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38.誕生日(後編)


誕生日当日。

プレゼントを渡すタイミングは、日課となっている放課後の実践訓練前。

そして授業が終わり、武器倉庫前へと全員が集まった。

アサカから話を切り出すと言われていたため、ミヤトたちがそれを黙って待っていれば、彼女が口を開くより先に、ユイカがにまにましながらアサカに明るく言い放つ。


「アサカちゃーん、お誕生日おめでとう!」


その言葉にミヤトたちは意表を突かれ、動けずにいるというのに、祝われた当の本人はのほほんと「ありがとうユイカ」と返事を返している。

微笑んで言葉を受け入れているアサカを見て、はっと我を取り戻したミヤトは慌てて二人の間に割って入る。


「ちょ、ちょっと待て! 今日はユイカの誕生日なんだろ?」

「え!? ミヤトくん、私のお誕生日知ってたの!?」

「え、あ、ああ。アサカに教えてもらって……って、俺はユイカの誕生日しか教えてもらってないぞ!」

「ユイカは自分の誕生日を知らないから、私と同じ誕生日にしているのよ」


ミヤトが問い詰めれば、些細なことだとでもいうようにアサカはさらりと答えた。

プレゼントを買いに行った日、タイミングが悪く聞きそびれてしまったが、なんとなく感じたミヤトのあの予感じみた問いかけは的を射ていたのだ。


「(記憶喪失なのに誕生日だけを覚えてる、なんて思えないもんな……)」


早く気付くべきだった、と思いながらも後悔しても仕方がない。

ため息を一つ吐く。


「水臭いな。それならそうと言ってくれればアサカの分のプレゼントも用意したのに……」

「気持ちだけで十分よ。ありがとう」

「大丈夫よ、ミヤト。そんなことだろうと思って、アサカのプレゼントはあたしたちが選んで用意してるんだから」


二人の間にシャーネが割って入り堂々たる態度で言い放つ。

気圧されたミヤトは自ずと後ろに下がり距離を取った。

そんなミヤトを気に掛けることなく、アサカの前にユイカを中心にしてシャーネとエリアが立ち並ぶ。

ユイカが笑顔で手のひらほどの金色のシールが貼られたピンク色の薄い紙袋をアサカに差し出した。


「はい。アサカちゃんのお誕生日プレゼントだよ」

「三人で悩みに悩んで選んだから、気に入ってくれると嬉しいよ」

「あたしも選んだんだから気に入らないわけないでしょ」

「……三人共、ありがとう。なんだか気を使わせちゃったみたいね」

「ね、ね! アサカちゃん、早く開けてみて」


まるで自分がもらったかのように急かすユイカに、アサカは苦笑しながら渡された袋を開けて、空いている手の上に傾けた。

袋から滑り出た物を見て、アサカは小さく息を呑む。

ブレゼントの中身は透明な袋に入った金色に輝くステーションブレスレットだった。

等間隔に宝石が施されている。


「ほら、私とお揃いなんだよ!」


目を奪われているアサカに、ユイカが自身の腕にはめられたブレスレットをアサカに見せつける。

アサカは視線を移し、ユイカのブレスレットを捉えると再び自身のブレスレットに目を落とす。

その瞳は心なしか輝いているようにみえる。

アサカはブレスレットを大切に扱いながら腕に通すと、皆に見せるように控えめにそれを掲げて、はにかんで笑う。


「ありがとう」


今まで目にしたことないアサカの表情に、ミヤトの瞳が丸くなる。

袋を受け取った時の言葉と中身を知った後の言葉は同じはずなのに、不思議と違って感じてしまい、自ずと感じた言葉を心の中で呟く。


「(この子、誰だ?)」


どうしてそう思ったのか。

ミヤトは不思議だった。

目の前にいるのは確かにアサカであるはずなのに、その一瞬だけアサカでない誰か、ミヤトの知らない少女が見えた気がしたのだ。

言葉を発することも忘れて釘付けになっていれば、隣にいるヴィンセントの小さく漏れ出た言葉が耳に入る。


「そうか――あれがアサカか……」


その呟きは憐れみのような、憂いを帯びたような響きだった。

ヴィンセントを見れば陰りがある顔つきでアサカをじっと見つめている。

ミヤトはその言葉を心の中で反芻する。


「(あれがアサカ――?)」


ミヤトは再びアサカに視線を移す。

お揃いのブレスレットをはめた腕をユイカと一緒に見せ合っている。

ヴィンセントの言葉の意味は分からない。

ただ、ミヤトは初めて目にしたアサカの少女のような一面が意識的に気になっているのか、目を離せずにいた。


「羨ましいわね……」


ポツリと呟かれた言葉が耳に入り、ミヤトはそちらを向いた。

いつの間にかシャーネが傍におり、唇を尖らせながらアサカ達のブレスレットを遠目に眺めている。

嫉妬のような羨望のような、複雑な瞳だ。

意識がシャーネに向き、声を掛ける。


「なんだ。シャーネもブレスレットが欲しかったのか?」

「……そういう意味じゃないのよ」

「ん?」


問われたシャーネは唇をとがらせたまま言葉を濁すとそっぽを向いた。

少し不機嫌――というよりは不服そうだ。


ミヤトは首を傾げて改めてアサカとユイカを見やる。

ユイカが変身しそうなポーズを取り始めている。

どうやらブレスレットを着飾る物というよりは、不思議な力でも持っているとでも思っているのかもしれない。

それを見ているアサカは穏やかに笑っている。


「(……ん? 待てよ……もしかして、この後だとどんなプレゼント渡したとしても、存在が薄くなっちゃうんじゃないのか?)」


抱いてしまった疑念にミヤトは焦りを覚える。

喜んでいるならばいいとは思うものの、それは別として少しくらいは自分の贈った物を喜んでもらいたい。


タイミングを窺いながらウジウジ悩んでいれば、「ユイカ、ミヤトが渡したいものがあるそうだ」とヴィンセントが面白そうに言い放つと同時にミヤトの背中を押し出した。

反射でうわっと声を上げ、躓きそうになる足を踏み止ませながらユイカの前へと躍り出た。


体勢を整えて体を起こすと、きょとんとしているユイカに向き合った。

アサカは空気を読んで静かに後ろへと下がる。

ここまでされては、ミヤトも臆してはいられず覚悟を決める。


「ユイカ、改めて誕生日おめでとう。その……これ、プレゼント」

「え!? いいの!? ありがとう!」


ユイカは受け取ると早速目の前で開け始めるので、ミヤトは緊張で胸の鼓動が早くなる。

ユイカは袋の封を開けると顔を覗き込ませながら空いている手でバレッタを取り出した。


「わあ! 美味しそうだねー!」


バレッタに対しての第一声がそれであった。

瞳はキラキラと輝いており喜んでいるのは分かったが、聞き流すには不穏な言葉であったためミヤトは口を開く。


「……念の為言っておくけど、食べられないからな」

「わ、わかってるよ。でも赤くてキラキラ光って綺麗でキャンディみたいで――美味しそうだね」


ユイカが装飾部分の果物に釘付けになりながらゴクリと生唾を飲み込んだ。

取り扱い対象年齢はとうに超えているが、ミヤトはユイカには早いプレゼントだったかと少し焦る。


「(いやいや、流石にな。子供じゃないんだし、食べない……よな? と、取り上げたほうがいいか……?)」


とはいえ、一度あげたものを返してもらうのも気が引ける。

それに理由は何であれ、ユイカはバレッタを気に入っているのだから、いいのだろう。

いや、しかし、でもとミヤトが複雑な気持ちで葛藤していれば、バレッタを食い入るように見つめていたユイカがふいに顔を上げる。


「折角もらったのに無くしちゃうと大変だから、鞄に入れてくるね!」

「あ、ああ」


ユイカは小走りで更衣室へと向かった。

その後に何故かシャーネもついて行く。

不思議に思ったミヤトだったが、思いの外すぐに理由が判明する。

二人が更衣室に入って数十秒、扉が開きシャーネが顔を覗かせる。


「ミヤトー! ユイカがあんたからもらったバレッタ舐めてたわよー!」

「わー! シャーネちゃん見てたの!?  ち、違うんだよミヤトくん! 舌先をね、ちょっとね、ちらっと当てただけだから! 全然美味しくなかったよ! もう食べないよ!」


シャーネの背後から声がしたと思えば、ユイカが顔をだして顔をぶんぶん振って必死に誤解を解こうとしているが、ほとんど意味をなしていない。


「舐めたんだな……。まあ、美味しくなかったって分かったのならよかったよ」

「ミヤト……貴様本当にアクセサリーを舐めるような品のない女でいいのか? 考え直すなら今のうちだぞ」

「食べてないからセーフだ!」

「アホにはアホがお似合いか」


呆れたヴィンセントが大袈裟に肩をすくませわざとらしく首を左右に振る。

しかし、ミヤトはだらしなく口元を緩ませ、にやにやと笑い出す。

思いもよらない反応にヴィンセントの顔が引きつる。


「俺らお似合いか?」

「褒め言葉で受け取るな。嫌味だ、嫌味」

「俺も二人の仲を応援しているよ」

「へへへ。ヴィンセント、ラースありがとうな」

「貴様らは人の話を聞いているのか?」


その後ラースがプレゼントをし、中身がお菓子だということを知るやいなやユイカは「ラースくん、ありがとうー! ちょうどお腹が空いてたんだー!」と喜びの声を上げてさっそく頬張り始めた。

お腹が空いたのは恐らくミヤトのプレゼントのせいだろう。


ヴィンセントの選んだプレゼントは手のひらサイズほどの剣と鞘が抜き差しできるキーホルダーであった。

ユイカの趣味にぴったりの物だ。

案の定ユイカは「おお!」と感動の声を上げ、両手にとって空に掲げると、剣と鞘を抜き差ししては興奮している。

横目でそれを侮蔑した表情で見ていたシャーネがあからさまにため息をつき、呆れながらやれやれと頭を抱える。


「ヴィンセントはもう少しセンスがあるやつだと思ってのに……なんてダサい贈り物なのかしら」

「これは……私も擁護のしようがないな……まさかヴィンセントが……そういえば遊園地の時もおかしな眼鏡をかけていたな……」

「聞こえてるぞ貴様ら! 勝手に失望するな! 今回が異例中の異例だということなんて、見るからに明らかだろう! 相手がアホでなければ僕だってもう少しまともな物を選んでいる!」


シャーネとエリアの落胆が乗った言葉にヴィンセントはすかさず怒鳴るように抗議するが、彼女たちは目を合わせてはわざとらしくため息を吐く。取り合うつもりはないようだ。

ヴィンセントの肩がわなわなと震えている。


「そんなことないよ! ヴィンセントくん、センスすっごくあるよ!」

「貴様は黙っていろ!」


フォローがフォローになっていないユイカの言葉にヴィンセントがすかさず怒鳴っている姿を見て、ミヤトは笑った。

ミヤトは楽しく騒ぐ六人の姿を見て、すっかりお馴染みになった光景に感慨深さと眩しさを感じた。



暗くなり、解散したミヤトは、アサカとユイカと帰路につく。

そして彼女たちの寮の前に着くと二人と向き合った。


「それじゃあ、また明日」

「ええ。また明日」

「ばいばーい! ミヤトくん! お誕生日プレゼントありがとうねー!」


大きく手を振って送り出すユイカに、ミヤトは小さく笑ってから手を振り返して駅へと向かう。

辺りはすっかり暗くなってしまっており、空には無数の星が輝いている。


歩みを進めながらミヤトは思いを馳せる。

最後にショッピングモールで遭遇した以降、魔物の出現はない。

どうして魔物が出現したのか。

理由があると考えていたが、何か月も情報がないのであれば、ただの偶然だったのかもしれない。


魔物を倒したい、と心に決めて学園に来たが、今のミヤトには以前抱いていた焦燥感のようなものはなくなっていた。

好きな子と、友人たちと一緒に過ごしていく日々が不安を掻き消していっているのだろう。


そうして日々は進んでいく――心のなかにいる過去に囚われたままの幼きミヤトを置き去りにして。

ミヤトはそっと目を伏せて、自身に優しく諭すように語り掛ける。


「(――もう振り返るのはやめにしよう。前を向いて、俺も普通の人の日常を受け入れよう)」


心の中でそう決心する。

わだかまりはあるものの、時間とともにそれも客観的に見えるようになるだろう。

ようやく、心の中の重荷を下ろしても許せる自分になれた気がしたミヤトは顔を上げて帰路の先を見据えた。

夜の暗闇を街灯の光が照らしている。

それは人が歩くために造られた……必要な光だった。



そして一夜明けた翌日、王都内に魔物が溢れ日常が一変する。





とりあえず日常編終わりです。これからの話はシリアス多めです。



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