54.病院
魔物の出現は一時的な落ち着きを見せたが、完全に姿を見せなくなったわけではなく、都市部を含め各地での魔物の出現頻度は高まっていた。
魔法使いの数が少なく、地方にも人員を割いた結果、都市部の警護は騎士団と学園が担うこととなった。
授業に街の警護と忙しなく日々が過ぎていき、いつの間にかミヤト達は進級していた。
進級したといっても、クラスは持ち上がりなので何かが変わるということはない。
アサカも不審な素振りを見せることなく過ごしている。
討伐の際には誰かと共に行動しているので、何かがあれば恐らくすぐに上が動くはずだ。
とはいえ、数ヶ月経っても騒ぎが起きていないということはミヤトの不安は杞憂だったということだ。
そう確信してミヤトの気は晴れていた。
ある日の放課後、帰宅準備をしていればユイカがミヤトを呼ぶ声がして顔を向ければユイカとエリア、アサカが三人で集まっていてミヤトを見ている。
「ミヤトくーん! 今イオくんが定期検査で入院中なんだけど、一緒にお見舞いにいかなーい?」
イオはエリアの弟だ。
約一年程前に魔力の核移植をして、安定したため通常の生活に戻っていたようだが定期検査はあるようだ。
ミヤトはユイカの隣にいるエリアへと視線を移す。
エリアとは謝罪後、何事もなく交流できているが、どことなく壁を感じてしまうのはミヤトが変に意識をしてしまっているせいなのか。
わだかまりを感じつつも、ミヤトはそれを見せないようにエリアに笑いかける。
「俺も一緒に行っていいのか?」
「ああ。イオはミヤトのことを兄のように慕っているから、来てくれると嬉しいよ」
エリアが微笑む。
ミヤトの目に映る彼女はどうしてぎこちなく見えてしまうのか。
肩が強張りそうになるのを無視し、ミヤトは拳を握る。
「よし! イオもどうせ退屈にしてるだろうから、周りに迷惑がかからない程度に騒いでやるか!」
「そうだねミヤトくん! 室内でも何か出来ることがあるもんね! キャッチボールとか!」
「いや、キャッチボールは駄目だろ……」
「でも中学校では男の子たちが教室でしてたよ?」
「あら? ユイカは、男子達がその後先生に怒られていたのを忘れたのかしら?」
ユイカの言い分にアサカが笑みを向けながら諭すが、表情に圧がある。
怒られているのだと瞬時に察したユイカは顔を青くすると口元に手を当て「はわわわ〜」と慌て出す。
アサカは無言で笑みを浮かべている。
ミヤトが、これはお馴染みのパターンだと苦笑いを浮かべて二人を見つめていれば、視界の端でエリアが可笑しそうにクスクスと笑っている。
その姿を目にしたミヤトは、ようやくほっと出来た。
病院に向かいイオのいる病室に赴けば、彼はベッドで漫画を読んでいたようでドアの音に反応して顔を向ける。
「姉さん……ミヤトさん、アサカさん、ユイカさん! 来てくれたんですね!」
「よ! 暇してるだろうと思って遊びに来たぞ」
「そうなんですよ。暇で暇で……ほんと、定期検査だけで1週間もいらないですよ」
「あと三日の辛抱じゃないか。三日なんてあっという間に過ぎるものさ」
「それはそうだけどさ、姉さん。一日中病院の中じゃ気が滅入るんだよ……」
定期検査というだけの理由で入院しているためイオ自身は元気満々だった。
なので特に厳しい制限はなく、中庭で軽い運動ならしてもよいとのことだったので折角なので肉体強化された状態で鬼ごっこをすることにした。
イオはミヤトたちと向き合えば、ストレッチしながら口角を上げる。
「今日こそミヤトさんたちから逃げ切ってやりますよー!」
「お! 自信がありそうだな」
「たまに学校でクラスメイトと遊んでるんですよ。なのできっと手強くはなってると思います」
「周りに気を配りながら遊ぶんだぞ」
エリアが優しい口調で釘を差せばイオは「分かってるよ!」と返事を返した。
ミヤトとユイカ、アサカの三人でイオを捕まえる遊びで、手始めはミヤトとイオが一対一で挑戦する。
エリアの号令と同時にミヤトは先手必勝で地面を蹴るが、読まれていたようでイオは横に飛びのいた。
それを皮切りに、追う速度と逃げる速度が上がっていく。
「(確かに……! 肉体強化が上手くなってる!)」
貴族だからか若いからは分からないが、イオは呑み込みが早いようだ。
しかも、すばしっこく小回りも上手い。
これは楽しくなりそうだ、とミヤトは瞳を輝かせる。
夢中で追っていれば、ユイカが鋭く「ミヤトくん!」と声を張り上げたので、ミヤトとイオは注意がそちらに向き足を止めた。
「私が手を広げてるから、こっちにイオくんを誘導して!」
ユイカに目を向ければ、彼女は腕を大きく広げてカカシのように立っている。
それを目にしたミヤトは無言でイオに目を配れば、彼は呆れたようにミヤトに話しかけた。
「……一所懸命考えたんですかね?」
「可愛いだろ?」
「恋は盲目ですね」
呆れ眼で返されるがミヤトの気持ちは揺るがない。
とはいえ、イオに隙ができているのでミヤトはタイミングを見計らって足を踏み込む。が、気付かれ身を翻される。
間一髪のところで避けたイオはふらりと後退して顔の汗を手の甲で拭う。
「ふぅ。油断も隙もありませんね」
「くそっ! 折角俺のためにユイカが作ってくれた隙を生かしきれなかったか……!」
「……無理やり活躍の場与えようとするなんて、ミヤトさんって健気ですね」
ミヤトが悔しそうに呟けば、イオが乾いた笑いを向ける。
遠くの方からユイカの「ミヤトくん、どんまいだよー!」という励ましが明るく響き渡った。
「それじゃあそろそろ私も参戦しようかしら」
遠くから見守っていたアサカが後ろ手を繋いだままイオのもとへと進み出る。
ミヤトはアサカに譲るため、後ろに下がった。
イオが緊張の面持ちを浮かべて、アサカを見据える。
アサカは穏やかな微笑みでイオに向けるだけで、動く素振りはない。
イオはアサカのその表情を見つめていると、照れ臭くなってきて側から離れようと後ろにじりじりと下がっていく。
すると、アサカが後ろ手を解いた。
その瞬間、イオは彼女が動くと判断してアサカが眼前に迫ったことでそれが当たりだと認識した。
小回りで避けようとするイオだったが、どこに向きを変えてもアサカが対応する。
アサカは足の指球を使って体の向きを変えているようだ。
イオが戸惑っていれば、アサカは彼の背後に回り込み、両腕で彼を包み込む。
驚いたイオが少し背の高いアサカを見上げれば彼女は艶やかに微笑んで囁く。
「捕まえた」
イオの顔が一気にカッと赤くなると途端に正面を向いて俯き体を縮こませると隣から借りてきた猫のように大人しくなった。
そのままの状態でアサカにミヤトたちの前へと連行される。
「良かったな、イオ」
ミヤトが苦笑しながら声をかければイオが顔を赤くしたままコクコクと頷いた。
するとそのやり取りに疑問を抱いたエリアが口を挟んだ。
「何を言ってるんだミヤト。こういう時は、残念だったなと声をかけるべきだろう? 現に、イオの顔は悔しさのあまり赤くなっているじゃないか」
「……それが違うんだよなー」
「あら? イオくん私に捕まって悔しいの?」
「……ど、どうでしょうか……?」
嬉しそうにアサカが問えば、イオはまごつきながら返事を返す。
ミヤトは流石にイオが限界だろうと察し、助け舟を出す。
「とりあえずアサカはイオを離してやってくれ。そのままじゃイオの心臓が保たないと思う」
「それは大変だ! もしかしたら核の適応に不具合が現れたのかもしれない……!」
エリアがとても狼狽えているので、ミヤトは彼女の手を取ると少しアサカたちから距離をとる。
そして顔を近づけると小声で状況の説明をする。
「イオはアサカのことが好きなんだよ」
「……え? そ、そうなのか?」
「ああ。だから、好きな人に触れられて照れてるだけなんだ」
「そういうことだったのか……。姉弟揃って同じ人を好きになるなんて、やはり血は争えないということか」
「んー、そういう意味じゃないと思うが……まあ、いいか」
好きの意味が違うような気もしたが、誤解が解けたからミヤトは良しとした。
「イオお兄ちゃーん!」
少女の鈴を転がすような声が庭に響く。
声をした方を向けば男性看護師と車椅子に乗っている少女がこちらに手を振っていた。




