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35.遊園地に行こう! 終



飲食店を後にし、ミヤトとユイカは次にどこへ行くかをパンフレットを広げて眺める。

食事後ということもあり、激しくないアトラクションを候補に挙げていく。


「私、あのお馬さんがグルグルしてるの乗りたい!」

「メリーゴーランドか。よし、行くか!」


パンフレットを仕舞い、メリーゴーランドを目指す。

しばらく歩んでいればこじんまりとした紫色のテントの前を横切った。


「そこのお二人さん。相性占いをしていかないかい? 今ならただでやってあげるよ」


二人が声の主を見れば、テントの横で黒いフード付きのローブを羽織った人物が手招いている。

深いフードを被っているため影で顔が確認し辛いが、声音が老齢の女性だ。

先ほどまでメリーゴーランドに興味があったはずのユイカが目移りするように、瞳を輝かせてミヤトを見る。


「やろうミヤトくん!」

「え!? あ、相性か……」


気にはなるものの占いの結果が散々だった場合、立ち直れそうにない。

不安はあるものの、ユイカはやりたいと言っている。

すぐには返事が出来ず悩んでいるミヤトに老婆が近づく。

ミヤトは老婆の顔を見てぎょっとした。

老婆の顔立ちをしているが特殊メイクを施したアサカであった。

アサカはミヤトの驚いた顔に気づくとにやりと笑った。


アサカに誘導され、テントの中に入れば明かりとしてランタンを灯しており、長方形の机の上には紫色のテーブルクロスを引き、真ん中には水晶玉が置かれている。

テーブルの周りにはパワーストーンや木の人形、呪具などが飾られ、本格的な店内であった。

ミヤトは思わず息を呑む。

アサカは老婆の姿を意識しているのか、のろのろとした足取りで奥の席へと座った。


「さあ、どうぞ椅子に腰を掛けてください」


アサカは芝居のかかった嗄れ声で向かいの椅子を手で指し示す。

言われたとおりにミヤトたちは席に着いた。


「それじゃあ占います」


言うなりアサカはテーブルのど真ん中を占領していた水晶玉を両手で掴み横へと追いやる。

ミヤトとユイカは「(使わないんだ)」と思ったが口にはしなかった。

アサカは袖口からタロットカードを出すと手慣れた手つきでタロットを混ぜ合わせ、等間隔に並べる。

本格的な空気に二人は緊張した面持ちだ。


「さあ、好きなカードを選んでちょうだい」


芝居のかかった嗄れ声を出して、並んだカードを手のひらで指し示す。

ユイカは嬉しそうに指でどれにしようかな~と順番にカードを指していき「これ!」と声を上げるとカードを手に取りアサカに渡す。

そんなやりとりを余所に、ミヤトは裏返っているタロットカードを見つめごくりと生唾を飲み込んだ。


「(恐らくアサカの様子から、忖度をしてくれる気でいるはずだ。……ということは、何を引こうがいい結果を言ってくれる!)」


再度アサカを見ると、合図するかのようにウインクされる。

ミヤトは自分の考えを確信する。


「――これだ!」


目についたカードを手に取り、アサカに手渡す。

「これかい?」と尋ねられ、ミヤトはドキドキしながら頷く。

アサカは受け取ったカードを自分だけが見えるよう裏返し、表面を確認する。

しげしげと見つめ、沈黙し――そのカードをぽいっと横へ投げ捨てた。

ミヤトがえ!?と驚くも、アサカは時が巻き戻ったかのように何事もなく振る舞った。


「さあ、君。この中から好きなカードを選びなさい」

「(どんな結果が出たんだ!?)」


絶対に良くないと予測できる。

結果が至極気になったが、あまりに良くない結果であるなら逆に訊かないほうが正解なのかもしれない。


そしてミヤトは察した。

アサカは忖度が下手くそだ、と。

しかし、再び選ばせるということは彼女なりの気遣いなのだろう。

悪くは思えなかった。

そんな中、ユイカが控えめに自身を指さす。


「あの、私は」

「ああ。お連れさんは大丈夫じゃ。彼が合わせてくれるから待っていなさい」

「(合うまで引かせるつもりか!?)」


アサカの返答にミヤトは白目を剥いた。

それからミヤトはタロットを選びなおし、三回目にしてようやく当たりを引いたのか手渡して表面を見た瞬間、アサカは拍手した。


「お見事。二人はこの先なんの困難もなく、平穏に愛情を育んでいけるじゃろう。おめでとう」

「わー! おめでとうだって、ミヤトくん! やったね!」

「ははは……やったー」


嬉しいのに嬉しくない。

ミヤトは力なく笑った。

それをアサカは不安ととったのか、ふっと穏やかに目元を緩ます。


「安心しなさい。私の占いは当たると評判なんじゃ。何も気に病むことはない」

「(そうなると1回目の結果が気になりすぎるんだが……)」


その言葉は逆効果であり、ますます不安を煽っている。

そんなミヤトの心境も知らずにアサカは言葉を続ける。


「ちなみに今日のラッキースポットは観覧車。帰り際に乗るのがおすすめじゃ」


人差し指を立てたアサカはそう助言すると「残りの時間も楽しんできなさい」と二人を送り出した。

店内を後にすると、ミヤトとユイカは顔を見合わせた。


「それじゃあ、メリーゴーランド乗りに行くか」

「うん!」


それから二人はアトラクションを片っ端から乗っていった。

ユイカは特に絶叫系が気に入ったようで、複数回乗ってもいいかとお願いされ、好感度を気にしていたミヤトはそれを承諾した。

初めは落下時の内蔵物の浮遊感を恐れていたが、複数回乗ると勝手がわかるからか、まあまあマシ程度には慣れていた。


閉園時間も間近に近づき二人はアサカに言われた通り、最後に観覧車に乗り込んだ。

向かい合って座席に腰掛ける。

何処かに居るはずのラースには結局出会すことはなかった。


「(あいつは気が利くやつだから、きっと遠くから見守っててくれてたんだろうな。ありがとうな、ラース)」


ミヤトは空気を読んでくれたラースに心の中でそっと感謝した。

オレンジ色の夕焼けが室内を照らし、ゆったりとした時間が流れる。

騒がしかった地上から段々と遠のいていき、空間が隔離されたように静かだ。

ユイカが大きく伸びをして息をついた後、満悦の笑みを浮かべる。


「今日は本当に楽しかったなー!」

「俺も凄く楽しかったよ。付き合ってくれてありがとうな」

「私の方こそ付き合ってくれてありがとう! ミヤトくんがいなかったら、来れてなかったから嬉しかったよー」


ユイカは笑顔で言い切った後、体の興奮が抜け落ちていくように肩を下げるとふと寂しげに瞳を細め顔を夕陽へと向けた。


「――楽しかったから、今度はアサカちゃんと一緒に行きたいな」


切実な願いの含んだ呟き。

ミヤトは何も言わずにユイカの横顔見つめる。

静寂が流れる。

夕陽は温かみのある色をしているというのに、哀愁を感じてしまうのは終わりを告げるように沈んでいくせいか。

ミヤトの視線に気づいたのかユイカが顔を向けて慌てて弁解する。


「ミヤトくんと一緒にいて楽しくなかったわけじゃなくて、本当にとっても楽しかったんだよ!」

「分かってるよ。楽しかったって言ってくれたもんな」

「うん! 楽しかった!」


ユイカが笑顔で返事する。

そしてゆっくりと表情が哀しげに俯いていき「だけど」と言葉を続ける。


「私だけ、こんなに楽しい思いをしたくないなって思ったの。私だけ楽しいと、アサカちゃんが離れていっちゃう気がして……なんて、変なこと言ってごめんね。いつもアサカちゃんと一緒で離れたことなかったから、少し不安なのかも……」


ユイカは両膝の上に手を置き、完全に顔を伏せる。

楽しかった思いとは裏腹に、彼女の中ではアサカの存在は常にチラついていたのかもしれない。

下を向き続けるユイカに、ミヤトは優しく声を掛ける。


「じゃあ次、アサカと一緒に来たらユイカがエスコートしてあげられるな」

「え?」


やっと顔を上げたユイカは不思議そうな表情でミヤトを見る。

ミヤトは穏やかに笑いかける。


「今日はアサカと来るときの下見、リハーサルだ。結構アトラクションは制覇したと思うから案内、出来るよな?」

「う、うん! 私アサカちゃんに、いっぱい、いーっぱいジェットコースターの案内出来るよ!」

「ま、まあそれはお手柔らかに、な」


アサカがジェットコースターが得意が苦手かは測り兼ねるので、ミヤトは苦笑いしながらそう答えるしかなかった。


「……だけどアサカちゃん、一緒に行ってくれるかなぁ。また断られたらどうしよう……」


ユイカは唇をとがらせて顔を俯かせ、人さし指同士をつんつんと合わせながら、再び落ち込み始める。

まるでジェットコースターのような感情の変わりようだ。


アサカが二度もユイカの誘いを断るとは思えないが、何を考えているか今一よく分からないので、もしかしたらその可能性もないとは言い切れない。

ミヤトは腕を組み、唸りながら考え、閃いた。


「よし! アサカを遊園地に誘ういい方法を思いついた」

「え?」


ミヤトはニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべ、作戦をユイカに話した。





ユイカを寮まで送り届けると門の前にアサカが立っていた。

彼女が素知らぬ顔でユイカを待っている姿が少し可笑しくなってミヤトは噴き出しそうになった。

ミヤトの視線に気づいたアサカは苦笑いしながら唇に人差し指を当てる。

アサカのもとまで辿り着くと、ユイカが笑顔でミヤトに向き合った。


「ミヤトくん、今日はありがとうね! とっても楽しかったよ!」

「俺も楽しかった! ……それじゃあ、あの件上手くいくといいな」

「うん!」


謎のやり取りにアサカは首を傾げる。

そんな彼女を余所にミヤトは別れを告げて去っていった。

アサカの知らないやりとりをするくらいに二人の仲が深まったのだろう。

デートは大成功だったことを認識し、アサカは嬉しそうに口元を綻ばせる。

ミヤトが見えなくなるまで見送ったあと、アサカはユイカに問いかける。


「ところで、私にお土産は買ってきてくれたの?」

「ううん。買ってないよ!」


間髪入れずに胸を張って堂々と言い放つユイカにアサカは一瞬呆気にとられたが、ふっと笑った。

後手を組むと、冗談っぽく、からかうように言葉を口にする。


「えー。楽しみにしてたのにー。残念。それじゃあ、また行ってもらおうかしら――」

「うん! 今度はアサカちゃんと一緒にね!」


ミヤトくんと一緒に、とアサカが口にするより先にユイカが言葉を遮った。

アサカがはっと息を呑んで、ユイカを見る。

ユイカはにこにこと子供のように笑っている。

とても純粋な、笑顔。


「今日ね、凄く楽しかったんだ! だからアサカちゃんと一緒ならきっと、もっともっと楽しいよね!」


ユイカが満面の笑みを浮かべて返事を待っている。

アサカはそれを目にするとユイカに歩み寄り優しく抱きしめた。

ユイカはそれが返事だと思い腕の中で嬉しそうに笑い、抱きしめ返す。

アサカは何も言わず抱きしめる力を少し強めるだけだった。






次の本編の題名は 最後の日常〜夢の終わり〜

の前に短いおまけ話入れます

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