55.疫病
「リリ!」
イオが名前を呼んで駆け寄れば、車椅子に乗った少女は嬉しそうに笑って手を振る速度を速めた。
ミヤトはイオの後ろ姿を目で追いながら、エリアに話しかけた。
「イオの知り合いか?」
「ああ。ここに入院してる女の子で、友達になったらしい」
詳しく話を聞けば七年前、リリの故郷である村が原因不明の疫病におかされて、彼女自身も歩行困難を患ったので治療のためにこの病院に入院しているとのことだった。
以前は魔力のコントロールが不完全でイオは室内にこもりきりだったが、今回は病院内を自由に歩き回ることが出来たのでその時にリリと知り合ったようだ。
それからミヤトたちもリリたちの側に寄って軽い挨拶をして会話をする。
ミヤトはタイミングを見計って付き添いの男性看護師にこっそり話しかけた。
「七年経っても治らないなんて珍しい病気なんですね」
「色々と手を尽くしているみたいなんだけど、原因が分からないらしいんだ」
あらゆる病気は魔法で治るが、昔からの教えで病気や怪我を魔法で治すのは六十歳までと決められている。
それ以降は神の思し召しとなっていて魔法での治癒は禁じられている。
六十という数字は女王が崩御する年齢からきている。
今回マリア前女王陛下は御年五十六歳で崩御したのでかなり早い方で、歴史的にみても初めてかもしれない。
魔法が衰退していく中、人々に魔法が当たり前のようにあると思わせないように、今から人ができる医療技術を発展させていこうというためにできたのがこの病院だ。
その意見には賛同の声が多く、特に魔法を持っていない人たちに支持されている。
とはいえ、やはり魔法のほうが治癒が早いために依存度は高い。
そんな中、彼女の村の疫病は誰が試しても魔法の治癒が効かなかった。
騎士団の中でも高い治癒能力を持つ者ですら効果がなく首を傾げていたらしい。
となると、科学医療の力でどうにかする他なく、ここで日々研究を続けているのだ。
ミヤトは申し訳なさそうに頬を指で掻いた。
「自分が無知なのかもしれませんが、初めてそんな疫病聞きましたよ」
「本格的に問題視されるようになったのが、時期的にあの日と被ってるから、あまり大々的には知られていないからね。仕方がないよ」
「それは……確かにそうなるかもしれませんね」
国の優先度として魔物の再出現に重きを置いた結果だろう。
魔物の被害の度合いが大きくて、陰に隠れてしまうのも無理はなかった。
「それにその村はあの日の現場から近い、帝国との国境付近にあった村だから尚更だろうね」
「(あれ? その村って――)」
聞き覚えのある場所に、ミヤトはどこで聞いたのかを思い出す。
確か父があの日仕事で出向いた場所だったはずだ。
「(――そういえば、父さんの水質調査ってどうなったんだ?)」
どうして水質調査を行ったのかは聞いたことがなかったが、父の最期の仕事がふと気になった。
知り得ないかもしれないが、ダメ元で男性看護師に問いかけた。
「その村って水質調査が入ったはずですけど、どうなったか分かりますか?」
「ああ。確か、あそこはあの日の現場に近かったから魔物の被害はなかったものの、立ち入り禁止区域に含まれたみたいで、軍の管轄になってるから再調査は出来なかったみたいだよ」
「そうなんですね」
あの日の影響で有耶無耶になったようだ。
父の最期の仕事がこんな形で終わってしまったのかと思うと、少し心苦しくなるが状況が状況なので仕方がない。
ミヤトは視線をリリに移す。
彼女は笑顔を絶やさず、皆の話に耳を傾けては相槌を打ったり、質問されてはしっかり返答している。
「いつまでも治らないからって言って他の人は軍病院に移ったりしてるけど、私はここの人たちがみんな優しいから、ここで治療を頑張るんだ!」
前向きな明るい笑顔。
それを目にした皆、表情を緩ませる。
「よーし! 頑張るリリに俺からプレゼントだ」
「え? なんだろう?」
ミヤトはリリに近づくとその体を横向きに抱えて持ち上げた。
リリの瞳に光が宿り、ミヤトの首にしがみつくと破顔した。
「あはは! やったー! 高ーい!」
ミヤトにはこれぐらいしかできないが、少しでもリリの気分が晴れてくれれば良いなと願いながら、彼女の気が済むまで付き合った。
リリと別れ、病室に戻るとイオが汗を掻いていることにエリアが気づく。
すぐに収納ボックスから着替えを取り出すと胸に抱え込んだ。
「イオ、服をそのままにしていたら風邪を引くから着替えようか」
「一人で着替えられるから! いつまでも子供じゃないし、普段も手伝われてると勘違いされるじゃないか!」
「そ、そうか? それなら着替えてくれ」
イオの訴えを受け入れたエリアは抱えていた洋服を手渡した。
受け取ったイオは気まずそうに室内を見回した。
誰一人として動こうとせず、イオの動向を見守っている。
「……着替えるので女性陣は退室をお願いします。もちろん姉さんも」
「そ、そうだな。それじゃあ私たちは飲み物でも買いに行くとしようか」
「売店行こう! 私お腹空いちゃった!」
「それじゃあ売店に行ってくる。イオとミヤトは飲み物の他に何か欲しいものはないか?」
「ないな」
「ないよ」
「そうか。じゃあ行ってくる」
エリアたちが病室から出ていくとイオは盛大にため息をつくとぼやいた。
「まったく……。姉さんは僕に構いすぎてる節がある……」
「ほんと。エリアはイオの事が大好きだよな」
ミヤトはタオルを貰い、洗面台で濡らすと体の汗を拭き取るのを手伝った。
「だけどイオもエリアのことが好きだろう?」
「……ま、まあ、家族なんで」
言葉を濁すイオにミヤトはふっと笑った。
素直になれないのは年頃だからだろうと察し、ミヤトは胸を張って手本を見せることにした。
「俺は母さんのことが大好きだけどな」
「……そんなにはっきり言われたら、言えない僕が子供みたいじゃないですか」
「なら、ここで大人になるか?」
ミヤトが冗談っぽく言えば、イオの表情がふっと緩んだ。
「大好きですよ、エリア姉さんも両親のことも」
「よし。なら次は本人の目の前で言えるようになったら一人前だな」
「それは照れ臭いのでまだやめておきます」
イオが苦笑する。
ミヤトに兄弟はいないが、エリアとイオを見ていると時折羨ましくなることがある。
一緒に遊んだり、疎ましく思われたりと日々が楽しそうだ。
そして孤独を感じる時間も少なくて済んだかもしれないなどと、意味のないことを思う。
「そういえば、全く想像はできないけどエリアと喧嘩したりするのか?」
「……姉さんが、僕と喧嘩すると思います? 僕が少しでも文句を言えば姉さんすぐ謝るので、喧嘩のしがいがないですよ。ーーそういえば、今まで姉さんの感情が高ぶってるところなんて見たことないかも」
イオの言葉に、ミヤトはラースの家の件を冷たくあしらっていたエリアの姿を思い出す。
なるほど、と。
いつも優雅に振舞っている分、それがより冷酷に感じてしまったのかもしれない。
あの姿をイオが見たら驚くか、それとも最もだと賛同するのかは分からないが、わざわざ話題にしなくてもいいだろう。
それから着替えが終わり、エリアたちも戻ってくると買ってきた飲み物とお菓子をつまみながら世間話をした後、帰宅となった。




