41.それぞれの事情
昨日、都市部内を覆った光は女王が放ったものだとラジオのニュースで流れた。
今回の件で重軽傷者千人超え、死者数は百人を超えた。
女王の放った魔力が魔物の出現を食い止めたに違いはないが、感謝の声よりも痛烈な批判の声が強く取り上げられていた。
どうしてもっと早く使えなかったのか。
犠牲者を減らすことも出来たと言った声だ。
それから話は変わり、ニュースでは魔物から身を守るために銃の所持を推進するような議論が交わされている。
魔法使いの数も少なく、何が起きるか分からない世の中だからこそ自分の身は自分で守るべきだと有識者が熱く語っている。
銃で魔物を倒すことは出来ないが、足止めくらいにはなると分かったので時間稼ぎをする用途で使う、お守りとしては役に立つだろうとの見解だった。
ミヤトは母が朝食を作り終えたタイミングでラジオの電源を切った。
学校は状況を鑑みると休校だろうが、特殊な学校なのでどうなのかはわからない。
もっとも、昨日の今日で母を置いていく気にはなれないが。
とはいえ、ミヤトがいることで母も落ち着きを取り戻している今、アサカのことが気がかりであった。
一夜明けても未だに混乱は続いているはずなので、電話をしても学校につながるかは分からない。
手元の携帯を眺めていれば「ミヤト……」不安で震える涙声がミヤトの耳につく。
久々にこの声を聞いたミヤトは一瞬動作が止まったと思えばわざとらしく「あーあ。今日は学校サボりたい気分だな〜。なんだか頭も痛いような気がするし」と言い放ち携帯を遠ざけた。
途端に母はほっとした表情を浮かべる。
「そ、それなら休んだほうがいいわね。母さんが学校に連絡しておくから、ミヤトは休んでなさい」
「ラッキー! これで家でダラダラできる!」
ミヤトは明るく言い放つとガッツポーズをした。
母と話をしながら過ごし、時折ラジオの情報を得る。
そうして夜になり、外の情報を手に入れるためにラジオをつけると、速報で女王陛下の崩御が報じられ、批判の報道は鳴りを潜めていた。
次の日、ミヤトは外に出ることを決める。
家の食材も少ないため買い出しという名目で、母も連れ出した。
店までの道のりでは目立った被害はなく、いつも通りの風景が広がっている。
店は営業していたが、当然のように買える物は少なかった。
帰り道二人で歩いていれば、行く先に家から家へと飛び移る人影が見える。
目を凝らして見れば、それはミヤトの見知った人物、アサカだった。
彼女はミヤトに気づいておらず、一目散に去っていく。
「(どうしてアサカが――?)」
胸騒ぎがする。
アサカがいるということは、魔物が近くにいるのではないか。
駆け出しそうになったミヤトの腕を母親がつかみ、引き留める。
「どこに行くのミヤト!?」
「アサカは魔物の核を破壊できないんだ! だから、核を、核を破壊するだけだから!」
口早に理由を述べて母の制止を振り払おうとしたところで「ミヤトくん?」と誰かが声を掛ける。
声の方を振り返れば民家の屋根から学園の制服を着た男子生徒が降りてきた。
クラスメイトの男子生徒だ。
「あ。アサカさん……もう行っちゃったか」
男子生徒はアサカが消えた先に顔を向けてそう呟くと、脱力したようにため息をついた。
彼女を追ってきたのだろうか。
彼は改めてミヤトたちの方を向くと、ミヤトの隣りにいた母に頭を下げる。
彼女も慌てて頭を下げた。
「久しぶりだねミヤトくん。体調は崩してない?」
「ああ。元気だよ。心配してくれてありがとうな。……ところで、どうしてここに?」
「被害の程度を確認するために学園の生徒が駆り出されているんだよ。僕らなら、もしも魔物が出現したときでも対応できるしね」
「じゃあ、アサカはそれで……。魔物はまだいるのか?」
「今のところそういった報告はないみたいだよ。この辺りは被害も少ないみたいだから、良かったね」
そう言って男子生徒がミヤトに優しく笑いかける。
ミヤトを慮っているのがしひしひと伝わってくる。
そんな気遣いをされると、クラスメイトたちが忙しいときに何もしないでいることに、少し後ろめたさを感じる。
「ご両親は、貴方が戦うことに対して心配はしていないの?」
唐突に母が口を挟んだ。
心底不思議そうに男子生徒を見ている。
そんな母の疑問に男子生徒はミヤトから彼女へと体の向きを変える。
「心配するどころか魔物と戦うことを名誉だって言ってますよ。親族を見返すことができる、って。他の子の親もだいたいそんな感じで……貴族として生を受けた定めなんでしょうね」
男子生徒は呆れたようにため息をつき、肩を落とす。
返答を聞いた母は悲し気に顔を伏せる。
「そんな……。怪我をするかもしれないのに――」
「それすら名誉だと思っているので可笑しいですよね」
他人事のように男子生徒は笑う。
貴族出身にしては、貴族社会をとても客観視している様をミヤトは不思議に思った。
「だから、ミヤトくんが羨ましいですよ。お母様にこんなに心配してもらって」
そう言って彼は穏やかな笑みを母とミヤトの交互に向ける。
嫌味のない純粋な感想。
母は彼の笑みを見つめ、言葉を滑らせる。
「心配しすぎって思わない?」
不安げに問うた言葉は、彼女があの日の三年間に言われ続けた台詞であった。
最初は気持ちに同調してくれていた周りも月日の経過に伴い、そんな言葉を投げかけるようになっていた。
それが母には堪えていたことにミヤトは気づく。
「まさか。こんな状況で取り乱さないでいる方が無理な話ですよ。それに――うちは離婚していて母親がいないんです」
「え?」
不意に話された家庭事情にミヤトたちは顔を上げる。
彼はふと笑うとなんでもないように言葉を続けた。
「母は魔法を使えなかったので、貴族のしきたりについていけなかったみたいで……だから、一般的な母親像を見れて、なんか嬉しいです。母親がいたらこんな感じだったのかなって思えて」
「そうだったの……」
どう言葉をかけるべきか考えるが、唐突なことで上手い返しが出来てあげられない。
母が顔を俯かせていると、男子生徒は明るい口調で言い放つ。
「お母様もそうですけど、ミヤトくんもお母様想いで優しいなって思いますよ。素敵な親子ですね」
「え?」
「それじゃあミヤトくん。また学校でね」
「あ、ああ。また」
軽く言葉をかわすと、彼はアサカが消えた方向へ去っていった。
母はしばらく呆けた顔をしていた。
それから家に帰り着くと買ってきたものを片付け、二人はダイニングのテーブルを向かい合って挟み、腰を下ろした。
「……あの子の親は戦わせることが愛、だという考えなのね」
「貴族は考え方が違うんだって友達が言ってたよ。女王陛下を守る役目があるってさ」
「そう……。まだ子供なのに、ね」
重苦しい空気が纏う。
母は思いつめるようにテーブルの一点を見つめている。
「一般の家庭の子は戦ってないのよね?」
「……さっき黒髪の女の子が屋根を飛び移っていただろう? あの子はあの日の生き残りで、孤児院に行ってるから両親はいないんだ」
母がはっと息を呑む。
あの日の犠牲者だと察したのだろう。
ミヤトは話を続ける。
「アサカっていう子なんだけど、その子が無茶ばかりする子で――自分の危険も顧みないで魔物に突っ込んでいくような子なんだよ。ひとが心配してるっていうのに、そんなのお構い無しに、さ」
本当に自分勝手に突き進んでいく。
ミヤトは呆れたように心の中でそう呟いた。
前に自分と約束したことなど、彼女の頭にはなかったのか、はたまた忘れているだけなのか。
何を言っても無駄なのであれば、こちらが食らいついていくしかないのかもしれない。
「その子は何のために戦っているの?」
ミヤトは目を見開いた。
「(何のために?)」
アサカから直接聞いたことはない。
快楽的なものではないことは確かだ。
正義心、復讐心、そのどちらともか。
想像でしか戦う理由を得られなかったミヤトとは違う、父と同じものを見たはずのアサカが戦う理由――。
「分からない。分からないけど……俺は父さんと同じ思いをして欲しくないとは思ってるよ」
これが今のミヤトが答えられる言葉だった。
「……ミヤトには魔物を倒せる力を持っている――か。少し、考えさせてほしい」
そう言って母は立ち上がり、自室へと戻っていった。
ミヤト静かになったダイニングで思いを馳せる。
今の自分が取りたい選択肢はどれなのか。
母親を優先する気持ちは変わらない。
変わらないが、このまま家にこもり再びあの日の生活に戻ることが正解だとは思えない。
本当にあの日から解放されたいなら、戦わなければならないのではないか。
魔物に怯えない世界を作るために動くべきなのではないか。
だけどそれはミヤトである必要があるのか。
そんな答えが出ない問答をしていれば、いつの間にか日が落ちていた。
母は夕食の時もずっと考え事をしているようで、難しい顔をしては頭を抱えていた。
次の日、ミヤトは母を気遣うために今日も学校を休むことを決めた。
二階から降り、キッチンにいる母に声をかける。
「母さん、俺今日も休もうと思うんだけど――」
「何言ってるの! ずる休みは一日だけで十分でしょう!?」
思いもしなかった叱咤の声に、ミヤトはぎょっとする。
怯えていたはずの母は、眉を吊り上げて怖い顔をしてミヤトを見ている。
「ご飯作ったから、食べて、気を付けて学校に行くのよ」
「……もう大丈夫なのか?」
ミヤトの躊躇うような発言に、母は寂しそうに表情を曇らせる。
「母さんに付き合わせてしまってごめんなさい、ミヤト。私は貴方を守っているつもりでいたけど、本当は守られていたのね」
「そんなこと……」
「剣道も続けたかったんでしょう?」
ミヤトははっとして口を噤む。
母の瞳はミヤトの胸、魔具を見ている。
今の彼女に嘘を言っても無駄だろう。
ミヤトのやりたいようにさせる、そんな意思が今の母には感じられる。
ミヤトが返事をせずにいれば、彼女は言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「だけど、無理だけはしないで。自分の身を第一に考えて。それだけは、約束してほしい」
「――うん。約束するよ」
ミヤトは力強く頷いた。




