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凰翔院学園テディベア斬殺事件〜炎と水と中等部の泣き虫探偵〜

掲載日:2026/02/19

 


 2025年6月私立凰翔院(おうしょういん)学園──


 国内トップクラスの学力と財力を誇るこの学園には、日本有数の金持ちの頭脳明晰(ずのうめいせき)な子息・子女達が入学している。

 中等部と高等部に分かれている、その広大な敷地の中で 今 小さな事件が起こっていた────







 中等部2年の三沢優みさわゆうは、慣れない高等部の廊下を息を切らして走っていた。

 中等部で"ミステリー同好会"部長をしている彼には、ある特権が与えられている。


 走り続ける先に見えた 長い廊下の突き当たり────あの部屋だ!


 三沢は半泣きで その両開きの扉を勢いよく叩き、あとは返事も待たずにドアノブを回した。そして、ガチャという音とほぼ同時に部屋に駆け込んだ。


 中にいた6人の──高等部ミステリー同好会のメンバー達がこちらを見つめている。三沢は息を整えながら、なんとか言葉にした。


「…….事件です!!──テディベア2体が……何者かに斬り裂かれました!」








「テディベア連続殺人事件ってことか? いや、連続殺()事件?」


 片耳にピアスの光る高等部2年の桂木慎(かつらぎしん)は愉快そうに声をあげた。


「ええっと、でもこれって実際にはぬいぐるみのクマが斬られてるってだけなんですよね?被害者っていないんじゃ……」


 1年の神宮寺清雅(じんぐうじきよまさ)が言うと、奥にいたポニーテールの女子が反論した。


「テディベアの所有者が被害者でしょ。被害届を出して相手に故意の悪意があれば器物損壊罪(きぶつそんかいざい)よ」


浅倉(あさくら)の言う通りだ」


 黒縁メガネの2年生副部長──安西秀一(あんざいしゅういち)は座っていたソファから立ち上がって付け足した。


「"三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金もしくは科料(かりょう)に処する"」


 三沢は誰にともなく大きく(うなず)き、部屋中に響く声で助けを求めた。


「関係者はいつも通り()()に──中等部家庭科室に呼んであります! 先輩方のお力を貸して下さい!!」


 そうして彼は勢いよく頭を下げる。

 そこにはすぐさま、一年の椎名美鈴(しいなみすず)が歩み寄った。


「大丈夫ですよ、優くん。優くんは中等部ミステリー同好会の"たった1人の部員"ですからね。私達が力になります」


 顔を上げた三沢優は、瞳を潤ませて拝むように指を組み、ショートボブの椎名を見つめて言った。


「ありがとうございます、椎名先輩。中等部ミステリー同好会は、困っている人の役に立っているということで生徒会に存続が認められているので。──なんとか今回も先輩様方、一緒に解決をお願いします!」


 そうなのだ。中等部で唯1人でミステリー同好会を営む三沢には、特別に高等部ミステリー同好会との共同活動が認められているのだ────顧問や執行部の許可を得ずとも、である。


「いいわよ、中等部家庭科室ね。ちょっとだけ待って。…………断るから。約束あったけれど」


 壁に寄りかかっていた大道水樹(だいどうみずき)がそう言ってLINEを打ち出したので、三沢は慌てて口を開く。


「あ? え? いや、いいんですか!? 大道先輩はその……大切な約束だったんじゃ……」


 水樹はその美しい顔を上げると、冷たい微笑みを浮かべて言い切った。


「これっぽっちも大切じゃない。だからいいの」


 三沢は返答に戸惑ってオロオロした。部屋の中央にいた安西は、彼女をチラリとだけ見てすぐに視線を外した。

 浅倉とさっき呼ばれたポニーテールの女子が笑い出す。


「水樹はまた、わざわざ馬鹿な男を選んで引っかけているんだ?」


「引っかかる男が馬鹿でしょ?」


 腰までの長いストレートの髪の大道水樹は、まるでお伽話の人魚やお姫様のようだ。だが、浅倉奏衣(あさくらかなえ)にもハツラツとした美しさがある。彼女の明るさは人目を惹く。


「分からない。私の好みは"大道正火斗(だいどうまさひと)"だもの。馬鹿な男は願い下げ」


 親友の口からその名前が出て、水樹は少し微笑んだ。──今度は本当に。


「もう昔振られたじゃない、奏衣は。 ()()()に」


 浅倉の方の笑いが止まる。


「私はまだ好きだもの。諦める気もない。正火斗が学園にいるうちに、必ずもう一回告白する!!」


 水樹は首を振ってから、浅倉を指差して言った。


「兄さん、しつこい女子は嫌いだと思う」

「ウソ────────!!!!」


 部室の中にその絶叫は響いたが、水樹と浅倉以外の三沢を含むメンバーはもう部室を出ようと扉の方へ向かっていた。


「行くよ、中等部」


 副部長の声に 浅倉は振り向いて追いかけた。

 水樹は彼を見ることなく、ただゆっくりと歩き出した。








 凰翔院学園中等部の家庭科室は建物の3階にあった。隣りは調理室に続いていた。

 マネキンやミシンが部屋の奥の方にまとまって置かれている。ロッカーのような仕切りの棚には、布地やフェルト、糸類、()(ばさみ)等の様々な裁縫道具が種類ごとに入れられていた。

 4人ずつ座る長方形のテーブルの一つに、ミステリー同好会メンバー高等部の6人と三沢優、さらに中等部女子生徒3名と背の高い男子生徒1名の姿があった。


 そして────


 その全員が見つめるテーブル中央には、切り刻まれ 白い綿を出した2体のテディベアと、大きな裁ち鋏が置かれていた。


「凶器はこれってことね?」


 浅倉が裁ち鋏に触ろうとした。すると神宮寺が


「駄目じゃないですか? 先輩! そのハサミには犯人の指紋が……」


 と言ったが、


「大丈夫だろ。もう何百人もの指紋つきまくりで、逆に関係ない」


 と桂木に一蹴された。

 水樹は、ひと通り見るとスマートフォンを出して何かを打ち込んでいる。安西はそれに気づいていたが、無視して口を開いた。


「──で? この人達が関係者?」


 向かいにいる中等部の女子3人と背の高い男子を見て尋ねる。

 1人、三つ編みの女子が低く手を挙げて返事をした。


「はい。私が手芸部部員の3年の中里由利(なかざとゆり)です。1番始めに切られたのが、私の赤いチェックのテディベアです」


「いつ見つけたんですか?」


 椎名は、メモを取りながら中里に質問した。


「5日前です。途中まで作って、手芸部部員に割り当てられている棚に置いて帰りました。次の日、部活の時間に棚を見たらこの状態だったんです」


「さっき"私の"って言いましたよね?じゃあ、こっちの緑のテディベアは……」


 安西が緑や青いラインが入ったチェック柄のテディベアを指差すと、今度はセミロングの──背の低い女子生徒が手を挙げた。


「2年の元橋鞠子(もとはしまりこ)です。それは、私の作ったテディベアです。完成して、あとは下糸を抜いて形を整えるだけでした」


 よほど残念だったのか、元橋は涙目だ。


「私は、完成させるのが楽しみで今日の朝も顧問から鍵を借りて家庭科室に来ました。その時は大丈夫だったんです。だけど放課後になったら……こんなふうにボロボロにされてました。中里さんのテディベアの事件も知っていたからピンときたんです。犯人が……」


「犯人は、もう分かっているんですか!?」


 神宮寺は思わず大きな声をあげていた。他の高等部ミステリー同好会メンバーにとっても驚きだった。

 三沢は1人、一歩前に出て残っていた3人目の女子生徒に


東海林美加(しょうじみか)さん、あなたの口から言って下さい」


 と告げた。言われた生徒は(せき)を切ったように話し出した。


「私は何も知らない!! 由利も元橋も私に罪をなすりつけようとしてるのよ!! 私が部長だから、家庭科室の鍵を自由に持ち歩けるからって。しかも 私が()()()()()()()()


 最後の名前を言う時には、彼女は後ろに立つ背の高い男子を振り返って言った。


「え? え? 待って。──どういうこと?」


 浅倉が困惑して頭を振った。ポニーテールの髪が揺れる。


「僕……サッカー部と兼部で入ってる……藤澤亮司(ふじさわりょうじ)って言います。手芸部では幽霊部員でしたが、たまに顔を出してみんなと話してました。今3年で、手芸部も全員で一枚つくるパッチワークが終われば引退です。そしたらその……中里さんと元橋さんが……」


 藤澤は言葉を濁した。東海林はその言葉を続けた。


「2人は藤澤に(コク)ろうとしたわけ! 私と付き合ってるって言うのに!!」


「そこになんでテディベア?」


 桂木がもっともなことを尋ねる。

 これに答えたのは三沢だった。


「中等部手芸部には、伝統の伝説があるんだそうです。手芸部部室内でチェック柄のテディベアを作って告白すると叶った恋は永遠になる──って」

「馬鹿みたい」


 間髪置かずに大道水樹が言い放った。

 全員が、手芸部員用の棚の方にいた彼女を見る。静かになりかけた室内で、浅倉は作り笑いをしながら水樹に駆け寄った。


「あのぅ、大道財閥の水樹様? こういうのはおまじない的なもので、どこの学校でもあるのよ。永遠の愛のおまじない、昔からの恋の伝統みたいな…………ね?」


 水樹はキョトンとして言った。


「奏衣のやった、兄さんと別れないおまじないも 効いてないじゃない」


「うるさいわね!! でっかいお世話よ!!」


 浅倉の怒鳴り声に水樹はむしろおかしそうに笑った。それから、彼女は笑顔を消して藤澤亮司を(にら)むように見つめた。しかしそのまま出た言葉は、彼に向けたものではなかった。


「ねえ、中里さん元橋さん。あなた達どうして彼に告白しようとしたの? 彼の方から、何か期待を持たせるような言葉があったんじゃない?」


 水樹の言葉に藤澤は少し肩を揺らしたように見えた。

 その時──


「「私は……」」


 と、中里と元橋の2()()()同時に口を開いた。

 2人ともハッとして、顔を合わせる。

 まさかと言うように凝視しつつ、中里は言った。


「亮司は、"美加とはお互い好き合ってもないから上手くいってない"って。"好きだよ"……って、キスした」


 元橋も目を見開いて言った。


「私にもキスして……"君にはキスしたくなるけど、美加とはもうそうなれない"って。だから私、藤澤先輩を……」


「はぁ!?」


 最後の声は東海林美加だった。彼女はすぐ彼氏に(つか)みかかった。


「どういうことなのよ!?」


「どうって…………本当のことだろ? お前はオレのことなんか全日本ユースに選ばれた彼氏って自慢したいだけだろ? 他の男に色目使ってるのはお前もじゃないか!?」


 恋人いない歴17年──勉強ばかりしてきた安西秀一は、修羅場の状況に唖然(あぜん)とした。


(中学生でこれって……夫婦喧嘩とかになったらもうどうなるんだろう。調停も難しそうだ)


「私はキスはしてないわよ!」


 そうして、東海林は藤澤を()(ぱた)いた。


「いてぇ!! 暴力だぞ!!」


 叩かれた頬を抑えて文句を言ったが、水樹はさらに暴露した。


「今みたら手芸部員用ロッカーにはあと3つチェック柄のテディベアがあるわ。作っている女子が、一体誰に告白予定なのか 一度確かめてみたらいいんじゃないかしら?」


「ゔっ……」


 その(うめ)き声が答えになった。


「有罪確定だな、こりゃ」


 桂木が言った。安西も胸の内で


(調停どころじゃない)


 と考えを改めた。


 六股男子が3人の女子にボコボコにされるのを背景に、ミステリー同好会メンバーは集まった。


「罪人は判明したとして、犯人は誰でしょう?」と、椎名。


「怒ってはいるけれど、犯罪行為をしてまで告白を阻止したいほどには 彼氏を好きでもなかった感じじゃない、アレは?」浅倉は背後を指差して言った。


「でも家庭科室・調理室の鍵は電子カードキーなんです。部長以外は職員に断らないと持たせてもらえません」これは三沢。


「他に犯人って有り得るんでしょうか?」神宮寺だ。


 最後に安西が告げた。


「そうじゃない。もう────犯人は()()()()()()()()ってことだよ」










『犯人は手芸部顧問か────』


 スマートフォンの話し相手が早々と答えを当ててくれていたので、説明は必要最小限で済んだ。

 無人の白い廊下は、夕陽が差し込んで橙色に染まっている。


 テディベア連続斬殺事件の犯人は、手芸部顧問の20代女性教師だった。森あかね という先生だ。

 僕らは教頭と共に森先生のところに行き、尋ねると──彼女は疲れたかのようにすぐに白状した。


『動機は?』


 流石(さすが)の彼もそれは分からなかったんだなと思うと、つい笑いが込み上げた。なんとか(こら)えて、話を続ける。


「それが……早く帰りたかったんだってさ」


『え?』


 ──駄目だ。聞きかえしてくる声には、もう笑いを含んだ声で返すしかなかった。


「去年若手だからって部活の顧問にされて不満があったみたいなんだ。でも、今年もまた手芸部顧問にされた。

 部活の時間を早めに切り上げても、生徒達が自主的にテディベア作りで手芸部部室に残っていると、それを放って先に帰宅するなと校長に咎められたらしい。で、そんなものを作るために残っている生徒が憎らしくなった────と。だから、テディベアを切り裂いた」


 彼のため息が聞こえた。


『嘆かわしい。うちの顧問は桜田先生で良かったよ』


 大道正火斗の発言は部長らしいものだった。彼からは見えないだろうが、僕は笑いながらうなずいた。


「水樹に何をアドバイスしてた? 家庭科室で水樹はすぐにスマートフォンをかけていた。あれ、正火斗へなんだろう?」


 一つ年上の水樹の兄は、水樹と同様に幼馴染(おさななじ)みだ。みんなの前では部長呼びだが、彼らだけの時は昔のように名前呼びに戻る。


『まぁね。スピーカーにしてもらって、少し聞いていた。"藤澤亮司"が全日本ユース選手でスポーツ推薦入学なのには聞き覚えがあったんだ。だから水樹にメールはしたんだ。────"なんで彼は女子ばかりの手芸部に入ってるんだろう"って』


 そういうことには(うと)い僕には盲点だった。…………なるほど。水樹はむしろピンと来ただろう。普段から彼女は優柔不断な男は毛嫌いしているから。

 藤澤亮司は、元々女の子を(あさ)るために幽霊部員状態でも手芸部に 所属し続けたのだ。

 抜け目ない彼に一本取られたような気持ちになって、こちらも斬り込んだ。


「それにしても桜田先生の水流力学フォーラムに付き合うなんてどうして? 地学をとってるわけでもないのに」


 彼にしては、返事に少し間があった気がした。


『──手伝いたいと思ったんだ。桜田先生の兄を()()()()()のを』


「え?」


 あまりにも予想外の言葉に、今度はこちらが聞き返す番だった。

 正火斗は繰り返したりはしなかった。ただ とても待ち遠しそうな声がする。


『みんなにも手伝ってほしい。────行くぞ、秀一。伝説の黒竜池に』


「黒竜池…………?」




 僕は知らなかった。



 そして きっと 彼も。




 僕らの運命が、A県陽邪馬(ひやま)灰畑町(はいはた)の黒竜池で

 大きく……変わることを。







 2025年の……あの夏休みが 近づいていた────









この短編は『炎と水と〜黒竜池に眠る秘密〜僕達の推理道程 』という本格推理(大ドンデン返し有り)作品の前日譚になります。


読んで頂きまして誠にありがとうございました。


        2026年2月18日 シロクマシロウ子

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― 新着の感想 ―
 犯人も本当に本当に辛いかったかとは思うのですが、校長の言葉ももっともで、確かに針とかハサミとかミシンとか、家庭科室は危ないものがたくさんありますし、密室で男子部員と女子部員の間にトラブルが起こるのを…
早く帰りたい(ToT)先生も大変ですもんね…せめて遅くなるときは持ち帰って自宅で作成とかにしてくれたらまだよかったのにね〜。これも全部発端の藤澤くんがいけないんだ〜!女の子たちの心をもて遊ぶ…あ、これ…
タイトルからてっきり熊祭りの、登場人物全員熊のミステリーかと思ってました。 ( ・∇・)すいませんでしたー。 真面目な、お話でした。 いや、しかしテディベア……。 やはり、熊祭り?? ( ・∇・)はて…
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