45.魔力を持たないメイド
両手にナイフを構えているメイドを、ミヤトたちは固唾をのんで見つめる。
ならばこちらも力付くで――とはならない。
寧ろ、友達の家の前で暴れるのは悪印象を与えかねないので、どうにか説得できないかとミヤトは彼女を刺激しないように下手に出た。
「いや、俺たちは戦いに来たわけじゃなくて……」
「引く気がないと見受けました。お覚悟を」
ミヤトの言葉を最後まで聞かずに、彼女はナイフを構えたままミヤトに向かって問答無用で突っ込んでくる。
ぎょっとしつつもミヤトは魔具を取り出し、腕の軌道とナイフの位置を計りながら刀で受け止める。
ナイフの刃を刀で受けると、刀に押し付けるようにナイフに体重を乗せてくるが、ミヤトはその重みに対して違和感を抱いた。
「(軽い……?)」
防いだ斬撃は軽かった。
魔法使いであるなら肉体強化くらいしそうなものだが、ホルスターからナイフを出した時点で彼女は魔力が使えないだけのようだ。
ミヤトが刀で押しやると、メイドは後方に飛び下がる。
一般人を相手にするのは気が引けたたため、ミヤトはもう一度説得を試みる。
「あの、一度武器を置いてもらって、話しを聞いてもらえませんか!?」
「くどい! 私は何を言われてもここを通すつもりはありません! 例え命を賭したとしても!」
「い、命って……」
ただ話がしたいというだけなのに、とりつく島もなさそうだ。
それにしても、彼女の忠誠心が高いだけだとしても、仕える者の友達に対して命を懸けるのは大げさのような気がする。
ミヤトたちとしても命を取るつもりはない。
どうしようかと困っていれば、後ろからシャーネが焦りを含む声音で「ミヤト! 大丈夫なの!? あたしも加勢しようか!?」と声を掛けてくる。
「大丈夫だ! 茨の女王はユイカを守っててくれ!」
「わかったわ!」
シャーネが心強い返事を返し、ユイカを連れて更に後ろにと下がる。
と同時に再び襲いかかってくる斬撃にミヤトは少しずつ後退しながら刀で防ぐ。
攻撃のキレ自体は良いが、肉体強化をしているミヤトからしたら子供と遊んでいるようなものだった。
とはいえ、鬼気迫る表情に精神的に押され気味ではあるが、だからと言って反撃するわけにもいかない。
にっちもさっちも行かない状況にどうするべきかと悩みながら後退りをしていれば、踵に何かが当たる。
斬撃を振り払ったタイミングで背後を確認すれば、いつの間にか分厚い氷壁が行く手を阻んでいる。
「(え!? 魔法は使えないんじゃ……!?)」
予期せぬ事態にぎょっとする。
聞いていない。
しかし、魔法が使えないと勝手に判断したのはミヤトなので、魔具の不使用も、肉体強化をしてないのも、欺くためだったと考えれば腑に落ちる。
「ミヤト! 横に避けなさい!」
シャーネの鋭い叫びに、ミヤトは嫌な予感がして素早く指示通り避ける。
シャーネの腰が入った殴打が氷壁を貫き、力の衝撃で、大小バラバラの氷の欠片が前方に向かって飛び散った。
完全に虚を突かれたメイドは小さな悲鳴を上げながら氷の欠片をその身に受けて、背中から地面へと倒れ込んだ。
シャーネは呆気にとられた表情で、簡単に倒れてしまったメイドと氷を交互に見ながら、驚愕の声を上げる。
「え!? ちょ、ちょっと!? あんた、弱くない!? え!? でも氷が!? なんで!?」
一般人を殴ってしまったのかとあわあわしているようだ。
その言葉を耳にしたメイドは恥じらうようにかあっと顔を赤く染めて、素早く立ち上がるとシャーネを睨みつけた。
シャーネもミヤトと同じように感じたらしい。
となるとこの氷壁はなんだ、とミヤトは殴打を受けずに残っている氷の山を見下げる。
「(彼女が魔法を使えないのだと仮定するとしたら、魔法を使える第三者がいる?)」
あたりを見回してみるが、人の気配はない。
そしてミヤトはメイドの背後、屋敷を眺めるように観察した。
すると2階の窓越しからラースが、こちらを見下ろしていることに気づいた。
ミヤトはそれを確認すると、安堵の息をついて魔具を収納し、肉体強化も解いた。
そして、距離が開いているメイドと改めて向き合った。
「さっき命を懸けて、って言ってましたけど、俺たちの命を奪ってでも止めたいと思っているんですか?」
「……儀式の邪魔をするなら、それもやむを得ないでしょう」
「なら、ナイフをここに投げてくれ」
ミヤトは自分の胸を親指で指した。
突拍子もない発言に、集中しているユイカ以外が絶句する。
数秒おいて気を取り戻したシャーネが咎めるために声を上げる。
「ちょ、ちょっとミヤト!? あんた何言ってんの!? そんなことしたら……」
「……よろしいのですか? 私は本気で投げますよ」
シャーネの言葉を手で制止したミヤトは頷いた。
メイドは一瞬顔をしかめ、迷いを見せたが、瞳を閉じて心が決まったのか、開眼すると身を翻した。
ナイフを掴んでいる右腕を左へと流すと、手にしていたナイフと共に右足を前に踏み込んで放つ。
投擲は一寸の狂いもなくミヤトの胸へと吸い込まれていくが、胸に到達する前にナイフは氷に包み込まれ地面に縫い付けるようにその場とどまった。
シャーネは目にした一部始終を、メイドに問う。
「……え? やっぱり魔法が使えるってこと、なの?」
彼女は応えることなく、ただ呆然としながら氷に包まれたナイフを見つめている。
その時、屋敷の扉が勢いよく開く音がして、皆が目を向ける。
ラースが酷く焦った様子で姿を現し、ミヤトたちに駆け寄った。
「怪我はないかい!?」
「ああ。ありがとうな、ラース」
ミヤトはようやく会うことができたラースに笑いかける。
やはりメイドは魔力がないただの人で、魔法を使っていたのはラースだった。
彼女の攻撃には鋭さがあるのに対して、魔法の使用者はあまりにも爪が甘い。
本気で魔力で攻撃してくるなら、行く手を阻む壁だけではなく、刀の可動域を狭める補助もするべきだ。
攻撃への補助が消極的すぎた。
となると、使用者はミヤトを積極的に傷つけるつもりはないと考えると、窓際から見ていたラースしかいないだろう。
ミヤトは改めてラースと向き合った。
「ラース、話しをしたいんだ。聞いてもらえるか?」
「……」
「行かせるわけにはいきません!」
メイドが怒鳴る。
反射的に彼女の方を向けば、目を苦しげに細めていて、何かに縋るような面持ちでこちらを見ているが、その瞳はどこか遠くを見ているようで。
その姿は、彼女の瞳は本当にミヤトたちを映しているのかと思わせた。
「継承を邪魔することは許さない! 邪魔されると分かっていて見逃したら神様が怒るもの……! 私はこれ以上いらない人間だと思われたくない! だからっ! 魔力のない私が神様に赦されるためには、シュクツァル家が犯した罪を見張り続けなければならないの!」
取り乱し、感情のままに叫ぶ姿は何かに囚われているようであった。
その怒声を浴びたミヤトは至極冷静に、しかし、気遣うように言葉を返した。
「その理屈で言うなら、魔力を持っているラースは神様に赦されているってことになるんじゃないのか?」
その言葉に彼女はショックを受けたように言葉をなくし、愕然とその場に膝から崩れ落ちる。
突きつけられた言葉が相当堪えたのか、力なく項垂れている。
ラースはそんな彼女を悲痛な面持ちで見下ろした後、ミヤトたちの傍へと歩み寄った。
「君たちを危ない目に合わせてしまって、すまなかった。だけど、彼女のことを悪く思わないでほしい。もともとは優しい人なんだ。ーーただ、生い立ちのせいで追い詰められていて、混乱しているだけなんだ」
「ああ。わかってるよ。元はと言えば、俺たちが勝手に来ただけだしな」
ミヤトはクラスメイトの言葉を思い出す。
魔力を持たない人を人とは思っていない貴族がいると。
目の前の彼女とそれが関係しているのだとするなら、彼女の苦しみを責められるわけがない。
ミヤトは憐れみの目を向けてメイドを見ていたが、はっと目的を思い出す。
「そうだ! アサカがこの家の守護者に襲われているんだ! どうにか止める方法はないか!?」
「守護者に? 彼は儀式に悪影響が及ばない限り姿を現さないはずなんだけどな……」
「だから俺たちを危険視して――」
「今までどうやっても止めることはできていないから、それはないよ。儀式さえ終われば彼は消えるから、父さんに事情を話して早めるよう交渉してみるよ」
アサカのことも気になったが、意図せずラースの継承を早めてしまったことに焦る。
しかし、氷像がとまらないとなるとアサカは戦い続けることになる。
八方塞がりの状況に頭を抱えるが、ラースが屋敷の中へと促すので、とりあえず今は従うしかない。
「ほら、あんたも。こんなところにいたら風邪ひくわよ」
シャーネが、今も地面にへたり込み続けるメイドに手を差し出すが、彼女は項垂れたまま手も見ようとせず小さな声で「……いいえ。私はもう少しここにいます」と答えた。
困ったように息を吐くシャーネだったが、独りになる時間も必要だと考え、ラースたちと共に屋敷に入った。
凍っている地面が体温を奪っていく感覚が、今の彼女には心地が良かった。




