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遊園地組みのその後(閑話)



ミヤトとの接触を無事に終えたアサカ、エリア、シャーネ、ヴィンセント、ラースは遊園地を後にして学園近くの駅まで帰ってきた。


改札を出て解散しようという空気が漂う前に、シャーネに誘われ、駅広場で行われているマルシェへと赴いていた。


色々な種類のドリンクを提供しているキッチンカーで、アサカ以外が購入し、商品が出来るのを待つ。


ラースが、受け取った甘い味付けのチョコレートフラッペをストローで吸い上げていると、隣に来たアサカが和やかな口調で声を掛ける。


「やっぱりラースくんは冷たいものが好きなのね」

「ああ。存在自体は認知していたが、氷の粒が飲み物に混ざりあっていて、舌触りが少し固くて、とても美味しい。アサカさんは飲まないのか?」

「ええ。私には量が多いから。それに――」

「それならあたしのちょっとあげる」


アサカが言葉を続けるより先に、シャーネがスムージーの入ったストロー付きの透明のプラスチックカップを差し出す。


「少しなら飲めるんでしょう?」

「え、ええ。そうね。……それじゃあ頂こうかしら」


味覚がないことを話すべきか逡巡していたアサカだったが、折角の楽しい雰囲気を壊すのも悪い気がし、打ち明けることなくシャーネの差し出しているカップを受け取った。


カップの上には透明な蓋が被せてあり、中心に刺さったストローにアサカは口をつけて、スムージーを少しだけ含むと飲み込んだ。


「どう? 美味しい?」


シャーネがワクワクしながら上目遣いで訊いてきて、アサカは瞳をパチクリとさせた。


シャーネの顔を凝視するが、彼女は感想が早く聞きたいのか唇の両端をあげて、アサカの返事を待っている。

アサカは穏やかに笑い頷いた。


「ええ、美味しいわ」

「もっと飲んでもいいのよ?」

「いいえ、十分よ。ありがとう」

「そう?」


シャーネはアサカから飲み物を受け取った。

二人のやり取りを目撃したヴィンセントは目を疑う顔つきで口を出す。


「回し飲みとかいうやつか? よくそんなことが出来るな。他人が飲んだものを飲もうと思える神経……理解しがたい」

「他人じゃなくて友達よ! 回し飲みは友達間なら結構普通にやってることなんだから。なんなら、あんたとも出来るわよ」

「そうか。僕は断固として出来ない」


ヴィンセントはきっぱりと断言すると顔を横に背けながらコーヒーの入ったカップに口をつけた。

シャーネは「(まあ、あんたはそうでしょうね)」と心の中でやれやれと呟く。

そして、アサカから受け取ったカップをいつも通りに飲もうとーー飲もうとしてやめる。


「(……どうしてあたしは、普通にやっていることだと言ってしまったのかしら……)」


シャーネはアサカが口をつけたストローをじっと見つめる。

胸がどきどきと高鳴り始める。


ヴィンセントに言ったことは嘘ではない。

中学時代では友達間での味見程度の回し飲みはよくあることだった。


しかし、創立記念祭のあの一件からアサカを特別視してしまっているシャーネからすれば、友達間で回し飲みしていた時とは心情が違うことを加味していなかった。


ヴィンセントが余計な口出しをしなければ特に気にすることなく飲めたというのに、と心の中で八つ当たりしつつも、シャーネは深呼吸し、再びストローの先端に目を落とす。


「(……当たり前だけど、口つけたのよね)」


一見なんの変哲もないストロー。ただのストロー。

シャーネは自ずと顔をアサカに向けようとして、勢いよく反対側に背ける。


「(――ダメダメ! 今アサカの唇なんてみたら余計意識しちゃうじゃない!)」


瞳と唇をぎゅっと力を入れて閉じる。

シャーネが慌ただしく葛藤していれば、なかなか飲もうとしないことに気づいたヴィンセントが鼻で笑い指摘する。


「やっぱり飲めないんじゃないか。躊躇しているのが表に出てるぞ」

「シャーネ、無理しなくていいのよ。私、買い取るわ。少しずつ飲めば飲みきることはできるの」

「だ、誰も嫌だなんて一言も言ってないでしょ!? これはあたしが買ったんだから! あたしのものなのよ!」

「……さっきと違っていやにがめつくなったな」

「だ、黙りなさい! っていうか、いつ飲もうとあたしの勝手でしょ!? ほっといてよ!」


ヴィンセントの怪訝な表情を、シャーネは一喝して踵を返し、足を踏み鳴らしながら距離を取る。

彼らがいては、落ち着いてドリンクと向き合うことも出来ない。


改めて手に持っているカップをまじまじと見つめ、訳もなく左右にウロウロと彷徨う。

しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない、とシャーネは足を止めて覚悟を決める。


「(たかがストロー、されどストローか……)」


アサカはシャーネが口をつけているか、いないか分からない状態であっても特に気にすることなく飲んでいた。

それはシャーネに友達以上の特別な感情を抱いていないから。


意識しているのがシャーネだけなら、これはそんなに特別な行為ではない。

そう思いながらシャーネは唇を小さく開けて、ゆっくりと容器を持つ手を近づける。


「シャーネ」

「ひやぁっ!」


ストローに唇が触れる寸前に後ろから声をかけられ、シャーネは驚いてカップから顔を遠ざける。

心臓が落ち着かないまま振り向けば、エリアがシャーネと同じ飲み物を手にして立っていた。


「ど、どうかしたの?」

「その……シャーネが飲みにくいと言うのなら、交換しないか? 私のはまだ口をつけないから安心してくれていい」

「え!? それは……っていうか、エリアだって貴族なんだから、こういうのには慣れてないんでしょう?」

「た、確かに慣れてはいないし……ずいぶん悩んだ……は、初めてのことだから――」


エリアは言葉を切ると開いた手の人差し指で自身の唇を艶めかしくなぞり、頬をピンク色に染める。

そして小さく口を開き、囁くように言葉を紡いだ。


「だけど、アサカになら……私の初めてをあげてもいいと思えたんだ……」

「は、初めてって……」


シャーネはつられて顔を赤くしながらゴクリと生唾を飲み込む。

エリアの言い方は何か誤解をしてしまいそうな、いや、誤解ではなくそういう意味で言っているのかもしれない。

シャーネは熱がこもった顔のまま、ストローに目を落とす。


「そ……」

「そ?」

「そんなに意識して飲むもんじゃないのよー!」


シャーネは叫び声をあげるとストローに食らいつき、スムージーを口いっぱいに流し込むとゴクリと飲み干した。

はあはあと息を上げながら、拳の裏で唇を拭き上げる。


エリアは瞠目してシャーネを見ている。

遠くから訝しげにその様を窺っていたヴィンセントが、ドン引いた表情で一言言い放つ。


「一気に飲むと腹壊すぞ」

「五月蝿いわね! あたしの勝手でしょ!?」


シャーネは自棄気味に怒鳴り散らす。

アサカはシャーネの取り乱しを見て目を丸くしていたが、視線を外し周囲へと向ける。


シャーネに心配げな表情を浮かべながら話しかけているエリア、怒鳴られたことが腑に落ちていないヴィンセント、アサカと同じように何が起きたか分かっていないラース。


学園内ではないというのに、いつも通りの彼らを、風景を目にして、アサカは笑みを零した。




   


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