7.理解してる?
教室までの帰路で、ラースの家系は代々氷属性の魔力を所持していることだけではなく、家督を継ぐものは古の産物を継承しなければならないという重大そうな話まで打ち明けられ、ミヤトは目を白黒させる。
「どう考えても、ほぼ初対面の俺に話していい内容じゃないだろ」
咎めるような発言に、ラースは落ち着いた表情を崩すことなく言葉を返す。
「歴史的にも有名な話だ。問題ない。……そういう事情もあり継承までに、世間の所謂……青春を経験したいと思っている」
ラースは前を向いたまま、希望に満ちた瞳を廊下の先へと向ける。
そこを通りかかった女子二人がラースに気づき、小声でキャーと黄色い悲鳴を上げている。
ミヤトはそれをジト目でチラ見する。
「継承した後じゃ出来ないのか?」
「両親を見る限り出来ないだろうな」
なんともないようにさらりとラースは断言する。
古の産物がどのようなものなのかミヤトには想像がつかなかったが、由緒正しい家の生まれとなると色々な家庭事情があるのだろうと、月並みの感想だけは抱けた。
教室に戻るとユイカがミヤトたちに気づき笑顔で近づいてくる。
ミヤトは片手を上げて、へらりと表情を崩す。
先ほどの甘酸っぱいやりとりの続きをしたいがために、開口一番にその話が口から滑り出る。
「さっきの授業、俺に手を振ってくれたよな」
ユイカがミヤトの言葉にぱあっと表情を明るくする。
「あれはねぇ、ミヤトくんとラースくんに手を振ったんだよ」
自惚れていたかった。
聞かなければ幸せで居られたのにどうして訊いてしまったのだろう、とミヤトはうわべは笑顔を崩さず、心のなかでは男泣きした。
そんな彼を余所に、ユイカはラースに歩み寄る。
ラースはユイカの目線が自分に向けられていることに気付くと、腕組みしつつ、明後日の方向を見る。
「ラースくんも、さっきの授業でミヤトくんと同じタイミングでこっち見たもんね」
「ああ」
「だから思わず嬉しくなって手振っちゃった。ミヤトくんは振り返してくれたけど、ラース君はすぐに前向いちゃってたね」
「ああ」
「授業中に手振ったら本当は駄目だけど、また振ってもいいかな?」
「ああ」
「(こいつ『ああ』しか返事しねぇ……!)」
ミヤトは呆れたように心のなかでツッコむ。
しかもちゃっかりユイカと甘酸っぱい約束をしてしている。
しかし、呪いにかかったように『ああ』しか答えられないラースを少し不憫にも思う。
先ほどの相談から鑑みて、緊張してうまく言葉を返せないのだろう。
ミヤトもそっち側であるため気持ちは痛いほど分かる。
妬みはあるものの、不憫でもありミヤトの取り巻く感情は実に複雑であった。
やるせなさで頭を抱えているミヤトにユイカが体を向ける。
「ミヤトくんもまた手、振ってもいいかな?」
上目遣いでにこりと笑うユイカ。
その言葉だけでミヤトは天にも舞い上がれる。
高速で何度もこくこくと頷いて返事すればユイカは「やったー!」と両手を挙げて喜んだ。
「手を振ってもいいけれど、ちゃんと真面目に授業は受けるのよ?」
ユイカの背後に現れたアサカは、ユイカの両肩に手を乗せると顔を彼女の耳へと近づけ、からかうように囁いた。
ユイカがあわあわと慌てふためき出す。
「受けてたよ! 手を振る前と後で、ちゃんと先生の話し、目で聞いてたよ!」
ユイカの物言いは刃物でも突きつけられているかのような必死さがある。
アサカは再び囁く。
「それなら、次のテストは私が教えることはなさそうね」
「そ、それは駄目だよ! 赤点取っちゃう!」
焦ったユイカは顔だけアサカの方を向ける。
頬に唇が触れる直前にアサカは肩から手を離し、身を引いた。
それを追うように、ユイカは体もアサカの方へと動かす。
責められているユイカを助けたくなったミヤトは助け舟を出す。
「アサカ、俺はさっきの授業でユイカが真面目に受けている姿をこの目でしかと見た」
「俺も見た」
ミヤトが指で自身の指を指し示せば、ラースも同調し頷いた。
ユイカは胸の前で手を合わせジーンと感銘を受けた様子で二人を見つめる。
「ミヤトくん……ラースくん……」
二人の株はユイカの中で確かに上昇した。
照れくさそうに鼻をこするミヤトと、顔を伏せるラース。
アサカはユイカが真面目に授業を受けていたと聞くと少し嬉しそうな表情を見せ、二人に尋ねる。
「理解してそうだった?」
「……」
「……」
途端に黙り込む二人。
あの時のユイカは膝に手を置き姿勢を正し、キリッとした表情で先生の話を聴いていたが……ノートとってたっけ?と疑問に思ったからだ。
頭を捻る二人。
理解しているかどうかはユイカのみが知る。
アサカがいつまでも口を開かないミヤトたちに、一瞬無の表情になった後、ふうっと息を吐く。
ユイカがビクリと肩を震わす。
アサカは頬に手を当て、不思議そうに首を傾げる。
その動作はわざとらしく演技がかかっている。
「おかしいわねぇ。どうして即答できないのかしら……。ねぇ、ユイカどう思う?」
「はわわわ……」
震える口元に手を当てて、ユイカは目を泳がせどう切り抜けるか考えている。
アサカはそんなユイカを見て、ふっと表情を緩ませると肩に手を置きにこりと笑いかける。
「次のテスト、とっても楽しみね」
「は、はわわわ……あ、あ! 先生! 先生来たよ! 席に着こう! ね!」
ユイカは駆け足でアサカの後ろに回り込むと背中を押して席へと促す。
アサカは苦笑しながら「はいはい」と返事をして流されるまま席についた。
ミヤトとラースもほっとして目配せし、それぞれ自身の席に戻った。