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29.シャーネの憂鬱

 

創立記念祭の日、シャーネはこの日のために特注したライトブルー色のドレスに袖を通していた。

鏡の前で自身の着飾った姿を映し見、小さくため息をつく。

結局、ミヤトはユイカと踊ることになり、シャーネは誰にも誘われることもなく壁の花になることとなった。


――いや、誘われているには誘われている。


アサカだ。

彼女も相手が見つからなかったらしい。


『相手がいない者同士、パーティーを楽しみましょう』


その誘い文句は一人ではない分、心強くもあった。

だというのに、シャーネは折角なら男の子と一緒にいたかったとぼやいたのだ。

まったくもって面倒くさい女で、付き合ってくれるアサカに同情してしまうとシャーネは自虐する。


会場入り口に着くと、シャーネたちと同じく待ち合わせをしている人たちの姿があり、その中からアサカを探していれば「やっと来たか」と声をかけられる。

振り向けば声をかけてきたのはヴィンセントであった。

普段とは違い、髪を後ろに流し固めていて燕尾服を着ている。

見た目だけなら品格のある男性に見える。


「ちょうど良かった。ねぇ、アサカ知らない? このあたりで待ち合わせしているのよ」

「アサカはここには現れない。相手が見つかったからな」

「は?」


何を言われたか分からず間の抜けた声が出る。

状況を飲み込めないシャーネに構うことなくヴィンセントは腕を差し出す。


「ほら、さっさと行くぞ。僕の気が変わらないうちにな」


シャーネは戸惑いつつも、その腕に手を絡めた。


会場内に足を踏み入れれば、明るさに慣れていない瞳に城内のシャンデリアの明かりが目をちかちかとさせる。

理事長の開催の挨拶から始まり、しばらくしてダンスの曲が流れる。

ヴィンセントはシャーネに向き合い、ダンスを誘うように構える。

言葉のないやりとりに、シャーネは無言で応えた。

踊り始めて、ようやくヴィンセントに疑問をぶつける。


「ねぇ、踊りたくなかったはずなのに、どうしてあたしと踊ってくれるの?」

「アサカが急遽理事長と踊ることになったからと、僕に貴様をお願いしてきただけだ。まったく、本当に勝手な女だ」


顔を歪め、悪態をつくヴィンセント。

シャーネは瞳を丸くする。

アサカが理事長と踊ることにも驚いたが、そんなアサカの頼みをヴィンセントが素直に聞き入れたことの方が驚愕だ。


「アサカ、なんて言ってお願いしてきたの?」

「――簡潔に言うなら、紳士なら淑女に恥をかかせたりはしない、と言われた」


思い出しているのか顔を引きつかせるヴィンセント。

シャーネは呆気にとられたがぷっと噴き出す。

もしかしたら、シャーネのただのぼやきを叶えてやろうと彼女なりに気を遣ったのだろうか。


「下手くそとは踊りたくないって言ってたくせに、踊っちゃったわね」

「良かったな。及第点で」


軽口を叩けば、憎たらしい言葉で返される。

不思議と腹は立たず、そのやりとりは心地よかった。

シャーネが素直じゃないように、彼も素直じゃないからだろう。

ついつい本音が滑り出る。


「本当はミヤトと踊りたかったな」


自分の父親以外で可愛いと言ってくれた男の子。

昔から可愛いと言われて育ったシャーネだったが、元来意地っ張りな性格なのでそれが裏目に出て、周りからは可愛いと言われたことがなかった。

それどころかキツめの性格が怖いと言われることも多々あった。


そんな理由も相まって、いつしか可愛いより、美しさを自負するようになっていたが、やはり子供の頃からの刷り込みというのは抜けないもので、可愛いと思われたい欲が根底にあった。

だから、その言葉をくれたミヤトは彼女にとって特別な存在になるのかもしれないと思ってしまったのだ。


「は? まさか本当にミヤトのことが好きだったのか……?」


ヴィンセントがさも意外そうな声を上げる。

顔が訝しみ、なぜだか若干顔が引きつっている。

あれだけ好意を向けていたのなら当然伝わっていると思っていたので、ヴィンセントのその反応はシャーネにとって予想外だった。


「そりゃあそうでしょう? 好意がなければ大切な荷物を預けたりしないわよ」

「……体の良い荷物持ちを探しているのかと思っていたが……?」

「? そんなわけないじゃない」


不思議そうにシャーネが首を傾げれば、ヴィンセントは苦々しくため息をつき「まあ、好意の形は人それぞれか……」と呟き無理やり納得していた。


ダンスが終わりこれ以上一緒にいる必要はないと思ったのはお互い様だったようで、距離をとると顔を見合わせる。


「今日は付き合ってくれてありがとうね」

「礼ならアサカに言うんだな。僕はあいつに言いくるめられただけだ」


つっけんどんな態度で返された後、フンッと鼻を鳴らし、顔を背けられる。

言いくるめられたと言ってはいるが、そんなの無視すればいいだけの話。

なのに、根が優しいから見捨てられなかったのだろう。

シャーネはふっと笑うと軽口を叩く。


「あたし、あんたのこと好きになっていれば良かったわ」

「荷物持ちは御免だ」


ヴィンセントは鼻を鳴らしてそう吐き捨てると踵を返す。

去っていく後ろ姿に、シャーネは再びお礼の声を掛ける。


「ありがとうね、ヴィンセント」

「だから、それはアサカに言えと言っている!」


顔を顰めて釘を刺すとヴィンセントは去っていった。

シャーネと同じで彼は素直じゃない。


会場に一人取り残されたシャーネはバルコニーへと足を進める。

ミヤトとユイカが一緒にいるところを目にしないよう避けるためだ。


石造りの柵に頬杖をつきながら空を眺める。

満月の夜に無数の星が輝いている姿は会場の綺羅びやかな明かりと比べるとささやかで、寂しさを感じてしまう。


「(こんな日くらい、輝いていたかったなぁ)」


ミヤトがユイカのことを好きなのは誰の目から見ても明らかだ。

それに、シャーネが迫っても迷うことなく一瞬で振ろうとしていたことを踏まえても、勝ち目はない勝負だった。


そう。叶わない願いと初めから分かっていた。

だからこそ、想いは諦めるから、今日だけは一緒に過ごして欲しかった。

だけれど、それは自分からではなくミヤトからがいい。

しかし、そんな我儘は通らないことは分かっている。

ならば自分から誘えばいいのに、意地が邪魔して出来なかった。


シャーネは脱力するように大きくため息を吐く。

アサカだけではなく、ヴィンセントにも気を遣われ、シャーネとしては嬉しいような悲しいような複雑な心境だ。


「シャーネ」


女性の優しい声音。

振り返れば藍色のドレスを身に纏ったアサカが立っていた。


「アサカかぁ。サプライズどうもありがとうね」

「今から時間あるかしら?」

「時間ならたくさんあるわよ」


掌を横に開き、なんともないような顔をして自虐を言い放つ。

虚勢を張った姿は実に自分らしい。


「それなら、これから二人で湖に行かない?」


学園の敷地内にある湖のことだ。

ここからは少し遠い場所。

その誘いはシャーネにとって有り難かった。

しかし、あからさまに嬉しそうにするのも、居づらいことを認めているようで癪に障るためシャーネは、やれやれといった態度で息をついた。


「いいわよ。一人でこんなところにいても、つまらないだけだし」

「よかった。それじゃあ行きましょう」


そうしてシャーネたちは、始まったばかりのパーティーを二人で抜け出した。

浪漫のあるシチュエーションである。


「(相手が男性であれば、だけど)」


シャーネはまた余計なことを考えた。


会場から離れた湖まで訪れる生徒はいないようで、ついてみればアサカとシャーネの二人きりだった。

開けた湖に月明かりが差し込んでいる。

先ほどバルコニーにいたときは寂しく感じていた光も、暗がりだと黄金色の光の粒子が温かく見えるから不思議だ。

湖の静かな雰囲気が不安を煽ることなく心を落ち着かせてくれる。


「シャーネ」

「ん? なによ?」

「ミヤトくんと、踊りたかった?」


アサカを見れば、彼女は申し訳なさそうな表情でシャーネを見ている。

ミヤトがユイカを選んだことに対してなぜ彼女が後ろめたさを感じているのか。

シャーネは言い返そうとしたが、言いたい言葉が上手く出てこず、開いていた口をゆっくり閉じて、地面を見つめた。





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