44.見知った形の守護者
放課後、アサカが図書館で調べ物をしたいということで、ユイカも連れて共に図書館へと足を運んでいた。
席に座り三人で黙々と本を読み耽っていれば、途中アサカが本を探しに行く時間があり、ユイカと二人きりになる。
ユイカは料理本をよだれを垂らしながら眺めている。
今日一日過ごしたが、いつも通りすぎるユイカに安心しつつも、ミヤトは自分の中にある罪悪感を完全に無視することはできなくて、気がつけばそれを口にしていた。
「ユイカは、俺があの時アサカを助けにいかなかったことを責めないんだな」
レシピ本から顔を上げたユイカはミヤトの言葉に首を傾げたが、合点がいったのか笑顔で頷いた。
「うん。だって、私はあの時、ミヤトくんが自分のお母さんを選んでるのを見て凄く安心したんだよ」
意外な言葉だった。
ユイカにとって大切なアサカを助けにいかなかったことに、きっと失望されているだろうと思っていたからだ。
ユイカは本を机に置いて、目を伏せる。
「実はね、アサカちゃんが私を置いて街に行った時、ちょっと不安だったんだ。もしかしたらアサカちゃんは、私のことを選んでくれないんじゃないかって」
あの時、ユイカがずっと覇気がなかった理由が判明した。
以前に聞いたユイカの望み。
彼女はそれが叶わないのかと不安になっていたのだ。
ユイカは話を続ける。
「その後も、教室の子が誰も家族のところに行かなかったから、私の考え方が間違ってるのかなって思っちゃってて……だからミヤトくんがあの時動いてくれて、よかった。どんな状況になっても、最後に選ぶのは家族なんだって分かれたんだもん。これからは安心してアサカちゃんを見送れるよ」
そう言ってユイカはミヤトに屈託のない笑顔を向けた。
偽りない思いの言葉。
まさか自分の行動をそんなふうに捉えていたとは。
ユイカはやっぱり不思議な子だとミヤトは思った。
次の日のユイカはアサカにずっとくっつきっぱなしであった。
前や背後、横からと、あらゆる角度から抱きしめては「包み込む……」という謎のキーワードを口にしていた。
理由をアサカに問えば「言ったでしょう? ユイカの頑張りにかかっているって」と答える。
よく分からないが、彼女にとっては切り札なのだろう。
そして学校が終わり、早速ミヤトたちはラースの家へと向かう。
ラースの家は王宮より北に進んだ林間地帯に位置しており、ちょっとした山登りをしなくてはならなかった。
道中、ユイカはずっと眉間に皺を寄せては「包み込む」を呟き続けていた。
アサカ曰く集中しているらしい。
林間地帯の途中から、領地だと言わんばかりに地面はゴツゴツした氷で覆われており、気を抜けば滑りかねなかった。
ようやく荘厳な屋敷が小さく見えてきて安心したが、行く手に人型の氷像が置かれている。
それは歩みを進めれば進めるほど鮮明に見えてきて、ミヤトは全体を視認できるまでくると反射的に足を止めた。
氷像は子どもくらいの高さで、その形状を目視したときミヤトは「え」と思わず声が出た。
髪は肩の部分で掘り削られ、片手にはロッドを握っているが先端の飾りはハート型になっている。
「(ユイカ?)」
今のユイカがそのまま子供になったような氷像に目を奪われた刹那、視界に氷の塊が広がってミヤトは立ち竦む。
瞬間、頭で死が過ったが、塊はミヤトにぶつかる前に右へと流れていき、その後を白と黒の板が続いて流れていく。
と同時に硬いものを金属で殴ったような音が耳に響き渡る。
ズシャ、と氷が擦れるような音がして右を向けば氷像が地面に膝をついてこちらを見つめている。
「なるほど。これが守護者というわけね」
そう呟いたアサカは大鎌を手にし、警戒を解くことなく氷像からミヤトとユイカを庇うように対峙する。
ミヤトの顔面目掛けて放たれたロッドの突きに、いち早く気づいたアサカがミヤトの一歩前に出て魔具を出現させてロッドの柄を刃物で払ったようだ。
死を感じた動悸が未だにおさまらないミヤトに、アサカは振り返らずに、声を掛ける。
「ミヤトくん、ユイカを連れて先に屋敷のほうに行ってほしいの。恐らくだけど、あれは根本をどうにかしなくちゃ延々と襲いかかってくるはずよ。だから、よろしくね」
「一人で大丈夫なのか?」
「……あれは私じゃなくちゃ倒せないから」
アサカはそう断言すると氷像が動くより先に地面を蹴って突っ込んだ。
ミヤトは迷いを振り払い、ユイカの手を掴むと屋敷に向かって走った。
背後で金属音が響き、アサカの様子が気になって足を止めずに振り返る。
先ほどいた場所では、目を凝らさなければついていけないほどの攻防戦が行われていた。
アサカは大鎌の間合い取られると、瞬時に魔具を収納し、身をかわしてロッドの柄を手で掴むと遠心力を使ってそのまま木がある方向へと氷像をぶん投げる。
ぶつかった木が衝撃に耐えきれず音を立てて倒れるが、立ち上がった氷像は破損しているようには見えない。
ミヤトはそれを目にして、どれだけ攻撃をしても氷像は魔力でできているため、壊れることはないのだと悟る。
「(いくらアサカの力が上回っていたとしても、疲労がない相手に延々と戦い続けるのは無理だ)」
人の体力は無限ではない。
だからといってミヤトが残ったところで意味はない。
寧ろアサカの邪魔になるだけだ。
ミヤトは屋敷へと急いだ。
林間を抜けるとの鉄格子の巨大な門扉が見えた。
安堵したのも束の間、誰かが門の前に立っている。
新手かと思ってミヤトは身構えるが、その誰かはどこかで見覚えのある仮面を装着している。
遊園地でシャーネが装着していた仮面だ。
髪色もピンクで特徴的な体形まで一緒だったため、ミヤトはぎょっとしながら思わずその名を口にする。
「おまっ! シャー……グフッ!」
が寸でのところでシャーネが間合いを詰めてミヤトの腹を軽く小突いた。
「えー!? 茨の女王様ー!? どうしてこんなところにいるのー!?」
ユイカの集中力が切れた。
爛々と瞳を輝かせてシャーネ、もとい茨の女王を見ている。
ミヤトはまずいと思い慌てて声をかける。
「ユイカ、アサカに頼まれてるだろ?」
「はっ! いけないいけない! 包み込むように……包み込むように……」
首を横に振って、再び集中を取り戻すユイカにミヤトはほっと息をつく。
そしてシャーネに改めて向き合うと、こそこそと耳打ちでする。
「どうしてシャーネがここにいるんだ? 家に帰ったんじゃなかったのか?」
「シャーネ? 何のことかしら? 私は茨の女王よ。貴方達、友達を助けたいんでしょう? なら力を貸すわ」
白を切り通すらしい。
まあ昨日彼女は貴族との軋轢を気にして動けずにいたらしいので、正体がバレなければ問題ないとの考えに至ったのだろう。
「ところでアサカはいないの?」
そういえばシャーネが先に着いているのなら、あの氷像をどうやって回避したのだろうか。
「氷像に会わなかったか?」
「氷像? なにそれ?」
シャーネは不可解そうに首を傾げる。
どうやら彼女は会わずにここへ辿り着いたようだ。
ミヤトはアサカの状況を端的に説明する。
「アサカは今交戦中だ」
「ええ!? だ、大丈夫なの!?」
「今はなんとかなってるが、早くラースに会わないといけないんだ」
止めていた足を再び動かし、門扉を開けて敷地内へと足を踏み入れる。
視界に入る全てが氷で出来ており、門と屋敷を繋ぐ道から見える庭は氷の花壇に氷の花が咲き誇っている。
屋敷の玄関前に着くとドアノッカーを三回叩く。
しばらく待っていると扉が開いて、中から若い無愛想そうなメイドが出てきた。
ミヤトは安堵を浮かべながら言葉をかける。
「あの、俺たちラースくんの友達なんですが、ラースくんに会わせてもらうことはできませんか?」
彼女は応えることなく一歩前へ進み出たので、ミヤトたちは無言の圧を感じて後ろへと後退する。
そうして屋敷からエントランスへと立つと彼女は扉を閉めた。
その一連の動作はミヤトたちを中に入れる意志がないことを伝えているようだ。
メイドは深々と頭を下げるとゆっくりと上体を起こし、変わらない表情で口を開いた。
「ラース様はこれから大切な儀式があるため、お会いすることはできません。お引き取りください」
予想通りつっけんどんな言い方で断られる。
しかし、引き下がるわけにはいかない。
「ラースは俺たちの大切な友達なんだ。少し、少しだけでも、話しさせてもらえませんか?」
そう言って一歩踏み出せば、彼女は両手で自身のスカートを掴んではためかせるように持ち上げた。
急な動作に呆気にとられるミヤトたちだったが、露になった両足にホルスターが見えると同時にメイドは備え付けていたナイフをそこから抜き出した。
目を丸くしているミヤトに、メイドが表情を変えることなくナイフを構えて冷ややかに言い放つ。
「お話がわからないようであるなら、力付くでも帰らせるまでです。――怪我をしたくなければ今すぐお引き取りを」




