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4.運命


入学式後は教室でオリエンテーションを受け、下校となった。

ミヤトは一旦帰宅し、夕方から初出勤のコンビニバイトへと向かう。

勤務地は学園の駅近く。


コンビニに入る前にミヤトの目の前を、黒い蝶がふわりと舞う。

あまり見ない蝶だ。

ミヤトは一瞬だけ気を取られたが、自動ドアのセンサーが反応するとバイトへと意識を切り替えた。


ミヤトがレジ店員に挨拶をしていると自動ドアが開く音がした。

そちらに目を向けることなく話を続ける。

入ってきた客は店内に一歩足を踏み入れると足を揃えて立ち止まり、すぅっと息を吸った。


「初めまして! 今日からここで働かせて貰うことになりました、ユイカと申します! どうぞよろしくお願いします」


迷いなくハキハキと挨拶した後、ユイカと名乗った人物は頭を深々と下げる。

店内が静まり返る。

ミヤトはその声と名前に驚愕した。


「(まさか、そんなことってあるのか……!?)」


にわかには信じがたいが、それを確かめるためにミヤトは顔を声の主へとゆっくり向ける。

彼女は掴みはバッチリと言わんばかりに、やりきった表情のまま上体を起こす。


「え!? ミヤトくん!?」


声を上げたのはプラチナブロンド色の髪を持つユイカであった。

彼女も驚いており、瞳が丸くなっている。

ミヤトは不思議とユイカが輝いて見えた。

今朝といい、今といい、これはもう運命と決定づけしてしまっても異論ないのでは?と思うくらいにミヤトはユイカに釘付けであった。


「なに? もしかして二人とも知り合いなの?」


レジ店員の女性の問いかけに二人は同時に「はい」と返事し頷いた。

バイトの研修後、二人は同時刻に退勤する。

研修中ということもあり、最低限の会話を交わしていたものの、喋りたりなかったユイカは拘束が解かれるとミヤトに笑顔で話しかける。


「凄いよね! 偶々バイト先が同じだなんて! ビックリしちゃった!」

「ああ。俺もだよ。ユイカ見たとき運命感じたくらい、驚いた」

「運命? ……うん! きっとそうだよ! だってこんな偶然あり得ないよね!」


ミヤトはそれとなく偶然を運命に置き換えることに成功した。

ユイカの同意に調子に乗ったミヤトは「(やっぱりそうだよな!)」と心のなかで何度も頷き、幸せを噛み締めていた。


一緒に店内から出ると日は沈んで、辺りは暗かった。


「ユイカはどこに住んでるんだ?」

「学校の寮だよ」


人通りはあるものの、夜道をユイカ一人で帰らせるのは心配になったミヤトは寮まで送ると申し出する。

駅と学園は正反対の位置にあるためユイカは断ったが、ミヤトの押しに素直に甘えることにした。


住宅街の塀続きの道に入れば、人通りがなくなる。

等間隔に置かれた街灯が夜道を照らしており、道の真ん中に猫が座っている。


「あー! 猫ちゃんだ!」


ユイカが黄色い声を上げてしゃがみ込む。

あやすように指を動かせば、人懐っこい猫だったようでユイカに近づくと足元に擦りよってきた。

ユイカは嬉しそうに口元を綻ばせる。


「(ユイカと猫が合わさると可愛いと可愛いで癒されるー)」


ミヤトが鼻の下を伸ばしながらユイカと猫を見守っていれば、猫を触っていたユイカが突然猫に覆いかぶさる。

と、同時に彼女の背中を黒いボールのような影が襲う。

「痛っ!」と反射的に声を出したユイカにミヤトは慌てて駆け寄る。

背中に当たった黒いボールは対角線上に飛んでいく。


「大丈夫か!?」


ミヤトの声かけにユイカは猫を抱えながら体を起こし頷く。


「う、うん」


当たったと思われる背中には爪痕のような皺が制服に薄っすらと見える。

猫は突然の出来事にびっくりし、今にもどこかに飛び出そうとユイカの胸の中で暴れだす。


「わ! わわ! 今出ていったらさっきのに襲われちゃうよ!」


身体がグニャグニャする猫をユイカは手をあちらこちらに動かし、なんとか落ち着かせようとする。

ミヤトは先ほどの影の正体を確かめるためにあたりを見回す。


寮に行く道の先に、人の顔ほどの丸く黒い毛の塊が視界に入る。

目を凝らし、その存在を観察する。

細長く赤い瞳はギラギラと輝き、不揃いの歯をむき出しに涎のような液体がだらりと流れ出ている。

動物とは違う初めての生物にツルギは半信半疑の憶測を口に出す。


「あいつ魔物か?」


ようやく宥め終えた猫を抱えながらユイカが緊張した面持ちで「そうだと思う」と頷く。

魔物の形は多様ではあるが、一見して明らかに異質なものであればそう捉えるのが世理だ。

魔物と遭遇した場合、逃げて通報するのだが、ミヤトには戦う術がある。


「ユイカ、俺の後ろに!」

「う、うん」


初めての戦闘だが、やるしかない。

ここで逃げて通報する間に、被害が出ないとは限らない。

父のような犠牲者をださないためにも、ミヤトは戦うことを選んだ。


魔力が備わる者は宝石のような形をした核を生まれながらに所持しており、それは通常心臓に収納されている。

心臓が魔力を生出し、核にそれを注ぎ込む。

そして魔法を使う際は核を取り出し、使いやすいように具現化させ、魔具にする。

体内で魔力を放出するよりは具現化したほうが、皮膚などの阻むものがない状態で発揮できるため効率が良いとされているためだ。


ミヤトは心臓に収納している核を右手に取り出すイメージをし、掌で握りしめる。

そうしてミヤトの手に握られたのは核ではなく刀。

刀身は白い光の魔力を纏いキラキラと輝きに満ちている。


ミヤトは具現化した刀を両手で握りかえると、ふーと息をついた。

核に注ぎ込まれていた魔力は行き場をなくし、身体全体へと流れ出す。

肉体強化。

魔力が全身に行き渡ることで常人の域をやすやすと超えることができるのが魔法使いのなせる力であった。


刀を中段に構え、魔物を見据える。

魔物はミヤトをじっと見ている。

背後にいるユイカの抱く猫に用があるのだろう。


「(だとすれば、仕掛けるよりは迎え撃つ……!)」


方針を決め、魔物の動きに集中する。

魔物が跳躍し、ミヤトに向かう。

思っていたより速い速度。ミヤトは刀を振るうが焦りで距離感を誤る。

チッーー。

刀身に魔物の身体が掠った。

しかし、手応えがなく、良くてかすり傷を負っている程度だろう。

魔物は勢いを落とすことなくミヤトの体にぶつかる。

足に力を入れ踏ん張るが、魔物は驚いたのか跳ね返るとそのまま寮への道へと跳び去っていく。


「しまった!」


焦りを口に出したミヤトは、魔物を追い走る。

ユイカも猫を抱えながら彼の後を付いていく。

しかし、そこまで走ることなくミヤトは足を止める。


暗い道の先にすらりとした体躯の人間が大鎌を掴み佇んでいる。

膝丈の服の膨らみがひらりと風で揺れ、それが女性だと判別できる。

街灯の下ではないというのに、大鎌の刃は鋭く光り妖しく輝く。

言いようのない緊張感にミヤトは一瞬ぞくりと身体がこわばり、刀を握った手に力が入る。

女性は伏せていた顔を上げるとミヤトたちの方を見た。


「ユイカ、迎えに来たよ」

「アサカちゃん!」


目の前の女性が声をかけるとユイカが嬉しそうに返事をする。

はっとしたミヤトの横をユイカは通り過ぎ、女性へと駆け寄る。

ユイカが笑顔で話しかけている相手が制服姿のアサカだと視認したことで、ようやくミヤトは肩の力を抜いた。

そんなミヤトを気にすることなく彼女はユイカの抱いている猫の顎の下を指で撫でて、微笑んでいる。


「なんだアサカか……」

「あら? お邪魔だったかしら?」

「お邪魔ではないが……あ! それより魔物がこっちにこなかったか!?」


ミヤトは再び力を入れて刀を構え、周りを見回す。

それを見たアサカがゆるりと地面を指さす。

視線を落とせば先ほどの魔物は縦横、四つに切られ地面へと転がっている。

唖然としたミヤトが目をアサカへと戻す。


「アサカがやったのか?」

「ええ。だけど私の闇の魔力じゃ魔物の核は壊せないから、申し訳ないのだけれどミヤトくん。核を破壊してくれないかしら?」


切られた断面から血を思わすような紅い結晶が見えており、アサカはそれを鎌の刃先でコツンとつつく。

ミヤトは頷いて、緊張した面持ちで刀を振り下ろす。

音を立てて核が砕けると魔物の肉体は砂のようにサラサラと消滅していく。

それを目にした時、ミヤトはポツリと呟く。


「本当に消滅するんだな」


一般的な知識として魔物は核を破壊すれば肉体が滅びる。

そして、核を破壊しなければ肉体は再生し続ける。

心得てはいたが、それが真であったとミヤトは実感する。

アサカは魔物の消滅をじっと視認しながらミヤトに相槌を打つ。


「そうね。――そして、闇の魔力じゃ核は壊せない、か」


アサカは独り言のようにぼやき、自身の胸に手を当てる。

もどかしさがあるのか、その瞳は憂いを帯びている。

その隣でユイカが抱いていた猫を逃がす。さっと路地裏へと走っていく。


「バイバーイ!」


ユイカが猫に手を振る。

それを見たアサカが表情を緩める。


「バイトで疲れてるのに大変だったわね。二人とも怪我はない?」

「うん。大丈夫だよ」

「俺も大丈夫」

「そう。よかった」


返事とともにアサカの手から大鎌が消える。

ミヤトもそれを目にし、刀を核に戻し自身の中に収納した。

そうしてやっと肩の荷が下り、安堵の息を吐く。


「はー。……って、そういえば。魔物に遭遇したら連絡しなくちゃいけないよな。二人は携帯持ってるか?」

「持ってないわ」

「持ってないよ」

「そっか」


即答だった。

孤児院育ちの彼女たちに携帯を持つすべはなかった。

ミヤトは携帯を取り出し警察に電話する。

その場で待機になったことをユイカたちに伝え、3人は近場の塀へと並んで背を預けた。


「アサカは大鎌を使ってるんだな」

「ええ。あんまり使い慣れてないけどね」


ミヤトの言葉にアサカは困ったように苦笑した。

そもそも魔物との遭遇は確率が低く、実戦するなんてそうそうできることではないので、経験不足は誰もが同じことだとミヤトは今回のことで身にしみた。


「まあ、魔具なんて今まで使う機会なかったもんな。俺もさっき初めて魔物と対峙したけど……思ったように扱えなかったよ」


初めてのこととはいえ、対象を取りこぼした挙句、迎えに来たアサカにフォローしてもらった状況を改めて考えると少し情けない話である。

ミヤトは少し凹み、大きくため息をついた。


「そういえば、アサカちゃんの大鎌もカッコいいけど、ミヤトくんのもカッコよかったよね! なんていう武器なの?」


空気を変えるように明るい声音でユイカは問う。

興味津々なのか瞳は輝いている。

カッコいいという言葉にミヤトは耳を大きくし、高揚した。

自身に向けられた言葉ではないが、自分の作った魔具に対してであるならそれは同等の意味ととっても異存ないだろうと。

ミヤトは核を示すため胸に手を当てる。


「これは刀といって東の伝統的な武器なんだ」

「刀……! 剣とは形が違うよね」

「刀は斬ることに特化していて、剣は切れ味はあんまり重視されてないんだ」

「剣なのに?」

「剣なのに!」


それからミヤトは意気揚々と説明し、ユイカは笑顔で相槌を打つ。

アサカはそれを微笑ましそうに横目で見守っていた。

暫くして恰幅のいい男性警官が到着し、事情徴収が行われる。

質問にはミヤトが主に答え、ユイカとアサカは黙って頷く。


「それで、その魔物はどうなったの?」

「あ、えっと……一応俺たちが討伐してしまいました」


ミヤトはアサカをちらりと見る。

結局核を破壊しただけしかしていないので、手柄を取ったような言い方にならないよう気をつけたつもりだが、アサカはにこりと笑うだけで特に気にしていない様子だ。


「討伐したの? はー。流石は魔法学園の生徒さん。でも、あれって……核って見つけにくいんでしょう?」


警官が感心したようにミヤトの顔を見る。

魔物の心臓とも言える核は通常体中を移動しており、特定が困難である故の質問だった。

ミヤトは魔物の体が四つに切り分けられていたから分かりやすかったが、説明するには自分が関わっていないので「いや〜」と言葉を濁すことしか出来ない。

アサカが間に割って入る。


「私が闇魔力の所持者なので核の位置を見ることができるんです」

「ん〜? そういえばそんなことができる魔法使いがいるって聞いたことがあるなぁ」


警官は記憶を掘り起こすように上を見上げ、ペンで頭を掻く。

魔法の知識は薄れていたが、近年魔物の出現がぽつりぽつりと増え始め、知識の見直しが行われていたため警官は講習を思い出した。

闇魔力の所持者は魔物の力に近いため、核を感じ取りやすいと。


「なるほど。あとは周辺から被害がないかの聞き取りだな。……君たち協力ありがとう。気をつけて帰りなさい」


大ごとになることなく終わり、警官と別れた後三人は帰路についた。


寮の門前まで二人を送り届けるとミヤトはふと、ユイカの背中のことが気になった。

別れる前にアサカに気にかけてもらうよう伝える。


「なあ、アサカ。部屋に帰ったらユイカの背中を見てもらってもいいか? 猫を庇った時に魔物に引っかかれたみたいだから、傷が出来てないか念の為に確認してくれ」


ミヤトの言葉にユイカが慌てて手を振った。


「平気だよ! 制服がすごく丈夫みたいだから痛くも痒くもないよ」

「それでも相手は魔物だし、変な菌でも入ってたら一大事だぞ」

「えー。なんともないのにー。アサカちゃん、本当に大丈夫なんだよ。ほらこの通りピンピンしてるんだから」


ユイカはその場で大きくストレッチを始める。

しかし、痛みがないだけで傷ができている可能性だってある。

ミヤトはアサカに目配せする。


「任せてミヤトくん。責任を持って確認するわ」


アサカの返答にミヤトはほっとする。

咄嗟のことで庇えず、そのせいでユイカが怪我を負い化膿でもしていたらミヤトは自分が許せなくなる。

魔物は得体がしれないものなので慎重になりすぎるくらいが丁度いいのだ。

アサカが「それにーー」と言葉を続けたのでミヤトは耳を傾ける。


「ユイカが嫌だと言っても、いつも一緒にお風呂入ってるからその時に確認するわ」

「あー! ずるーい! 私が隠せないことをいいことに好き勝手見る気だー! じゃあ私も好き勝手見ちゃおー」

「あら。私怪我してないもの。見る必要なんてないわよ」


ユイカの抗議にアサカはふいっと顔を背けさらりと受け流す。

それに対してユイカが「でもでも!」と言葉を返そうとアサカに詰め寄る。


「い、一緒にお風呂……」


復唱したミヤトは想像しそうになったものを一生懸命に頭を振って消し去る。

気を抜けばいけない想像をしてしまいそうだ。


二人と別れ、家までの帰路も「(今頃お風呂……)」と考えては「(心頭滅却っ!)」と心のなかで叫び唇を噛み、煩悩を消し続けることとなった。


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