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3.二人の関係


担任の挨拶も程々に、入学式のために講堂に向かう。

講堂は広かったが新入生、在校生、親族が座っても余裕があり全盛期の名残が感じられる。

進行役の女性が淡々と進める。初めは理事長の挨拶。


壇上に上がったのは4.50代くらいの紳士。

白髪が混じったブルーアッシュの髪を後ろに流し整え、ワインレッドのスーツが気品さをより一層際立たせている。

彼は演台の前に立つと、式辞を述べ始める。

長々とした挨拶が終わり締めに入ったかと思えば、理事長は楽しそうに唇をつり上げた。


「さて、最後に。学園に入学するにあたって誰かに代表で目標を語ってもらおうかな」


完全に理事長のアドリブだったようで、教師陣は戸惑うように目配せをする。

予期せぬ事態である。

そんな彼らの心配事など気にもせずに理事長は嬉々として新入生を見回した。


「……威勢のよい素晴らしい挙手だ。それでは彼女に語ってもらおうかな」


二十人も満たない新入生ということもあって、手を挙げた彼女……ユイカは注目の的であった。

ミヤトは胸騒ぎがしたが、指名された後だったため見守ることしか出来ない。

当てられたユイカはすくっと立ち上がり、口を開いた。


「はい! 友達を百人作ることです!」


ユイカの元気な発言が響き渡る。

そして、静まりかえる。完全に場にそぐわない目標であった。

ミヤトの不安は的中した。

彼女はアサカの与えた目標をそのまま言ったのだ。

叱られる可能性が濃厚になる。

気まずい空気の中、発言を聞いた理事長は呆気にとられていたが、ぷっと噴き出すと豪快に笑った。


「ハッハッハ! 大いに結構。友人と切磋琢磨し、思い出を作ることも勉学を学ぶうえで大事である。君の目標へと励んでいくように」

「はい!」


ユイカは大きく返事をする。

どうやら大事にはならなかったらしい。

理事長は満足げに頷くと演台を後にした。

ユイカがやりきった顔で椅子に腰を掛ける。

ミヤトは肝が冷えた思いであった。


その後は滞りなく進み、式を終える。

講堂を出た後、アサカとユイカが理事長に引き留められ何かを談笑している。

気になったミヤトは足を止め二人を待つ。

暫くして理事長と別れた二人はミヤトの視線に気付く。

ミヤトが控えめに手を挙げればユイカは嬉しそうに近づいた。


「ミヤトくんどうしたの?」

「あ、いや。理事長と何話してたんだろうって思って」


あんなやり取りがあった後に、理事長がユイカに話しかけるなんて何もないはずがない。

そんな思いがあり冷や冷やと窺っていたいたのだ。

ミヤトの思いを見透かしたのか、アサカが笑う。


「ユイカが怒られてないか心配になった?」

「どうして私が怒られるの?」


ユイカが訝しみ首を傾げる。

本当に分かっていない表情をしている。

二人の様子から悪いことではなかったらしい。

ミヤトはユイカの追及をどう躱すか、視線を泳がせ辿り着いた先はアサカの顔だった。

アサカはユイカの問いかけに答えることなく、理事長について説明する。


「理事長は園のほうも担っていて、昔から私もユイカも懇意にさせてもらってるのよ。だからさっきの無茶振りも、ユイカの思いを聞きたかっただけみたい。本当によく目をかけてもらって、この学園に来れたのも理事長のおかげなの」

「園?」


ミヤトは理事長との関係よりも園という言葉に引っかかり、口にした。

アサカは「ああ」と納得したように頷くとミヤトに向き合った。


「私とユイカは孤児院の出なのよ」

「え……」


さらりと二人の関係性、事情が明らかにされた。

園という単語から、もしかしたらと過った考えは当たっていたというのに、ミヤトは返す言葉が見つからなかった。

何も言えずにいるミヤトにアサカは言葉を続ける。


「私とユイカは五年前のあの日の生き残りなのよ。そして、ユイカはそれ以前の記憶がないの」


ユイカがアサカの言葉に大きく頷いた。

五年前のあの日。

それは言葉だけでどの日を指しているのか誰もが分かる共通言語。

魔物が人間を使ったなんらかの儀式を行った日。


成功したのか失敗したのかすら情報がなく、ただ分かっているのは多くの犠牲者と魔物が死んでいたということだけ。

ミヤトの父親が犠牲になったようにアサカとユイカの両親も巻き込まれたのだろう。

ミヤトは悲痛な面持ちで迷った結果、何のひねりもない言葉をかける。


「寂しいんじゃないか?」

「ううん。全然寂しくないよ! だって私にはアサカちゃんがいるもん!」


ユイカは笑顔で宣言するとアサカに飛びつく。

アサカは苦笑しながら彼女の体を受け止める。

やせ我慢はしていないようでユイカからは悲壮感などは感じられない。

機嫌が良さそうにアサカにくっついている。

それでも複雑な心境でミヤトが二人を眺めていれば、アサカがミヤトに笑いかける。


「私もユイカがいるから寂しくはないのよ。寧ろ、騒がしいくらい?」

「えー! それって楽しいの言い間違いじゃない?」

「ものは言いようね」


顔を突きつけ抗議するユイカに、アサカは目を細めからかう口調で返答する。

ミヤトの母親と同じで、彼女たちが笑えているのは奇跡のようなものなのかもしれない。

ミヤトは自ずと見たままを口にする。


「本当に仲がいいんだな」

「あら? ミヤトくんも一緒に混ざりたいの?」


アサカがユイカの背中から離した片手を広げる。

加わってもいいというジェスチャーである。

話の流れから予想だにしない返事にミヤトはぽかんとした後、徐々に顔に熱が上がり両手を前に出して首を横に振った。


「はあ!? 違う! 純粋な感想を言っただけであって……」

「冗談よ」


アサカが手をすんなりユイカの背中へと戻す。

冗談であってホッとしたような残念なような複雑な気持ちになる。

こっちは真面目に構えているというのに、とミヤトがため息を漏らせばアサカがクスクスと笑う。


「けど、これくらい冗談が言えるなら大丈夫だって思えるでしょう?」


そう言われてミヤトは母親の今朝の冗談を思い出した。

アサカと母が重なり、ミヤトはふっと口元を綻ばせる。


「ああ。そう思うよ」


心からの返事を返した。



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