CHAPTER1『ギルド・リトルリバーの日常』
群青の海に横たわる大陸島――ドミニオン島。
この島を中心に、魚人と獣人が覇権を争う軍事国家がある。
名を、アクア・ドミナ連邦。
首都マリクシオンを中枢に、連邦は海と陸のあらゆる場所へ影響を伸ばしている。
その中でも、第二の都市“カイラム”は少し毛色が違う。
南方交易と諜報が絡み合い、昼と夜で顔が変わる街だ。
魚人が海を制し、獣人が陸を支配する。
人間は――まあ、ほとんど見かけない。
少なくとも、俺は一度も会ったことがない。
今日もどこかで、反政府組織の幹部が政府陸軍に捕まったらしい。
正義と正義がぶつかる光景。
この街じゃ、それも珍しくない日常の一部だ。
……そんな喧騒から、ほんの少しだけ外れた場所。
石段を下り、運河沿いの静けさに包まれた先。
境界の町の一角に、小さなギルドがひっそりと建っている。
ギルド・リトルリバー。
看板は地味で、建物も古い。
正直、通りすがりの人間なら見落とすだろう。
それでも――なぜか、落ち着く場所だ。
その、ちっぽけな集団の末席に。
今日も俺は、居場所をもらっている。
……というわけで。
「新人のチャロは、今日は午前中はバレンさんとこの水道管修理、午後からはホーミーさんとこの犬の散歩だ」
ギルドマスターの太い声が、俺の朝を告げた。
――さて
俺の名前はチャロ・アモンド。
ヤブイヌ獣人、そしてギルド・リトルリバーの末席メンバーだ。小柄で短足、でも足の速さだけはちょっと自慢できる。
まだギルドに入って三ヶ月ほどのヒヨッコだけど、まあ、元気だけは人並み以上だ。
武器はスコップだ。ただの道具に見えるだろ? でも俺にとっては大事な一本だ。
なぜこんな物を武器にしてるのかって? ……その理由は、また今度話そう。
何をやらせても危なっかしいって言われるけど、本人はいたって真面目にやってるつもりだ。
ただ、いまだに「掃除当番」とか「猫探し」とか、メインの仕事は街の便利屋みたいなもんで……。
まあ、賞金首を追いかけてる時間より、モップと仲良くしてる時間のほうが長い気がする。
けど、俺はこのギルドが――
この、街の片隅にある小さな集団が、ちょっとだけ誇らしいと思ってる。
いつかは、ここで何かでっかい仕事をやってのけたい。そんな気持ちだけは、ちょっと本気なんだ。
グリム・バロウズ。
ギルド・リトルリバーのマスターであり、アイリッシュウルフハウンドの獣人。
背中はデカいし、声もデカい。何より、言うことも雑だ。
だけど、不思議と誰も逆らわない。それはたぶん――計り知れないほどの修羅場をくぐり抜けてきた経験が、オーラとなって滲み出ているからだろう。
黙って立ってるだけでも周囲が空気を読むレベルだ。
目が鋭いくせに、時々こっちが予想もしてなかった優しさをくれるあたりが、ズルい。
俺がここに入ったのも、正直あの人の言葉に乗せられたからだ。
「おい、お前!面白いな!即戦力だ!今すぐうちに来い!」――って。
……そんな勢いで、俺はギルド《リトルリバー》の一員になった。
「おい新入り、朝の顔が眠たそうだな、水ぶっかけるぞ!」
最初に声をかけてきたのは、ボグ・ドンベル。
元アクア・ドミナ陸軍兵で、図体も声もでかいカバ獣人。
口は悪いが、面倒見はいい。あと、やたら水をかけたがる。
「おいチャロ、てめぇまた靴の左右逆じゃねぇだろうな?」
鋭い声で突っ込んできたのは、メイベル・クロウリー。
ヤマネコ獣人で、ギルドで唯一の女性メンバー。
口調も見た目も怖めだけど、戦闘での鋭さと速さは誰にも負けない。
俺がミスるとすぐ噛みついてくるけど、それも多分、優しさの裏返し……だと思いたい。
「おはようございます、チャロ君。今日も安全第一でいきましょう!」
最後に微笑んでくれたのは、ミロ・ルシオール。
アマダイ魚人で、温和で物腰がやわらかく、怒ってるところなんて見たことがない。
俺のことも「チャロ君」って呼んでくれる、
一緒にいると不思議と肩の力が抜ける存在だ。
――まあ、こんなメンツと一緒に、今日もギルドであたふた……いや、どちらかというとドタバタ?
まあ要するに、にぎやかにやってるわけだ。
ただ。
この“いつもの朝”が、そう長く続かないことを、このときの俺は、まだ知らなかった。
「おい、野郎ども!」
その低く太い声が、薄暗いギルドの空気を一変させる。
ギルド・リトルリバーのマスター、グリム・バロウズ。
普段は寡黙で落ち着いてるけど――本気を出したら軍の小隊くらいなら一人で潰せる力を持ってる、と噂される男だ。
「久しぶりに、デカい仕事が舞い込んだぞ!」
俺たち四人の視線が、一斉にグリムへと集まった。
それは掃除当番や犬の散歩とはわけが違う、“命がけ”の匂いを孕んだ言葉だった。
グリムが机の上に一枚の依頼書を置いた。
そこに記されていたのは――ゴロバ山を根城にしている盗賊団の討伐。
数こそ多くはないが、街道を荒らし、商人や旅人を散々苦しめてきた連中だ。
「見事討伐すれば、成功報酬は――なんと100万ゼリオンだ!」
「……な、なんですとーーっ!?」
俺は椅子から転げ落ちそうになりながら、慌ててグリムに食ってかかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!なんでこんなデカい依頼が、よりによってウチみたいな小ギルドに回ってくるんスか!?」
グリムは長い耳をピクリと動かし、低い声で答えた。
「……カイラム中心街の“ザルモンド商会”の連中に頼まれたんだ。輸送隊が盗賊に襲われて、手を焼いてるらしい」
「……うわぁ。そういうのって、大抵ろくなことにならないんだよなぁ……」
「チャロ!テメェ、ぐちぐちうるせえぞ!」
メイベル・クロウリーの鋭い声が、俺の背中を突き刺した。
爪を研ぐような音まで聞こえた気がして、慌てて口をつぐむ俺だった。
その時、隣からズシンと重たい声が響いた。
「フェッフェッフェ、まあまあ、メイベル。こいつはまだ入ったばっかなんだ。怖がるのも当然だろ」
カバ獣人のボグ・ドンベルは、分厚い腕を組みながら低く笑った。
……いや、フォローしてくれてるんだろうけど、その笑い方も結構怖いんだよな。
ミロ・ルシオールが、静かに手帳を取り出した。
普段は温和で頼りがいのある“聞き役”だけど――情報の話になると、まるで別人みたいに空気が変わるんだ。
「ゴロバ山を根城にしてるのは――“バースト団”。
リーダーはイノシシ獣人のドロガン。突進力は爆発さながらで、連中の襲撃はまさに一瞬で道を吹き飛ばすような勢いがあります」
「……構成員はざっと十五〜六人ほど。全員が獣人で、腕っぷし自慢の荒くれ者ばかりです。
普段は山に潜んでますが、辺りが暗くなると街道に下りて、商隊や旅人を襲うのが常套手段ですね。
しかも厄介なのが、連中の戦い方です。
正面から突っ込んでくるだけじゃなく、爆竹や火薬を鳴らして馬を驚かせたり、岩を転がして退路を断ったり……。
派手で乱暴だけど、意外と頭を使うんですよ」
ミロは真剣な表情で話しながら、俺たちの反応をうかがった。
そして最後に小さく付け加える。
「……油断は禁物です。ドロガンは猪突猛進ですが、仲間の統率力もある。数で押されれば、いくらみなさんが強くても、分が悪いかもしれません」
ミロの言葉に、ギルドの空気が一瞬だけ引き締まる。
その沈黙を破ったのは、ギルドマスター・グリムの豪快な笑い声だった。
「ハッハッハッ! だからこそやる価値があるんだろう!」
机を拳でドンと叩いたその瞬間、メイベルが鋭い目を細めて問いかけた。
「グリム、あんたも出るのかい?」
「もちろんだ!」
即答するその声には、一切の迷いもなかった。
「よっしゃあ!こりゃ燃えてきたぜ!」
カバ獣人のボグ・ドンベルが分厚い腕をぶんと振り回し、床が揺れるほどの大声で吠えた。
「ちょ、ちょっと待って!新人の俺も頭数に入ってるんですか!?まだギルドに入って三か月ですよ!?
盗賊団なんて凶悪そうな連中、怖いに決まってるじゃないですか!
俺が今まで戦ったのなんて……懸賞金2000ゼリオンのパンツ泥棒とか、せいぜい5000ゼリオンのスイカ泥棒くらいですよ!?」
俺の情けない叫びは、やっぱり誰からもまともに取り合ってもらえなかった。
ただ一人、ミロ・ルシオールを除いて。
彼はいつもの柔らかい笑みを浮かべ、ぽんと俺の肩を叩いた。
「スイカ泥棒を倒せたんなら……凶悪な盗賊だって倒せますよ、チャロ君」
……いや、励ましてくれてるんだろうけど、その理屈はちょっと雑じゃないですかね!?
グリムの咆哮が響き、ギルドの空気が一気に熱を帯びた。
ボグは笑い、メイベルは爪を鳴らし、ミロは静かに頷いている。
――こうして俺たちは、ゴロバ山の盗賊団討伐に向かうことになった。
報酬は100万ゼリオン。
正直に言えば、不安のほうがずっと大きい。
だけど、それでも。
俺の物語がここから始まる――そんな予感だけは、どうしようもなく胸を騒がせていた。
……ま、できれば“スイカ泥棒退治の延長線”くらいで済んでほしいけどね。
《リトルリバー》より感謝を込めて!
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