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40.ミヤトの過去



物心ついたときからミヤトは自身に魔力があることを知っていた。

生活を送る上で不自由なことはなかったが、体育などで無意識に魔力を使っていると因縁をつけられたこともあった。


しかし、そんな話をすると父親は笑って「さすが、勇者になる男だ!」と自慢気にしていた。

魔力所持についてはミヤトより何故か父の方が息巻いており、剣を使えたほうが良いと剣道を習わせたりと先走るような性格で、そんな父親がミヤトは好きだった。



そしてあの日の三日前、父は出張で東に位置している帝国との国境付近の廃村の水質調査へと出かけた。

いつも通りの様子で仕事に出かけた父は、帰ってくる予定の1週間が経っても帰って来なかった。

あったのは警察からの電話。

電話を切った母親は酷く動揺していた。


それからすぐに母親に連れられ着いた先は、軍病院であった。

医療スタッフに案内され遺体安置室に着くと、ミヤトは扉の前に待たされ母親だけが中へと入っていった。

静かな白い廊下で、母親がいない時間はやけに長く感じた。


出てきた母親はひどく憔悴した表情で泣いていて、扉の前で立って待っていたミヤトを強く抱きしめた。

体が熱くなって泣いている母親の肩越しに、開いていた扉がゆっくり閉まっていく。

扉の奥、室内の中の様子が鮮明に見えて、ミヤトは目を見開いた。


ストレッチャーに横たわっている顔の皮膚がない瞳と目が合って、扉は閉まった。


そして軍病院に行った数日後、何故か父親の葬式が行われた。

ミヤトは不思議でならなかった。

だってミヤトが見たのは、誰だかわからない人の遺体なのだから――。


母は変わってしまい、ミヤトを外に出すことを異様に怖がった。

ミヤトもそんな母を一人にはさせられないと、学校に行くのも、習っていた剣道もやめて、家からは最低限しか出ずにいた。


気持ち的に落ち込む日々だったが、ミヤトは母を心配させまいと明るく振舞っていた。

学校は勉強しなくていいし、剣道も厳しい指導に耐えなくいい。

沢山ゲームもできる。

そんなことを面白おかしく口にしていた。

過ごしている部屋の照明はついているというのに、母と二人で引きこもっている家の中はやけに暗く感じた。


始めはミヤトも希望を抱いていた。

軍病院から帰った日から母親と同じ布団で寝るようになって、ミヤトは毎日父が明日には帰ってきてくれるよう強く、強く願いながら眠りについていた。

自分が特別な力があるならそれは叶うはずだと信じていた。


しかし、父親が帰ってこない日が続き、三か月経って父はもう帰ってこないのだと気づいて父の死を受け入れた日、ミヤトは母に隠れて自室にこもりようやく泣いた。


思い出すのは遺体安置室で目が合った父と思われる遺体のこと。

父の変わり果てた姿に恐怖感を覚えて、拒絶してしまった自分が情けなかった。

悲しみは徐々に怒りへと変わり、小さな身で見えない敵への復讐を誓う。


魔物はまた出現する。ミヤトは強く確信していた。

その時に動けるように、倒せるように。


暗い光の当たらない自分の部屋で蹲っていたミヤトは立ち上がり、涙でグシャグシャになった目元を腕で強くぬぐった。

目を閉じて、熱くなっている胸に右の手のひらを置き、自身の核を取り出し握りしめて腕を前に出す。


――絶対にまた魔物は現れる。


そんな確信めいた思いがその時のミヤトにはあった。

想像するのは、剣道道場に飾っていた刀。

師範に一度だけ触らせてもらったことがある。

その時の重み、握りしめた時の感覚、刀身の鋭さ、それらをイメージする。

右手に握った核が徐々に手のひらを押し上げていく。


形を成した魔具はミヤトには大きかった。

実物大の打刀をイメージしたので仕方ない。

ミヤトは早速刀の柄を両手で握り、構えて刀を振る。

怒り、憎しみをぶつけるように。

そうして月日は流れていく。


刀を振る。

――魔物は現れない。

次の日も刀を振る。

――魔物は現れない。

次の日も刀を振る。……次の日も次の日も――。


三年ほど経ってミヤトは刀を振り上げた手を力なく落とす。刀は少し小さくなった。

そうして、理解する。


魔物は――現れない。



虚無にも似た感情に襲われ、ミヤトは静かに魔具を収納した。


母の様子が落ち着いたのは父が亡くなってから3年後であった。

その頃にはあの日の事件は、世間からは記憶の片隅に残る程度の存在となっていた。


3年ぶりに登校した学校は家とは違い、にぎやかで明るく輝いていた。

中学ということもあり、見知った顔と見知らぬ顔の生徒が見られる。


廊下ですれ違うミヤトと同じ小学校だった生徒たちは、成長して顔が大人っぽくなった。

――時の流れを感じる。


教室に足を踏み入れれば次第にシンと静まり返る。

知らない生徒が入ってきたと思っている人、ミヤトだと気づく旧友たち。

ミヤトが自分の席はどこだろうと見回していると、見知らぬ気さくな男子生徒が声をかけてきた。


「君がミヤトくん? ずっと休んでたから、会えるのを楽しみにしてたんだ! 教室にようこそ!」

「あ、ああ。……あの、俺の席教えてもらってもいいか?」


久方ぶりに母以外の人と話をするのでミヤトは内心どきどきしていた。

男子生徒が「こっちこっち!」と案内するのでついていく。

通っていた小学校の出身の子たちは固唾をのんで見守っている空気を感じる。


席に案内されてお礼を言って彼とは別れると思っていたが、彼はミヤトから離れずあれこれ世話を焼くように話始める。

少し困惑しながらミヤトが相槌を打っていると、彼はある言葉をふいに口にした。


「そういえば…どうして今まで学校来てなかったんだっけ?」


瞬間、ミヤトの息がつまる。

彼にとってはただの疑問。

しかし、ミヤトの心は時間が止まったかのように凍りついた。


「おまっ! 駄目だって! ミヤトの父親は――」


別のクラスメイトが慌てた様子で間に割って入り耳打ちをしているやり取りが、ミヤトにはやけに遠くに感じてしまう。


――わかっている。


彼は別の校区の小学校の出。

だから、事情を知らないのは当たり前。


しかしミヤトにとっては、大事に捉えて家で過ごしていた数年間は、他人にとってはその程度のものだったと突きつけられているようで――いや、実際そうなのかもしれない。

何かが起きることはなく、ミヤトのやっていたことと言えばただ刀を振るっていただけ。

……無意味な時間だ。


それでも、今でも魔物を許せずにいる自分がいて、だけど周りはそうじゃない。

ミヤトがそう察したとき、世界から取り残されているような、そんな喪失感が一気に襲ってきて、体の芯が冷たくなっていくのを感じた。

説明されてハッとした男子生徒が慌ててミヤトに頭を下げた。


「ごめんミヤトくん! 俺何も知らないで無神経なことを……」


事情を知らず悪意がなかった彼を誰が責められるというのか。

ミヤトは無理やり作った笑みで「大丈夫だよ」と応えた。


そうして始まった学校生活は、居心地が悪かった。

ミヤトの知らない話題、交友関係、ノリ、など全てについていけなかった。

それは過ごせば過ごすほど顕著になっていく。


自分から愛想笑いを浮かべて、周りと壁を作っている自覚はあった。

しかし、どうすることもできない。

あの日から何一つ心の霧が晴れていない状態で、どう切り替えていけというのか。


家から出れば時間が動き出すと思っていたが、実際は何一つ解決していないミヤトの心情を露わにしただけだった。

悶々とした日々を過ごし、気がつけば高校進学を考えなければならない時期になっていた。


前のミヤトなら一般的な高校を考えていただろう。

今の時代に魔法は生活していくうえで必要ではないからだ。


最期まで迷いに迷った。

母に迷惑をかけるかもしれない、と。

しかし普通の生活に戻れなかった今、ミヤトに選択肢はなかった。


父のためになにかをしてやりたいという気持ちを整理したかったのかもしれない。

安置室で目が合った父の瞳は何を見たのか。

それを知りたいという思いからミヤトは魔法学園への入学を決めた。

自分を変えるために必要な選択だと信じて。




そして現在。

母親を連れて家へ帰宅後、ミヤトは着替えるために自室へとあがった。

窓から外の光が漏れていることに気づき、ミヤトは窓の傍へと歩む。

近くに人や魔物の気配はない。


6年前に引きこもっていた時と同じ状況。

ミヤトにとってのあの日は、父が亡くなってから家に引きこもっていた三年間のことなのかもしれない。


そしてやっとあの時のミヤトが望んでいたはずの復讐を果たせるというのに、どうしてか。

今はそれほどそれを望んでいないような気さえしてしまう。

そんなことより今は母親と一緒にいるほうが大切に感じるのだ。


ミヤトはそう考えると、部屋に光が漏れないように分厚い夜光カーテンを閉めた。



それから魔物が発生して八時間後、都市部内全体を覆う光が観測され――蔓延っていた魔物は消滅した。





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