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27.ダンスの誘い


秋になり、学園の創立記念祭のパーティーが開催されることになった。

学園の関係者だけで行われる堅苦しくはない内容のものではあるが、学園にいる生徒の大半が貴族出身ということもあり、プログラムに社交ダンスの項目が組み込まれている。

担任のセーラの説明を聞き終えたミヤトは頬付を突きながらため息をついた。


それから放課後の実技訓練時に、皆が集まったタイミングでミヤトはぼやく。


「学園創立祭に参加するのはいいんだが……社交ダンスなんて踊ったことないから、ちゃんと踊れるか憂鬱になるな」

「それなら私が個人レッスンをしようか?」


エリアが申し出る。

ミヤトは心強い協力者の現れに、目を丸くする。


「いいのか?」

「ああ。アサカも、ユイカもダンスは未経験だろう? 私は男性パートも踊れるから、よければ練習に付き合うぞ」

「本当? 助かるわ」


有り難い助け舟にミヤトたちが手放しに喜んでエリアにお礼を述べていれば、黙っていたシャーネが自身の二の腕を片手で掴みながら独り言のように話し始める。


「ねえ、そのことなんだけど……当日、もし、このメンバーでパートナーを組むことになるとしたら、一人余るじゃない?」


落ち込んでいるような暗い口調に皆がシャーネに注目する。

いつもと様子が違う彼女の言葉に静かに耳を傾ける。

シャーネは逡巡の沈黙か。

間をおいた後再び口を開く。


「だとしたら、このメンバーで誰があぶれるか、なんて……目に見えているわよね……」

「それって誰のことを言っているんだ?」


ミヤトの問いかけにシャーネは視線を地面に落とす。

答えにくそうに視線を横へと逸らしながら、ゆっくりと口を開く。


「それは――」

「俺のことだな」


ラースが涼しい表情で返事をするとシャーネがずっこける。

皆が静かに見守る中、体勢を立て直したシャーネはラースに向かって凄む。


「そんなわけないでしょう!? 状況をちゃんと見て発言しなさいよ! 男三人に女四人! あぶれるのは――」

「僕だな」


ヴィンセントが返事をするとシャーネは再びずっこける。

先ほどから忙しない。

乱れた髪を整えながらシャーネは再び立ち上がり、怒鳴る。


「どうしてさっきから数少ない男子の方を削るのよ!」


ラースとヴィンセントは顔を見合わせたあと前を向き、シャーネの問いに答える。


「俺は女子と手が触れると考えてしまうだけで、緊張して相手を氷漬けにさせてしまいそうだからだ」

「なぜ僕が自ら薦んで、下手くそと踊らなければならない。ただでさえダンスなんて面倒だと言うのに」


ラースは見つめていた掌を握りしめて訴え、ヴィンセントはやれやれと肩を竦めると大きくため息を吐いた。

ラースは最近女子と顔を合わせて喋れるようにはなっていたが、やはり長時間となると無理らしい。

ヴィンセントはらしいといえばらしい答えだ。

ラースの意見は納得したのか、シャーネの矛先はヴィンセントに向かう。


「なら経験者のエリアと踊ればいいじゃない!」

「それならラースの方が適任だ。エリアとなら魔力相殺もできるしな。そういうわけで、僕は誰とも踊らない。別に強制でもないしな」


ヴィンセントは明後日の方向を向きながら、しれっと返事する。

ぐうの音も返せないのか、シャーネがうぐぐと唸る。


結局あぶれたのは男性二人という謎の構図となった。

授業以外の個人練習も参加しないことになり、唯一ダンスの経験者で男性パートも女性パートも踊れるエリアが指導することとなった。

最初のみエリアのパートナーとしてヴィンセントが手伝ってくれ、二人は説明しながらゆっくり踊り終える。


「覚えたわ」


アサカは言ってのけるとエリアの手を取る。

エリアは急なことでも驚かず柔軟に対応していたが、踊り始めるとエリアの目が見開き、戸惑った表情を浮かべる。


「あ、アサカ……それは男性パート……」

「ええ。覚えたのは両方よ。エリアの負担を少しでも減らしたいと思ってね。どうかしら? 実力の程は?」

「あ……ああ。い、いいんじゃないか」

「そう。エリアがそう言うのなら自信を持って踊れるわ」


アサカが微笑みを浮かべる。

踊り終えたエリアは指導のためミヤトのもとに来るが、歩き方がやけにギクシャクしており、顔は茹でダコのように赤くなってる。


「大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」

「あ……いや……なんだか照れてしまって……」

「照れる?」

「女子とダンスの練習はよくするから慣れてはいるんだが……いつも男性パートばかりで……女性パートは慣れなくて胸がドキドキしてしまった……」


顔を赤らめてもじもじしているエリアは、普段と違いしおらしい。

ミヤトが水着を褒めたときはこのような反応はしなかったのに、やはり慣れないことでの緊張なのか。

しかし、その後は調子を取り戻したようで、ミヤトを指導するときは、いつも通りの余裕のある姿に戻っていた。


それから創立記念祭まで、授業の間の休憩時間などを使って練習をしていれば、興味を持ったクラスメイトも次々と参加していった。

アサカは男子とだけではなく、女子とも踊っていた。

貴族とはいえ、異性同士のダンスはやはり緊張するためか需要があり、引く手あまたの存在になっていた。


創立記念祭の一週間前。

放課後、バイトに行く前にミヤトはアサカにこっそり声を掛ける。


「あのー、相談なんですが……今日の迎えに来る時間を遅れさせることはできないでしょうか?」


それだけで理解したのか、アサカは含み笑う。


「ユイカを誘うのね?」

「ああ」

「分かったわ。頑張ってね、ミヤトくん」


すんなりと了承される。

約束を取り付けることができ、いよいよユイカを誘う手はずが整った。

学園行事の一環ではあるが、デートの誘いをするような感覚に、ミヤトは緊張でどきどきと鳴っている胸を手でそっと押さえた。


バイトが終わり、ついにその時が来た。

着替えを先に終わらせ、肉まんを自分の分と合わせ三個購入し、袋を分けてユイカを待つ。

ユイカがスタッフルームから出てくるタイミングで肉まんを後手に隠し、外に出ていく彼女を追うようにミヤトも店内を後にする。


「あれ!? アサカちゃんが来てない!」


外に出るなり、定位置にアサカがいないことに気づいたユイカは、大声をあげて辺りを見回した。

ミヤトは自分に注目してもらうため、こほんと咳払いする。


「ま、まあ、アサカも遅れることくらいあるさ。ってことで、アサカが来るまで肉まんでも食べながら待とうか」


買っておいた肉まん二つが入っている袋をユイカに差し出す。

勝率を少しでも上げるために、誘う前に餌付けしてしておく作戦だ。

一個より二個渡すことで特別感も出している。

途端にユイカは肉まんの袋に釘付けになる。


「えー!? どうしたのミヤトくん!? 気前いいね!」

「ははは。そ、そうかなぁ?」


光の速さで袋を受け取ったユイカに、ミヤトは誤魔化すように笑う。

それからコンビニの端のほうで二人で立ち並ぶ。

美味しそうに肉まんを頬張っているユイカの様子をちらちらと窺いながら、躊躇いがちに話を切り出した。


「あのさ、これは……相談なんだけど……創立記念祭のダンスのパートナーになってくれない、か?」

「いいよー」


ユイカが、肉まんをもぐもぐしながら答える。

あまりにも呆気なく了承が返ってきたのでミヤトは、一瞬面食らってしまった。

聞き間違いではないかと不安になって確認する。


「……え? ほ、本当にいいのか?」

「うん。アサカちゃんに『私以外の好きな人と踊りなさい』って言われたから」


アサカの手際のいい手回しにも驚いたが、それよりも一番気になるのは好きな人という単語。

好きな人、とということは、断れなかった自分はそれに該当することになるのだが――。

ミヤトは動揺して小さく息を吸うと震える声で「す」と発音する。


「好きな人っていうのは……その……俺でいいのか? ヴィンセントとか、ラースとかじゃなくて……」

「うん。ミヤトくんはねぇ、私のこと分かってくれてるからねぇ……二番目に好きな人なんだよ」


意外にもユイカの中での評価が高く、ミヤトは生唾を呑み込んだ。

しかも二番目。

喜ぶ気持ちが強くなるが、つい口が滑る。


「い、一番目は?」

「アサカちゃん」


即答で返される。

当たり前であった。

一番と二番ではおそらく越えられない壁が天高く積み上がっているとは思われるが、ミヤトにとっては最高の位置であった。

身に沁みるように感動していれば、ユイカが口の端に肉まんの生地をつけながら微笑む。


「ミヤトくんの中で私は何番目?」

「(……え!? これって告白チャンスなのか!?)」


唐突な展開に動揺を隠せない。

ダンスを誘うだけだったのに予想外の方向に話は進む。

しかし、話の流れからそう訊かれるのは自然な流れ。

コンビニの、それもバイト先の目の前で人の目もある。

が、好きな子が微笑みながら返事を待っている。

ミヤトの心音が大きくなっていき、顔に熱が集まっていく。


「ユ、ユイカの一番が、俺になったとき教えるよ」


決心が付かず、匂わせる程度の告白になってしまった。

ユイカの瞳が大きく見開かれる。

遠回しすぎる気持ちの伝え方だったというのにミヤトの顔は真っ赤だ。

心臓は恥ずかしさで破裂寸前まで膨らんでいる。

ユイカの口が小さく開かれ「そ」と言葉が漏れる。

ミヤトは一言一句聞き逃さないように耳に意識を集中させる。


「それって一生分からないってことぉ!?」

「い、一生!?」


ユイカと同じくミヤトは衝撃を受ける。

ショックを受けているミヤトを余所に、ユイカは肩を落とし残念そうに呟く。


「そっかー。それじゃあ仕方ないね。聞くの諦めるしかないか〜」

「……あの、ユイカさん? もう少し粘ってくれてもいいんですよ?」


ミヤトの声は届いていないのか、ユイカは残りの肉まんを再びのんびり頬張り始めた。

どうやら完全に諦めてしまったようで、とりつく島もなかった。






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