CHAPTER12『情報屋と闇の商会』
武器屋を後にした俺たちは、大通りの喧騒を背に、細い裏路地を縫うように歩いた。
壁には古びた看板、足元は濡れた石畳。湿った風がどこからか吹き抜けてくる。
そんな薄暗い路地を抜けた先に――ひときわ古めかしい倉庫がぽつんと建っていた。
表向きはただの古びた倉庫――だが、ミロの話では“カイラムで最も耳の早い男”が、そこに潜んでいるらしい。
街のざわめきが遠ざかるにつれ、風が冷たくなっていった。
メイベルが眉をひそめ、周囲を見渡す。
「こんな所に凄腕の情報屋がいんのか?」
ミロは落ち着いた調子で答える。
「はい。私は以前、何度かお世話になっていまして。彼は情報量も精度も凄いんですよ」
ドロガンは鼻を鳴らし、肩をいからせながら周囲を警戒した。
「……リュサンドロの野郎の手下につけられてねえだろうな?」
背後から、不意に男の声が響いた。
「大丈夫だ!」
その瞬間、メイベルは反射的に腰の剣に手をかけ、ドロガンも大棍棒を引き抜く。
ふたりの殺気が走った瞬間、暗がりの奥から、ひょろりとした影が現れた。
ネズミのように痩せこけた顔に、油で撫でつけた髪。
口の端を上げながら、男はにやりと笑った。
「……久しぶりだな、ミロ」
ミロが目を輝かせて声を上げる。
「チュービンさん!お久しぶりです!」
チュービンは手を広げて軽く肩をすくめる。
「おお、元気そうだな!」
メイベルが腕を組み、訝しげに眉をひそめた。
「チュービン……?変な名前だな」
――ちょっと!メイベルさん、めちゃくちゃはっきり言う!!
チュービンは片目を細めてメイベルを見やり、鼻で笑う。
「……あんたらは?」
ミロは慌てて紹介した。
「ギルド・リトルリバーの仲間なんです。こちらから――メイベルさん、チャロ君、ドロガンさんです」
チュービンは頷きながら周囲を見回す。
「なるほどな……まぁ、こんなとこで立ち話もなんだ、俺のアジトにでも行くか」
ミロがうなずき、振り返って声をかけた。
「はい、みなさん、チュービンさんに着いて行きましょう!」
チュービンは歩き出しながら、ちらりとドロガンを見た。
「……ちなみに、さっきアンタが懸念していたリュサンドロの部下はここにはいねぇよ。奴らも、俺の縄張りには滅多に入ってこねぇんだ」
チュービンは鼻を鳴らし、肩をすくめた。
「……入った瞬間――その野郎は“政府の犬”だって噂が回る。それだけで、そいつは勝手に消える」
ドロガンは一瞬だけ言葉に詰まり、鼻を鳴らした。
「お、おお……なら良かったよ」
――このチュービンって男、なんか信用していいのか悪いのか……常に鼻がピクピクしてる時点で、もう怪しさ満点っす!?
そして俺たちはチュービンの後をついて、倉庫の裏手へと回り込んだ。
薄暗い壁際には、錆びた鉄扉と、苔むした床板。チュービンは周囲を警戒するように鼻をひくつかせると、無造作に床を蹴った。
ゴン、と鈍い音が響く。
「こっちだぜ」
彼が足元の鉄板を持ち上げると、下には黒い穴――古代の水路跡のような通路が口を開けていた。湿った空気がふわりと顔にかかる。
メイベルが眉をひそめる。
「……まさか、ここがアジトってわけじゃねぇだろうな」
チュービンはニヤリと笑い、鼻を鳴らした。
「そのまさかだ、ここは俺の“巣”だぜ。見た目は悪いが、外よりは安全だ」
そして、俺たちは順番に梯子を降りていく。
足元はぬかるみ、どこからか水音が絶えず響いていた。壁には苔がびっしりと生え、光苔がぼんやりと青く灯っている。
やがて通路の奥に、小さな鉄扉が現れた。
チュービンが鍵を差し込むと、ガチャリと音を立てて開く。
その中は――地図や書類の山、壁一面に走り書きの地図や札がびっしり貼られていて、ところどころに赤い印や数字が記されている。
古びた羊皮紙の上にも、墨のにじんだ線が幾重にも重なっているのが見えた。
まさに“情報の巣窟”だった。
チュービンは、鼻先をひくつかせながら小さく笑った。
「ようこそ、俺のアジトへ!……ミロの仲間だから特別に招待してやったぜ」
ミロがぱっと顔を明るくし、丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます! 私もここに入らせてもらうのは初めてなんです」
そう言って、隣の俺のほうを振り向いた。
俺はあたりを見回しながら、少し引きつった笑みを浮かべる。
「そ、そうなんすね……なんか、地下組織の秘密のアジトみたいっすね」
壁一面の地図と札、そしてぼんやり揺れるランタンの明かり。
……うん、どう見ても“合法”の香りはしてない
チュービンは椅子代わりの木箱を軽く叩きながら言った。
「まぁ、適当に座ってくれ」
メイベルは迷いもせず、そこにあった椅子へドカンと腰を下ろし、豪快に足を組む。
ドロガンは床に胡座をかいて背を預け、どこか警戒するようにチュービンを見上げた。
沈黙のあと、メイベルが顎を引いておもむろに口を開く。
「……あんた、情報屋なんだろ? なら、俺たちがどんな情報を欲してるのか、わかるか?」
ミロがハッとして眉をひそめた。
「メイベルさん、いきなりそんな……!」
チュービンは一瞬きょとんとしたが、すぐに鼻を鳴らして笑う。
「ハッハッハ、私はいきなり試されているようだな? ……よろしい、では言い当てようか。まぁ、だいたい察しはついているがな」
その目が、わずかに鋭く光を帯びる。
メイベルの眉間に深いシワが寄り、空気が少しだけ張りつめた。
チュービンが鼻先をピクリと動かし、妙に得意げな顔で言った。
「……お前らが欲してる情報は…………………………“カイラム周辺毒キノコ危険マップ”だな!」
「違げぇよ!」
メイベルが即座に怒鳴る。
――俺たちはピクニックに来たんじゃないんすから!!
チュービンは静かに笑い、ランタンの光がその瞳を一瞬照らした。
「ハハハ、冗談はそれくらいにしておこう」
メイベルが眉をひそめる。
「……冗談?」
チュービンは口の端をわずかに上げ、低い声で続けた。
「……“トラガロファミリー”の情報が欲しいんだろう?」
メイベルの目が見開かれる。
「!? なっ、何でわかった!?」
ミロはホッと胸を撫で下ろした。
ドロガンが腕を組んで言う。
「……そりゃあ、さっき俺が“リュサンドロ”のことを警戒してたからわかったんだろ?」
チュービンはその鼻先をひくつかせ、鋭く笑う。
「フッ、それもある……が、私はここ最近の“ザルモンド商会”の怪しい動きを監視していたのだよ」
チュービンはランタンの灯を少しだけ揺らし、その光が、彼の長い鼻先と細いひげをぼんやりと照らした。
わずかに耳をピクリと動かしながら、低い声で続ける。
「……どうも最近、連中が妙な動きをしててな。
陸軍の駐屯地から定期的に“氷詰めの何か”を夜な夜な運び出してやがるんだ。行き先は、トラガロファミリーのアジトだ」
メイベルは腕を組んで眉をひそめた。
「氷詰めの何か……?」
すると俺は、勢いよく手を上げた。
「はい!わかりました! それ魚ですよ。トラガロさんが、鮮魚を新鮮なまま召し上がりたいから氷詰めにして配送してもらってるんじゃないっすか?」
ドロガンが半目で俺を見た。
「何でトラガロが鮮魚を夜中に喰うんだよ?……しかも発送元は陸軍駐屯地だろ……確かに怪しいな」
メイベルは顎に手を当て、低く呟いた。
「……死体でも運んでんのか?」
その場の空気が一瞬、ひやりと冷えた。
チュービンは鼻先をひくつかせ、机の上に置いた地図の一点を指で叩いた。
「……そりゃあ中身まではわからねえがな……だが――トラガロがザルモンド商会を仲介して、陸軍と何か怪しい取引をしているのは間違いねえ」
ランタンの光が揺れ、チュービンの目が細く光る。
その声には、軽口では済まない重みがあった。
――グリムさんが言ってたっけ。
“トラガロって男は、闇と深く関わっている”って……まさか、このこと……!?
チュービンは机の上に散らばる書類を指で押さえ、低く続けた。
「……そして更に調べを入れていくうちに、ザルモンド商会が――お前ら“ギルド・リトルリバー”と接触していたことを掴んだ」
メイベルは眉をひそめ、椅子の背にもたれながら呟く。
「……なるほどな。その“接触”ってのが、こいつらパンケーキ団の殲滅依頼か……」
「バースト団だっつーの!!」
ドロガンが机をドンッと叩き、ツッコミを入れる。
チュービンは鼻をひくつかせながら、くくっと笑った。
「まぁ名前なんざどうでもいい。要は、その依頼自体が――仕組まれた罠だったってことだ」
ミロが顎に手を当て、静かに問いかけた。
「……なるほど、全体像が見えてきましたね。けれど、何でリトルリバーが狙われたんでしょうか?」
チュービンは椅子の背にもたれ、長い尻尾をゆっくりと揺らしながら答える。
「……そこまでは、はっきりわからねえ。だが――前身の“ブラッドリバー”時代の遺恨、その線が濃厚だと思うがな」
その声には、裏社会の長い因果を知る者のような重みがあった。
――そんな昔の恨みをまだ引きずってるんすか!?
トラガロって人、意外と根に持つタイプっすね……。
ドロガンさんの裏切りがバレたら……きっと丸焼きっすね!?
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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