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8.犬猿の仲


あのやり取り後、アサカに稀に監視の目を向けられつつも、ユイカは顔に脂汗を流しながら教師の話を聴き、授業を乗り切っていた。

そして次の授業は武道。

ミヤトは更衣室でジャージに着替えると、中庭に向かう。


魔力を鍛えるためには基本的に睡眠、食事、運動、勉学、精神が関わっていると謂われている。

中でも武道の授業は魔物討伐の面でも大切だが、心臓からの魔力生出や肉体に魔力を流す肉体強化にも影響する。

どんなに魔力が強くても身体が追い付いていなければ、制御がかかり存分な魔力を発揮できないからだ。

なので体力の向上は魔法を扱う根幹になるため、週四回は組まれている。


授業が始まり、整列している生徒たちの前に、筋肉の張りが良い若い男性教師が向かい立つと口を開く。


「ここ数日、筋トレ、走り込みなどを徹底して行っていたが、今日は木剣を使用する。何故剣術かといえば、自分の使用する魔具以外の扱い方を識ることで、他人の魔具のフォローだったり、閃きが生まれることもあるからだ。だから、真面目に授業を受けるように」


教師はあらかじめ釘を刺す。

自分の魔具以外の武器を使用する意味について問われることがあるのだろう。

それから木箱に集まったミヤトたちは木剣を選び手にとった。

木剣を片手で掲げて全体を眺めていれば、ユイカを引き連れたアサカがミヤトに声を掛ける。


「ミヤトくんは刀を使っているから剣術は得意そうね」


関連付ければそうなるのかとミヤトは頭を掻いた。

アサカの隣にいるユイカからも視線が注がれている。


「いや~。俺が習ってたのは剣道だから。それも数年だけでさ。……だから、もしかするとアサカの方が上手いかも?」


冗談のつもりで言ったミヤトだったが、アサカの隣にいたユイカが反応する。

ユイカは身を乗り出し、瞳を輝かせながらミヤトに熱弁する。


「そうなの! アサカちゃん凄く強いんだよ! 中学では、選ばれた生徒の中で一番だったんだよ!」


ユイカの言葉にミヤトは興味が湧いた。

アサカは魔物を一瞬で倒せる実力を持っているというのも加味させ、純粋な言葉が滑り出る。


「へー! それは楽しみだ」


ミヤトの期待に満ちた笑顔を見てアサカは困った表情で謙遜する。


「ユイカが言うような大層なものじゃないのよ。中学の選択の授業で齧っただけだから、言うほど上手くないわ」

「それでも魔物を倒せるくらいの実力なんだから、誇ってもいいんじゃないか? って言っても、アサカの魔具は大鎌だから畑違いはあるかもしれないけどさ」


ミヤトは明るく冗談めいた口ぶりで言ったが、アサカは困った表情を崩さない。

過大評価されていると思っているのだろう。


それから私語は終わり、授業へと戻る。

持ち方、構え方、素振りなど基本的な動作を指導される。

残り時間は軽い打ち込みをするため二人組み作るようにと男性教師が指示する。

ミヤトは誰と組もうか周りを見回すと、アサカに金髪の青年ヴィンセントが近づいているのが目についた。

彼は入学式以来ミヤト達に関わってはいなかったが、ついに動いたかとミヤトは目を光らせる。


「アサカ、僕と組まないか?」

「私と?」


ヴィンセントの誘いに、アサカは不意を突かれた表情をした。

彼と接触するのは入学式以来で声をかけられるとは思っていなかったのだろう。

ヴィンセントは肩を竦ませるとふっと笑い、誘い文句を口にする。


「ユイカが言っている君の実力が気になってな。男女別々とは言われていないし、そもそも魔族と戦うことになれば性別の垣根は関係ないだろう?」


最もな意見にアサカは少考した後、頷いた。


「うん。そうね。いいわよ」


その返事にヴィンセントの唇が弧を描き吊り上がる。

そんな二人のやり取りをミヤトは聞き逃さなかった。

ヴィンセントの薄ら笑いから恥をかかせようという魂胆があることをミヤトは察し、二人の間に割って入る。


「アサカより俺と組まないかヴィンセント。ちょうど男同士剣を交えて語り合いたいと思ってたところなんだ」


突然のミヤトの乱入に、アサカがきょとんとする。

ヴィンセントはミヤトの思惑に気付いたのか鼻で笑う。


「……騎士気取りのつもりか? 恥をかきたくなければやめておいた方がいいぞ」

「へぇ。その恥を誰にかかせるつもりだったんだ?」


ミヤトとヴィンセントの視線が交差しバチバチと火花を散らす。

ミヤトの言葉にアサカは合点がいったのか「ああ」と納得したように手のひらを拳でポンと叩いた。


「なんだ。ヴィンセントくん、私に恥をかかせたかったの? それならそうとちゃんと言ってくれれば良かったのに」

「……それを言ってたとして貴様はどうするつもりだったんだ?」


アサカの間の抜けた言葉にヴィンセントは苦虫を噛みつぶしたような表情を向ける。

ヴィンセントはアサカの様子に妙な胸騒ぎを感じていた。

暗雲が漂い、再び彼女のペースになるのではないかと懸念する。


「ねぇねぇ、アサカちゃん。三人でなにやってるの?」


いつの間にか三人の和に侵入していたユイカが興味津々でアサカに問いかける。

アサカは迷いなくさらりと答える。


「ヴィンセントくんが剣の指導をしてくれるって言うから、ミヤトくんと取り合ってるのよ」

「え!? いいないいな! 私も教えてもらいたい!」

「「は?」」


ミヤトとヴィンセントは同時に素っ頓狂な声をあげ、アサカに顔を向けた。

今の状況とまったく異なる説明をしたからだ。

しかし、鵜呑みにしたユイカすっかりその気になり、片手をあげて挙手し、その場でぴょんぴょん跳ね始め、存在を必死にアピールしている。


中学で剣の授業はあったものの、選択制でありユイカはアサカに剣を習うことを止められていた。

――ということもあって、今回の授業は何もかも初めてのことなので、教えてくれるという人がいるのならユイカは積極的にお願いしたかった。

アサカが苦笑する。


「それじゃあ、じゃんけんで決めましょう。勝った人がヴィンセントくんと一緒に組むってことで」


アサカの提案に、顔に思い切り不満と書かれているヴィンセントがすかさず語気を強め異議を唱える。


「はあ!? 勝手に決めるな! そもそも僕が最初に約束したのはアサカ――」

「はーい。じゃんけーん……」


ヴィンセントの抗議も虚しく、アサカは手を振りかざす。

ユイカも嬉々として拳を振り上げる。

ミヤトも戸惑いながらも条件反射で拳を振り出す。


「ぽん」


二人がパー、一人はチョキを出し勝敗が決まった。

勝者はユイカであった。

ユイカは手放しで喜び、結果を目にしたヴィンセントは口の端を引きつかせた。

余ったミヤトとアサカが一緒に組み、ヴィンセントは文句を言いつつも、成り行きで決まったユイカに付き合うことになった。

ミヤトとアサカから離れるとヴィンセントは悔しそうに吐き捨てる。


「クソッ! 折角機会を見計らったというのに……」

「ねぇねぇ、カッコいい剣の振り方教えてくれる? 私ね、万が一に備えて色んな決めポーズ考えてるから参考知識が欲しいの」


ユイカから内緒話のように聞かされたのは気の抜ける発言で、ヴィンセントは顔を片手で覆い呆れたように諭す。


「……初心者は基礎から学べ」


組むのは授業が終わる十数分の間だが、ヴィンセントは既に脱力した。


ミヤトはヴィンセントがユイカになにか意地悪をしないか気になりチラチラと様子を窺う。

呆れた顔つきではあるが、少々強い口調で指導しているヴィンセントの姿が視界に入る。

ユイカは元気よく返事をしながら剣を振るっている。

それを見たヴィンセントが苦い顔をしてユイカに近づくと腕を触り構え方を教えている。

二人の体が近いため、ミヤトはなんとなく不安を吐露する。


「ほ、本当に大丈夫なんだろうな」


剣を構えているが恰好だけで、集中力を欠いているミヤトに、アサカは構えていた剣を下ろす。


「……そうね。一言言っていたほうがいいかもしれないわね」


アサカはそう言い残すとヴィンセントのもとへとすたすた歩いていき、彼に何かを耳打ちする。

ヴィンセントが「はあ!?」という驚きの声とともに体がのけ反り顔が朱へと染まる。

アサカは踵を返すと飄々とミヤトのもとへと戻ってきた。

変なやり取りにミヤトは訊かずにはいられなかった。


「なにを言ったんだ?」

「ユイカの使ってるシャンプーの香りを教えただけよ」

「し、シャンプーの香り」


ミヤトはアサカの言葉を復唱する。


「(シャンプーの香り……シャンプーの香りというと髪の毛の匂い……ユイカの……シャンプー……は! となると……!)」


ミヤトは何かに気づいたようにバッとユイカ達の方を見る。

依然としてヴィンセントはユイカに剣の指導を行っている。

しかし、ミヤトは眉を顰めヴィンセントの顔に注目するとしげしげと観察し始める。

ヴィンセントの鼻の下に目線を移動させると指を差し、大声を上げた。


「あー! 鼻の下伸びてるー!」

「はあ!? 言いがかりをつけるな!」


ミヤトの指摘に間髪いれることなくヴィンセントは怒鳴りつけるが如く抗議する。

しかし、ミヤトの疑念の瞳は揺るぐことなく注がれる。


「いーや、なってる! だらしない顔しやがって! このムッツリめ!」

「誰がムッツリだ! 貴様の方こそシャンプーの香りだけで興奮してるじゃないか!」


互いを睨みつけながら自ずとミヤトとヴィンセントはズカズカと歩み寄り顔を突きつける。

一触即発の二人の間に、アサカが他人事のように苦笑しながら宥めに入る。


「まあまあ、二人とも落ち着いて」


その言葉を耳にしたヴィンセントの怒りの矛先がアサカへと向けられる。

首を回したヴィンセントがアサカに指を突きつけ、地を這うような低い声で責める。


「だいたい、もとを正せばアサカ! 貴様が突拍子もないことを言うのが原因じゃないか! なんなんだ! ふわりと香るフローラルって!」

「ふわりと香るフローラル……? ヴィンセントお前さては嗅いだな!?」

「貴様は黙ってろ!」


聞き耳を立てていたミヤトが、鋭くない推理を披露するがヴィンセントに一喝される。

三人の様子をぼーっと見つめていたユイカが、何かに気づき、さらに爆弾を投下する。


「私が使ってるシャンプー、アサカちゃんと一緒なんだよ!」

「な……」


ミヤトはユイカの言葉でアサカの黒髪に目を向ける。

二人は一緒にお風呂に入っているのならば同じものを使っているのは至極当然。

ミヤトの視線を感じたアサカはふっと笑い、片手でわざとらしく長い髪をなびかせる。

駄目だと分かっていてもミヤトは欲望を抑えきれず、鼻はその香りを嗅ごうと動いた。

それをヴィンセントは見逃さない。

意地の悪い笑みを浮かべ嬉々として指摘する。


「ミヤトぉ、貴様のほうがむっつりなんじゃないか? 鼻の穴が品なく開いてるぞ」

「んなっ! 開いてない! 普通だ普通! いつもどおり!」

「いーや! いつもより三センチほど開いている!」


顔を突き合わせ不毛なやり取りをし始めるミヤトとヴィンセント。

そんな二人を余所にアサカとユイカは互いの髪を触りあい、シャンプーの種類を変えるか談義している。

いがみ合っていたミヤトとヴィンセントの頭上に教師の拳骨が落ちる。

不意を突かれた二人は感じた鈍痛に堪らず頭を押さえてしゃがみ込む。


「授業中にふざけるな!」


奥歯を噛み締め、痛みを必死に逃がそうとしている二人を教師は仁王立ちして見下ろした。


「罰として二人は後片付けだ。もちろん手入れ込みで、だ」


教師の言葉を耳にしたヴィンセントはミヤトを睨みつけ「貴様のせいだぞ」と小声で非難をぶつける。

納得のいかないミヤトは「お前がそもそもの原因だろ」と負けじと言い返す。

しかし、バツ当番がそれで撤回されることはない。

因みにアサカとユイカはこれ見よがしに真面目に剣を振るっている。

なんなら振るった回数を声を出して数えている。


授業後、武具の倉庫内で二人は並んで椅子に腰を下ろし、乾いた布で木剣を黙々と拭き上げていた。

ヴィンセントが拭き上げた木剣を握り、隅々まで眺め見る。

その様子を横目で見たミヤトは手を止め、感心したように口を開いた。


「不満を言ってた割には真面目だな」


ヴィンセントがフンッと鼻を鳴らす。


「経緯は不服とはいえ、武器は丁寧に扱わねばな。手入れに一度でも手を抜くことを覚えれば、自ずと扱い方もおざなりになる。些細なことと侮れば、それは乱れとなり心身ともに影響を与える。貴様も肝に銘じとけ」


ヴィンセントは手にしていた木剣を箱へと片付け、次の木剣の拭き上げに取り掛かる。

心からの忠告に彼が武道に対して真摯に向き合っていることが窺えた。


「ヴィンセントは昔から武器の扱いを学んでいるのか?」

「僕だけじゃない。大抵の貴族は武道の心得がある。いざという時に女王陛下を守る、名誉ある役目があるからな。それも魔法が使えるとなれば尚更だ。……ミヤトは何かしていたのか?」

「小さい頃に剣道はやってたけど五年前に色々あって辞めたよ」

「……そうか。しかし、この学園に来たということは、それを学ぶためなのだろう?」


ヴィンセントが手を止めずに尋ねる。

この学園では稀に国から魔物討伐の依頼要請が来る。

そういう事情もあり武道の授業はこの学園では必須科目であった。

説明会でもそれは説明されているので知らずに入るのはあり得ない。

とはいえ、創立から五百年経つがその要請が来たのは数える程度にしかない。

ミヤトは木剣に目を落とし、柄を握る手に力を込める。


「ああ。いざという時に自分を、大切な人を守るため……魔物を倒せる力が欲しいんだ」


強い意志が込められている返答にヴィンセントはミヤトを一瞥し、再び木剣へと視線を戻した。

ヴィンセントは拭き上げ終えた木剣を片付けると口を開いた。


「大切な人、とやらはユイカのことか? それともアサカのことか?」

「は、はあ!? 突然何いってんだ!?」


不意を突かれたミヤトは動揺しながら顔を上げヴィンセントの方を向いた。

ヴィンセントは不敵に笑いながらミヤトに目を向けた。


「田舎臭いとはいえ、容姿だけ見れば二人とも整っているからな。単純そうな貴様が惹かれるのは無理もない。ただ見たところどちらも脈は無さそうだがな」


ヴィンセントは哀れみの表情で「可哀想に」と呟き、わざとらしく肩を竦める。

明らかに喧嘩を売っている態度にミヤトはムカッと怒りが沸いた。


「出会って数日で脈アリになるわけないだろーが! 恋愛舐めんな! 徐々に絆を深めていくんだよ! そう徐々に!」


熱く語るミヤト。

努力すればきっと振り向いてくれる、とミヤトは信じていた。

そんな彼を目にしたヴィンセントはしてやったりと、意地悪そうに口の端をつり上げた。


「ほほう。やはり下心があったのは貴様の方だったようだな。このムッツリスケベがっ!」

「んなっ! お前最初からそのつもりで……! 故意に誘導するなんて姑息な野郎だ! このムッツリ姑息!」

「ハンッ! 姑息の方がスケベより数倍マシだ。なにせ下ではなく上で考えているんだからなぁ!」


顔を突き合わせメンチを斬る。

暫く無言で睨み合ったあと互いにふんっと鼻を鳴らしてそっぽ向き、それぞれ残りの木剣の拭き上げに取り掛かった。





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