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19.色恋



「それで、どうしてアサカは魔物がいるって分かったんだ?」


アサカはミヤトを見てふっと表情を緩め、手を胸の前に掲げて人差し指を横に伸ばす。

爪下に徐々に黒い小さな魔力粒子が集まると、たちまち蝶へと模られた。

それはミヤトが最近目にするようになった黒い蝶と同様のものであった。

ミヤトは瞠目する。


「まさか、最近よく見かけるようになった蝶ってアサカがつくってたのか?」


ミヤトの問いにアサカは可笑しそうにクスリと笑う。


「それよりも前に、ミヤトくんはバイトの初日にも見かけているはずよ」


ミヤトが首を傾げれば、アサカは指にとまっている蝶を見つめ、追想するように目を細める。


「あの時はユイカのバイト先がミヤトくんと同じところだなんて、思いもしてなかったから驚いたわ」


その言葉でバイト初日には感じなかった違和感に気付けた。

魔物騒動で有耶無耶になっていたが、アサカはユイカとミヤトが一緒にいることに対して一切疑問に思うことなく、当たり前のように受け入れていた。

蝶を見たかはユイカとの再会で吹き飛んだのか、記憶としては残っていない。


「え? ってことはつまり……その蝶を使って情報収集をしてたってことか?」

「ええ。この蝶から視る、聴くの二つの情報を得て、私はそれを時間の誤差なく知ることができるの」


そういうことも出来るのかとミヤトは関心する。

情報収集にはかなり便利な魔力の使い方だ。


「だけど最近蝶の数が増えてるだろ。全部処理するのは大変じゃないか?」

「飛ばす数は増やしてはいるけど、要らない情報は私の判断で取捨選択しているの。だけど今のところ、気になったことは今回以外ではないわね」

「魔物を探すため、か」


その行動に至った真意に切り込めば、アサカの笑みがなくなる。

彼女が指を軽く上へと動すと、とまっていた蝶は空に向かって飛び立っていく。

それをアサカ、ミヤトとラースが見送るように天を仰ぐ。


「魔物を探し出せたとして、どうするつもりなんだ?」


再度アサカに、核の破壊はできないことを突きつける。

先ほどもミヤトが声をかけなければ一人で魔物のもとへと行っていただろう。

後先考えず行動しようとするアサカを危うく感じるのは当然だ。

アサカはミヤトの問いかけに、逃げるように瞳を伏せる。


「……そうね。きっと私は今みたいに行ってしまうでしょうね。だけど、本当にどうしようもない時は――私は手段は選ばないつもりよ」


迷いがない重みのある物言いに、確固たる強い意志を感じる。

しかし、ミヤトとしてはアサカから聞きたかった言葉はそれではない。

深い深い溜息を吐き、苦笑する。


「手段、ってなんだよ。その時は俺を頼ってくれよ」

「俺も力になる。気兼ねなく言ってほしい」


ミヤトとラースの言葉でアサカははっとして顔を上げると、意味を理解したのか微笑んだ。


「……二人とも、ありがとう」


これで本当に分かってくれればミヤトとしても安心できる。


「(――とはいえ、核を破壊するだけじゃ何の成長も出来ないよな……)」


ミヤトは右手に握った自分の刀に目を落とす。

現状、核の破壊だけを二回行っただけで、経験は全くといって積めていない。

ふと、理事長の言葉を思い出す。

――それはミヤトくんたちがカバーすれば何の問題もないだろう?

あの言葉が核の破壊だけを指していないのであれば今のミヤトはアサカの補助すら出来ていない。

3体目の魔物が現れたのなら、4、5体目が現れたとしてもおかしくはない。


「(それまでに力を付けとかないとな。……だけど、どうやって?)」


もやもやした気持ちを抱えながら、ミヤトが顔を上げればその前に解決しなければならない問題が視界に広がっている。

ポツリと呟く。


「……そうだった」


ミヤトは庭園を覆っている氷の壁を見上げる。

陽の光に照らされキラキラと幻想的に輝いてオブジェのようではあるが、このまま放置するわけにはいかない。


「これをどうにかしないとな。結構分厚いし、中の植物も凍っちゃってるかもな」

「中は空洞にしているから、植物自体は恐らく無事なはずだ」


氷が分厚いため見た目からは分からないが、ラースは植物と氷の間に空間を作り植物が凍らないように配慮して魔力を使ったようだ。


「吹雪の時は魔力漏れを抑えたら雪は溶けたが、この氷は溶けるのに時間がかかるよな。ラースが、直接消すことは出来ないのか?」

「魔力の回収は……出来なくはないが、それなりの時間を要さなければならない」

「どのくらいだ?」

「一時間あれば」

「一時間か〜」


魔力を圧縮し固形化させた場合その強度によって残留及び回収時間は変わってくる。

ラースが今回作った氷は植物が傷つけない盾としての役割を担っため、強度は高く頑丈だ。

逆にアサカの蝶は粒子の集まりのため強度は低く壊れやすい。

放出型の魔法の特徴として、魔力を放つのは容易だが、強くなればなるほどその後の魔力処理は難儀。

しかし、魔具をロッドにした場合はその限りではない。

エリアがいれば氷は容易く溶かしてくれただろうが、この場にいない人のことを考えても仕方がない。


「あんまり時間はかけられないよな。他のお客さんがいつ来るかわからないし……」


誰かに目撃された場合、説明しようにも魔物がいた証拠がない。

唯一あるとすれば魔物の食べ残しくらいだが――。

ミヤトは小さく深呼吸し、恐る恐る先ほどの食べ残しに目を向ける。

肉の塊には翼の形が僅かに残っており、原型は鳥であると分かる。

ミヤトはほっと息を吐く。

しかし、これすら悪戯で片付けられてしまう可能性がある。


「回収するより早い方法がある」


そう言うとラースは徐ろに自分の魔具であるハルバードを出現させ、大きく振りかぶると刃を氷に叩きつける。

氷が砕けた箇所からは植物が姿を現した。


「物理で壊せってことか」


ラースはコクリと頷く。

誰かが来て大ごとになる前に処理しておきたいが、これはこれで時間がかかりそうだ。

しかも、アサカやラースとは違い魔具が刀であるミヤトはあまり役に立たなそうである。


「本当にいたー!」


突然、大声を上げる女性の声がし、顔を向ければ息を切らしたシャーネと彼女の手に繋がれているユイカが出入り口に立っていた。

シャーネはキッとミヤトたちを睨むと叫んだ。


「あんたたちねぇ、勝手にどっか行くから心配したのよ! ユイカが屋上にいるかもって言ったからよかったものの……」


シャーネ達の存在をすっかり忘れていたことに気づき、ミヤトは慌てて謝罪を口にする。


「すまない! 俺もラースも訳がわからず来たもんだからさ」

「……そういえば、もとはと言えばアサカが急に走り出したのよね……ああ! もう! で、どうして庭園が氷漬けにされてるのよ?」


考えが纏まってなく、訊きたいことは山積みの中、やはり気になったのは視界を占領する氷壁なのだろう。

事の経緯を簡単に説明し終えると、シャーネは乱れた呼吸が落ち着いたようでふうっと息を吐く。


「とりあえずこれを壊せばいいのね? それなら、あたしに任せなさい」


事情を把握したシャーネはガントレットとサバレントを身にまとうと氷壁の前へ立つ。

腰を落とし、拳を構えるとすうっと息を吸う。

シャーネは気合を込めた声を出すととに拳を勢いよく氷壁へと叩きつける。

全体が揺れ動き、ひび割れる音を鳴らしながら大きく亀裂が入り、氷が砕け散る。

細かく散った氷は陽の暑さで水滴となり地面へと染み渡っていぬ。

シャーネの魔具は三人とは破壊力が桁違いであり、その後、彼女のおかげでものの数分で氷壁はだいたい処理し終えた。


あっという間に片付いてしまった氷壁にミヤトは呆気にとられていたが、魔物の突風によって叩きつけられた植木鉢を思い出す。

探すために見回すと地面に転がっている観葉植物を見つける。

近づき屈むと、観葉植物自体は目立った損傷はないが、割れてしまった陶器の植木鉢、散らばった土はどうしようもない。


「これは弁償かなぁ……」


頬をかいてぼやけば、それに気づいたシャーネが歩み寄りミヤトの横から植木鉢を覗き込む。


「素材が陶器なら直せるわよ」

「え? 本当なのか?」


ミヤトの声音に少しの疑いが混じるが、シャーネは気にすることなくコクリと頷く。

自然素材で作られている物なら土の魔力が有効に使用できる。

シャーネは植木鉢に近づくと手で触れ魔力を流せば植木鉢を修繕するどころか、土、観葉植物まで元通りの形に戻す。

ミヤトは驚き、感嘆の声を上げる。


「土属性便利すぎる……」

「シャーネちゃん大活躍だね!」

「ふっ。まあ、あたしからしたら大したことじゃないけれど。もっと褒め称えてくれていいのよ!」

「本当に助かったわ。ありがとう」


皆から囲まれ持て囃されたシャーネは分かりやすくご満悦の笑みを浮かべていた。

それから、5人は氷壁の壊し忘れがないか確認するため手分けして庭園を歩き回る。

ミヤトが地面に少しだけ残っている氷を刀で突いていれば、シャーネが背丈ほどある観葉植物の前に立っているのが目に入る。

彼女の視線の先は手で触れている観葉植物の葉だった。

凍傷で傷めてしまったのか葉が茶色く色あせている。

彼女は手に魔力を込めると、植物は見る見るうちに瑞々しい緑色へと変化した。

ミヤトは思わず声を掛ける。


「土属性って凄いな。植物も治すことができるんだな」


シャーネはミヤトをちらりと見る。


「まあ、本当は自然に治るよう任せたほうがいいんだろうけど、今回は巻き込んじゃったってことで、修復するくらいはいいかなって」


シャーネは元気を取り戻した葉に向かって笑みをこぼす。

その瞳には優しくし、温かな想いが含まれている。

思えば、ラースが女性二人に絡まれた時も、言い方は乱暴だったものの行動原理としては困っていた彼を助けるためだった。

今も魔物の話をしたが、特に深掘りせずに先に氷壁のほうを優先的してくれたのも、ミヤトたちが困っていたからだろう。

ミヤトは心の底から感じた褒めたい想いをシャーネに伝えるため、彼女の頭に手を置いて笑いかける。


「シャーネは優しいな」


頭に手を置かれたシャーネはきょとんとした表情でミヤトを見上げる。

上目遣いをしている瞳は丸く見開かれ、ミヤトの顔を凝視している。

そこでミヤトははっとする。

父親が褒める時に頭に手を置く癖が、ミヤトに反映してしまっただけなのだが、勝手に女子の頭を触るのはセクハラなのでは。

慌てて手を引っ込める。


「あ、悪い! なんか、可愛くてさ」


不器用な優しさが。

ミヤトはその言葉を端折った。

シャーネは瞳を瞬かせたあと、ゆっくりと口を開く。


「……ミヤトって」

「ん?」

「あたしのこと好きなの?」

「は?」


どうしたらそんな考えに至りつくのか。

ミヤトは呆気にとられ、咄嗟に言葉が出なかった。

そんなミヤトを気にすることなく、シャーネは唇に指を当て舐めるような目つきでミヤトを頭のてっぺんから足のつま先まで観察する。


「ふーん。まあ、顔は凡人レベルだけれど、いいわ。恋人になってあげるっ!」


言うなりシャーネはミヤトの正面に抱きついた。

ミヤトは反射的に両手をあげる。

痴漢の冤罪を防ぐためだ。

シャーネの腕が首に回り、頬の近くに彼女の顔が近くなり変に意識してしまい顔が熱くなる。


「はあ!? ち、違う! そういう好きとかじゃなくてっ! ただ純粋に心配して……」


遠慮なく押し付けてくるシャーネの身体は柔らかいし、甘いいい匂いもする。

ミヤトは極力意識しないよう努め、どぎまぎしながらどうやって自身から引き剥がすか考える。

安易に触ってしまえば事故になりかねない。

挙げた手をどう動かすか、あわあわとしていればミヤトははっとする。

複数の視線を感じて目を向ければ、いつの間にやらわらわらと湧き出たアサカとユイカ、ラースが野次馬のようにミヤトとシャーネの様子をじーっと観察している。

3人に見られていること、何よりもユイカに見られるのが一番ミヤトの中で堪えた。


「ゆ、ユイカ。これは誤解なんだ」


震える声と瞳で弁明したものの、ユイカの瞳は逸らすことなくシャーネに注がれている。

人差し指を唇に当てユイカは唸る。


「いいなー、シャーネちゃん。私もアサカちゃんにくっつこう」


ユイカは言うなりアサカに近寄り、横からしがみつくように抱きついた。

途端にユイカの顔がとろけ「はー」と感嘆のため息をついていた。

全くといって気にされなかったことにミヤトは分かりやすくガーンとショックを受ける。

落ち込むミヤトだったが、ラースの羨望の眼差しに気づく。

ラースは顎に手を当て感心するように頷く。


「流石ミヤトくんだ。現役高校生にして彼女を作ってしまうなんて。……そうか。これが雑誌に書いていたリア充というやつなのか」

「違う! 彼女じゃないんだ!」


周りの勘違いも解かなければならないため、必死に訴える。

ラースの瞳が動揺に揺れる。


「彼女じゃないのに抱き合うことが……? なるほど。リア充というのは、そういうことが容易にできてしまうことを言うのか。……流石ミヤトくんだ」

「容易にできてない!できてない! それに抱き合ってるんじゃなくて一方的に抱きつかれてるんだ! ほら、見てみろ! 両手挙げてるだろ!」


ミヤトが必死に手を挙げていることをアピールする。

自分からは触れていないことの証明だ。

ラースは見極めるためにじいっとミヤトの表情を観察する。

そうしている間もシャーネが体をぐいぐいと押し付ける。


ミヤトはどうしてこんなに柔らかいんだと、ふと視線を落としたのがいけなかった。

いつもは見ないようにしていた、たわわの胸が体に押しつけられている。

つい意識してしまいミヤトの顔は再び熱くなり、誤った捉え方をされたらどうしようと、焦燥と羞恥が混じり合い居た堪れなくなる。

弱りきったミヤトは助けを求めるように、アサカを見る。


「アサカは分かってくれるよな!? 俺がその……あれってことを」


チラチラとユイカに目配せしミヤトの本来の想い人をしかと伝える。

ユイカに抱きつかれたままのアサカはミヤトと目が合うと困ったように微笑み――微笑むだけだった。


「(って、なにを俺は自分の気持ちを伝えるのに人を頼ろうとしているんだ!)」


そもそもの行動が間違っていたのだ。

自分の気持ちくらい自分で言うことが出来ないと、この先告白なんて到底出来ないだろう。

ミヤトはシャーネの両肩を掴み、自身から引き剥がすと意を決して彼女の瞳を真摯に見下ろす。


「すまないシャーネ。俺には好きな人が――」

「分かっているわ!」

「え?」


ミヤトの言葉をシャーネは力強く声を張り上げ遮った。

意気込んだというのに話を折られミヤトは素っ頓狂な声を上げる。

シャーネはくるりとユイカの方を向く。


「ユイカ、どうやらあたし達、勉強も恋もライバルになってしまったようね!」

「ええ!? 二つもライバルになっちゃっていいの!?」


ユイカがアサカにくっつけていた顔を上げ瞳を輝かせる。

恐らく意味は分かっていない。

シャーネは得意げに頷いたあと、勢いよくガッツポーズする。


「これぞ充実した高校生活ってやつよ! 足りなかった刺激を得られるチャンスね!」

「わー! これから楽しみだねー!」


もはやシャーネはわざと勘違いしたうえで、それを出汁に彼女が好き勝手楽しもうとしてる疑惑が浮上してしまう。

そうなると、ミヤトが何を言っても彼女は聞く耳を持たないだろう。

盛り上がっているシャーネ、ユイカをミヤトが諦めたように眺めて佇んでいれば、気づいたアサカが微笑みかける。


「良かったわね、ミヤトくん。ユイカが恋のライバルだって認めてくれたわよ」

「あれはただ、ライバルって言葉が嬉しいだけだろ……」


ミヤトは自分でも驚くほど、情けない声が漏れ出てしまった。





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