ!」
後ろでドロガンが肩をすくめる。
「……さて、俺も美味そうな串物でも頂こうか――いや、金はミロの野郎が持ってやがんだな。仕方ねぇ、奴らについて――」
その時、背後から声が飛んだ。
「よう! ドロガン! 久しぶりだな!」
「!?」
ドロガンがそっと振り返る。
そこには、薄汚れたコートを羽織った男が二人――
どちらも、ただ者ではない目をしていた。
「お、おう、なんだ、アンタらか」
ドロガンは肩をすくめた。背中には冷や汗が伝う。
(……クッ、よりにもよってサブリーナの部隊の兵隊じゃねえか!?)
兵隊の一人がニヤリと笑う。
「そんなマント被ってっからわからなかったぜ……鼻が見えなかったらな!」
(……鼻だと!?変装の意味がねえ!?)
ドロガンは苦笑いを浮かべ、一歩後ずさる。
「山から降りてきたのか?」
もう一人の兵が顎をしゃくる。
「……ああ、ちょっと野暮用でな」
(……やばいぞ、早くどっか行け!)
「……まさか、ドラヴォスの奴に尻尾振ってるわけじゃねえだろうな?」
兵の片方が、探るような目でドロガンを見た。
「バカ言え、俺があんな連中とつるむかよ」
ドロガンは笑いながら言い返す。
「ふーん、そうか。まぁ最近は街の空気もきな臭えからな。バルバスの奴らも妙な動きしてやがるんだ」
「……へぇ、そうなんかよ」
(いちいち気になる話題出すんじゃねぇ……!早くどっか行け!)
「まぁ、テメェらも気をつけろよ……近いうちにまた招集があるかもしれねえ……またそん時な!」
「お、おう!」
(……あぶねーっ! あいつら、俺ら(バースト団)が潰された事を知らなくて助かったぜ……!)
兵隊の二人が去っていくと、ドロガンはその場で大きく息を吐いた。
「……寿命が三年は縮んだ気がするぜ……鼻を覆うマスクか何かいるな……」
メイベルが豪快に串をかじり、口いっぱいに笑みを広げた。
「うめぇ、なんだこの魚は! 親父、もう一本!」
露店の親父が手際よく魚をひっくり返しながら、
「へいよっ!」と威勢のいい声を返す。
俺は熱々の串を頬張りながら感嘆の声を漏らした。
「確かに美味いっすねー! 皮がパリパリで、脂が甘い!」
ミロも上品に一口食べて、微笑んだ。
「ほんとですね!海沿いの街ならではの味ですね……あれ、ドロガンさんは?」
ちょうどその時、通りの向こうからドロガンが息を整えながら歩いてきた。
「……はぁ、はぁ……」
メイベルが焼き魚の串を一本差し出す。
「おう! イボイノシシ! てめぇも食え!」
「お、おう……」
ドロガンは受け取りながら、どこか顔色が悪い。
「どうした? 腹でもやったか?」とメイベルが眉をひそめる。
「……もうちっとでヤバかったんだ」
ドロガンは手で額の汗を拭う。
メイベルが魚の骨をしゃぶりながら、ふとドロガンの険しい表情に気づく。
「まさか……漏らしたのか?」
――ドロガンさん、マントよりオムツ装備した方が安全かもしれません。
ドロガンの目がギラリと光った。
「違ぇよ!……サブリーナの奴の部下に遭遇しちまってな……」
「なにっ!?」
メイベルが串を握りしめたまま立ち上がる。
「……ああ、だが大丈夫だ。奴らはバースト団が潰れたことを知らなかったみてぇだ。世間話して終わっただけだよ」
メイベルが呆れたように腕を組み、ドロガンを睨みつける。
「何で変装してんのにバレてんだよ!」
ドロガンはどこか気まずそうに鼻をこすりながら答えた。
「……どうやら、鼻が目立つらしい」
メイベルは一瞬黙り込み――そして、盛大に噴き出した。
「ブフォッ!……なんだそりゃ!? 変装の意味ねぇじゃねぇか!」
笑いながら露店の布袋をひっつかみ、ドロガンの頭にドンと被せる。
「てめぇはこれでも被ってやがれ!」
ドロガンは、むぐっ!と情けない声を上げながら布袋を引き剥がす。
「おい! これ魚くせぇぞ!」
メイベルは思い切りテーブルを叩き、怒鳴り声を上げた。
「奴らに捕まるよりゃマシだろうが!」
――とりあえず腹は満たせた。
けど……このあと本当に無事に帰れるんすかね?
なんか、魚よりも“波乱の匂い”がしてきた気がするっす。
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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