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31.遊園地に行こう! 1


冬休みが近づいた頃。

バイト時にレジ業務とその補佐をしていたミヤトとユイカは、店内から客が居なくなったタイミングで女性の先輩から問いかけられる。


「ねえ、二人とも。遊園地に興味はある?」

「あります!」


すかさずユイカが瞳を輝かせて元気よく挙手する。

ミヤトの答える隙はない。

先輩は苦笑しながら話を続ける。


「知り合いからペアチケット貰ったんだけど、予定が合わなくって……よければ二人でどう?」

「(そ、それっていわゆるデートってやつでは!?)」


ミヤトはそわっとする。

しかし、ペアという言葉でアサカの顔が過ぎり、ミヤトは浮ついた頭を横に払った。

自分が出張るべきではない。

快くユイカとアサカに譲るべきだとミヤトはそっと心のなかで言い聞かせる。


「良いんですか? 私、遊園地初めてなんです!」


ユイカのその言葉でミヤトの譲渡の気持ちが固まった。


「そうなんだ! なら、ちょうどよかった。ミヤトくんと一緒に楽しんできてね」

「あ、いや。俺じゃなくて……ユイカ、アサカと一緒に行ったらどうかな?」


ミヤトの申し出にユイカが答えるより先に先輩は慌てて手を振った。


「ああ! ダメダメ! 私はいつもお世話になってる二人に行ってほしいのよ」


この提案には裏があった。

ここ数ヶ月で仲が良くなっているミヤトとユイカだったが、それ以上の進展がなさそうな二人の様子に先輩はヤキモキした結果、日頃の感謝を込めて考えたプレゼントであった。

なのでどうしてもミヤトとユイカの二人で行ってほしいのだ。

ミヤトが「でも」と言葉を続けるのを制止させるために先輩はびしりと指を指す。


「とにかく、アサカさんには黙っておくこと! いいね?」


先輩の威圧に二人はこくこくと頷く。

先輩は満足げに頷いて、入ってきた客に挨拶をする。

話はそこで終わり、きょとんとしたミヤトとユイカは顔を見合わせた。


バイトが終わり、外に出るとアサカがいつものように出入り口で待っていた。

二人を見てにこりと笑う。


「二人ともお疲れ様」

「あ、ああ」

「う、うん」


場がシーンと静まりかえる。

釘を刺されたミヤトたちは明らかにどうすればいいのか分からず、いつも通りの振る舞いができずにいた。

アサカは首を傾げるも何も聞かなかった。


しばらく歩くも気まずい空気が流れる。

アサカはちらりとミヤトとユイカを窺うと口を開く。


「どうしたの二人とも? 苦虫でも噛み潰したような表情してるわよ?」


一言も喋らず、顔もこわばっている二人をアサカは心配になり声をかけた。

ミヤトとユイカは互いに目配せする。

ユイカは縮こまり口を噤んでいる。

何も発しないようにしているのだろう。

このままアサカに隠すのは罪悪感で押しつぶされそうになったミヤトは遊園地のペアチケットのことを素直に話した。


「実は先輩から遊園地のペアチケット貰ったんだけど、次の日曜日二人で行くように言われてて」


ユイカがこくこくと頷く。

やはり彼女もアサカに黙ってるのは嫌であった。


「なんだそんなことだったの。体調不良とかじゃなくてよかったわ」


ホッとした表情を浮かべアサカは微笑む。

それを目にしてミヤトは頬を掻く。

少しの間だけでも心配させてしまったことをすまなく思う。

そして、当初予定していたとおりユイカとアサカの二人で遊園地に行くよう促す。


「で、先輩には悪いけど、やっぱりアサカとユイカで行くべきだと思ってさ。先輩には予定が入ったって言っておくから、二人で行ってきてくれ」


本当は一緒に行きたかったが、ユイカが遊園地が初めてならアサカも初めてなのではないかとミヤトは気を回した。

先輩が計らってくれた折角のデートだったが、今度自分から誘えばいいとミヤトは自身を励ました。

しかし、アサカは眉を曇らせた。


「申し訳ないけれど、その日はどうしても外せない用事があるのよねぇ」


頬に手を当て、深い溜息をつく。

アサカの隣りで期待に満ちた瞳を向けていたユイカは残念そうに肩を落とす。


「そっかー。それなら仕方ないね」

「ごめんね、ユイカ。だから、その日はミヤトくんと楽しんできてね」

「へ?」


ミヤトは素っ頓狂な返事をした。

不意に自分を名指しされ、何のことを指しているのか理解できなかったからだ。

そんなミヤトを余所にユイカは大きく頷く。


「うん! おみやげ買ってくるね!」

「ええ。楽しみにしてるわ」


未だに状況を飲み込めないミヤトはアサカとユイカを交互に見やる。

それを目にしたアサカはクスリと笑うとミヤトに近づくとつま先立ちし耳に唇を寄せる。


「折角先輩が気を遣ってくれたんだから、少しは狡賢くならなくちゃ」


囁かれた言葉にミヤトは耳にくすぐったさを覚え、アサカが離れると耳を手で押さえた。

アサカに顔を向ければ、彼女はニヤリと笑う。

アサカ公認のデートの約束を取り付けた瞬間であった。


二人を送り届けたあとミヤトは喜びを隠すことなくスキップしながら帰路につく。

興奮冷めることなく家に帰り着いた後も鼻歌を歌い上機嫌で過ごしていた。


次の日、ミヤトは緩む頬を隠すことなく登校する。

弾む胸を感じながら校舎へ足を踏み入れる。

とはいえ、周りにバレるとやっかみがあるだろうと考え、ミヤトは嬉しさをおくびにも出さないようにポーカーフェイスを意識して教室に足を踏み入れると、出入り口傍にいたクラスメイトの男子がミヤトに笑いかける。


「あ、ミヤトくんおはよう。次の休日デートするんだってね」

「な、なぜそれを……」


出会い頭に秘密を暴かれ、ミヤトはぎくりと肩が跳ねた。

デートのことを知っているのは自分とアサカとユイカと先輩のみのはず、と動揺を隠せない。

驚くミヤトの疑問に男子はなんてことないように答える。


「なぜって……ユイカさんがミヤトくんと遊園地に行くって言ってたからだよ?」


男子の視線の先を辿れば、ユイカが「遊園地に行くんだよ!」とちょうどクラスメイトに言い回っている最中であった。

そう来たかと、ミヤトは苦笑いする。

ユイカは初めての遊園地に心躍らせ、楽しみで仕方なくなり感情が溢れた結果、皆に言いふらしていた。

勿論登校しているクラスメイト全員が知っている。

ユイカはミヤトに気づくと、手を振って大きな声で挨拶する。


「ミヤトくーん! おはようー! 遊園地楽しみだねー!」


彼女は実に堂々としている。

クラスメイトの視線がミヤトに突き刺さる。

ミヤトは居た堪れなくなり、ぎこちなく自分の席へと向かう。

クラスメイトの視線がやけにくすぐったい。

席に腰かけ、キリッと顔に力を入れる。

少しでも気を抜けば表情が緩みきってしまう自信がミヤトにはあった。


「休日にデートとは良いご身分だなぁミヤト」


腕を組んだヴィンセントが目の前に現れ、顔を斜めにあげて見下ろすようにミヤトに絡む。

その顔つきはからかいを含んでいる。

不愉快な気分になったが、ミヤトにはユイカとのデートというハッピーな予定が入っている。

それさえあればどんなに嫌なこと辛いことがあっても乗り切ることができる。

ミヤトはニヤけそうになる口元に力を入れながら言い返す。


「羨ましいのか?」

「なんだ? 羨ましいと言ったら代わってくれるのか? ん?」

「絶っ対に代わらない!」

「だろうな。まあ、せいぜい軽率な行動だけはしないよう気をつけることだな」


忠告だけし、ヴィンセントは片手を上げて去っていった。

やけに簡単な絡みだけで去っていったな、とミヤトは肩透かしを食らった気分だった。

ヴィンセントと入れ替わるようにラースがミヤトの前に訪れる。


「……」


無言でラースが顔を見つめるため、ミヤトは耐えきれなくなり「どうしたんだ?」と問う。

ラースはふむとあごに手をやり、暫し何かを考えた後口を開いた。


「俺になにか力になれることがあるなら遠慮なく言ってほしい」

「いや、特にないから大丈夫だ。ありがとうな」

「そうか――頑張ってきてくれ」


張り詰めたような物言いを、ラースなりの気遣いの言葉と受け取ったミヤトは笑って頷いた。

その日はクラスメイト全員から激励や、からかいの言葉をかけられることとなった。

ミヤトは気恥ずかしさでほっといて欲しいと思いつつも、ニヤけてしまいそうになる唇を引き締めていた。


しかし、数日後ミヤトは沈んでいた。

見るからに悩み事を抱えている雰囲気だ。

そんな彼とは打って変わって、遊園地が目前に迫ったユイカは楽しそうに過ごしているため、その温度差にクラスメイトが訝しむ。

ユイカが席を外すタイミングでアサカとシャーネがミヤトに近づき声を掛ける。


「どうしたの、ミヤトくん。明後日は遊園地だっていうのに浮かない顔して」

「ほんとにね。とてもじゃないけど、デートに行くって顔してないわよ、あんた」


二人の声かけにゆるゆるとミヤトは覇気のない顔を上げる。


「いや、最初は楽しみにしてたんだけど日に日に不安になってきて……失敗したらどうしよう、って」


アサカとシャーネは顔を見合わせ瞬きする。

シャーネは頭を押さえ「なるほどね」と理解し、深い溜息を吐いた後、ミヤトに喝を入れる。


「あんたそんなこと気にしてるの? 馬鹿ねぇ。そんなこと気にせず楽しんできたらいいじゃない! 折角取り付けられたデートなんでしょ?」

「それはそうなんだけど……やっぱりよく見られたいって気持ちはあるわけで……」


ごにょごにょと不安を吐露する。

シャーネはどんな大層な悩み事かと構えていたが、心配したことを損した気持ちになっていた。

そんな中、アサカが口を開く。


「疑問なんだけれど、デートに失敗ってあるのかしら?」


アサカが頬に手を当て不思議そうに首を傾げる。

ミヤトはビクリと肩を揺らす。

シャーネはやれやれと肩をすくませた後、尊大に両腰に手を当てて眉をキッとつり上げた。


「当然あるに決まってるじゃない! 相手の少しでも嫌な部分が見えればそれ以降の時間は苦痛でしかないんだから! 私は勿論帰るけど、ユイカなら無理してでもいるんじゃない?」


ミヤトの胸に鋭いナイフがグサリと突き刺さるような痛みが走る。

無理してまで一緒にいられるのは精神的に辛すぎる。

アサカがシャーネにやんわりと意見する。


「でも、ユイカとはずっと一緒にいるけど嫌がられたことなんて一度もないわよ?」

「それは()()()だからだろう?」


これ幸いと現れたヴィンセントが口の端を吊り上げ、すかさず語気を強め答える。

ミヤトはストレスでバクバクと音を立てだす胸を押さえる。顔は真っ青だ。

ヴィンセントはミヤトの周囲をゆっくりと歩き、アサカの疑問に答える。


「ユイカはアサカのことが好きなんだから、好きな人と行ける場所ならどこでも楽しいに決まっている。しかし、ミヤトはどうだろうな。初めて行く場所、初めてのデート。さぞアサカと比べられるだろうなぁ」


ヴィンセントがわざとらしく憐れみ、ミヤトの肩にぽんぽんと手を置く。

いつもなら言い返すミヤトだが、不安感からすっかり弱りきって怯え震えている。

そこに通りすがりのラースが謎の雑誌を片手に現れ、視線をそれに落としつつ空いている手を顎に当て呟く。


「自分ではいつも通りに接しただけなのに特別感がないと言われ振られる」


ミヤトがびくりと震える。

ラースは立ち止まり、音読を続ける。


「待ち姿が無理だと振られる。食事のとり方がなんか嫌だと振られる。今日は楽しかったねと言われた次の日に振られる――」


ミヤトが段々と頭を抱え沈んでいく。

ラースは雑誌を閉じると天井を見上げ「デート……それは試される場……」と憂いを帯びた瞳でつぶやいた。

何のつもりかは分からないがミヤトにダメージを負わせるには充分であった。

見兼ねたエリアがヴィンセントとラースを叱咤する。


「まったく、二人とも! その辺にしないか。ミヤトはそもそもユイカと付き合ってもいないだろう? 付き合ってもいない、()()()()()に恋人の振る舞いを求めるのは酷だとは思わないのか?」


エリアが二人を諭す。

悪びれもなくヴィンセントが肩を竦め、ラースは相変わらず涼しい顔をしている。

その横でミヤトは完全に意気消沈し、「そうですよねー。付き合ってもないのに何を心配してるんでしょうねー俺」と、か細い声でボソボソと呟いた。





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