34.遊園地に行こう! 4
「ヒーローショー面白かったね! まさかあのお姉さんがラスボスだったなんて思いもしなかったよー!」
「俺も思いもしなかったよ……ははは」
興奮が抑えきれないユイカの隣でミヤトは肘を押さえながら乾いた笑い声を返す。
あの後、進行役の女性の強さが意外性を呼び、ショーは一段と盛り上がった。
しかし、ミヤトとしてはそんなことに余裕をさいている場合ではなかった。
どうにかシャーネの得意とする寝技をかけられないように足掻いたが、いつの間にか腕ひしぎ十字固めをされていた。
容赦なく掛けられる技を以前教えてもらった通りに抜け出せば、それが功を成したようで、ミヤトが茨の女王から認められるという不可解極まりないエンディングを迎えた。
というのに、会場はなんだか盛り上がっていたのでミヤトは空気を読んだ。
座席に戻り、大変嬉しそうなユイカに出迎えられたが、カッコ良さをアピールできたのかは謎である。
今のユイカを見ていると、どちらかというと茨の女王の方に興味がわいている節さえあった。
時間もお昼に近づき、混んでくる前に昼食を摂ることにした二人は遊園地に併設された飲食店に入った。
先ほどシャーネから格闘技をかけられた痛みが残っているミヤトは、四人掛けのテーブル席に腰を掛けて体を休ませることができてほっとする。
「いらっしゃいませ」
綺麗なハスキーボイスに顔を上げれば、髪を後ろに流し固めたエリアがボーイの姿で凛として立っており驚いたミヤトは思わず噴き出した。
姿がまんまエリアだったため、鈍いユイカも流石におかしいと思ったのか首を傾げた。
「エリア?」
核心に迫った単語だった。
ミヤトは固唾をのむ。
エリアはすました顔でユイカを見る。
「エリア? 何のことでしょう?」
「あ。すみません。つい……友達に似てたもので」
「ふふ。お気になさらずに」
口元に手を当て、しまったという顔をしているユイカにエリアは優雅にクスリと笑った。
そのやり取りだけでユイカの疑惑は晴れたらしく、何事もなかったようにメニュー表を見始めた。
ミヤトは、もう何も言うまいと、同じく黙ってメニュー表に目を落とす。
「こちらの本日限定メニューがおすすめとなっております」
エリアが提示したメニューはミヤトたちが見ているメニュー表とは別のもので、ご飯かパンを選べ、メインも魚と肉のどちらかを選ぶことが出来、スープとサラダ、デザートもついてくるというのに、値段が千円以内という破格のものだ。
ユイカは瞳を輝かせ、口を開いたままそのメニューの写真に釘付けになった後、顔を勢いよくエリアに向ける。
「是非、これでお願いします!」
「承知いたしました」
「あの、これどうしてこんなに安いんですか?」
「――とある方が、お客様が疲れて訪れるだろうと、配慮して本日だけ特別に用意させたメニューとなっております」
「とある方……」
ミヤトが思いつく限りではそんなことが出来るのはシャーネくらいである。
しかもそのお客様というのがミヤトのことを指しているのならば、彼女にとってヒーローショーでのミヤトの参加は揺るぎないものだったのだろう。
ならば、ここはその厚意に甘えようとミヤトも同じ物を注文した。
十数分後、注文した品をエリアが持ってきてテーブルに置く。
何事もなく食事を終え、残るはデザートのみとなった。
エリアがデザートをテーブルに置く。
大皿で出されたパンケーキの上に苺ソースと生クリーム、アイスが乗っかってありボリュームがある。
皿の縁には遊園地へようこその文字と、入り口付近にいたクマのイラストがチョコペンで描かれていて、とても可愛らしい。
エリアは皿をテーブルに置き終わると「あの」と話を切り出した。
「もしよろしければ写真を撮るサービスも提供しているのですが、どうでしょうか?」
「写真! 撮ろうミヤトくん!」
聞いた瞬間ものすごく撮りたいと思っていたミヤトは、積極的なユイカに歓喜した。
エリアがにこりと笑い「それでは準備しますね」と裏に引っ込むとカメラを手に戻ってくる。
ミヤトの胸が高鳴る。
「それでは、写真に収まるようにもう少し近づいてもらってもよろしいでしょうか?」
「はーい!」
「(そんなにサービスしてもらっていいの!?)」
戸惑うミヤトを余所に、向いの席のユイカは身を乗り出してミヤトの顔に近づいた。
距離が近づき、ミヤトは焦る。
が、これは仕方のない事だと自身に言い聞かせる。
気を取り直したミヤトは鼻の下を伸ばしながら、自分も顔を近づけ、デザートが写るように二人の間に置き、皿を少し傾ける。
撮る準備が出来、エリアはカメラを構える。
「それでは撮りますよー。……さん、にい――いや、待て。これは……おかしい……」
エリアは急に訝しみ、独り言のように呟くと、構えていたカメラを目から離した。
すっかり撮られる気になっていたミヤトとユイカは思いもしない事態にきょとんとする。
そんな二人を余所に、エリアはカメラを裏返すとレンズがある正面部分を鋭い目つきで凝視し始める。
一変した様子のエリアに、ミヤトは不安げに声を掛ける。
「ど、どうかしたんですか?」
「――私は自分の瞳に映っている場面が写真になると思っていたが、先ほど社員の方に実際に現像されるのは覗き口の下のレンズと説明された……ということは、狙いを定めるなら覗き口には頼らないのが正解なのではないだろうか」
厳しい顔で考察した言葉を述べたエリアに、ミヤトは呆けつつも彼女の手にしているカメラに視線を向ける。
使用しているカメラはすぐに現像出来る比較的安そうなプリントカメラで、覗き口であるファインダーとレンズの位置は確かに少し距離がある。
しかし、そんなことを気にする場面に出会したことがないミヤトはおずおずと諭す言葉を口にする。
「あのー、そんなに深く考えずに撮ってもらってもいいんですよ? 俺としては二人で撮った写真だけが欲しいだけなんで」
ミヤトの声は届いていないのか、エリアは目を細め悔やみながら嘆く。
「急に決まったことではあるが、二人の門出のきっかけになるかもしれないこの瞬間を収めるには、私はあまりにも経験不足っ! ……こんなことになるなら前もって練習を重ねておくべきだった……! 狙った的も思い通りに射抜くことが出来ないなんて……クッ! 未熟な写真を二人に渡してしまうのは忍びないっ! ――一度出直すか?」
「で、出直す!?」
耳を疑う呟きが聞こえ、ミヤトはぎょっとする。
一度と言っているが、どう見ても再び戻ってくる雰囲気ではない。
慌ててミヤトは問いかける。
「そ、それってどのくらいかかるんですか?」
「――この道のプロがどの程度のものかは憶測でしか分かりませんが……恐らく早くて数年かと」
「数年!?」
今この瞬間の思い出に残る写真が欲しいというのに、そんなに待っていられないどころか、もしかしたらこんな機会もう訪れることすらないかもしれない。
ミヤトは立ち上がると、踵を返し立ち去ろうとするエリアの肩を掴む。
振り返ったエリアにミヤトは目に力を入れ、必死の形相で凄んだ。
「ブレてもいいので撮ってください……! 一生のお願いです……!」
「わ、わかりました……」
ミヤトの勢いに気圧されたエリアは足を止めて上体を逸らした。
若干引き気味であるようだが、背に腹は代えられない。
改めて写真を撮り、出てきたプリントをテーブルに置いて現像されるのを待つとミヤトとユイカが笑顔で写ってる場面が浮き出てきた。
掲げていたデザートもしっかり撮れている。
「ちゃんとうまく撮れてるじゃないですか!」
「私とミヤトくんが写ってるー!」
浮き出てきた写真を見てミヤトとユイカはわいわいと盛り上がる。
これで安心するだろうとミヤトがエリアに目を向ければ、彼女はカメラを色々な角度に傾けては興味深げにまじまじと見ていた。
「――カメラ。とても奥が深いな。勉強したらもっといい写真が撮れそうだ」
すっかり自分の世界に入ってしまったエリアに、ミヤトは呆れつつももう一枚撮るようお願いし、受け取った写真を二枚を自分とユイカで分けた。
「――そうだ。写真に文字をいれるお客様もいらっしゃるみたいですが、書かれていきますか?」
「折角だし、書いていこうか」
「うん!」
「それでは、ご用意いたします」
エリアが奥に引っ込み、再びペンを手にして現れ二人に手渡す。
現像された写真下に白い空きスペースがあるのでそこに書くようだ。
ペンを持ったミヤトは、そわっと浮ついた感情が煩悩をつついた。
「(……初めてのデート、……なーんて書いたりしてみたりして……へへへ……)」
心の中で調子づいてはみたものの、書かいたものをみられた場合ドン引きされる可能性もある。
ミヤトは迷いに迷ったが、日付けとユイカとお出かけという無難な文字を書き込んだ。
ミヤトは目の前にいるユイカに目を向ける。
ユイカは鼻歌を歌いながら、前屈みになりお世辞にも綺麗とは言えない文字を丁寧に書いている。
書き終えたのかユイカは写真を両手に持ち、それに目を落として笑みを浮かべている。
嬉しそうな姿にミヤトは思わず問いかける。
「なんて書いたんだ?」
「えへへ〜。ミヤトくんとお出かけって書いたよ〜」
「お! 俺もユイカとお出かけって書いた!」
ミヤトは自身の持っている写真をユイカに見せる。
二人はお互いの写真をテーブルに並べると覗き込むように見て、一緒一緒!、と興奮して喜んだ。
そんな様子を見守っていたエリアは静かにカメラを構えフラッシュをたかずに二人を撮った。
エリアは出てきたプリントが浮かび上がり、出来た写真を見てふっと表情を緩ました。
「やっぱり下手くそだが、構図的には満足だな」
エリアは穏やかに呟いた後、写真を懐に仕舞い店の奥へと戻っていった。




