銀仮面
男は、壁に掛けてある銀色の仮面を取ると、それを顔につけて、扉を出た。部屋を出て、外の通りに出ると、黒いステッキをついて、街を闊歩する。人通りは少ない。それだけに、たまに出くわす人がいると、皆が妙な顔で、彼を眺めて通り過ぎていった。途中で、突然に、彼の背後から、声がかかった。
「あのう、すみません。あなた、今、この財布を落とされましたよ」
男が振り向くと、若いサラリーマン風の男が、手に彼の革財布を持っていた。彼は、それを受け取ると、一言、低い声で、ありがとうと言って、その場を去った。
それから、彼の足は、街角の酒場へと向かっていた。
スナック「鷲の巣」は、客の数もまばらであった。男は、カウンター席に軽く腰かけて、洋酒のグラスを傾けていた。そこへ、退屈なのか、暇を持て余した美人のホステスが寄ってきて、彼の隣に座り、声をかけた。
「あら、新入りさんなの?変わった顔ね、それ、あなたの趣味かしら?」
男は、無言であった。女は、なおも食い下がった。
「ねえ、ねえ、教えてよ、もしかして、芸能界の方なの?ねえってば?」
しかし、男は、答えない。ついに、諦めたのか、女は、つまんないという顔つきで席を離れていった。
それから、男は、洋酒を二杯飲んだ。そして、しっかりとした足取りで立ち上がると、勘定を済ませて、店を出た。そして、帰路についた。
誰もいない部屋。窓ひとつなく、扉だけがあり、真っ白な部屋だ。そこで、男は、肘掛け椅子に身を沈めて、ステレオから流れてくるクラシック音楽に耳を傾けていた。静かな環境であった。雑音はない。銀の仮面は、外されて、また壁に掛けられていた。
クラシック音楽が流れる。そのメロディーに合わせて、彼の指先が、肘掛けをリズミカルに叩いていた.................。
翌日に、男は、また仮面をつけて外出した。気分転換だろう、彼は、海岸通りに向かった。彼は、黒いコートの裾をそよ風になびかせて、海を見つめていた。どれくらいの時が経ったであろうか、いつの間にか、あたりは夕暮れであった。その時に、そばにある雑木林の中から、女の声がした。男が、そちらを向くと、裸にされた若い女性が、腕っぷしの強そうな男に強姦されていた。女は、必死になって、彼に助けてくれと、叫び声を上げていた。腕ずくで、乳房を揉みしだかれている。
男は、何もなかったように、その場を離れた。彼には、何の関わりもない女なのだ。
帰路についている途中で、ひとりの年老いた酔っ払いが、住宅街の中で、彼に絡んできた。酔っ払いは、彼の仮面をしげしげと眺めて、
「おい、兄ちゃん、それ、何なんだよ!」
と、言いがかりをつけてきた。男は、振り払ったが、ひつこくつきまとい、ついに彼の仮面を奪ってしまった。
男の素顔が露わになった。彼は、乱暴に仮面を取り戻すと、ポケットから、小さな短剣を抜き出して、それで、酔っ払いの胸を刺し貫いた。酔っ払いは、死んだのか、地面に倒れて動かない。
それもそのはずである。男にとっては、外で、仮面を奪われるのは、あたかも、街中で丸裸にされたも同然なのである。これ以上の侮辱があるだろうか?
男は、手袋をした手で、短剣を捨ててしまうと、また、居心地のいい部屋で、心地よく音楽を聴くために、足取りを速めるのであった.....................。




