CHAPTER10『雪解けに揺らぐ影』
――こうして、俺たちはカイラム中心街へ向けて歩き始めた。
吐く息が白く混じる冬の空気の中、石畳を踏む靴音だけがやけに響く。
道すがら、俺はボグが軍事都市ドラケンフォートに向かうことになった経緯を、ミロに話した。
ミロが目を丸くし、わずかに悔しそうに眉を下げる。
「……へぇ、あの羊皮紙にはそんな仕掛けがあったんですか。見破れなかったなあ!」
メイベルが肩をすくめながら前を歩く。
「あのカバ、ザルモンド商会の奴が来る一週間後までに、ちゃんと戻って来れるんだろうな」
ミロは小さく笑みを浮かべ、胸元で手帳を閉じた。
「ボグさんなら大丈夫でしょう」
――うん、たぶん。
……いや、もしかしたら――あの人、方向音痴っぽいから山岳地帯で遭難するかもしれないな……。
……頼むから、せめて“生還ルート”だけは見つけてくれよ、ボグさん。
ドロガンがふいに口を開く。
「……なあ、お前らは、いつからこのギルドで働いてんだ?」
ミロが少し考えてから答える。
「僕とメイベルさんは、だいたい二年くらいですね。チャロ君は……まだ三ヶ月ほどです」
「ふうん、そうか……」
ドロガンは鼻を鳴らし、縄の跡が残る腕を組んだ。
「俺はお前らのことはよく知らねえが、なかなか楽しそうな集まりだな」
ミロが微笑んでうなずく。
「そうですね。みんな優しいし、仕事のやりがいもありますね!」
ドロガンの眉がぴくりと動く。
「優しい……?」と小さくつぶやいて、横目でメイベルを見る。
メイベルがギロッと睨み返す。
「……何だこの野郎! 文句あんのか!?」
ボコッ!
「いってえッ! 何しやがんだ、てめぇ!」
ドロガンは後頭部を押さえ、情けなく抗議した。
メイベルはニヤリと口角を上げる。
「フン、いい目覚ましになったろ?」
――おいおいドロガンさん、今のチラ見はまずいっすよ!
メイベルさんの拳が殺気立ってます!
歩みを進める朝の街道には、溶け残った雪が陽に照らされ、白く光っていた。
石畳の隙間からは細い水流が流れ、チリチリと音を立てる。
屋根の上からは、つららが静かに雫を落としていた。
冷たい風の中に、本格的に冬の匂いが重く、静かに広がっていた。
メイベルがふとこちらを見て、白い息を吐きながらつぶやいた。
「……そういや、俺もチャロのことはよく知らねえな。お前、どこの出身なんだ?」
俺は少し驚いて、頭をかきながら答える。
「へ? 俺っすか? 俺は“ラドン峠”っていう山奥の峠にある村の出身なんです。カイラムからは結構離れてるんすけど……まあ、地図にも載ってないような田舎っすね」
メイベルが口の端を上げて、からかうように言った。
「ほぉ、山奥の出身にしては口がよく回るな」
俺は頭をかきながら笑う。
「喋ってないと、熊が出るんすよ!」
メイベルが「ハッ」と鼻で笑い、前を向く。
ミロは小さく笑って「なるほど、それは大変ですね」とうなずいた。
メイベルが歩きながらふと横目で俺を見た。
「そんで、家族はいんのか?」
俺は少しうつむいて首の後ろをかきながら答えた。
「いや〜、母ちゃんは数年前に亡くなりまして。父ちゃんも俺が赤ん坊の頃に死んだみたいっす。
年の離れた腹違いの兄ちゃんがいるみたいなんすけど……どこで何してるのか、さっぱりっすね」
ミロがしんみりした声で言う。
「……そうだったんですね」
メイベルが腕を組んで前を見ながらつぶやいた。
「兄貴か……そいつが生きてりゃそのうちどっかで会うかもな」
俺は少しだけ空を見上げ、肩をすくめながら苦笑した。
「そうですねぇ……ま、どこかで元気に生きててくれりゃそれでいいっす。借金とか押しつけられなきゃね」
そんな会話をしていると、だんだんと霧が濃くなりはじめる。
道の先が白くけぶり、見通しが悪くなっていく。
やがて俺たちは、崖にかかる長い石橋へとさしかかった。
霧の中に沈む橋の欄干は湿って黒く光り、遠く下からは、谷を流れる水の音がかすかに響いていた。
ミロが橋の欄干に目を向けながら言った。
「気をつけてください。霧で水面が見えないですが、けっこう高いですよ」
「ひ、ひぇ〜……メイベルさん、押さないでくださいよ!」
思わず身を引く俺に、メイベルが口の端を上げる。
「……そりゃあ、押してくれってことか?」
「ち、違いますってば〜!」
その時、カラスの鳴き声が霧の中にこだました。
ドロガンがピクリと鼻を動かし、鋭く言う。
「……おい! 何か来るぞ……橋の向こうからだ!」
「……ただの通行人? じゃないの?」
俺がそう言った瞬間、ドロガンの顔つきが変わった。
「いや、この獣臭……俺と同業者の匂いだ……!」
メイベルがニヤリと笑い、腰の双剣に手をかける。
「……つまり、盗賊ってわけか!」
「なら――こっちから襲ってやるぜ!」
その言葉を残し、彼女は霧の中へと一瞬で姿を消した。
「おい! 待て!危ないぞ!」
ドロガンが叫び、鼻を鳴らす。
「……チッ、仕方ねぇ、俺たちも行くぞ!」
「はいっ!」
ミロと俺は声をそろえ、ドロガンの背中を追って駆け出した。
その時だった。
霧の奥から――
「ぐわぁっ!!」「がはっ!!」「ドボォン!!」「バッシャーーン!!」
と、何かがまとめて水の底へ叩き落とされるような音が響きわたった。
――!? メイベルさん!?
だ、大丈夫すか……!?
俺たちは霧を駆け抜け、やがてメイベルの後ろ姿が見えてきた。
「チッ、逃げられた。二人はやったんだが、あと三人、一目散に逃げやがった……根性のねぇ盗賊共だ!」
メイベルが舌打ち混じりに言う。
「やっぱり盗賊だったんですか!?」
ミロが驚いた声を上げた。
「ああ、武器を構えていたから盗賊だろう……たぶんな」
――た、たぶんて!? 確認もせずにやっちまったんすか!?
……まあ、確認してたら、こっちの命が危なかったかもしれねぇけど。
その横でドロガンがゴクリと唾を呑み、顔をひきつらせ小声でつぶやいた。
「……この女、ぜってえ敵に回さねぇほうがいい……」
メイベルが川岸を見下ろして、舌打ちをした。
「クソッ! なんで川に落ちやがったんだ! 金品が奪えねぇだろうがよ!」
――あんたが落としたんでしょうがよ!!
……しかも言ってること、盗賊そのものっす……!
ドロガンは鼻をひくつかせ、低くつぶやいた。
「……もう近くにはいねえな。山の向こうまで逃げやがったようだ」
メイベルは舌打ちし、肩を鳴らす。
「フン、とんだ骨折り損だ!ウォーミングアップにもなりゃしねえ!」
ミロは小さくうなずき、顔を引き締めた。
「早いとこ霧の中を抜け出しましょう!」
俺たちは互いに頷き合い、周囲を警戒しながら早足で山道を進んだ。
ぬかるんだ地面が靴の裏にまとわりつき、湿った風が頬を刺す。
――そしてようやく、白い霧の帳を抜け出すことができた。
ドロガンは鼻を鳴らしながら、ほっと息をついた。
「ふぅ……ようやく霧が晴れてきたな」
ミロは前方を見やり、少し微笑む。
「ええ、ここまで来ればカイラム中心街まで、あと一息ですよ」
ドロガンは険しい表情のまま、低くつぶやいた。
「……ここからが本番だ。この辺まで来りゃ、どこで“トラガロファミリー”の人間が見てるかわかんねえ……」
メイベルが鼻で笑い、肩をいからせる。
「ハッ、堂々としてりゃ怖かねえだろ!」
ミロは少し考え込んだように首をかしげた。
「……でも、ドロガンさんは確か“顔が割れてる”んですよね?」
ドロガンは眉をひそめて答える。
「あ? ……ああ、何度かファミリーの本部に顔を出したことがあるからな」
ミロは頷き、鞄の中から一枚のマントを取り出す。
「では、ここからはこれを被ってください」
ドロガンは渋い顔でそのマントを受け取り、ぶっきらぼうに肩を通した。
ドロガンはマントの端をぎゅっと握り、かすかに顎をしゃくって言った。
「……なるほど、これで俺だとはバレねえようだな」
そう言うと、コソ泥のようにフードを被り直し、肩をすくめるようにして視界を狭めた。
メイベルが鼻で笑い、からかうように言った。
「フッ、杖でも持ったら魔法使いみてぇだな……炎の一発くらい飛ばせねぇのか?」
フードの奥でドロガンが顔をしかめる。
「飛ばせるかっ!」
――ドロガンさんが飛ばせるのは、“鼻息”だけです!
ここからは、一歩踏み出せば街の光の裏側に潜む“闇”の領域だ。
背中に感じる冷たい風が、これからの旅の危うさを告げているかのようだ。
――この時の俺たちは知らなかった……血で血を洗う苛烈な戦いが待ち受けていることを!
……なんて、絶対言わねぇっすよ!?
そんなこと言った瞬間、ほんとに起こりそうじゃないですか!
……ま、みんな無事にギルドに戻れますように。せめてピザでも頬張りながら帰れるくらいの金は残っててほしいっす。
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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