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42.あの日の再来(王宮での出来事編)



時間は巻き戻り、都市部内に魔物の出現が報告されてから八時間が経過した頃――。

その勢いは衰えることなく、未だに報告が続いており、街を覆うように充満していた黒い瘴気は刻々と濃さを増している。

玉座に座っている女王は苦悶の表情を浮かべて、じっとその場を動かない。


「(まるで私の魔力が弱まっている事実を突きつけられているようね……。それとも、私の魔力はその程度のものだったということか……)」


女王は自虐のように心のなかで毒づいた。

未だに女王が動かずにいるのは理由があった。


これほどまでの異常事態は五百年の歴史の中では初めてのこと。

それ以前の文献では似たような事例があり、その裏にはある存在が記されていた。


そう。

女王は、今回の騒動で魔王が姿を現すのではないかとの考えに至ったのだ。

今大量の魔物を倒しても、根幹をどうにかしなければその場しのぎにすぎない。

ならば根幹である魔王を、自身のがあるうちに倒そうとしていた。


派遣できるだけの魔法使いは派遣した。

王宮にも最低限の騎士団員しか残っていない。

――ギリギリまで待つつもりだった。


しかし、あまりにも人は魔物に対しての抵抗を忘れてしまっている。

被害報告があげられる度に寿命を削られていくようだ。

時間が経つ一秒一秒が長く感じられる。


人々を救わなければという思いと、魔王が現れることを望んでいる思い。

一見矛盾しているようなジレンマが女王の思考を、心を蝕んでいく。


とはいえ、遠くから聞こえてくる人々の嘆き、悲しみの悲鳴をこれ以上無視することはできない。

拳を強く握りしめ、立ち上がろうとして、一瞬ためらう。


娘と孫を想う心が魔力を使うのを待て、と止めてくる。

母として、祖母としての自分に後ろ髪を引かれているようだ。


強くあろうと、あり続けた結果、一番近しい者の苦しみに気づくことが出来なかった。形だけの母親だった。

それが唯一の、マリアとしての後悔であった。


「(しかし私は――女王としての務めを果たさなければならない)」


女王は凛とした動作で立ち上がると付き人の騎士が寄り添い、バルコニーへと向かう。

高台にある城から見下ろした街は、視認できるほど黒い瘴気で覆われている。

魔物の発生源と見ていいだろう。


女王は自身から白い宝石のような核を取り出すと腕を前へと伸ばし手の平を広げた。

ゆっくりと瞳を閉じて、願う。


「(どうか――。これが終わりであることを――)」


力強く瞳を開く。迷いはない。

全身全霊をかけて小さな核に自身の魔力を宿し、それを世界に放つ。

眩い光が小さな核から解き放たれ、一瞬にして世界へと広がった。


光を浴びた魔物は肉体が消え、露になった核も砕け消え去っていき、世界に光の粒が降り注いだ。

それはきらきらと希望のように輝き、美しく人々を魅了した。


女王は国の行く末を案じながら国を見下ろすと、踵を返しバルコニーを後にする。


「(――目眩がする)」


どうやら自分を支えていた魔力を使い切ったようだ。

そう意識すると女王はふらりと倒れ、騎士に支えられる。

手から滑り落ちた核が床に落ち、音を立てて転がった。


それから夜が明けた次の日の夕方頃、女王は静かに息を引き取った。




女王の葬儀は街の被害や社会情勢を考慮して、最低限の関係者で執り行われた。

それでも命がけで国民を救った女王へ、感謝の意を述べたいと、城の外では民衆が多く集まっていた。


葬儀が終わり、城内にある教会で女王は埋葬された。

墓の前で泣き崩れている孫娘のアリア殿下、そして彼女の肩を抱いて涙を浮かべている母親であるリアナ殿下。


その二人を悲痛な面持ちで見届けていた騎士団は外から入ってきた使者にある報告を受け、教会を後にする。

教会を出ると、入り口前で立っている男を視覚で捉え次第、聖堂の扉を閉めた。

二十~三十代くらいの銀髪の男は騎士団を目にすると深いため息をつき、やれやれと肩をすくませる。


「いやー、まさかあの女王陛下が崩御されるとは、まるで夢か幻を見ているかのようですよ。そうは思いませんか、皆さん?」

「――何しに来た?」


黒髪の若い騎士団長が睨みを利かせ、低い声で問う。

男はその問いに答えることなく、自分本意な語りを始める。


「本当に残念ですよ。身を挺して国民を守る――なんという美談でしょうか! そしてタイミングも良かった。これで女王としての矜持は保たれたというわけですからね。いやはや、女王陛下は本当に最期まで働き者でしたよ。……おっと。死者の眠りを血に染めて妨げるのは感心しませんね」


騎士団の殺気に気づいた男はおどけた表情で体をのけぞらせる。

亡き女王の御前で、手が出せないことを分かっているのがたちが悪い。


「誰だ。この男を神聖なる場所にいれたのは?」


老齢の騎士が眉を顰め、静かなる抗議をする。

男はにやりと笑う。


騎士団から忌み嫌われている、銀髪の男の名はライル。

軍からの代表とともに訪れて、普段は交渉役を担っている。

彼は時折王宮に現れては、交渉とは名ばかりの、逆撫でするような口上を述べるため、王宮関係者から反感を買っている。

歓迎されていない空気を感じ取ったライルは困惑気味で眉を下げる。


「そう邪険にしないでください。女王陛下には随分とお世話になりましたから、お悔やみ申し上げるのは礼儀だと思い来ました。しかし……あまり歓迎されていないようですね」

「純粋に追悼する気があるなら歓迎しよう」


黒髪の騎士が放った言葉にライルは黙り込む。

騎士の鋭い眼光をライルは面白げに見つめ返すと、息を吐いた。


「――分かりました。仕事だけの関係であった私より、側仕えの貴方方のほうが悲しみはより深いことでしょう。ここらで私は失礼させていただきます」


ライルは恭しく頭を下げる。

動作の一つ一つが癇に障るが、いちいち反応すれば彼の思う壺なのは周知の事実。

喋らせるだけ喋らせて帰らせる。

これ以上女王の葬儀を土足で踏み荒らされるわけにはいかない。

ようやく背を向けた、と思えばライルは何かを思い出したように「そうそう」と口に出して振り返る。


「言い忘れていましたが、今回魔物が出現した件について私は、()()()()()()だと考えているんですよ」


誰もが口を開かない。

男の話に興味があるのかないのか、反応しないように努めているようにも思える。

その様子が可笑しくて、ライルはふと笑った。


「これ以上長居して嫌われては嫌なので……そうですね……これだけは伝えておきましょうか」


男は勿体ぶるように言葉を溜める。

誰も男の発言を制止しようとはしない。

ただ空気がひりついている。

ライルの口角が愉快げに吊り上がる。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」


そう言い残してライルは踵を返すと去っていく。

ライルが城門へと足を進めていれば、背後から呼び止める声がして振り返る。

魔法学園の理事長、もとい女王の相談役であるクロドだ。

彼はライルの近くまでくると口を開いた。


「客人を付き人もなく一人で返すのは礼儀に反する。見送りますよ」


騎士団と違い、穏やかな口調のクロドにライルは可笑しそうに笑ったあと、朗らかな声で「すみません」と申し出を受け入れた。


「で、魔物の亡骸が見つかった、とはどういうことですか?」


並んで再び歩き始めれば、クロドが早速、本題に入る。

話し方が砕けており、いつもの調子で情報を聞き出すようだ。

ライルは苦笑しながら勿体ぶることなく詳細を口にする。


今回の件で文献でしか記されていなかったことが、真実であることを決定づける事柄が起きた。

魔法使い然り、女王が放った魔法。

肉体だけ傷つけても再生する魔物は、核を破壊しなければ行動不能にならないこと。


そうして、女王が放った光は街に蔓延っていた魔物を死滅させたはずだった。

しかし、その後街の見回りを行っていた軍人がみつけたのだ。数体の魔物の亡骸を。


その報告を受けたライルは、すぐに脳裏にあの日を彷彿させた。

魔物の亡骸が消滅せずに、残り続けている。

それを回収し、隅々まで調べたが魔物の心臓である核は一つも見つからなかった。

このことからライルは――


「魔物の核は何らかの方法で持ち去ることができるのではないかと思いましてね。……何の目的で持ち去ったかは定かではありませんけれどね」


別の考え方をすれば、魔法以外でも魔物の核を壊すことができる。

だが、これについてはあまり現実的ではない。

銃を使用した際、魔物の肉体に貫通はするが、それは一時的なもので、すぐに肉体は再生し、核を奪う隙などない。


それにあの日の場にそういった武器のようなものはなかった。

魔法使いがその場に居合わせていたとしても、なぜ核を破壊しないのかが不明である。

闇魔力の持ち主であれば核を破壊できないのは理解が出来るが――。

色々と調べたい事柄が多すぎる。

ライルはあれこれ喋ると共に思考を巡らせた後、にやりと笑う。


「ところでクロドさん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


問いかけにクロドは黙り込む。

その表情に動揺はみられない。

穏やかに笑みを浮かべている。

ポーカーフェイスを崩さない彼を目にしたライルは愉快気に笑った。


「おやおや、しっかり見ていなければなりませんよ。今回の件、場合によっては監督不行き届きで貴方の首が危ないんですから」

「――それは、こちらとしても願い下げたいところですなぁ。今の地位は甘美な果実の振る舞いが多くて、舌を超えてしまっているのでね」

「それはそれは。城と軍の両方からさぞかし、美味しい果実を頂いているようで。羨ましい限りですよ」


ライルは呆れたように肩を竦めた。

城門前にはライルを送迎する車が止まっており、彼はそれに乗り込んだ。

クロドはライルの乗った車を見送ると、小さく息を吐いた。


「さて、私も動くとしようか」





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