18.買い物
到着した先は王都内の大きなショッピングモール。
5階建てで中の構造は吹き抜けになっており、屋上には庭園まで設けられている。
女性の買い物は時間がかかるという女性陣の意見で先に男性陣の服選びをすることになり、3階に位置するメンズファッション売り場へと足を運ぶ。
シャーネがミヤトたちに似合う系統探しがしたいということで、フロアの中でも一番大きなテナントへと踏み入れれば、ユイカは男性服売り場が物珍しいのか、きょろきょろと店内を見回している。
と思ったら挙動がぴたりと止まる。
「わあー! かっこいい服がいっぱいあるね!」
歓声を上げる視線の先には、髑髏やら、羽根やら、鎖、ナイフ等のデザインの黒い服がずらりと並んでいる。
ミヤトたちは相槌を打つことなくその場をスルーする。
シャーネは籠を手に取るとささっと洋服一式を入れた。
「とりあえず適当に見繕ってみたから着てみなさい」
シャーネから手渡された洋服籠をラースは素直に受け取ると試着室に入り、数分後姿を現す。
ラースのイメージとは真逆のオーバーサイズのダボッとしたデザインの服であったが、やはりルックスがいいだけにお洒落に着こなせている。
これならシャーネもご満悦だろうと様子を窺えば、彼女は片手を腰に当て、ネイルで彩られた爪で唇をなぞりながらラースを見つめている。
その眼差しは少々険しいものであった。
「――似合いすぎるのも腹が立つわね。予定を変更して、どうやったらダサくなるのかを試してみるのもありね」
「虚しい遊びを思いつくなよ……」
シャーネが呟く企みが耳に入ったミヤトは、冗談じゃないのなら難儀な性格だと心の中で飽きれる。
そんなやり取りをしていれば明るく元気な声が存在を主張する。
「私も着てほしい服持ってきたよ!」
頼んではいないが自主的に選んだのだろう。
確認しなくても分かるが、ユイカが持っている籠の中には、当然のように先ほど彼女が気に入った服が放り込まれている。
周りとの温度差など気にもとめていないのか、ユイカは腕にかけた籠からミヤトとラースに似合いそうな服を機嫌よく吟味している。
「じゃあこれから着てみてね! はい!」
断られることなど微塵も思っていない無垢な笑顔でユイカは選んだ洋服をラースへと差し出した。
これから、という一言から一着だけでは済まないことがうかがえる。
ラースはしばし無言でユイカを見下ろしたあと、顔をふいっと横に逸らす。
ミヤトはそれだけで彼の返事を悟る。
「ああ」
「やったー! 楽しみだなぁ」
顔を逸らしたままラースはユイカから洋服を受け取ると試着室へと姿を消した。
ミヤトは無言でそれを見守る。
「(いくらラースの顔とスタイルが良くても痛々しさは拭えないだろうなぁ)」
同情心は抱くも断りきれなかったラースにも原因はある。
とはいえ、どんな姿であろうが温かく迎えようと心構えし、ミヤトは彼が出てくるのを待った。
カーテンの開く音がし、ミヤトは試着室へと目を向けるとぎょっとする。
そんなミヤトとは裏腹に、試着室の目の前で待ち構えていたユイカが胸の前で手を合わせ、感嘆の声を上げる。
「わぁ〜! ラースくんカッコいい!」
「き、着こなしている……」
どのような事故になるかと思えば、ラースのスペックをいかに侮っていたかを知らしめられることとなった。
長い青髪に、黒を基調とする服は見ようによってはビジュアル系として成り立っている。
「やっぱりこの服いいな〜!」
当然のようにユイカにはとても好評だった。
さまざまな角度からラースの姿を見ている。
ラースはどうしていいのか分からないのか、片手を首の後ろへと回し、正面を見続けている。
理由は分からないがそのポーズさえ様になっておりモデルのようであった。
呆気にとられていたミヤトであったが、ユイカの反応を見てハッとする。
このままではユイカがラースに惚れてしまうかもしれない。
不安が過ぎれば、居ても立っても居られない。
ユイカが、放置している籠の中からそそくさと勧められた洋服を手に取り、試着室に入ろうとする。
が、背後からシャーネに声をかけられる。
「ミヤト……あんたまさか、褒められたいがためだけにそれを着るつもりじゃないでしょうね?」
非難するような声にミヤトは肩をビクリと震わしたあと、顔を伏せ気まずい思いで黙り込む。
それを肯定の意と捉えたシャーネは早まるミヤトの説得に踏み出る。
「ほんと、馬鹿ね。ユイカをよく見なさい! あれはラースに言ってるんじゃなくて洋服に言ってるのよ!」
シャーネの指摘は正しかった。
ラースが試着した姿を見せたときからユイカの視線はラースではなく、洋服の柄にしか注がれていなかった。
ミヤトは重い口を開く。
「だから、だよ」
その事実があるからこそ、ミヤトにはこの洋服を着る意味がある。
ミヤトは更衣室に足を踏み入れ、シャーネに背を向けたまま固い表情で言い放つ。
「この戦い、負けるわけにはいかないんだ」
言い終わるとともに後ろ手で更衣室のカーテンを閉める。
シャーネが「ばっかじゃないの」と言っていたような気がしたが、ミヤトは空耳だと思うことにした。
無心で着用した自分の姿を全身鏡で眺め、羞恥を感じて熱くなった顔を両手で覆う。
「(いや、今は自分の感性なんてどうでもいい)」
冷静になればラースと己の違いに気づいてしまう。
ミヤトは回れ右し、息を呑んでカーテンを開ける。
カーテンレールの擦れる音で皆の注目が集まるなか、ミヤトが真っ先に視界に捉えようとするのはプラチナブロンドの女の子。
彼女の視線がラースからミヤトへと向けられる。
それがスローモーションのようにも思え、ミヤトの胸は期待で高鳴る。
ユイカの瞳が、みるみるうちに光り輝く。
「ミヤトくん、カッコいい〜!」
「ぐっ!」
その言葉を受けとめる覚悟はできていたはずなのに、ミヤトの胸にハートの矢が突き刺さった。
ミヤトの中でユイカの言葉が何度も反芻する。
カッコいいと言われるのは二回目ではあるが、刀から始まり洋服となると段々とミヤト自身に近づいているのではないのだろうか。
ミヤトはこっそりと拳を握る。
「ダッサ!」
シャーネの歯に衣着せぬ暴言も今のミヤトには何も感じない。
何故なら心が満たされているから。
とはいえ、ユイカの視線はラースのときと同様にミヤトの服の柄に釘付けである。
それでも感無量のミヤトがシャーネは気に食わないのか、隣のアサカに顔を向ける。
「アサカもこれはないって思うでしょう!?」
シャーネから話を振られたアサカは、彼女から視線を外しミヤトを見た。
アサカは生暖かい眼差しと微笑みでミヤトを見つめ――一言も喋らなかった。
もどかしくなったシャーネが返事を急かす。
「ちょっと! なにか言いなさいよ!」
「――ごめんなさい。私、トレンドには疎くて……」
「中二病服なんて流行ってないわよ!」
困ったように儚く笑うアサカにシャーネは盛大にため息をつき、諦めたように「まったくもう!」と言い放つと肩を落とした。
それから調子づいてしまったユイカが延々と洋服を勧めるため、一旦男性陣の服は保留となった。
彼女の興奮を冷ますため五人は店内を出て、吹き抜け沿いに造られている通路をシャーネの行くままに歩いていく。
すると誰かのお腹の音がグーッとなり、発生元を探せばユイカが力ない様子でお腹を手で押さえている。
「シャーネちゃん、私お腹すいたよー」
「あんたねぇ。さっきから言動が自由すぎるのよ……。まあ、でもお昼も近いし、混む前に何か食べてたほうがいいか。皆もそれでいい?」
皆が了承し、中央通路に設置されたフロア案内へと移動する。
食べたいものをミヤトたちが言い交わしていれば、静かに耳を傾けていただけのアサカが急に身を翻す。
そのまま何も言わずに駆け出すアサカに気づいたミヤトは慌てて声を掛ける。
「ど、どうしたんだアサカ!?」
大声で引き留めれば、アサカはばっと振り返る。
彼女は目を見張ったままミヤトに近づくと手を掴み、踵を返すと再び走り出す。
「あ、え!? ちょっと! おい!」
わけも分からず引っ張って連れ出され、ミヤトは声を掛けるがアサカは振り返らない。
一心不乱で駆けていく。
後ろからシャーネの制止の声が聞こえた気がしたが気にする余裕はなかった。
魔力を使っているのか、アサカの走る速度は気を抜けばミヤトの足がもつれるほどであった。
視界の隅に映る客の人影が一瞬で消え去っていく。
そのまま勢い殺さず非常用の階段を駆け上がる。
ミヤトはガチッと歯がカチ鳴ったことに気づき舌を噛まないよう歯を食いしばる。
ようやく止まったアサカが、ミヤトの手を離す。
解放されたミヤトはやっと息を吐く。
着いた先は屋上の庭園であった。
天井がないため空を近くに感じられ、囲まれている壁は木材風に造られている。
しかし、客は見られず、シンと静まり返っている。
アサカが警戒するように周囲を見回す。
「ここに何かあるのか?」
乱れた呼吸が整ってないからか、問う声に強弱が生まれる。
アサカは歩むことをやめず、背を向けたままミヤトの問いかけに簡潔に答える。
「ええ。魔物がいるわ」
「は?」
どうしてそんなことが分かるのか、と訊く隙を与えずアサカは奥へと進んでいくため慌ててミヤトは後を追う。
しばらく歩いた後、ゴソゴソと動いている大きな黒い影が視界に入り、二人は足を止める。
それは人の大人程度の大きさで、見た目は黒い羽毛に覆われ一見大きいカラスを思わせる。
なにやら一心不乱に地面に向かって顔を上下しているため、視線を下へと移せば生々しい肉の塊が地面を鮮血で染めあげ、その周辺には疎らに灰色の羽根が散らばっている。
ミヤトはその光景をみた瞬間、息を呑む。
過去の記憶がフラッシュバックしそうになり、頭を振った。
異変を感じ取ったのかカラスのようなそれは動きをピタリと止め、ゆっくり顔を上げてミヤト達の方を見る。
目玉は左右で大きさが違い、大きな眼球は飛び出しているが、小さい方は逆に回りの肉に埋もれている。
くちばしはカラスと似てはいるものの、太く、長さは体長の三分の二ほどを占めている。
その鋭さは凶器に近いものを感じさせる。
カラスのようなそれは何を考えているか読めない表情で身動きすることなくただミヤトたちをじっと見つめている。
「ミヤトくんは核の破壊をお願い」
アサカは言うなり、魔具である大鎌を左手に取り出す。
その言葉で魔物である確信を得ることができるが、アサカがミヤトに頼むのはやはり核の破壊だけ。
もどかしい気持ちが芽生えつつも、ミヤトは固唾を呑んだ。
拳を強く握り、口を開く。
「アサカ、俺も一緒に――」
言い終わるより先に、アサカは魔物に向かって走り出す。
呆気にとられるミヤトの脳裏にシャーネ、ユイカが過ぎる。
「(俺の周りには自分本位に行動する女子しかいないのかっ!)」
心の中でツッコむも、今はそれどころではない。
向かってくるアサカに、魔物は黒板を爪でひっかいたような声を上げて翼をはためかせた瞬間、突風がアサカとミヤトの身体を襲う。
二人は咄嗟に腕で顔を覆い、呑み込まれないよう足に力を入れる。
吹き荒れる風によって庭園にある木が大きく仰け反り、植木鉢に植えられていた植物は呆気なく飛ばされ、壁へと叩きつけられる。
行き場を失った風は上昇し空へと流れていく。
「一回の攻撃でこの威力なら被害が尋常じゃないぞ……」
魔物にとってどれほどの威力を出したのか不明だが、一直線に吹いた突風で重みのある植木鉢を飛ばすことができるのなら、長引けば庭園が見るも無残な姿へと変わってしまうことを察する。
魔物はアサカが止まったことで味をしめたのか、再び翼をはためかせようとする。
物的被害は仕方がないと覚悟を決め、次に備えミヤトは刀を取り出し体勢を整える。
魔物を見据えると、ミヤトはぶるりと身震いをする。
緊張のせいかと思ったが、肌にまとわりつく空気が凍てついていることに気づく。
室温が下がっており、ミヤトの吐く息が白くなる。
周りを見回せばいつの間にか氷壁が庭園を覆っている。
誰の仕業かすぐに見当がつく。
「(ラース!)」
再び魔物の突風が襲う。
ミヤトは圧のある風を受けながら目を細め、顔を覆った腕の隙間からアサカを見る。
彼女は風を避けるように天高く飛び上がり魔物の背後へと降り立つと魔物の首めがけて大鎌を振るう。
首より下のくちばしまで切り落とされたが、顔に付いているくちばしの内部から、赤い結晶の核が顕になる。
核を確認したミヤトは、突風が弱まると走り、地面に転がる魔物の顔ごと刀で突き刺し、核を破壊する。
魔物の顔と胴体は砂のようにサラサラと流れ、消滅した。
ほっと息をつき改めて周りを見回せば、氷壁が庭園を守っていたため1度目以外に被害は出ていないようだ。
「二人とも怪我はないか?」
声のする方を見れば、慌てた様子のラースがミヤトたちのもとへと駆けつける。ミヤトは柔らかい表情を向ける。
「ああ。ラースのおかげで被害も少なく済んだよ。ありがとうな」
「咄嗟に造ったものだったが、役に立ったようでよかった」
ラースはミヤトとアサカの後を急いで追い、瞬時に状況把握と判断をしたのだろう。
何も分からない状態で無理をさせてしまったはずなのに、ラースの顔は安堵を浮かべている。
心配をかけてしまったことにミヤトは申し訳なさを感じた。
魔物の姿があった地面をじっと見つめているアサカにミヤトは声を掛ける。
「アサカもお礼言っとけよ」
アサカは顔を上げると頷いた。
「――ええ。ありがとう、ラースくん」
「気にしなくていい。無事でよかった」
「(やっぱりアサカには普通に喋れるようになったんだな)」
きっかけが母性というのが、少々変わってはいるが。




