20.休み明け
あの後、報告をしに理事長のもとへと出向いた。
ミヤトの腕に手を回して、シャーネがくっついているのを目にした彼の開口一言目は祝いの言葉であった。
勘違いする理事長の誤解を解けたかは謎であるが、魔物の報告は済ませることができた。
そして、休みも明けての登校日。
ミヤトが正門の前をいつものように通り過ぎようとすれば、正門横の壁にもたれ掛かっていたシャーネがすかさず声を掛ける。
「待っていたわミヤト!」
待たれていたミヤトは、一昨日以来の再会にたじろぐ。
ピンクの髪を結い上げて髪飾りで留めているシャーネが、勝ち気な表情をミヤトに向ける。
「あ、ああ。おはよう。ど、どうした?」
動揺しつつも、平静を装う。
すると、シャーネは手に持っている鞄をミヤトの前へと差し出した。
「受け取りなさいミヤト。これは、貴方だけに許された特別なことなのよ」
「え? ああ……?」
よくわからないがミヤトは勢いに負け、鞄を受け取ってしまう。
シャーネは満足げに頷くと、体の向きを変えて校舎に向かって歩き始める。
ミヤトは自分の置かれている状況を呑み込めずクエスチョンマークが頭に飛び交う。
受け取った鞄に目を落とし、なんとなく分かったことと言えば――。
「(……荷物持ち、か?)」
理由は分からないが、荷物持ちをしろということなのだろう。
あまり突っ込んで刺激するのも、変な状況になりかねないので荷物持ちくらいならいいかとミヤトは黙ってシャーネのあとに続く。
「ミヤトくん、シャーネちゃんおはよう!」
背後からユイカの声が聞こえミヤトとシャーネは振り返る。
ユイカが二人に向かって手を振り、その少し後ろにいるアサカがにこりと笑いかけてくる。
「おはよう」
「ああ。二人ともおはよう」
ミヤトが挨拶をすれば、目の前にピンク色の頭が入り込む。
シャーネがミヤトとユイカの間に割り込んだのだ。
彼女は仁王立ちして胸の下で腕を組み、ユイカに言い放つ。
「ユイカ。あたし今、ミヤトに鞄を持ってもらっているの」
シャーネの声音には挑発のような色が含んでいる。
途端にユイカの顔色が変わり、二人の間に謎の火花が交差する。
ユイカは一歩後ろにいるアサカに、振り向きもせずに鞄を差し出す。
「アサカちゃん、私の鞄持って!」
「はいはい」
アサカは苦笑しながらもユイカが差し出す鞄をすんなり受け取った。
手から鞄がなくなると途端にユイカが不敵の笑みを浮かべてシャーネを見る。
負けていない、とでも思っているのだろう。
しかし、その背後でアサカが、首を傾げて受け取った鞄を不思議そうに眺めている。
すると何かに気づいたのかアサカが鞄を開けて中を覗き、数秒の沈黙の後、鞄を閉めた。
そして、わざとらしい声をあげる。
「変ねぇ。私の鞄と比べて随分と軽いわ〜」
アサカの言葉にユイカは振り返り首を傾げる。
アサカが何を言っているのか分からない様子だ。
そんなユイカに構うことなくアサカは自身の鞄を持ち上げ、上下に揺らす。
その度に重い音が鳴り、教科書の存在をアピールする。
「不思議ねぇ〜。私の鞄はこんなに重いのに、ユイカのはどうしてこんなに軽いのかしら〜?」
「……は! は、はわわわわ〜!」
流石に気づいたのだろう。置き勉がバレたことに。
目に見えてあたふたし始めるユイカに、アサカは追撃の手を緩めない。
「あら? するともしかして、いつも『アサカちゃんとくっついて勉強したいからアサカちゃんの教科書一緒に見せて』って、可愛く言ってきたのはこういうことだったのかしら〜。とっても悲しいわぁ〜」
小賢しい真似をしていたらしい。
しかし、ミヤトはそのやりとりが少し羨ましいと思ってしまった。
そんなこと言ってもらえるなら置き勉くらい許せると。
しかし、アサカはミヤトではない。
ユイカは身体を震わせながらも声を張り上げる。
「く、くっついて勉強したいのは本当だよ! 一つの教科書を一緒に見たほうがくっつけるもん!」
「なら今度からユイカの教科書を一緒に見ましょうか。よく考えたら私の教科書は書き込みがあって、見にくかったでしょう?」
「え!? 私の教科書!?」
ユイカの表情が不都合そうに青ざめる。
置き勉を持って帰るだけだと言うのに、凄く嫌そうだ。
しかし、アサカの提案に返事をしない選択肢はなく、ユイカは高速で瞳を泳がせ、手を下でこすり合わせてもじもじしながら、ごもごと口を動かす。
「わ、私も……か、書き込みが、凄く……て……見にくい、よ……?」
ミヤトは悟る。
ユイカは教科書に落書きをしているのだろうと。
これはアサカも怒髪天ではないかとミヤトが恐る恐る彼女を見やれば、打って変わって嬉しそうに表情を綻ばせていた。
「あら。そうなの? ユイカったらちゃんと授業を聴いているのね」
「(これはどっちだ!? アサカは気づいているのか!? いないのか!?)」
それによってアサカの怒りの度合いが変わってくる。
本当に喜んでいるのか、はたまたわざと泳がせているのか、アサカの態度からは読み取りづらい。
追い込まれているユイカが揺れる瞳をミヤトに向ける。SOSだ。
助けたかったミヤトだったが、よく考えれば身から出た錆。
ここで助けて甘やかしても、再びユイカは同じ事を繰り返すのではないか。
それはきっとユイカのためにはならない。
苦渋の決断で、ミヤトは見捨てることを選び、そっとユイカから視線を外す。
「(すまないユイカ……!)」
ガンッとショックを受けるユイカに、アサカは嬉しそうに「今夜が楽しみね」と声をかけ、じわじわと追い詰めていく。
教科書は重いが寮ぐらしのユイカにとって、学園から寮まで近いのでそこまで大きな負担にはならないだろう。
それをより楽するために怠っていたのならば、同室であるアサカには遅かれ早かれ判明することなので当然の結果と言わざるを得ない。
ミヤトはそう思いながら自分の鞄を見下ろして、反対の手に持っているシャーネの鞄に違和感を抱く。
「そういえば、シャーネの鞄も俺のと比べて随分と軽いな」
「ギクウッ!」
「……嘘だろ? 今もしかして、口に出してギクッとか言ったのか?」
にわかには信じがたい反応にミヤトは、今聞こえたのは幻聴かと半信半疑ながら念の為訊いてみる。
そういえば、と。
ユイカの置き勉疑惑のやり取りの間シャーネは黙りっぱなしであった。
問われた彼女は慌てたように顔の横でパタパタと手を横に振った。
「そ、そんなわけじゃない! 仮に、もしも仮に! あたしが置き勉していたとしても、それは選別されたものであって、決して全てのものを置いているわけじゃないのよ? それに、家にも同じ教科書が予備用、保管用として置いてあるんだから何の問題もないんだから!」
「滅茶苦茶喋るな……。あと、そんなに教科書いらないだろ」
シャーネの取り乱し方から、ユイカと同じく置き勉をしているのは確かであった。
ミヤトのツッコミから逃げるように、シャーネはユイカの方へと向いた。
「ど、どうやらユイカ。この勝負、引き分けのようね」
「ひ、引き分けかぁ。し、しょうがないよねっ!」
「そ、それじゃあライバル同士、二人で一足先に教室に行きましょうかっ」
「そ、そうだね! 行こう行こう!」
二人はミヤトたちを置いて逃げるように駆け足で去っていった。
その二人の後ろ姿を見つめながらミヤトは飽きれたように心の中で呟いた。
「(……いったい何の戦いなんだ……)」




