5.虚偽通報
一夜明けた。
ミヤトが学校に登校すれば早々に女性担任のセーラから昨夜のことで話があると呼び出される。
魔物のことを聞かれるのだろうとミヤトは察し、素直に従う。
セーラの後を黙って付いて行き着いた先は理事長室。
執務椅子に理事長が腰掛けており、机を隔てた目の前にはアサカとユイカが立ち並び、振り返ってミヤトを見ている。
理事長が、ミヤトに目を向けるとふっと笑う。
「おはよう」
「おはようございます」
ミヤトは掛けられた挨拶を返す。
アサカとユイカ達には小声で挨拶し、彼女たちも同じように返した。
二人が間を空けたためミヤトはそこに入り立ち理事長と向き合う。
「昨晩は災難だったようだね。魔物に遭遇した、とか」
警察から連絡が入ったのだろう。
探るような口ぶりだ。
ミヤトたちは黙って耳を傾ける。
「しかも討伐までしたと聞くじゃないか。……それで、三人のうちの誰が倒したのかね?」
「えっと、アサカが――」
ミヤトの返事に理事長の瞳が輝くのをセーラは目にして咳払いをする。
理事長がはっとし、セーラを見ればその表情は諌めるための色が見える。
「理事長。そういう話をするために呼び出したわけではありません」
ピシャリと言い切られた理事長は机に両肘を突くと、合わせた掌に顎を乗せてつまらなそうに息を吐く。
それをセーラは任された意と捉え理事長に代わって口を開く。
「警察から貴方達が魔物と遭遇したと連絡があったのだけれど、虚偽通報の可能性が拭いきれないから、それを確認するために貴方達を呼んだのよ」
労いの言葉をかけられるものかと思えば、セーラの口から出た言葉はミヤトたちに向けられた嫌疑の声であった。
耳を疑い、言われたことを直ぐには理解できないミヤトだったがセーラの疑惑の眼差しに気付くと怒りを含ませ語気を強める。
「冗談で通報するほど性根は腐ってません!」
「そうです! 本当に居たんです!」
納得いかずミヤトが反論すれば、ユイカも続くように意見する。
セーラは二人の反応を予想していたのか、涼しい顔で淡々と諭す。
「魔物と初めて対峙した人間が、そう簡単に討伐できるとは思えません。それに難易度の高い核の破壊までしたとなると……せめて、魔物の亡骸でもあれば話は違うのだけれどね」
倒した魔物の亡骸でもあれば信憑性は高いが、核を破壊してしまった後では肉体も滅んでいる。
ミヤトはその言葉にムッとする。
「核を破壊できる状態にあったのにそれを見過ごせと言うんですか!?」
セーラはミヤトの問いに少考しつつ返答する。
「……そうね。再生を防ぎながら一人が通報していれば、出来ないこともないでしょう」
「そんな理想論言われても……」
とはいえ、あの時魔物は肉体を切断されていたため、セーラが言うような対応もできていたかもしれない。
しかし、そんな事を全てが済んだ後で言われても釈然としない。
セーラは姿勢を正し、ミヤトに向き合う。
「魔物の遭遇率の低さに対し、確たる証拠もない。そして、今の私はあなた達の人間性が分かっていない。信じてあげたいのは山々だけれど、味をしめられても困るのよ」
もしも魔物を討伐したという嘘か誠か分からない情報が続くことになれば、疑いの目が世間から向けられることになりかねない。
その時に困るのはミヤトたち自身なのだ。
それを憂いているからこそ、セーラは揺るぐことなく三人を見極める。
ミヤトが反抗的に睨むが、セーラはそれに動じることなく真っ直ぐに見返す。
ユイカが一歩前に進み出る。
「信じてください先生! 証拠もあります!」
ユイカは声高らかに宣言すると後ろを向いた。
彼女の言葉にセーラは、驚き息を呑む。
それならば信用し得ることも可能だ。
セーラはユイカの証拠提示を固唾をのんで待つ。
――待ち続ける。
しかし、一向に出てこない。
それどころかユイカは背を向け続けている。
痺れを切らしたセーラが急かす。
「ユイカさん、証拠はどこですか?」
「はい! ここです!」
ユイカは振り返らない。
「だからどこですか?」
「ここです!」
ユイカは振り返らない。
「ふざけているのですか?」
「あ、あの〜。もしかしたらユイカは背中に魔物の爪痕の皺が残っていると、言いたいのかもしれません」
コントのようなやり取りにミヤトは流石に口を挟んだ。
セーラが怪訝な表情で「皺?」と首を傾げ、ユイカの制服をまじまじと観察する。
白い生地の繊維が見えるだけでそれらしきものは見当たらない。
セーラは前のめりにしていた体を後ろに引いた。
「まあ、見つかったとしてもそれが魔物で出来た皺なのかは判別しようがありませんけどね。他に目撃者はいませんでしたか?」
「はい! 猫ちゃんが見てます!」
なおも背を向けたまま胸を張って堂々と言い放つユイカ。
「……」
「い、いません……」
呆れ果てるセーラにミヤトがユイカに代わって返答する。
謎の脱力感がセーラを襲う。
もしも本当に彼らが嘘をついているならば、こんな茶番のようなやりとりをするだろうか。
欺くためだとしたら、セーラはまんまと術中にはまってしまったのかもしれない。
セーラの様子で気が削がれたミヤトは、黙り続けているアサカに目を向ける。
「アサカも言いたいことがあるなら言っていいんだぞ。いや、寧ろ怒るべきだ」
促されたアサカはミヤトに顔を向ける。
ずっと黙っているので遠慮していると思われたのだろう。
アサカは穏やかに首を横に振る。
「私は言いたいことはないわ。寧ろ、私たちが怒られているうちは被害が出てないってことなんだから、怒られてよかったと思ってるわよ」
セーラがアサカの言葉に呆気にとられる。
理事長がぷっと噴き出すと豪快に笑う。
「ハッハッハ! 一本取られましたな、セーラ先生! アサカくんの言う通りだ。ただのイタズラで済んでよかったよ!」
愉快そうに笑う理事長をセーラは一瞥し、頭痛を感じ始めたこめかみを押さえ、ため息をついた。
証拠もなく半信半疑ではあるものの、疑われた生徒が大人の対応で場を収めようとしているとなれば、教師としての立つ瀬がなくなる。
セーラは改めて三人に向き合い口を開く。
「どうやら本当に、魔物と遭遇して討伐したようね。今回は何事もなかったから良かったものの、次からは必ず連絡をするように」
「いやいや。次も虚偽報告で終わったほうが世の平和のためではないですか?」
「理事長……。魔物は危険な存在なんです! 未熟な彼らが戦う前に、大人が守ってあげるべきなんです!」
セーラは執務机に両手を叩きつけ、しかめた顔をずいっと理事長へと近づける。
理事長は椅子を回転させそれを回避する。
セーラの眉間の皺は更に深くなる。
理事長はそれを知る由はない。
「しかし、状況によっては助けが呼べない時もある。凝り固まった規則を押し付けるよりは、臨機応変に動くべきだと私は思っているんだがね」
「そういうときは戦わずに逃げればいいんです! 三人共いいわね? 次は連絡、逃げる、この二つを大事にするのよ?」
理事長の考えを一蹴し、セーラは三人に凄む。
ミヤトたちはこくこくと頷く。
セーラは「よろしい」と満足げに体を引いた。
理事長がやれやれと肩を竦めながら立ち上がり、窓へと歩んだ。
「セーラ先生、強制も程々に。もしかしたらこの先、応援要請が来るとも限らないんですよ?」
理事長が言う応援要請とは、国が緊急時に学園に魔物の討伐依頼をすることだ。
その要請は教師に限らず生徒にまで及ぶ。
「数百年の間、数回しかないものが今さら訪れるとは思えません。それに彼らに回ってくるとすれば順番的に最後です」
セーラが言い切れば、理事長は背を向けたまま鼻で笑い皮肉っぽい口調で言い放つ。
「あの日があったというのに、セーラ先生は楽観的ですなぁ」
ミヤトとアサカがあの日のいう単語に一瞬ぴくりと反応する。
しかし、セーラはそれに気づかない。
理事長はゆったりと振り返る。
「とりあえず三人は教室に戻りなさい。時間をとって済まなかったね」
理事長が気遣うようにミヤトたちに声を掛ける。
ミヤトたちは素直に従い、理事長室をあとにした。
三人横一列に並んで教室に戻る。
理事長室が見えなくなったところでようやく緊張の糸が切れ、ミヤトは深い息をついた。
「えらい目に遭ったなぁ。なんか朝からどっと疲れたよ」
「だけど信じてくれて良かったよね!」
「ああ。全部アサカのおかげだよ」
ミヤトの言葉にアサカは苦笑する。
「それを言うなら二人のおかげよ。二人が意見してくれたからこそ、私の言葉が響いたのよ。私だけだったらあのまま反省文書かされていたわ」
アサカはそうは言うが、仮にアサカだけだとしても彼女はなんやかんやでうまく切り抜けることが出来ていただろうとミヤトは思った。
「それにしてもまさか、虚偽通報で疑われることになるとはなぁ」
「まあ、何事もなくて良かったと前向きに考えましょう」
「アサカは達観してて羨ましいよ」
ミヤトは自分の子供っぽさを嘆いた。