22.参加者
ヴィンセントとの実戦訓練は互いの用事などがない放課後に行っていた。
彼との訓練は今まで疎かにしていた気づきを得られ、ミヤトは力をつけることに対し、楽しみを覚え始めていた。
期末考査が終わり、夏休み前となった。
学園は夏休みも校舎を開放しているので、ヴィンセントと話し合い、夏休みも訓練を行う約束を取り付けた。
一限目の授業が終わった休み時間に、ミヤトはヴィンセントから声をかけられる。
「魔具を使えるよう学園側に申請しようと思う」
「出来るのか?」
魔具の使用は武道の授業では、まだ取り扱っていないので却下される可能性のほうが高い。
ヴィンセントは悩ましげに遠くを見つめ、ぼやくように返事する。
「……手続きは面倒ではあるが……まあ、ずっと自分の得物じゃない武器で練習してても仕方ないからな」
一理ある。
魔具を握った時の感触は慣れていたほうが、扱いやすいだろう。
しかし、ミヤトは唸る。
「中途半端な実力で魔具を人に使うのは少し恐いな。いつも使ってる木剣じゃなくても、木製で模った武器の種類は色々あるから、そっちを使ったほうがいいんじゃないか?」
実物武器に近い魔具を扱っての手合わせは、木製より怪我するリスクが高いのではないかとの危惧だ。
しかも、互いに得物が違うなら勝手が違うので、完全に攻撃を防げないこともあるだろう。
ミヤトの言葉を聞いたヴィンセントが、ポツリと呟く。
「人に魔法を向けてはいけない、か」
「え?」
小さく呟かれた言葉は聞き取りづらくミヤトは反射的に聞き返す。
ヴィンセントは首を横に振り「いや、なんでもない」と答え、二度言う事はなかった。
ただの独り言だったのだろう。
ヴィンセントは気を取り直したようにミヤトの疑問に答える。
「魔具での事故を招きやすいと示唆しているなら、案外そうでもない。何故なら魔具は使用意志の影響を受けやすいからだ。例えば、魔物を捕らえたいと倒したいとでは武器を持つ意味合いが違ってくるだろう?」
「な、なるほど」
目的が捕らえたいことならば、威力の強弱はさほど気にすることはないかもしれないが、倒すことが目的であるなら、殺傷力は上がれば上がるほどいい。
ヴィンセントは話を続ける。
「道理をわきまえているなら、手合わせで相手に怪我を負わせたいとは思わないだろう。それに学園指定のジャージも特注品で、簡単には貫通しない作りになっている。万が一傷ついたなら光魔法で治癒もできるしな」
ヴィンセントの説明を聞き終え、魔具への不安は軽減される。ミヤトは頷く。
「それなら使ってもよさそうだな。じゃあ、魔具の使用申請はお願いしてもいいか?」
「ああ。早くて1週間ほどで下りるだろう」
「そんなに早いのか。……ちょっと楽しみだな」
ヴィンセントは満足げに鼻で笑うと「じゃあな」と言い、自席へと戻っていった。
「最近ヴィンセントくんと仲がいいのね」
入れ替わるようにアサカが声をかけてきた。
どうやらやりとりを見られていたらしい。
「仲が良いってわけじゃないけど……放課後、修行に付き合ってもらってるんだ」
「修行?」
「ああ。魔物が出たときに核の破壊だけじゃなくて、倒せるようにもなっていた方がいいと思ってさ。もしかしたらこの先、複数体出てくる可能性だってあるかもしれないだろう?」
誰に聞かれているか分からないので、ミヤトは声を潜める。
魔物の発生はまだ公表されていないので念の為だ。
アサカは小さく口を開き、暫しの間の後頷いた。
「そうね。ミヤトくんには頑張ってもらわないとね。いざという時に力を借りることになるかもしれないしね」
この間の屋上庭園で、アサカに言ったことが功を成したのか、ミヤトの行動を受け入れてくれたようだ。
あとは魔物を見て冷静さを欠くことなく、任せてくれるかだけが不安である。
「それにしてもまさかヴィンセントくんと修行しているなんて……二人がどんな事をしているのか気になるわね」
「興味があるなら今日見に来るか?」
放課後は期末考査の追試が行われるため、それを受けるユイカをアサカが待つと踏まえての誘い。
というのもあるが、アサカの手も借りれればという下心もある。
ヴィンセントが言っていた色んな人との手合わせ。
中距離武器を扱うアサカなら適任だろう。
「お邪魔にならないなら、見学させてもらおうかしら」
「よし。決まりだな」
それから、アサカが来ることをヴィンセントにそれとなく伝えたが、案の定苦い顔をされた。
が、不思議と否を唱えられなかった。
そして放課後、アサカにもジャージに着替えてもらい武具倉庫前へと出向いてもらう。
アサカの姿を目にしたヴィンセントが、徐ろに呟く。
「アサカ、か」
ヴィンセントは顰めっ面で敵意を向けるように睨みつけている。
アサカはそれを笑顔で受け流す。
「二人が特訓しているって聞いて、どんな感じか見学させてもらおうと思って」
ほとぼりは冷めたと思っていたが、異様な空気感に二人を合わせたのは早計だったかと、ミヤトはハラハラしながら見守る。
アスカの笑顔を受けたヴィンセントは、無言でそれを見つめた後、長いため息をつく。
「見学だけでは物足りないんじゃないのか?」
ヴィンセントが含みのある言い方をする。
アサカはそれを察したのか、からかい口調で乗っかる。
「あら? 接待でもしてくれるの?」
「そうだな。客はもてなさなければならないな。――一戦交えるか?」
「ええ。喜んで受けて立つわ」
間髪なくアサカは返事する。
あまりにも早い展開にミヤトは目を白黒させる。
そんなミヤトを置いていくように、二人は武具倉庫に足を踏み入れていた。
慌てて追えば、アサカは迷うことなく木剣を選んでいた。
その横でヴィンセントが選んだのはレイピアを木で模った武器。
彼の本命の武器なのだろう。
ミヤトは少しの不安が過ぎりヴィンセントに苦言する。
「公平に勝負するならここは木剣じゃないのか?」
「ふ。僕は勝負には本気を出す男だ。そこに男女の垣根などない」
邪悪な笑みを浮かべながら、ふっふっふと笑い出すヴィンセント。
なんて意地の悪い笑みなんだとミヤトは若干引いた。
「(まあ、流石に完膚なきまでに叩きのめすことはしないとは思うが……一応いつでも間に入れるようにはしておくか)」
アサカの剣の腕前は悪くはないはずだが、武道の経験はヴィンセントには及ばないので恐らく彼女は勝てない。
地に足がついてないようにヴィンセントは生き生きしているが、加減はしてくれる……と思いたい。
三人は倉庫を出ると人気のない広場へと足を運ぶ。
石畳で出来た地面の上に立ち、アサカとヴィンセントは向かい合う。
「負けたくないのであれば、今なら引き返せるぞ」
「私は負けないけれど……そうね。もしも、ヴィンセントくんが勝ったら責任取ってもらおうかしら」
「責任? 何故勝ったものが負わねばならない」
「ほら、強者は強者なりに背負わなければいけない責任があるじゃない? 例えば、私以外の人には負けない、とか」
ヴィンセントは鼻で笑う。
「いいだろう。まあ、言われなくても、僕は貴様以外にも負けはしない」
ミヤトはアサカが何故そんなやり取りをしたのか分からなかった。
ただのいつもの冗談にしては、変な言い方だ。
しかし、問い詰めるほどのものではない。
「それじゃあ、始めるからお互い距離をとって」
ミヤトが指示するとヴィンセントとアサカは互いに背を向け合い、ある程度距離を取ると再び向き合って二人は武器を構える。
ヴィンセントは右手でレイピアを構え、背筋を伸ばした状態で右足を前に出す。
「始め!」
合図するが、どちらも動かない。
アサカはヴィンセントの構え方を警戒しているのだろう。
レイピアはただでさえ剣より刀身が長いというのに、右半身が出ることによって、リーチが長くなりそれを踏まえて攻撃を読まなければならないのは厄介だ。
現にアサカは距離を測るように後ろに下っている。
そんなアサカにヴィンセントは近づき、彼女の剣の刀身に突きのような斬撃を入れる。
ただのちょっかいか、はたまた探りか。
アサカは下がりながらその突きを受け続ける。
段々と突きを入れる速度が上がっていく。
手首、腕のスナップを利かせた突きが上下左右から襲い、翻弄させていく。
攻撃が突きであるならば懐に入るのが定石だろうが、それを防ぐための休むことのない攻撃。
アサカは分が悪いと判断したのか、攻撃の隙をついて後ろに大きく飛び退いたが、瞬間ヴィンセントが一気に間合いを詰める。
それを可能にしたのは足の力、瞬発力。
レイピアを扱うために彼は足を鍛えているのだろう。
アサカが驚き目を見開いた時にはレイピアの先端は喉元前で静止していた。
「そこまで!」
ミヤトが制止の声をかけると、アサカは構えていた剣をゆっくり下ろした。
「私の負けね。残念」
「文字通り手も足も出なかったな」
「そうね」
負けた挙句に煽り言葉を浴びせられたというのに、アサカは嬉しそうだ。
ヴィンセントも満足したのか、鼻で笑うだけで身を引いた。
特に尾びれを引くこともなく勝負が終わり、ミヤトは安堵する。
アサカが乱れた髪を片手で整えながら、背を向けたヴィンセントに声を掛ける。
「それじゃあ、これからからもよろしくね。ヴィンセント先生」
「は?」
アサカの突拍子もない敬称呼びに、ヴィンセントは振り返り顔を顰める。
「だって私は負けちゃったのよ。それなら、強くなるために強者に教えを請うのは当然じゃない?」
「誰が先生だ。貴様なんて即刻破門だ、破門」
ヴィンセントが追い払うように手を横に大きく振れば、アサカはわざとらしく傷ついた表情を浮かべて口を両手で覆った。
「そんな……! 勝ったら責任取ってくれるって言ってくれたじゃない……! は! これって、もしかして責任放棄かしら? そんな……酷いわ……。悲しくて誰かに話しちゃいそう。ヴィンセントくんが、責任取ってくれないって……」
「こ、この女……っ! 責任っていうのは、他の者に負けないっていう文言だっただろう!」
「あれは例え話で、本命はこっちよ」
確かにアサカは例え話として挙げていただけで、本命の話は出してはいなかった。
とはいえ、そんな後出しジャンケンみたいなことをヴィンセントが納得するとは思えない。
ミヤトの予想通りヴィンセントは声を荒げる。
「そんな小賢しい言い分が通ると思ってるのか! 無効だ、無効!」
「……それにしても片手で操るには重そうな武器だったけれど、やっぱり腕は鍛えていた方がいいのよね?」
「何をさり気なく、習う前提で話を進めようとしている! 僕は教えるなんて一言も了承していない!」
一方的にギャーギャーとヴィンセントが喚いているだけではあるが、収拾がつくのかミヤトは静かに成り行きを見守った。
最終的にヴィンセントが「勝手にしろ!」と言うとアサカが嬉しそうに「ええ。勝手にするわ」と返事することで落ち着いていた。
不機嫌そうなヴィンセントがレイピアを片付けるのを目視してから、ミヤトはアサカに耳打ちする。
「もしかして、わざと負けたのか?」
ミヤトの問いかけにアサカの眉が曇る。
「わざと負けると思われるのは心外だわ。もう少しなにか出来ると思っていたから、落ち込んではいるのよ。――ただ、それ以上に欲しいのは技術力。ヴィンセントくんのあの手捌きを教えてもらうの楽しみだわ」
目的のためならなりふり構わない様に、ミヤトは舌を巻く。
冗談っぽく振る舞っているのに中身は合理的だ。
悪く言えば利己的でもあるが。
その後は木剣を使った特訓を三人で行う。
ヴィンセントのアサカに一方的に向ける険悪さは少しあったが、お互いが真面目なので訓練に対して私情が出ることはなかった。
後日、約束していた訓練日にアサカはユイカを、ミヤトはシャーネを腕に引き連れてヴィンセントの前に現れた。
ヴィンセントの眉が吊り上がる。
彼は先にミヤトに詰め寄ると声を潜めながら凄む。
「貴様、アサカの次はシャーネか! これ見よがしに腕まで組んで、いったい何様のつもりだ!」
「違う! 引き剥がしようにも引き剥がせないんだ!」
「……やはり弱みでも握られているのか?」
「いや。単純に力負けしている……」
ミヤトの腕に絡みついているシャーネの腕力が想像を逸するほど強く、引き剥がせなかった。
しかもどういう原理で力調整をしているのか、ミヤトの腕はまったく痛みを感じない。
女の子に力負けしているのはミヤトにとって情けない話ではあったが、変な誤解をされるよりは正直に事情を説明していたほうがいい。
ヴィンセントはミヤトの言い訳を聞き終えると、次はアサカに矛先を向けた。
「アサカはどうしてユイカを連れてきた? 場をかき乱すだけなら帰らせろ」
「誰かが怪我したときに、ユイカがいたほうがいいかと思って連れてきたのよ。すぐに治療できる方が安心して訓練できるでしょ?」
「えっへん!」
ユイカは得意げに胸を張る。
ヴィンセントの不満げな顔が少し和らぐ。
しっかりとした意義があることに納得したのだろう。
小さくため息をつく。
「そうか。ならユイカは居てもいい。――それじゃあ、シャーネ。貴様は帰っていいぞ」
ユイカは留まる資格を得ることが出来た一方で、シャーネは立ち去るよう言い渡され、ぞんざいな扱いを受ける。
即座にシャーネは非難の声を上げる。
「ちょっと! 勝手に人を邪魔者扱いしないでよ! あたしだって強くなりたいって思って来たのよ!」
「その割には浮ついているように見えるが?」
ヴィンセントの視線がミヤトに絡みついているシャーネの腕に突き刺さる。
シャーネは痛いところを突かれたのか後退りする。
「なによ。……モテないからって妬んでるの?」
「誰が妬むか! 武道は遊びではないと言っているんだ! 強くなりたいならそれなりの態度で臨め」
ヴィンセントに凄まれたシャーネは、渋々といった様子でミヤトから離れる。
ミヤトはほっと安堵した。
それを目にしたユイカもシャーネの真似をするようにアサカから離れた。
解放されたミヤトはアサカにひそひそと問いかける。
「ユイカは魔力を使ってもいいのか?」
「最近は魔力が安定してるから大丈夫よ。それに、ユイカにとっても治癒魔法の練習になるからね」
「そっか。なら心配しなくてもよさそうだな」
ミヤトはユイカに目をやる。
彼女は木剣を手に取り、勢いよくブンブン振っている。
どうやら治癒魔法以外も行うようだ。
メンバーが増えて一気に賑やかになったが、前よりも厳かな空気感がなくなったのは良いことなのか悪いことなのか。
とはいえ、本人たちのやる気を信じる他ない。




