47.信じるよ
「ユイカ!?」
倒れたユイカに駆け寄り上体を抱き上げるが、顔色が青白く、ぐったりとしている。
ラースとシャーネも急いで傍に近づくとユイカの顔を覗き込む。
「どうしたの!?」
「分からない。急に倒れたんだ」
「客室にベットがあるからそこに運ぼう」
「分かった」
ミヤトはシャーネに手伝ってもらいながらユイカを背負い、案内するラースの後ろへと続いた。
客室に着くとミヤトはベッドに腰掛けてユイカを降ろそうとしたが、いつの間にか首に回されているユイカの腕が手でガッチリとホールドされていて剥がすことができない。
「ちょ、ユイカ! 布団、布団があるから横になったほうがいいぞっ!」
「あー! もう! 何やってんのよ! ほら、あたしが手伝ってあげるから貸してみなさい」
シャーネはミヤトの力のなさをやれやれと呆れているようであった。
ミヤトからしたら尋常じゃない力の強さだったため、腑に落ちないが、シャーネの方が力が勝っているので頼るしか無かった。
シャーネがミヤトの前から近づきユイカの手を掴むが、すぐに「か、かった……!?」と驚きの声を上げる。
いつの間にかユイカは気絶ではなく、眠りに変わっており、顔色も良くなって気持ち良さそうに寝息を立てているというのに、その握力の強さは絶対に離してなるものかという意思すら感じられる。
なんとか剥がそうと四苦八苦している二人の様子を静かに見つめていたラースが、何かを考えついたのかハッとして「もしかしてこれは……!」と呟きのような声を上げる。
聴覚が過敏になっているミヤトとシャーネは顔を向ける。
なにか心当たりがあるのかと構えていれば、ラースは顎に手を当て神妙な面持ちで口を開いた。
「ミヤトくんと一緒に寝たいんじゃないのか……?」
「……真剣な顔して何を言うかと思えば……。そんなわけないでしょう!? どういう思考回路してんのよ!」
頭を抱えたシャーネが怒鳴れば、ラースはしゅんと落ち込んでいた。
ミヤトはラースの言葉にどぎまぎしながらも、どうすればいいのかを女子であるシャーネに指示を仰ぐ。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
「んー……このまま背負って帰るしかないんじゃない? アサカなら対処法も知ってるでしょ」
そこではたっと、三人は思い出す。
「「「アサカ(さん)!」」」
結構な大きさの声を上げたが、ユイカはよだれを垂らしながら気持ち良さそうにすやすやと眠り続けている。
アサカはちょうど屋敷についたようで出入り口に立っていた。
その腕にはミヤトたちに立ちふさがったメイドが横抱きにかかえられている。
穏やかに眠っている彼女は今の今まであのままでいたのか、皮膚が凍傷を起こしていた。
「魔力が残っていたらユイカに治してもらおうと思ったのだけれど、どうやら難しいようね」
ミヤトに背負われているユイカを見て、アサカはそう判断した。
取り敢えず場所を移動して客室に戻ると、アサカは抱えていたメイドをベッドへと丁寧に寝かせて掛け布団をかける。
メイドの顔にかかっている横髪を指先で優しく戻すと、アサカはラースに向き合った。
「ここまでしかできないけど、後は任せてもいいかしら?」
「ありがとう。医者には連絡したから、すぐに来ると思うよ」
「ならよかったわ」
ラースの返事を聞いて満足したアサカは、改めてミヤトと向き合い、背負われているユイカの顔を覗き込んだ。
「昨日魔力を貯めていたけど……やっぱりギリギリだったみたいね。近くにミヤトくんがいてくれて、よかった……」
「いや、俺はユイカを背負ってるだけだから、そんなに褒められるようなことしてないんだけどな」
アサカが言うには、一気に魔力を放った反動で魔力が枯渇したらしい。
通常、ユイカは魔力制限を行なっているので、それも相まっての症状だったのだろう。
「(つまり、今落ち着いてるのは寝て魔力を回復してるからってことか……)」
急に怖いと呟き、倒れた時は時の女神の魔力の干渉を受けたかと心配したが、打って変わって幸せそうに寝ているので大丈夫そうだ。
「それで、ユイカが離してくれないんだが……どうしたらいいんだ?」
「そうね……。迷惑でなければ寮まで背負ってもらえないかしら」
「それはいいけど……どこか怪我でもしたのか?」
「いいえ。どうして?」
「いや、怪我してるからユイカを背負えないんじゃないかと思って……」
「あら? ミヤトくんは好きな女の子、背負うの嫌なのかしら?」
アサカの含みのある言い方にミヤトは、ハッと気づく。
これはアサカなりの恋のアシストだということに。
本人が寝ているので効果があるのかは定かではないが、好感度を上げるチャンスなのだ。
ミヤトはすべてを察すると元気よく「ぜひ背負わせてください!」と答えた。
その横でシャーネが冷ややかに「肩によだれついてるわよ」と指摘しているが、些細なことである。
客間のドアがガチャリと音を鳴らす。
医者が来たのかと注目すれば、ラースの父親が無機質な表情で部屋に入ってきて、ラースのもとへと歩み寄った。
そして手のひらを広げると無色透明に輝いている核をラースへと差し出す。
「ラース。これを」
「ありがとう父さん」
ラースの核を届けにきたようだ。ラースは手のひらから核を受け取ると収納した。
ミヤトはそれを見て、そういえば、と思い出す。
ユイカが、倒れてしまってバタバタしてしまったため忘れていたが、ラースの父の核は正常に戻っているのだろうか。それを確認しなければ、ミヤトの中で一件落着とはいかない。
「あの、ラースのお父さんは本当に感情を取り戻せたんでしょうか?」
ミヤトの問いかけに、ラースの父は無機質な顔を向けて瞬きし、ゆっくりと口を開いた。
「――久方すぎて、表情筋が動かないようだ。不快にさせてしまったなら、すまなかった」
「す、すみません。そうですよね……」
何年ぶりかは分からないが、それは当然であったとミヤトが頬をかけば、誰かが噴き出した。
見れば、ラースが口元を押さえて肩を震わせている。
「そうか……! 父さんも表情筋があったのか……!」
ラースはそう言うと、笑い声を上げる。
それは少年が新しい発見をしたような表情で。
普段見れないその姿に最初は驚いたミヤトだったが、その顔を眺めていれば自ずと口元が緩んだ。
ラースに泊まるよう提案もされたが断り、ミヤト、ユイカ、アサカ、シャーネは林間地帯を降り麓まで戻った。
「それじゃあ、あたしはここで。一緒にいるところ見られたら不味いしね」
「ああ。色々とありがとうな。気をつけて帰ってな」
「シャーネ、あまり一緒にはいられなかったけれど、来てくれてありがとうね」
「え……。あ、その……私はっ! し、シャーネという名ではなくてよっ。茨の女王とお呼びなさい!」
「ふふ。それじゃあ茨の女王様、ありがとうございました」
「〜っ! それじゃあ私は、これで失礼させてもらうわ!」
「(今ごろ羞恥が芽生えても遅いような気がするが……)」
ミヤトは茨の女王、もといシャーネは仮面の下が赤面のまま走り去っていった。
その背中を見送ってから、ミヤトたちは再び歩みを進める。
暗い夜道を街灯が照らしている中、アサカに屋敷であったことを語りながら歩を進めていく。
相槌を打っているアサカを見て、ミヤトは愛想笑いを浮かべる。
理由は、自分の中で一つだけ引っかかっている事があったからだ。
「アサカ」
「ん?」
「あの氷像って、ユイカだよな?」
「……」
アサカの足が止まる。生まれた沈黙に、ミヤトの胸がやけにざわつく。
耳にはユイカの寝息だけが聞こえる。
沈黙が語っているのは肯定ということなのか。
それでもミヤトは返事を急かすことなく、じっとアサカの返答を待つ。
「――ユイカじゃないわ」
否定の言葉が耳に入り、無意識に視線を下げていたミヤトは顔を上げてアサカを見る。
「信じてくれる?」
苦笑いを浮かべるアサカを、ミヤトは黙ったまま見つめる。
昨日、アサカは、独りよがりだったミヤトの思いに迷いなく同調し、隣にいてくれた。
それがどれほどミヤトの心を助け、強くいさせてくれたのか、彼女は知らないだろう。
そんなアサカのことを疑うことなんて出来ない……したくない。
だからミヤトが、出す答えはただ一つ。
「ああ。俺はアサカのことを信じるよ」
揺るぎない返事。決して曇ることはない。
この先何があってもアサカの言葉を信じようとミヤトは心に決めた。
寮の前に到着し、アサカがユイカに触れるとあんなにがっちりに掴んでいた手はあっさり離れた。
正直なところ、ユイカが離してくれないことをこっそり喜んでたミヤトは、もしかしたら今回も、と少し期待していたので、背中が軽くなった事実になんとなく虚しさを覚える。
そんなミナトの気持ちなどつゆ知らず、アサカはユイカを背負い、ミヤトと向き合った。
「それじゃあミヤトくん、気をつけて帰ってね」
「アサカも気をつけて部屋に戻るんだぞ」
アサカは苦笑しながら頷き、背を向けると寮の中へと入っていった。




