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6.勇者


教室に戻る間に、アサカはミヤトに頼まれていたユイカの背中のことを伝える。


「そうそう。ユイカの背中のことだけれど、傷一つなかったわ」

「ほら〜。だから心配ないって言ったでしょう〜?」


アサカの言葉にユイカが両腰に手を当て胸を張り、えっへんと威張る。

勝ったと思っているのだろう。

ミヤトは口元を手で覆う。お風呂を思い出したからだ。

無言でいるのも怪しまれるので、たどたどしい口調で返事を返す。


「あ、あはは……それなら、よかった、です」


のぼせそうになる顔面を鎮めるのに精一杯である。


それからその日は何事もなく終了し、数日が過ぎたが魔物の遭遇報告もなく平和そのものであった。

今日は歴史の授業が行われ、ミヤトは年老いた男性教師の説明に耳を傾ける。


「この世界には魔王という存在があります。最後に姿を確認されたのは五百年も前のことで――にわかには信じがたい話かもしれませんが、歴史書、口頭伝承にもそれは残っています」


魔物が少なからず存在してはいるものの、それを見たことがない者にとっては魔王の存在などお伽噺程度の認識しかない。

それを踏まえて教師は一言付け足している。


「そして、魔王と対になるように神に使われし勇者も現れると伝えられています。教科書にも一例として記されていますね。――魔王によって絶望した人々の前に勇者は現れる、と」

「(勇者、か)」


ミヤトは心のなかで復唱する。

魔力を持つものは通常光の魔力を持って生まれ、成長していく中で火、水、風などの属性に変化していく。

そんな中で光の魔力を維持し続けられる者が勇者になれると謂われているが、その真偽は定かではない。


昔、父が光魔力を維持し続けているミヤトが勇者かもしれないと、期待し騒ぎ、剣道を習わせると息巻いていた。

そんな父の期待に応えられるかは分からなかったが、数年だけ習った剣道は楽しかった。

しかし、今はそれも昔のこと。


「(もしもあの日、勇者がいてくれたら父さんは死なずに済んだかもしれない――なんて、な)」


所詮、たらればな話。

いるかもわからない存在に夢を見てどうするというのか。

ただ、ミヤトが知りたいと思っているのは、父がどのように殺されたかだけである。

あの日、何があったか。


「(唯一の手がかりとしては――)」


あの日の生き残りであるアサカとユイカに目を向ける。

中央の席のミヤトから見て斜め後ろに二人の席は位置し、隣同士。

奥がアサカでペンを片手に真剣な表情で教師の話を聞いている。

手前のユイカも膝の上に手を乗せ背筋を伸ばし、キリッとした顔つきで教師の顔を見ている。

その内容を理解しているのかは彼女のみが知るだろう。


「(話を聞こうにも古傷を抉るような真似はしたくないよな)」


ミヤトがぼーっと二人を眺めていればユイカがふいにミヤトの方に顔を向ける。

ミヤトはどきりと胸が跳ねた。

自身が見過ぎていたことに対し、慌て始める。


「(ヤベェ! 変態だと思われる!)」


ミヤトの心配を余所に、ユイカは笑顔でこっそり手を振った。

ミヤトの胸がキュンと締めつけられる。

ヘラヘラしながら手を振り返す。


授業中に隠れて手を触り合う。

なんと甘酸っぱいものなのだろうと、ミヤトはその甘美なやり取り享受していた。


授業が終わり休憩時間に入ると、ミヤトが座っている席に影が落ちる。

顔を上げると長身の青髪の美男子、ラースがミヤトを見下ろしている。


「お願いだ。力を貸して欲しい」


彼は真摯な眼差しでミヤトに告げる。

ミヤトはすぐには応えない。

入学してから接点がないというのに、ミヤトを頼るとは不可解さを感じざるを得ない。

ミヤトが訝しみ返事を迷っていることに気づいたのか、ラースは冷たい瞳の中に強い意志を宿し、ミヤトをじっと見つめた。


「君にしか頼めないことだ」


そう言い切られればミヤトは立ち上がるしかなかった。


人気のない校舎外の端に呼び出され、二人は向き合う。

校舎が影を作っているせいか少し肌寒い。

ミヤトは無言でラースを見据える。

ラースは何を考えているのか、表情が読めない。

そのミステリアスさも女子からの人気の一つである。

イケメンの彼と並べばどんな男も引き立て役にしかならないだろう。

今のミヤトもきっとそうであるに違いないと自虐する。

しばし間を置いた後、ラースは重々しい口を開いた。


「実は、ある女性に好意を抱かれているかもしれないんだ」


ミヤトはラースの言葉にイラッとする。

どんな相談かと構えていたというのに、蓋を開けてみればただの自慢。


「(そりゃあクラスの女子殆どがお前に好意を寄せているどころか、下手すりゃあ学園外からも好意を寄せられてるんじゃないのか)」


ミヤトは心のなかで嫉妬に塗れた感情を抱いた。

そんなミヤトの胸の内など知らずにラースは追想するように目を細め空を見上げる。


「彼女は入学初日、俺に笑顔で挨拶してきてくれた。それだけでも十分満たされたというのに、彼女は俺に握手まで求めてきたんだ」


ミヤトはラースの語りに「(ん?)」と引っかかりを感じた。

謎の違和感。

構うことなくラースは話を続ける。


「緊張した俺は咄嗟に『ああ』と返事するので精一杯だった……気を悪くしたのではないかとこの数日気に病まなかった日はない」


目を伏せ苦痛に歪む表情すら様になっている。

ミヤトは胸騒ぎが止まらない。

生唾を飲み込み、意を決して口を開く。


「ま、まさかそれってユイカのことじゃないだろうな?」


ミヤトの問いかけに、ラースはきょとんとした表情を浮かべた後、頷く。


「ああ。ミヤトくんは彼女と仲が良いので、相談に乗ってくれるだろうと思って。勇気を出して声をかけたんだ」


ミヤトは衝撃を受けて固まる。嫌な予感は的中した。

ユイカがラースに好意を寄せている。

その不確かな情報を処理しきれずにいた。

そんなミヤトを余所にラースは遠き日々を思い出す。


「思えば今まで女子には遠巻きに陰口を言われ、睨まれる日々だった。目立たず静かに過ごしていても、彼女たちはそれすらも気に入らないようで……止むことはなかった」


瞳は悲哀に満ちている。心の涙を流しているようだ。

彼にとってよほど辛い日々だったのだろう。


しかし、ラースの言う女子の陰口とは色めきだった会話であり、向けられた視線は恋情のものである。

とはいえ、ただでさえ人を寄せ付けない見た目をしており、異性どころか同性との交流も少ない彼が勘違いするのは無理もない話であった。

ラースは拳を握りしめ「だけど――」と語気に力がこもる。


「彼女だけは違った。こんな俺にも笑顔で話しかけ、尚且つ授業中に手を振ってきてくれた……! おこがましい話かもしれないが、もしかしたら俺のことを好いてくれているのではないかと希望を抱いてしまったんだ」

「(授業中に手を振っただと……!?)」


ミヤトにとってはリアルタイムな語句であった。

先ほどミヤトが享受した甘酸っぱいやりとりをラースも行ったと知ると怒りが湧く。

平静を装いつつ、ミヤトはラースに詳細を尋ねる。


「そ、それっていつの話だ?」

「ああ。さっきの歴史学のときだ」


ミヤトは首を傾げる。

ユイカがミヤトに手を降ってきた授業と被っている。

そこでミヤトはラースの座席の位置を思い出す。

ユイカから見てミヤトとの線上の先に位置している。

真相がわかった時、ミヤトは自身を親指で指し示してラースに詰め寄った。


「あれは俺に手を振ったんだ! それを自分に向けられたと思うなんて……まったく。なんて太い野郎だ」


ミヤトは腕を組み悪態をつく。

ユイカがミヤトに手を振った確証はないが、それまでの交流の多さから導き出した答えである。

ラースはミヤトの言葉に顎に手を当て長考すると、彼なりに導き出した答えを口にした。


「つまり、ユイカさんはミヤトくんのことが好きだと言うことか?」

「え、あ、それは……まだかなぁ?」


曖昧な返事だと思わせといてその可能性があることを、ミヤトはまことしやかに匂わせた。

そう勘違いするくらいにはユイカと仲はいいとミヤトは認識している。

ラースは表情を曇らせ、顔を伏せると独り言のように呟いた。


「そうか……俺はなんという恥ずかしい勘違いをしてしまったんだ……」


ミヤトは身震いをした。

急に周囲の気温が下がったように体が寒くなり自身を抱きしめる。

真冬の、いや、氷に閉じ込められているような感覚に近い。

ラースは気づいていないのかマイペースを崩すことなく、額を手で押さえ天を仰いだ。


「穴があったら入りたい……」


瞬間、轟々と横向きに吹雪く。

異常気象にしては空は晴天で、ミヤトとラースの周りだけが吹雪いている。

ミヤトはこの異変はラースによるものだと判断し、ガチガチと震える歯を堪えながら大声を出す。


「ラース! 分かったから! 魔力! 魔力が漏れてる!」


はっとしたラースがミヤトの顔を見る。途端に吹雪は止んだ。

冷静さを取り戻したのか、ラースはミヤトに体を向け、感情の読めない顔で口を開いた。


「すまない。動揺すると魔力が暴走してしまうんだ」

「なんてはた迷惑な……」


ミヤトは流れた鼻水が鼻をくすぐり、大きくくしゃみをした。




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