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21.手合わせ



それから、ユイカたちとは打って変わってミヤトとアサカは急ぐことなく和やかに会話を交わしながら教室に入る。

ミヤトは持っていた鞄をシャーネに返してから、自分の席へと着いた。


「なんだミヤト。シャーネの荷物持ちにでもなったのか?」


珍しくヴィンセントがミヤトに声を掛けてきた。

その面持ちは若干引き気味だ。

ミヤトは返事に迷う。

ミヤトですらよくわからない状況をどう説明すればいいのか。

逡巡した後、曖昧に誤魔化す。


「なんか成り行きで……」

「成り行きで鞄を持っているのか? 変わった趣味だな」


ますます理解しがたいといった顔を向けられる。

趣味であると思われるのは心外であるが、嫌々持っているわけでもなかった。

感情で言えば、無に近い。

となるとやはり成り行き以外で答えようがなかった。


自分から話しかけないヴィンセントが思わず話しかけてしまうくらい滑稽な姿だったのかもしれないが、ミヤトにとってはそれすら気にならないほど、違う悩みに意識が傾いていた。


今までの魔物との遭遇はどれもアサカが討伐をしてくれたが、もしも一人で遭遇した場合に彼女のように上手くは立ち回れはしないだろう、と。

となると、実戦経験を積みたいとの考えに行き着くが現状それは難しい。

武道の授業の大半の時間は体力向上のためのトレーニングにとられ、武器を使った指導はあるものの、軽い打ち込みだったり、使用方法の教えがほとんどであった。

魔具を使った授業は、後半になれば増えるとのことであったが、それを悠長に待てないほどにミヤトは焦りを感じていた。


「(やっぱりやれることと言ったら素振りとかイメージトレーニングくらいか)」


とはいえ、家で素振りをするなら母親に見つからないようにしなければならないので取れる時間は限られる。

なんとも上手くいかない、やるせなさにミヤトはため息をついた。


「嫌嫌持っているなら直接言ったらどうだ。別に弱みを握られてるわけじゃないんだろ?」


ヴィンセントはミヤトがシャーネの荷物持ちになったことを憂いていると思ったらしい。


「あ、いや。そういう意味のやつじゃなくて……」


訂正しようとヴィンセントの顔を見れば、彼は怪訝な表情をしている。

そこでふと思いつく。


「(――そうか。ヴィンセントと手合わせするってのも良いかもしれないな)」


自分の今の実力を知る上でも打ってつけの相手といってもいい。

そうと決まればミヤトは行動に移す。


「なあ、ヴィンセント。放課後時間あるか?」

「急になんだ?」

「手合わせしないか?」


突拍子もない誘い。

ヴィンセントは虚を突かれた顔を見せたが、ミヤトの顔をじっと観察した後、了承した。

それからミヤトは、休み時間のうちに武道の教師に木剣の使用許可を貰い、準備を万全にしておく。


そして放課後になりミヤトはヴィンセントを誘い、武具の倉庫へと向かう。

ジャージに着替えた後、それぞれ木剣を手に取り室内を後にする。


「まさか自ら恥をかきたいと申し出るとはな」


憎まれ口をきくヴィンセントだが、それだけで付き合ってくるならミヤトとしては取る足らないことだ。

寧ろ、乗り気になってくれる分、好都合というもの。


「ああ。あの日は不完全燃焼だったからな。夏休みに入る前に決着つけとかないとな」


武道の授業で初めて木剣を使用した日のことをほのめかす。

ヴィンセントはその言葉に鼻で笑う。

倉庫から離れた人気の無い場所へ着くと互いに向き合う。


「それじゃあ始めるか」


互いに木剣を構え、ミヤトはヴィンセントを見据える。

しばらく睨み合いになるが彼は動く気配が見られず、微動だにしない。

ミヤトが動くのを待っていると捉えるのが正しいか。


「(初の手合わせなんだから、読み合うよりは積極的に打つほうがいいか)」


恐らくヴィンセントの方がミヤトより腕前は上だろう。

ならば胸を借りるつもりで打ち込んだほうがいい。

自ら動くことを決め、ミヤトは間合いを詰めヴィンセント木剣を振り下ろす。

が、ヴィンセントの身体の向きが横に変わり、躱され空を切る。


「なるほど。威勢はいいな」


攻撃を受けるだろうと思っていたミヤトは崩れた体勢を慌てて整える。

その間ヴィンセントは打ち込むことなく、再びミヤトから距離を取り剣を構える。


「(よく考えればヴィンセントが俺に真っ向から向き合う必要はないもんな)」


事情を話してはいないが、ヴィンセントにとってミヤトがどのような気持ちで臨んでいるのかは関係のない話。

ミヤトは特訓のつもりだが、ヴィンセントは軽い決闘の心持ちであるはず。

ならば真剣さが欠いてても仕方がない。

とはいえ、ミヤトとしては攻めばかりではなく守りも鍛えたいし、力による押し合いの感覚も掴んでおきたい。


一度勝負が決まってしまっても、挑むか煽るかの方法を取れば、ヴィンセントは時間が許す限りは付き合ってくれると算段している。

そうしてあれこれ考え始めて、ふと行き着いた先は魔物との戦いに武器同士の戦闘があるのかという疑問であった。

ミヤトが構えていた木剣を下ろすと、ヴィンセントがすかさず声を掛ける。


「どうした? 戦意を喪失するにはまだ早いぞ」

「あー……ほら、魔物って、必ずしも武器を持って襲ってくるわけじゃないだろ? なら、手合わせって意味なかったりするんじゃないのかって思って」


今まで遭遇した魔物は武器を使いそうな見た目ではなかったため、武器想定の鍛え方はもしかしたら間違っているのかもしれない。

ミヤトが表情を曇らせれば、ヴィンセントは剣を持つ手を下ろし、ミヤトに近づく。


「ミヤト、貴様は勘違いしている。手合わせは武器をどういなすかではなく、攻撃をどういなすかだ。攻撃をいなしつつ、自分の打ち込みやすい状況に持っていくことが重要だ。そして、鍛えるのは反射神経、勘だ」


ヴィンセントが真顔で言い終え、目の前で足を止めると、視界の隅で彼の剣を持つ腕がミヤトの横顔へと振られたのが見えた。

ミヤトは咄嗟に自身の剣を上げてそれを受け止める。

ガンッと音を立てて手に響く感触。

衝撃に備えて噛み締めていた奥歯を緩める。


「なに――」


抗議しようとして、顔を正面に向ければミヤトの視界が何かに遮られる。

反応しきれずに固まったままのミヤトの額に固い豆のようなものが勢いよく当たる。

後ろによろけて額を抑えてヴィンセントを見やればまっすぐ伸ばされた拳の中指が伸びている。

それで、デコピンをされたのだと気づく。

ヴィンセントは邪悪な笑みを浮かべてミヤトを見ている。

全てを理解したミヤトは青筋を立てる。


「急に何すんだお前! 嫌がらせか!? 嫌がらせなのか!?」


凄むミヤトに、ヴィンセントは真顔になり落ち着きを払った表情で、手をかざす。


「待てミヤト。今の一連の動作には理由がある」

「ほお。どんな崇高な理由があるんだろうなぁ。是非お聞かせ願おうか」


怒り収まらぬミヤトだったが、話を聞く余裕は残っていた。

ヴィンセントは空いている手を腰に当て、表情を引き締める。


「必ずしも正攻法では来ないということだ。反射神経と勘を鍛える理由はそれらに対応するため――つまり、奇襲に備えるためだ」


頭に血が上っていたミヤトだったが、その言葉に少し頭が冷える。

ヴィンセントは言葉を続ける。


「奇襲というのは厄介なものでな。虚を突かれた後の己の反応が肝になる。倒れた時にとる受け身、からの立ち上がり、そして体勢を整え、再び攻撃に備える。その動作を身体に叩き込んでさえすれば、脳は動揺していたとしても、意識することなく動くことができる。これが得体のしれない魔物と戦う上で大切なことだ」


言い終えたヴィンセントの言葉を、ミヤトは改めて噛みしめるため考える。

魔物を目にして受けた印象は、知能はそこまで高くないということだったが、まだたったの3体しか遭遇していないので決定づけるのは早計だろう。

それに、先入観を植え付けてしまえばそれこそ奇襲に対して身動きが取れなくなりかねない。

どんな攻撃をしてくるかわからない。だからこそ攻撃のいなし方、立ち回りを身体に刻み込む。

先ほどのヴィンセントの行動はそれを教えるためのものだったのだ。


「(だからヴィンセントは俺にデコピンを――)」


そこまで考えて、ミヤトはなにかが引っかかり、ヴィンセントにツッコむ。


「――奇襲なら横顔狙った剣で十分だっただろ?」

「ああ。確かにそうだな。気が付かず、すまなかったなぁ」


反省の色がなく、鼻で笑うヴィンセントにミヤトはイラッとするが、耐える。

ヴィンセントはミヤトが向かって来ないのを目にし、気勢が削がれたのか息を吐く。


「とはいえ、形式がある人と人の決闘とは違い、魔物が待っていてくれる保証なんてどこにもない。さっきの指弾きだって、何が起こったか分からないと動揺していたようだが、果たしてそんな暇はあるのか?」

「ないかもな」


ミヤトの返事にヴィンセントはハッ笑う。

その表情は楽しそうだ。

ミヤトは深呼吸した後、剣を握る手を見つめる。

ヴィンセントのおかげで鍛えておくべきところが明確になった気がする。

魔物と対峙する時の心構えについて、真摯に向き合ってくれたヴィンセント。

ミヤトはある可能性が芽生え、問いかける。


「ヴィンセントは魔物と戦ったことがあるのか?」

「ないな。ただ、得体のしれないものだからこそ、どんな状況でも対応できるように鍛えておくのは当然のことだ」

「……そうだな」 


読みは外れた。

あくまでも女王に仕える貴族として、魔物の対策を意識しているということなのだろう。


「まあ、始めは僕だけでもいいが、出来れば色んな人と手合わせはしたほうがいい。近距離だけじゃなく、中距離、長距離の攻撃にも対応できるようにはしておきたいな」


ヴィンセントは少考しながら、親身になってあれこれと助言をしていく。

頷き、納得していたミヤトだったが、彼の言い方がまるで次があるような物言いであったため瞳を瞬かせた。


「また付き合ってくれるのか?」

「……有意義ならな」


捻くれた返事だが、了承の意が含まれている。

ミヤトは嬉しくなり、ふっと笑みをこぼす。


「ありがとうな。……なんだかんだ、優しいんだな、ヴィンセントは」

「勘違いするな。僕は真面目なだけだ」


顔を逸らし、素っ気なく言い放つヴィンセント。

謙遜しているのだろうとミヤトは捉え、首を振る。


「いや、優しいよ。ありがとうな」


ヴィンセントの片眉がピクリと上がり、瞳だけがじろりとミヤトを見やる。


「……貴様の耳は節穴か? 真面目なだけだと言っている」

「謙遜するなよ。俺、お前のこと誤解してた。本当は優しいやつだったんだって見直したよ」


言いながらミヤトは鼻を指で擦る。

今までの自分の言動から、素直に口にするのは照れくさかったが、感謝の気持ちを伝えるのは渋るべきではない。

しかし、ヴィンセントは気に食わなかったようでミヤトの胸ぐらを勢いよく掴み叫ぶ。


「おちょくってるのか貴様ー!?」

「褒め言葉だろうが! 素直に受け取っとけ!」


目の前で叫ばれたため、つい反射で叫んで返す。

そのままの勢いで優しい、優しくないの言い合いになり最終的に互いが顔を背けて、無言で武具の倉庫に足を運び、木剣の手入れ及び片付けと着替えを済ませるとそれぞれ帰路についていた。






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