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49.魔物再出現


休みが明けて、出校日。

昨日はテレビで戴冠式が行われている映像が流れ、ミヤトは歴史が代わった瞬間を目にする。

厳格な前女王陛下とは違い、リアナ女王陛下は人のよさそうな微笑みを浮かべていた。

その微笑みを見届けたミヤトは、これからの世の中は平和になっていくといいな、と穏やかに願いをこめた。


そして登校して教室に入れば、ラースに呼ばれ、アサカとユイカ、シャーネの席の近くに連れられた。

アサカとユイカは立ち上がってラースとミヤトと向き合うが、シャーネは自席に座ったまま頬杖をつき背中を向けている。

ラースは家に来た全員が揃うと頭を下げた。


「改めてお礼を言わせてもらいたい。皆、俺のために危険を冒してまで来てくれてありがとう」


いないことになっているシャーネの傍に集まったのはラースなりの配慮なのだろう。

彼女は顔をそらしながらも聞き耳を立てている。

いつも通りのラースにミヤトは嬉しくなりながらも、頷き、一番褒めるべき名前を口にする。


「今回の立役者はユイカだな」

「私?」


ミヤトの発言にユイカが他人事のように声を上げて、自身を指さし首を傾げる。

何のことやらわかっていないようで、ユイカはアサカに「私?」と訊いている。

アサカは嬉しそうに頷くが、やはり納得いかないのか首を傾げている。

そんなユイカの目の前にラースは近づき、優し気な眼差しで見下ろした。


「ミヤトくんの言う通りだよ。ユイカさんは僕の恩人だ。本当に、ありがとう」

「……私は……アサカちゃんに頼まれただけで……」


ラースの顔を見上げて呆けているユイカに、シャーネが立ち上がり背後から飛びつくように両肩に手をかけて顔をのぞき込んだ。


「どうしたのよユイカ! 謙遜しちゃって! いつもなら正義のヒーロー気取りくらいするじゃない!」

「……なんか……いつも言われるお礼と違うような感じがして……」

「そりゃあ、長年続いてた悪しき遺産を断ち切ったんだから、言葉の重みが違うでしょうね」

「言葉の……重み?」

「そうそう!」


やはり言葉の意味にピンと来ていないのか、ユイカはラースの顔を見上げたままずっと呆けている。

ミヤトはユイカの様子に、初めて心から感謝をされて戸惑っているのだろうと察した。

そう思って微笑ましく眺めていれば、シャーネが何か悪だくみを考えているようにニヤニヤと笑みを浮かべる。


「な~にぃ? ユイカもしかして、ラースのこと好きになっちゃったの?」

「は!?」

「え?」

「あら」


三者三様に声をあげる。

アサカは口元に手を当てて「そうなのユイカ?」などと余計な追究をしようとしている。

その間にミヤトは慌てて割って入り阻止し、ラースへと視線を移す。

彼は片手で頭を抱えて、近くの机にもう片方の手をつくと、苦難な表情で何かを呟いているので耳を澄ませる。


「親友と三角関係か……俺はいったいどうすれば……」

「ならないならない! ならないよなユイカ、な!?」

「おもみ……」


同意を求めるも、ユイカはふわふわとした様子でシャーネの言葉を復唱していた。

ミヤトの言葉も、周りの騒ぎもユイカには届いていないようだ。


とりあえず、ミヤトにとって好都合であったので全員を蹴散らすように、自席に帰らせた。

といっても女子三名の席は近いのであまり意味をなさないかもしれないが。


やきもきしながら、ミヤトが自席に戻ろうとすれば「ミヤト」と声を掛けられ、そちらを向く。

ヴィンセントが「ちょっといいか」と廊下を指さしている。

ユイカの様子が気になりつつも、ミヤトは了承し、ヴィンセントの後についていく。

着いた先は人気のない屋上に続く階段で、ヴィンセントが尋ねてきたのはラースの家で何があったのか、であった。

何も隠すことはないのでミヤトは快く説明する。


「シュクツァル家の守護者に会ったのか……!?」

「ああ。アサカがいたからなんとかなったけど……もしもいなかったら、継承は止められなかっただろうな」


ヴィンセントが危険視していた事柄だったので、驚くのも無理はないだろう。

ラースが言っていた、継承に影響が出る者でなければ遭遇しないという守護者の説明も、今考えてみればユイカがいたから現れたのだと納得できる。

ヴィンセントは少し黙り込んで何かを考えているようだったが、顔を上げて再びミヤトに問いかける。


「守護者はどんな姿をしていた?」


真摯な瞳を向けられ、ミヤトは咄嗟に目を逸らした。

――不自然だったかもしれない。

思い出されるのは氷像がユイカの見た目をしていたこと。

責められているわけでもないのに、全身から嫌な汗が噴き出て、どくどくと胸の鼓動が速くなる。

動揺していることを悟られないように、平静を装って逆に問う。


「どうして、そんなことを訊くんだ?」

「ああ……そうだな。シュクツァル家の守護者は歴代の勇者の姿を模しているんだ。女神にとっては最高の守護者なんだろうな。とはいえ、シュクツァル家の継承をわざわざ邪魔しようなんて貴族は、今までいなかったから、どんな姿をしているのか気になってな」


ヴィンセントの説明する声が徐々に遠くなり、ミヤトは自身の思考を働かせるのに必死だった。


「(ユイカが勇者――?)」


正直、まさか、と笑い飛ばしたかったが、地下室で見た光の魔力が頭にちらつき、疑惑を完全に払拭できない。

しかし、アサカはあの氷像はユイカではないと否定した。

彼女は、ユイカを戦わせたくない節があるから、それが理由だとしたら認めようとしないのも腑に落ちる。

そこまで考えて、ミヤトがアサカとユイカを守るために出した答えは――


「若い男の氷像だったよ」

「そうか」


虚偽の回答だった。

ヴィンセントも特に疑いもせず頷き、納得してくれたようだ。

自分を信用してくれているヴィンセントに嘘を吐いたことに心苦しさを感じたが、ミヤトはアサカの気持ちを優先させた。

信じると、決めたから――。



教室に戻り、それぞれ自席へと向かえば、ふと視界に頬杖をついて窓の外を眺めているエリアの姿が入る。

彼女の顔は涼し気なのに、どこか浮かない表情にも見えてしまう。

仲違い、というわけではないがあれ以来まともに話しをしていない。

エリアが意識して避けている感じもする。

ミヤトは深呼吸し、エリアの傍に行き声をかける。


「おはよう、エリア」

「……おはよう、ミヤト」


顔を上げたエリアはぎこちない笑みを浮かべて挨拶を返した。

ミヤトも同じく少し気まずかったが、謝ることを先延ばしにするのは良くないと勇気を振り絞る。


「この前はすまなかった。俺、感情的になっててエリアの気持ち、全然考えてやれてなかった」

「――優しいな、ミヤトは」


エリアはポツリと呟いた。

切なさと羨望が混じった瞳を向けられ、ミヤトはたじろぐ。


「あの時、ミヤトは私を冷たい、と思っただろう?」

「思わなかった、と言えば嘘になるな……。だけど、あの時のエリアは当たり前のことを言っただけだ。俺の理想論とは違う、大人の理性的な考えだよ」

「いや、私は冷たいんだ。何も間違ってはいないよ……」


エリアは寂し気に目を伏せると黙り込んだ。

落ち込んでいるような雰囲気であるが、なんとなく今はこれ以上なにかを言うべきではないと感じ、ミヤトは声を掛けずにそっと離れた。


ホームルームが始まり、久しぶりに会った担任のセーラは少しやつれていて、生徒たちへの最初の言葉は休んでいたことの謝罪だった。


そして、ホームルームが終わった瞬間、突然椅子が大きく動く音がする。

見ればアサカが目を見張って立ち上がっている。

彼女は窓の外に顔を向けたと思えば、すぐに教室の扉に視線を変えて、駆け出し教室を出ようとする。


が、気づいたヴィンセントが魔力を使い、一瞬のうちに回り込み、扉の側面を手で押さえ、横開きのドアを開かないように阻止した。


「急いでどこに行く気だ?」

「街よ」


ヴィンセントの問いにアサカは端的に答え、ドアの取っ手に手を掛けた。

と同時にけたたましい音の校内放送が流れる。以前と同じ音だ。


流れる放送も想像していた通り、魔物が出現したという報せだった。

生徒の視線は教卓の前に立っているセーラへと注がれる。


彼女はぐっと喉を鳴らすと、少し迷う素振りを見せたが、深呼吸すると覚悟を決めたように口を開いた。


「私は、魔力を持たない人が、魔物に対してどれほど無力かをこの目で見て、知らしめられました。恐らく、魔力を持たない人より皆さんの方が魔物に対して抗うことができるでしょう。だから――」


セーラは言葉を切り、ゆっくりと丁寧に頭を下げた。


「一緒に戦ってください。勿論、無理にとは言いません。出来る方のみ、お願いします」


以前とは違うセーラの変わりように、ミヤトは彼女が目にした凄惨な現場を推し量り心を痛める。

彼女の人生観が変わる何かがあったのは一目瞭然だった。

セーラの懇願に、アサカが第一声を上げる。


「分かりました。ヴィンセントくん、どいて」

「……はー。分かった。――誰かはユイカと残れ、僕はアサカに付く」


ヴィンセントはそれだけ言うと教室を出たアサカの後をうんざりした表情で追っていった。

ユイカがのんきに「いってらっしゃ~い、アサカちゃーん」と手を振っている。

どうやらミヤトに打ち明けていた通り、本当に彼女は吹っ切れているようだ。


ミヤトポケットの携帯を握りしめ、心を落ち着かせる。

母は何かあればすぐに連絡をするだろう、と自分に言い聞かせ、そして、立ち上がり魔物討伐へと向かった。





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