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50.魔力至上主義者



外に出れば、学園周辺でも魔物と戦っている上級生が見られ、ミヤトは手の回っていない場所を探すために街へと急いだ。


街に着けば年上の魔法使いたちが、魔物と交戦していたり、避難誘導をしている者もいた。

ミヤトもなにか出来ることを探していると、目の前を黒い蝶が横切った。


「(アサカの蝶……)」


ミヤトを誘うように目の前で旋回し、飛び立っていく。

魔物の位置を報せてくれているのだろうと思い、ミヤトはその蝶の後についていくと、どうやら雑居ビル街の方に向かっている。


ビルの屋上に壁を伝って跳び上がり、ビル同士を跳び渡っていれば、行く先のビルの屋上で複数人の魔法使いたちが何かを観察するように見下ろしているのが見えた。


微かに悲鳴が聞こえてくる方向ではあるが、その人たちは微動だにしないのでミヤトは不思議に思う。

蝶の道しるべもそちらに向かっているので彼らの傍に近づき、見ている先を見下ろした。


「(――え?)」


裏路地で魔物に追い詰められ、命乞いをしている男性の姿があった。

しかし、命乞いなど無意味で、魔物はその距離をゆっくりと縮めている。


ミヤトは驚いて、魔法使いたちの顔を窺うが、彼らは涼し気な表情で男性の行く末を傍観している。


信じがたい状況に頭が混乱したが、男性が今にも魔物に触れられてしまいそうな状況に、ミヤトは急いで魔物の背後に降り立ち、気づかれる前に腕に留まっている蝶を目掛けて力の限り刀を振った。


核ごと切れる手応えを感じたと同時に魔物の動きは止まり、砂のように崩れ去っていった。


ミヤトがほっと息を吐けば、怯えきっていた男性が縋り付くようにお礼を言ってくるので、気遣いの言葉をかけてから、改めてビルを見上げる。


複数人の魔法使いの冷たい瞳と目が合う、が、彼らは何も言わずに踵を返してミヤトの視界から遠ざかろうとしていた。


その行動に、ミヤトは一気に怒りが湧きたち、ビルの壁を蹴り跳んで屋上に上がり、彼らの背中に怒声を浴びせる。


「待てよ! 人が襲われてるのにどうして助けようとしなかった!?」


彼らは歩みを止めると、ゆっくりと振り返った。

七人いるうちの中心に位置している身体の細い老齢の男性がミヤトを冷たい瞳で見据えると、顔色一つ変えずに言い放つ。


「助ける者を、こちらが選別して何が悪い?」


ミヤトは返ってきた返答の意味が分からず、顔を顰めて、気になった語彙だけを口にする。


「――選別?」

「そうだ。戦い、力を使うのは私たちなのだから、助ける相手を選別するのは正当な権利ではないか。そもそも、魔力さえ持っていれば魔物に対抗し得る事ができるというのに、神がそれを授けなかった時点で死にゆく運命だったということだ」


何を言っているんだ?、とミヤトは怪訝な表情で老齢の男性を凝視する。

周りを囲んでいる者も特に意見することなく、それが当たり前かのように閉口し、受け入れている。


なんとなく、目の前にいる人たちはミヤトと価値観が違うのだと思ったが、それでもその考えは倫理観がない。


「自分の命が危険な状況であるなら仕方がないとしても、助けられる人が目の前にいるなら助けるのが当たり前だろ!?」

「ああ。その通りだ。だから我らは、()を助けているんだ」


鼻で笑い、語気を強く印象付けて男性は言い切った。

迷いなく答えたその言葉は、魔力を持っている者だけを、と暗に含んでいる。


ぶちりとミヤトの堪忍袋の緒が切れる。

クラスメイトが言っていたことが分かった。目の前の、魔力至上主義信者たちの歪な信仰心は馬鹿げたものだ。


人の基準を魔力の有り無しで語るなど、何様のつもりなのだと、ミヤトは奥歯を噛み締め、拳を強く握ると老齢の男性を睨みつける。


今にも殴りかかりたかったが、すぐ近くの複数箇所から悲鳴があがった。

ミヤトは首を動かして悲鳴がした方を見やる。


どこも少し離れた場所のようで、位置的にミヤトが一人で対応するには間に合わない。

少し頭が冷え、こんなところで価値観のぶつけあいをしている場合ではないと、怒りをぐっと呑み込み、ミヤトは感情を押し殺し懇願する。


「……誰かが魔物に襲われています。お願いです! 手分けして魔物討伐をして下さい……!」

「ああ。助けるとも――襲われているのが人であるならな」

「っ!」


頭を下げて返ってきたのは、嘲笑いであった。

ミヤトの中で、目の前の彼らへの怒りと人が襲われている焦りが競り合ったが、言い返したい言葉を奥歯を噛んで堪える。


まずは人命救助が先決だ。

しかし、優先させるべきはどこか。

近場が先か、しかし、そちらに向かっている間に別の人は本当に無事でいられるのか。


「こちらは魔力を持っていないようです」

「こちらも同じく」


人員を割いて状況の確認をした彼らは見たままを報告して、その場を動こうとしない。

この人数であるなら明らかに何事もなく助けられるというのに、自分の言葉が一切も彼らに響いていない現実に、もどかしさを覚えてミヤトは怒声をあげる。


「魔力を持ってないだけで助けられる人を見殺しにするのか!? 魔力を持っていようがいまいが人は人だろ!」

「ミヤトくんの言う通りだ。人は優劣をつけず平等に扱わなければいけないよ」


ミヤトの訴えに賛同したのは第三者であった。

堂々とした声がその場を支配し、右を向けば学園の理事長、クロド立っていた。

彼はミヤトに笑みを向けた後、細身の老齢男性を一瞥するとわざとらしくやれやれと肩をすくませる。


「見たところ、どうやら彼らは役に立ちそうにないようだね。私に任せなさい」


クロドは右手をかざすと魔具の長杖を取り出した。

杖の先には大きな黄金の鐘がついており武器というには不相応な形状をしている。


それを目にした老齢の男性が眉間に皺を寄せ、右手を前に出し、遮るように何かを言おうとしたがそれより先にクロドは杖を上に掲げた。


「さあ、鐘の音を鳴らそうか」


クロドはそう呟くと唇に弧を描き、優雅に杖を軽く上下に振った。

瞬間、耳障りな大きな音が周囲に響き渡る。

いや、音というよりは振動だった。空間を揺らしている。


その歪な魔力の波動にミヤトは咄嗟に両手で耳を塞いだが、視界がグラグラと安定せず、揺さぶられ感覚が気持ちが悪く、身体が無意識にそれに耐えようと前屈みになり軽い吐き気を催す。


耳障りも酷いが、鐘を叩いたときに鐘がしばらく振動しているあの動作が、臓器、脳、骨――身体全てに起こっている。


「ミヤトくん、後はよろしく頼むよ」


急に話を振られ、ハッと顔を上げればクロドと目が合う。


「本当は私の手で倒せればよかったんだが、闇魔力では核の破壊はできないからね」

「わ、わかりました……」


まだ少し気持ち悪かったが、覚束ない身体を叱咤し魔物がいると思われる場所へと赴く。

魔物は空を見上げたまま微動だにしていなかった。足元には気絶しているのか、女性が倒れている。


止まっている魔物を倒すのは容易く、斬られていることすら気づいていないのかと思わせるくらいに無抵抗だった。

他の悲鳴が聞こえた場所でも同じ光景が広がっていて、ミヤトは難なく魔物を倒すことができた。


しかし、襲われそうになっていた人たちは同じ倒れ方をしていたため、魔物のせいではなくクロドの魔法の影響なのではとの疑惑が浮上する。

人を魔力で傷つけるのは禁止されているが、気絶しているだけだったので大事にはならないだろう、恐らく。


全てを倒してビルの屋上へと戻ると、老齢の男性が怒りを滲ませた表情でクロドに詰め寄っていた。


「クロド! 許可なく魔具を使用するなと言われていただろう!?」

「まったく、被害者面とは困ったものだ。君たちが助けたくないと駄々をこねるから、私は致し方なく魔具を使っただけだというのに……。それが嫌であるのなら、私が魔具を使いたくなる状況を作らないで頂きたいものですなぁ」


老齢の男性以外も魔力干渉を受けたのか、頭を抱えている者、前屈みになり口を押さえている者と体調に影響がでているようであった。


クロドの嫌味を含んだ物言いに老齢の男性は忌々しげに舌打ちをする。

どうやら彼の天敵はクロドのようだ。


彼らはクロドの言葉に肯定も否定もせずに身を翻して去ろうとしたので、ミヤトが「待てよ!」と叫べば、老齢の男性の肩がうんざりするように下がり、振り返る。


彼らがミヤトの言葉を無視しないのは、魔力があるからという理由からなのだろう。

ミヤトは我慢することなく、批判をぶつける。


「女王陛下から勅令を受けている身で、人を助けないなんて自分勝手なことしていいと思ってるのか!?」

「女王、か。マリア前女王陛下の言葉ならばこちらとしても考慮したが――リアナが王位についた時点で魔物が出現したということは、そういうことだ」

「? そういうことって、何のことだよ?」

「……そうか。君はまだ知らないのか。……まあ、直に分かることになるだろう」


そう告げると彼らは身を翻し去っていった。

人を不愉快にさせるだけさせた挙句、気になる言葉を残していく彼らにミヤトはさらに腹が立つ。

しかし、彼らの考え方はいくら道理を唱えても変わることがないのは明確だった。




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