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53.シャーネの入学事情


魔物が出現してから五時間が経過した。

ほとんどの魔物が討伐されて、後は倒し残しがないかの見回りになり、夕方頃になってからようやく騎士団の一人に学園に戻るように指示を受けた。


ミヤトがヘトヘトになりながらも、教室に戻れば数人の生徒がいて、まだ戻ってきていない人もいるようだ。

そして教室にいる人たちの中にはアサカもいる。


彼女の姿が視界に入った瞬間、ミヤトの身体が一瞬固まる。

思い出すのはベルベニッチという女性とのやりとりだ。


魔力以外で魔物の核を壊せる方法があるなら、それは良いことだ。

魔力なしの人でも魔物を倒す術があるということは、逃げ惑うしかない人たちにとって希望を見出だせることが出来るのだから。


だというのに――、どうして胸がざわめくのだろうか。

六年前、アサカは十歳。

今は強いアサカでも、当時は魔物を倒すことなんて出来なかったはずだ。

しかも闇の魔力の所持者。

核の破壊など――いや。


当時はユイカもその場にいたのだ。

ならば核を壊すことは出来るだろう。

しかし、核を壊すことが出来るなら魔物の亡骸があるのは矛盾している。


ミヤトの思考を焦燥感が蝕み全身から嫌な汗が滲んできて、床を見つめながら頭を掻く。

答えのでない問答を頭の中でしていても埒が明かない。

だとするなら、本人に答えを求めるしかないだろう。


しかし、踏み込んでしまえばアサカの古傷を抉ってしまうだけの結果に終わってしまう可能性もある。

何より――今の関係が崩れることになりかねない。


不安が胸を掠めるが、ミヤトは前に皆で買い物に行った時にアサカが言っていた言葉が脳裏で蘇ってしまったのだ。


――手段を選ばない。

アサカが何気なく言っていた言葉。

あの時は何を言っているんだと笑い飛ばしたが……。

やはりアサカは魔法以外での魔物を倒す術を知っている――?

でもそれを口にしない理由はなにか後ろめたいことがあるからではないのか?


逡巡していれば、入り口で佇んでいるミヤトに気づいたシャーネが声を掛ける。


「ミヤト! 帰ってきてたんだ! どうしたのよ? そんなところでぼーっとしちゃってさ!」

「え?」

「早くこっちに来たら?」

「あ、ああ……」


アサカの視線がミヤトに注がれる。

気まずくなりながらも、ミヤトはシャーネ、ユイカ、アサカのもとへと歩み寄った。


ユイカは席についており、シャーネは横向きに自席座りユイカの机に頬杖をつきながら足を組んでいて、アサカは二人の間にある机の側に立っている。

ミヤトが机越しにアサカと向き合う形で立てば、シャーネが手の平を横に広げた。


「ヴィンセントたちは、家の事情でまだ街の見回りするからって、今日は学校には戻らないみたいよ」

「そうなのか」

「名家の出も大変よねー」


相槌は打ったものの、ミヤトは上の空であった。

意識が否応なくアサカに向いている。

それからシャーネはユイカと待機していたことを喋り始め、言葉が切れたタイミングが訪れる。


ここで聞いて良いのか迷ったが、ユイカとシャーネがいる今なら気まずい雰囲気にはならないのではないか。

もしも、なにかアサカの気分を害したのであれば、ミヤトの言葉を誰かが注意してくれるはずだ。

ミヤトは静かに息を呑んで、口を開いた。


「アサカに……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……答えたくなかったら、答えなくてもいいからな」

「? ええ」


急に話を振られて、アサカは不思議そうに首を傾げる。

ミヤトはどう切り出すか悩んで、まずはあの日のことについてを口にする。


「六年前のあの日、生き残ってたのはアサカとユイカの二人だけなんだよな?」

「ええ。間違いないわ」

「他に誰かいたとか、覚えてないか?」

「いえ、いなかったわ。生き残ったのは私とユイカの二人だけよ。……だけど……もし、あの時誰かが生き残ってくれていたらーーなんて、そんな事を考えること自体、罪深いのかもしれないわね……」


遠い目をしたアサカはそっと瞳を伏せた。

口から溢れる声音は、憐れみを感じられた。

これで、アサカとユイカの他に人は居ないということは確かになった。


あとは、核心に迫るだけだ。

ミヤトの胸の鼓動が速くなる。

訊いてしまってもいいのかと引き止めようとする自分もいるが、このまま疑惑を抱いたままにしてはおけない。

ミヤトは躊躇いながらも、再び口を開く。


「あの……もしかして、だけど……さ、アサカは魔力以外で魔物の核を破壊できる方法とか知ってたりするのか……?」


ついに訊いてしまった。

緊張と恐怖の感情が入り交じり、乱れそうになる呼吸を抑えるのに必死であった。

アサカは伏せていた瞳をミヤトに向ける。

じっと見据えられると、彼女は口元に笑みを称えながら小首を傾げて口を開く。


「さあ? 知らないわ」

「そ、そうだよな」


さらりと答えたアサカの様子に動揺はなく、質問に対しても不快感を抱いているようにはみえない。

ミヤトもわだかまりが残らないように、納得するように頷いた。


「(信じてもいいんだよな……)」


少し不安に駆られたが、ミヤトはアサカのことを信じると決めたのだから、迷いを追いやって無理やりかき消した。

二人のやり取りを眺めていたシャーネが、呆れ顔でミヤトに声を掛ける。


「ミヤトったら、核が魔力以外で壊せるわけないじゃない。ちゃんと授業聞いてるの?」

「あ、ああ。そうだよな……」


当たり前の知識。

それを疑うなんて、間違っている。

言い聞かせるようにそう思うようにしたが、アサカは興味があるのかミヤトに問う。


「ミヤトくんは、どうしてそんなことが気になったの?」


やはり不自然に思われたらしい。

問われたことを問い返されるのは当たり前だ。


「いや、今日会った女の人がそんなことを仄めかしてたから……どうなのかなって」

「どんな女の人?」

「魔法使いなんだけど軍に所属しているみたいで、銃も使うんだ」

「銃を?」


ミヤトは頷いて、あの時目にしたことを語る。


「魔物を倒すには至らなかったんだけど、一時的に足止めくらいにはなるみたいなんだ。だからさ、魔力を持ってない人でも銃を持っていれば、逃げるための時間稼ぎくらいにはなりそうなんだよ」

「そっかー。ミヤトもそっち派かー」


ミヤトが興奮交じりに話していれば、シャーネが残念そうに盛大にため息をつく。

まさかそんな反応をされるとは思わず、ミヤトはシャーネに顔を向ける。

彼女は浮かない顔をしながら、口を開く。


「実はさ、私が中学の時に、パパに軍から援助資金の要請があったのよね。名目上は魔物に対抗するための軍資金――まあ、ようは銃とかの性能をあげるために使いますよ〜ってことだったんだけど、最終的に蹴っちゃったのよね」

「……俺的には良いことだと思うんだけど、理由を聞いてもいいか?」


ミヤトの問いに、シャーネは頬杖をついていた姿勢を正して頷いた。


「あっちも色々と良い言葉だけを言い並べてはいたんだけど、聞くより見て識りたい、ってことで実際に基地とか見学させてもらうことになって――その時私も一緒に行ったんだけど、実物の銃とかの性能を見て凄い、っていうよりは怖さが勝っちゃったのよね。パパも私と一緒だったみたいで、魔物に対抗するなら魔法に力を入れたほうがいいんじゃないかって断ったのよ。だから、私はその当てつけ、って言うと言葉がちょっと強いけど、ここに入学したってわけ」


前に聞いた貴族との関係性を築くという理由は本当に建前であったようだ。

シャーネは説明すると、盛大な溜息を吐く。


「でもこんな状況になっちゃって、銃を護身用に欲しがる人が急増して、最近うちに追い風が吹いちゃってるのよねー。うちと違ってライバル会社は軍に投資してたから、比較対象にされて、うちは魔力を持ってない人を疎かにしてるんじゃないかって、さ」


シャーネは再び深い深いため息をつく。娘なりに気苦労を感じているのだろう。

ミヤトは頬を掻く。


「でも、怖さが勝ったって……あんなに魔物に対して心強いものもなくないか? まあ、魔物に使われたことがない状態で、必要性を説われても信憑性はないかもしれないけど」


ミヤトの言葉に、シャーネはジト目で睨むと顔を背けた。

そして、何かを言っている。


「……ちゃった……のよ……」


ポツリと呟かれた言葉は小さくて、ミヤトの耳には届かなかった。

ミヤトが「ん?」と聞き返せば、シャーネが赤い顔を向けて声を荒らげた。


「自分が撃たれてる姿を想像しちゃって、怖くなったのよ!」

「え? 人が銃に撃たれるわけないだろ?」

「そうなんだけどさぁ、想像しちゃったんだから仕方ないでしょ〜?」


シャーネが、上目遣いで唇をとがらせながら抗議する。

そんな彼女をミヤトは心配性だな、と苦笑した。

銃は人を守るためのものなんだから、そんなことはあり得るはずがないというのに。





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