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32.遊園地に行こう! 2


ついに迎えてしまったデート当日。

ミヤトはユイカに少しでも好印象を与えるために、一時期の気の迷いで髑髏がデザインされている服を着て洗面所に立っていたところを母親に目撃された。

結果、母親に全力で止められたミヤトは、我に返りその後無難な服に着替えた。


そしてミヤトは、家を出て待ち合わせ場所の駅前でユイカを待っていた。

腕時計を確認すれば、待ち合わせの時間より三十分も早い。

落ち着きなくドキドキしながら、時折整えた髪を指でつまむ。


不安と緊張であまり眠れなかったが、もうなるようにしかならないと、ミヤトは割り切ることにした。

約束の時間から五分ほど過ぎた頃、ミヤトを呼ぶ声が聞こえ、そちらを見れば全速力で駆けてくるユイカの姿があった。


ミヤトはユイカを目にしたとき、胸が大きく高鳴った。

髪の毛は軽く結われバレッタでとめており、オレンジ色のPコートの下はベージュ色のトレンチスカートで膝を覆い隠すほどの丈。

明らかにいつもと違うユイカの姿にミヤトは感激する。


「(俺のためにお洒落してきてる……!)」


ミヤトは感動して心の中で叫び、悶える。

苦しくなる胸を押さえながらも、ミヤトはユイカの姿を焼き付ける。

可愛いユイカが一生懸命、自分に向かって走ってきている。

一応頬を抓るが夢ではないようだ。

ユイカはミヤトの前まで来ると、肩で息をしながら謝罪の言葉を口にする。


「ごめんね、待たせちゃったね!」

「ううん。俺も今来たところだから」


ユイカが申し訳なさそうに顔の前で手を合わせ「準備に手間取っちゃって~」と再度謝るので、ミヤトは「いや、いいって」と気にしていないことを伝える。


――そんな何気ないやり取り。


ユイカの息が整うのを確認してから、ミヤトは「それじゃあ行こうか」と声を掛ける。

「うん!」とユイカは笑顔で頷く。


駅の改札口で前もって購入していた遊園地行きの切符をユイカに手渡し、電車を並んで待ち、一緒に乗り込み、空いてる席に隣同士で腰を掛ける。

ミヤトは一連の流れに、こっそり拳を強く握りしめる。


「(デ、デートだー!)」


ミヤトは心の中で実感し、感極まった。

緩みそうになる顔をユイカに見られないように下を向いて隠す。

そして数十秒で気を取り直し、引き締めた顔を上げてユイカに問いかける。


「アサカは見送ってくれたのか?」

「ううん。アサカちゃんは用事があるから、って私より先に出かけちゃったよ」

「え? ……そうなんだ」


ユイカの返答にミヤトは驚く。

アサカが言った用事というのは咄嗟についた嘘だと思っていたが、本当に予定が入っていたのかもしれない。

なんとなく引っ掛かりはしたが、そう思い至りミヤトはそれ以上は気にしないことにした。


遊園地前に到着するとユイカは、はしゃぎながらきょろきょろと物珍しそうにあたりを見渡し始めた。

二人でゲートをくぐり、園内に足を踏み入れればウェルカムサービスなのか、クマの着ぐるみたちが立っており、集まった子供たちに風船を配っている。

ミヤトは関心そうに並んでいるクマたちを眺めているとぎょっとした。


明らかに異質なクマがいる。

二メートルはあるであろう身長の高いクマだ。

彼のもとには誰も寄っておらず、隅で一人ぽつんと風船を持って佇んでいる。

待たずに風船が貰えるというのに、子供たちがそのクマにいかないところを見ると、人気がないのは明白だった。


中の人自体は肩の高さから見て180センチくらいだが、頭の着ぐるみが大きいため二メートルになったのだろう。

クマは時折ちらりと人気のあるクマと子供たちを見ては視線を戻していた。

漂う哀愁と悲壮感。

遊園地で抱くには似つかわしくない感情だった。


「いいなー、風船! 私たちも貰えないかな?」


キラキラした瞳でユイカが言い放つ。

その瞬間、高身長のクマがミヤトたちのほうをばっと見る。

聞かれたらしい。

ミヤトはびびり「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。


クマはズカズカ寄ってくると顔を近づけ無言の圧でミヤトを見下ろす。

何も言わず、ただただ見下ろしている。

クマの顔の影を落とされたミヤトは「(な、なんだこのプレッシャーは……!?)」と恐れおののいた。

風船を貰わなければいけないような感覚に陥る。

生唾を呑み込み、ミヤトは口を開いた。


「あ、あの。風船、俺達にも貰えませんかね……?」


控え目に問えば、光がないクマの瞳がミヤトをじぃっと見つめる。

返事はない。


「(駄目なのか!? 駄目なのか!?)」


ミヤトはただ気圧される。

クマはミヤトから上体を引くと、手にしていた風船を二個空いている手で分けてずいっと差し出した。

受け取るか迷っていれば、風船を持った丸い手がミヤトの手に押し付けられる。


「あ、ありがとうございます」


お礼の言葉を言ってミヤトは風船を受け取った。

クマが無言で頷く。

ミヤトはユイカに風船を渡すためクマに背を向ける。

背後から感じるクマの謎の圧力を警戒しつつも、ミヤトは受け取った風船を二個ユイカに渡す。


「ありがとう! でも一個はミヤトくんの分だと思うよ。ね、クマさん」


ユイカは風船を一個だけ受け取るとクマに話しかける。

クマはユイカに無言で頷くと踵を返し、元いた位置に戻ると再び隅っこで佇んでいた。

しばらく様子を窺っていたが、やはり子供は近寄ってはいなかった。

渡し方は怖かったものの、ただの親切なクマだったのだろうとミヤトは解釈した。

ユイカはふわふわと揺れる赤い風船を子供のように嬉しそうに眺めている。


それからしばらく二人で園内のパンフレットを見ながら歩いていれば白いテントの前を通った。

テントは横幕で囲まれており、中にはカウンター、その奥には階段のような台が離れた位置に設置されている。

台は台座の役割をしているようで、色々な商品が並べてある。


「そこのお二人さーん。射的をしていかんかね?」


タイミングよく声を掛けられ、ミヤトとユイカは顔を向ける。

金髪のくせっ毛に金の髭をたくわえ、伊達だとわかる玩具の丸メガネをした男店主がいた。

瞬間、ミヤトは眉をしかめる。


変装をしているものの、その人物はヴィンセントだった。

ミヤトは無言で足をずんずんと踏み鳴らして彼に近づくと、肩を掴んでユイカから離れた場所まで強制連行した。

そして小声で非難の声を浴びせた。


「どうしてヴィンセントがここに居るんだよ!? しかもなんだその雑な変装は!? そんな格好するような性格してないだろ!? 貴族とやらの誇りはどうしたんだよ!?」


疑問がいっぱいであるため、ミヤトは思った全てをヴィンセントにぶつける。

罵倒のような言葉を浴びたというのに、ヴィンセントは愉快げに鼻で笑う。


「ハッ! 貴様にせっかく嫌がらせができるというのに、なりふり構っている場合じゃないだろう? 全力で楽しませてもらおう!」

「なりふり構えよ! そんなダサい眼鏡かけてまで邪魔したいのか!?」


二人でヒソヒソコソコソとしていれば、不思議に思ったユイカが「ミヤトくーん! どうしたのー?」と声を掛ける。

ミヤトはそこではっと我に返る。


「(そうだ。今俺はデートをしている最中だ……!)」


ユイカをほったらかしてなにをしているのだと、自分の浅はかな行動に反省する。

ヴィンセントがニヤニヤと笑う。


「早く行かないとユイカが変に思ってるぞ。まあ、僕はバレてもどうってことないがなぁ。どうする? ん?」


煽るヴィンセントに何もせずにいるのも釈然としなかったが、ミヤトは気持ちを切り替えてユイカのもとへと戻る。


「ごめんごめん。なんか急に、店主に一言物申したくなってさ」

「? よくわからないけど、射的っていうの私ちょっと興味あるからやりたいな!」


今すぐにでもここから離れたかったミヤトだったが、ユイカの言葉に口元が引きつりそうになった。

しかし、ぐっと耐える。

ユイカが折角やりたいと言っているのだ。

嫌な顔をしてしまえば、ミヤトの評価ががくっと下がるのは目に見えている。


「俺もちょうど射的したいなって思ってたところなんだ」

「そうなんだ! じゃあ一緒にやろうね!」


ヴィンセントがなぜここにいるのかは結局聞けなかったが、いないものだと、意識をしないように努めることにした。

カウンターに置かれた銃を手に取ると「説明はいるかね?」と訊いてきた店主をミヤトは断固として拒否し、代わりにユイカに説明する。

ユイカは耳を傾けうんうん頷く。


「ここを引いたら弾が飛び出すんだね」

「ああ。こうやって撃つんだ」


ユイカに手本を見せるためミヤトは銃を構え、狙いを定め引き金を引く。

確実に当たったと思った弾は、景品の手前でありえない方向に曲がり地面へと転がった。

ミヤトは違和感を覚え、もう一度商品を狙い撃つ。


しかし、弾は見当違いな何処かに飛んでいく。

流石に変だと目を凝らし観察してみれば、景品の前に不自然な風が発生している。

しばしの間が空き、ミヤトはニヤニヤしている店主の胸ぐらを掴んで睨みを利かせ小声で怒鳴る。


「風魔法使ってるんじゃねーよ! この詐欺店主!」

「お客さん、困りますねー。自分の腕前を店のせいにするなんて。それに詐欺だなんて、言いがかりつけないでもらえません? 現にお連れさんはバンバン当たっていますよ」


ほれっと顎でミヤトの背後を指し示す。

ミヤトは顔を顰めたまま示された方を向く。

カウンター前でユイカが銃を構えて弾を放つと見事に命中し景品が倒れた。


「わー! これ楽しいね!」


コツを掴んだのか次から次へと撃ち落としていく。

その度に「やったぁ!」と嬉しそうに声を上げてガッツポーズする。

ミヤトは目を丸くする。

ヴィンセントが贔屓しているのかとも思い目を凝らすが、どうやらそういうわけではないらしい。


「お連れさんお上手ですね〜」という鼻についた演技をするヴィンセントにイラっとするが、ユイカの楽しそうな笑顔を目にすると怒りがぐっと引っ込んだ。

ヴィンセントに再び顔を向ける。

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。

言いたいことは山程あったがここで揉めるとデートが台無しになる気がし、胸ぐらを離した。

ユイカのもとに戻るとこほんと咳払いし、気持ちを切り替える。


「ユイカは上手いなぁ」

「えへへ。今日の私、絶好調だからミヤトくんの好きなの取ってあげる!」

「じゃあ、あれを頼む」


ミヤトが指差したのはワニのマスコットだった。

ユイカは「よーし」と意気込むと銃を構える。

真剣な瞳でマスコットに狙いを定めている姿もまたギャップがあって良いと、ミヤトはニヤけそうになる口元を必死に堪えながら見守っていた。

ユイカが引き金を引く。

狙いは正確だったが弾が途中でギュインと方向転換し地面に転がった。


「あれー? おかしいなぁ?」


ユイカが首を傾げる。

ミヤトが無言で元凶に顔を向ければ、ニヤニヤと含み笑いしている。

ミヤトはぶちりと堪忍袋の緒が切れ魔具を取り出し斬りかかろうとしたが、気づいたユイカが慌てて二人の間に割って止めにかかる。


「わー! 力づくはダメだよミヤトくん!」

「止めるなユイカ! こいつは店主であって店主じゃないんだ!」

「おー怖い怖い! お連れさん凶暴ですねぇ」

「黙れ詐欺店主!」


ユイカの背後でヴィンセントが身を引かせながら怯えた演技をしている。

それもまたミヤトの癪に障ったが、間にユイカが入ったことで、わずかに残っている理性と葛藤し最終的には折れることとなった。

しかし、射的はこれっきりだ。

天幕からミヤトとユイカは出ようとすると、ヴィンセントが声を掛ける。


「また来てねー」

「(二度と来るか!)」


ひらひらと手を振るヴィンセントにミヤトは表情だけで威嚇し、心のなかで悪態をついた。





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