23.治癒魔法
夏休みに入り、実技訓練のメンバーはさらにエリアとラースが加わり、その総数は七人となった。
今日は用事があるシャーネを除いた六人が集まっていた。
ヴィンセントが申請していた魔具の使用許可も認められ、各々がそれを取り出し具合を確かめるため調整をしている。
ミヤトは手始めとしてラースとの手合わせを願い出た。
彼の魔具のハルバードは、槍と斧としての役割を持っている中距離戦向けの武器だ。
この武器は主に破壊することを主としているので重みがある。
それを踏まえて考えるとラースは力に自信があると推測できる。
ラースとの手合わせ前にミヤトはヴィンセントから助言を受ける。
「力が強そうな相手とは真っ向から攻撃を受けようと思わない方が良い。単純に力負けをするからな。受け方を間違えれば腕を負傷して武器が振れないなんて、元も子もない状況に陥るぞ」
「分かった。なるべく足を使って避けるようにする」
ミヤトは基礎に戻り、足さばきを練習するようになった。
それとともに足裏のトレーニングも並行して行っている。
慣れない足さばきに足を痛めさせないためだ。
足裏のトレーニングならば母親に気づかれることなく家でも行うことが出来るのでミヤトにとって都合の良い鍛え箇所だった。
まだスムーズには足さばきを行えないが、慣れるためには積極的に使っていかなければならない。
ハルバードの縦の攻撃は躱しからの立て直しが楽だが、横の攻撃になると後退するかしゃがんで避けるか、飛ぶかの選択を迫られる。
意識にあった横への攻撃が迫り、後ろに下がり避けたが、ハルバートの刃が返しを行ったのを視界が捉える。
ラースが一歩大きく前に出、ミヤトの体をハルバードが捕らえる。
反応しきれず、それをミヤトは脇腹に食らう。一線の鈍痛が襲い、ミヤトは痛みで顔を歪ませながら飛ばされ、気づいたときには地面に横になって倒れていた。
ずきずきと痛む脇腹を押さえ、自身を奮い立たせて立ち上がると、ヴィンセントのもとへと歩み寄り、ずいっと顔を近づけた。
「お前、魔具は使用意志が反映するから当たっても痛くないって言ってなかったか!?」
「痛くないとは言っていない。重傷を負うことはないと言ったんだ。肉体強化状態も伴っているから、あまりないが、普通に怪我もする。そのために、ユイカがいるんだろう」
「いきなり詐欺に遭った気分だ……」
ヴィンセントがしれっと答えた内容に、ミヤトはぼやき、ずきずき痛む脇腹を手で擦る。
確かに骨は折れていないが、鈍痛は容赦なく襲ってくる。
痛みが緩和するのには時間がかかりそうだ。
ラースが、心配そうにミヤトに駆け寄る。
「すまなかった。もう少し加減するか、ギリギリで止めるべきだった」
「いや、これが実戦ならこの状況で戦わないといけないから逆に経験できてよかったよ」
実戦だった場合、こうやってヴィンセントに文句を言っている暇はない。
それに武道に怪我はつきものだ。とはいえ、今は訓練中なので無理は禁物。
痛みが引くまで端に寄り座っていると、一部始終を見ていたエリアが声を掛ける。
「ミヤトは魔力の出し方に慣れていないから、肉体強化が不十分なのだろう。たまにはすべてを出すつもりで魔力を使ってみた方がいい。生出量も増えるし、体内に流れる魔力も新しくなって気持ちがいいんだ」
「へぇ。そんなデトックスみたいなこともするんだな」
魔力の扱い方に長けている貴族出身のエリアが言うなら今度試してみようと心に留めた。
その後は、痛めた箇所の治癒を勧められミヤトはユイカに治してもらうようお願いする。
「痛いの嫌だよねぇ〜。私も痛いの嫌いなんだ〜」
「痛いの好きな人はあんまりいないと思うぞ」
特に内容のない話を交わしながらユイカの治癒を受けていると、その様子を眺めていたアサカが、声を掛ける。
「ミヤトくんは治癒魔法は覚えようと思わないの?」
光属性持ちならば治癒魔法も使えるイメージが根強いため、当然の問いかけであった。
ミヤトは困ったように頭を掻き、言葉を濁すように唸る。
「うーん……」
「折角、光の魔力を持っているんだから治癒魔法も覚えないと勿体ないわよ」
「出来るには出来るんだが――凄く痛い」
ミヤトは昔、初めて治癒魔法を使用した際のことを思い出す。
血管と肉を無理やり縫うように繋ぎ合わされた後、両端から力強く挟まれているような痛みを覚えた。
それは自然治癒のほうがマシと思えるほどのものであった。
そのことがトラウマになり、それ以来使用することはなかった。
「ああ。そういうことね。それならちょっと見てあげる」
返事も聞かずにアサカは言うなり大鎌の先端で人差し指を切る。
魔具を収納すると切った指をミヤトに差し出した。指先から赤い血がプクリと浮かび上がる。
「それじゃあよろしくね」
断る隙を与えないように、頼まれる。
ミヤトは尻込みする。
「ほ、本当にいいのか?」
「ええ」
「滅茶苦茶痛いぞ?」
「承知の上よ」
頑なにアサカは意見を曲げようとしない。
ミヤトは諦めて、アサカの手を取った。久しぶりの挑戦に緊張で胸が脈打つ。
しかし、勝手が分からず、アサカにおずおずと問う。
「魔力を傷に流す感じでいいのか?」
「そうね。本当はそれなりの人体構造を知っていたほうが魔力量を最小限に抑えられるのだけれど、大雑把に済ますなら大量の魔力を流してしまえば治癒は出来るわ」
「じ、人体構造……ユイカは覚えてるのか?」
「ある程度はね。分からない部分は魔力量の多さで誤魔化してる感じね」
勉強があまり好きではなさそうなユイカでも、自分の主とする魔法に必要な知識は取り入れているのかとミヤトは感心した。
近くで控えているユイカにミヤトは声を掛ける。
「凄いなユイカは。人体構造なんて知ってるのか」
「……アサカちゃんに叩き込まれた」
ユイカは感情の籠もっていない瞳で返事を返した。
文字通り叩き込まれたのだろう。
ミヤトは同情しながら小さく「そっか」と相槌を打った。
改めて、ミヤトはアサカの手を取ると深呼吸をし体の力を抜いて、集中して魔力を流す。
が、違和感を感じミヤトは首をひねる。
「う、ん? なんか押し返されてるような感じがするな?」
魔力がうまく流れず、地面にボールをついて手に戻ってくるような感覚がある。
「闇属性のせいかもね。無理やり流してもいいわよ」
力技を言い渡され、ミヤトは言う通りにする。
調整しながら流すよりは簡単で良かったが、その分雑なため仕上がりがどうなるかミヤトには分からなかった。
アサカは治った指を興味深く見つめ納得したのか「なるほど」と呟くとミヤトに顔を向ける。
「人にはやらない方がいいわね」
断言された。
アサカは涼しげな顔で痛む様子を一切見せていない。
ミヤトに罪悪感を抱いてほしくないから我慢しているのかもしれない。
そう察し、ミヤトは頭を下げる。
「すまない。……凄く痛いだろう?」
「そうね。痛みを感じにくい私が違和感を覚えるくらいだから普通の人だったら痛いでしょうね」
他人事のように感想を述べるアサカ。
やはり涼しい顔をしていて、ポーカーフェイスは感じない。
どんな反応をすればいいのか分からず、ミヤトは話題を移す。
「さっき闇属性だからとか言っていたけど、やっぱり光属性に対しては反発するのか?」
「闇属性だったとしても、もともと人は光属性が元になっているから効かないわけではないのだけれど……患部に流す量を光属性で覆わないといけないから、それなりの魔力量が必要になるのよ。上手い人なら慣れてない人の半分以上は魔力を抑えられるみたいだけれど」
「現状俺には無理だな……」
「だからもし、この先そういう事があれば、闇属性に限ってという話ではないけれど、肉体強化状態で治すよりは核を仕舞って貰ったほうが魔力量が抑えられるわ」
「核で調整してもらうってわけか」
核が魔力生出を貯めると留めるを、行ってくれるため患部に流れる魔力を抑え、外部からの流入する魔力量で覆いやすくするということだ。
属性特徴としては闇属性は治りが悪く、逆に光属性の持ち主は他の属性と比べると治りが早いとも謂われている。
「魔力の出生もとである心臓の治療が一番難易度が高いって言われてるのはそういうことか。……なら、光属性の治療は簡単になったりするんじゃないか?」
光属性の持ち主ならば、心臓からの生出と外部からの流入と併合することで、より強い治癒の力になるのではないかとの考えだ。
アサカは首を横に振る。
「それがそうでもないのよ。心臓が傷ついてしまったら魔力生出よりは肉体を優先した働きをするから……肉体あっての魔力ってことね」
なかなかうまく噛み合わないものだ、とミヤトは唸る。
それにしても、アサカは色々と詳しく知っている。
ユイカに教えるために知識を得たのか、はたまた、知識が豊富なだけか。
感心したミヤトは、アサカを褒める。
「まさか治癒魔法にも詳しいとは思わなかったよ。医者になれるんじゃないのか?」
「私はなれないわ。だけど――そう思ってくれてありがとう」
アサカはお礼を言って微笑んだ。
その微笑みはいつしかミヤトが母親に剣道を辞めることを伝えた時の事を思わせた。
『剣道やめるよ。練習キツかったし。ゲームやってる方が楽しいや』
自分でも諦めを隠した表情を浮かべてるように思えたあの時のことを、どうして思い出したのか。
俯き地面の一点を見つめる。
本当に辞めたかったわけではない。
しかし、辞めなければならない状況に迫られたあの時。
未練はないと思っていたはずのなに、やりきれない思いに駆られる。
だから、声をかけずにはいられなかった。
「アサカ――」
「今、ヴィンセントくん。当たったわね」
「え?」
言葉を遮られ、アサカを見る。
彼女の視線の先にはヴィンセントがおり、エリアの連続して放たれる矢をレイピアでいなしている。
終わったのか二人は休憩に入るようだ。
アサカがそれを見計らったように、ヴィンセントのもとへ向かう。
ミヤトはかけられなかった言葉を、呑み込みアサカの後を追った。
「ヴィンセントくん、負傷してるわよ。治癒しないと」
エリアの矢を取りこぼしたのだろう。
頬に擦ったような黒い跡が付いている。
アサカの指摘にヴィンセントは思い当たったのかそれを拳で拭う。
「こんなのはかすり傷だ。治してもらわなくていい」
「そうじゃなくて。ヴィンセントくんもミヤトくんの練習相手に付き合ってくれない?」
「……痛みが伴うと分かっていて僕が引き受けると思っているのか?」
ジト目でアサカを睨む。
今しがた実技訓練をしていたというのに、やり取りはしっかり聞かれていたようだ。
「痛みに関してはユイカに直ぐに治癒してもらえば問題ないわよ。それに、治癒魔法を覚えておくことに関しては、ヴィンセントくんも必要なことだと思ってはいるでしょう?」
ヴィンセントは何も答えなかった。
恐らく、この件に関しては同意見なのだろう。
しばしの無言の後、ヴィンセントはため息をつく。
「分かった。が、やるからには痛みは最小限に抑えるよう心がけろ! いいな!?」
「……意外だな。ヴィンセントなら『ハッ! 僕が痛みを怖がるわけがないだろう!』くらい言うかと思ってたよ」
「痛みを好き好んで受けたいやつがいるか!」
最もな意見である。
痛みが生じないように心掛けるのは当たり前だが、それが実際に叶うかは自信はない。
「そこはミヤトくんの治癒を受けてみて、分かったことがあるからそれを実践してみましょう。恐らく痛みを少しは軽減してくれるはず」
「本当か?」
まさか一度の治癒で対策方法を得られると思っていなかったミヤトは、歓喜に似た驚きの声を上げる。
アサカが、頷く。
「ええ。これは持論なんだけれど、治癒魔法は愛情を込めると痛みを感じないんじゃないかしら?」
「「愛情〜っ!?」」
途端にヴィンセントとミヤトがお互いを見て、侮蔑するように顔を歪ませながら距離を取る。
アサカはそんなことを気にする様子なく、再び頷く。
「攻撃を目的で流す魔力のまま治癒魔法を使っているから、痛みを伴っているのだと思うわ。魔力を、鋭くではなく、柔らかくするのよ」
アサカの説明は分かりやすかったが、最初の言い方が悪かった。
先に愛情という表現をされると、ヴィンセント相手に魔法を使うのは躊躇われる。
「本質は分かったけど、魔力の流し方を変えるってのはよく分からないなぁ」
「そのために相手に愛情を与える気持ちで魔力を流すのよ」
至ってアサカは真面目に言っているのだろう。
気持ちの問題でどうにかなるのかはやってみないと分からないが、ヴィンセントは既に乗り気ではない。
「こいつの愛情なんぞいるか! 気色の悪い! 僕は協力を降りる!」
ヴィンセントは拒む度合いの強さを体を背ける勢いで表現する。
ミヤトとしても、愛情云々を聞いた後の最初の相手がヴィンセントはお断りしたいので止めはしない。
「じゃあ私がヴィンセントくんを治すよ」
「ああ。よろしく頼む。ミヤトの治癒よりよっぽどマシだ」
ユイカの挙手しての申し出を、ヴィンセントはすんなりと受けた。
そのやり取りを見たミヤトは顎に手をやる。
「(――おかしい)」
ミヤトは感じた違和感を推理する。
先ほどはかすり傷といって治癒を拒否していたというのに、愛情の話のくだりの後にユイカの治癒を断らないのはどういうわけか。
考えた末、一つの真実にたどり着く。
「(ヴィンセントめ……! ユイカの愛情を、受けるためにわざと断りやがったな……!)」
しかも姑息なのは、ミヤトよりマシと発言することで、下心を一切見せることなく自然な流れで愛情を受ける事ができるということ。
しかし、ミヤトの目は誤魔化せない。
そうはさせまいとミヤトは、治癒を受けようとしているヴィンセントの背後から肩を掴む。
「ヴィ、ヴィンセントくぅ〜ん?」
「な、なんだ気色の悪い声を出して……」
瞬時に嫌な予感を悟ったのか、振り返ったヴィンセントが肩に置かれた手を振り払う。
それで何かを感じ取ったアサカが、ユイカを流れるように二人から遠ざける。
ミヤトの頭にはユイカの愛情と治癒魔法をかけることで占められていたが、痛みが生じないようにするというのは大前提で意識はしている。
ミヤトはアサカのアドバイスの言葉を繰り返しながら口に出す。
「大丈夫。愛情……愛情が大事……出来る……俺なら出来る……」
うわ言のようにそう言いながら、虚ろな目でにじり寄ってくるミヤトを目にしたヴィンセントは、顔を引きつかせながら後退りしていく。
いろいろと思い詰めているミヤトの正気を取り戻させるために、ヴィンセントは声を荒げるように宥める。
「貴様! ちゃんとアサカの話を聞いていたのか!? 魔力の流し方の違いだ! 絶対わかってないだろう!? やめろっ! 近づくな!」
逃亡虚しく、鬼気迫る形相のミヤトの勢いに押されたヴィンセントの絶叫が学園内に響いた。




