表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/60

17.思想


理事長に報告した後、病院やニュースでもこれといって魔物の被害は見受けられず二週間が経とうとしていた。

ミヤトは授業を聞き流しながら、思いをはせる。


病院で遭遇した二体目の魔物。

それほど脅威を感じなかったのはアサカがすぐに討伐したからか。

悲惨な出来事がないことはいいことだ。

しかし、世間が魔物の怖さを知らないでいてほしいと願う半面、知っていてほしいと思うのは、警鐘したいからか、はたまた本当はミヤトの底意地が悪いだけなのか。

ただ、根幹的な意志は揺らぐことはない。

ミヤトは右の手のひらに視線を落とす。


「(あの日をなかったことには、したくはない。だけど、あの日のような事は二度と起きてほしくないっ……!)」


右の掌を力強く握りしめ、ミヤトはふと思う。

数年経った今でもあの日に囚われているのは自分だけなのか――と。


放課後になり、ミヤトが帰り支度をし終えユイカの方を見やれば、そこにはシャーネが胸の下で腕を組み、仁王立ちでユイカを見据えている姿があった。


「この間は悪かったわね。誘ってくれたのに断ってしまって」

「シャーネちゃん、ずっと気にしててくれたの? 用事なら仕方ないよー」


ユイカがのんびりした口調で答えれば、シャーネはうんうんと頷いてから再び口を開いた。


「ってことで、明日は予定を空けておいたから夏服買いに行くわよ」

「え?」


シャーネの否応ない誘いにユイカは首を傾げるが、既に決定事項のようだ。

シャーネはニマニマして含み笑いする。


「あたしと買い物に行けるなんて光栄に思うといいわ。直々にセンスのいい洋服を選んであげる。楽しみにしてなさい。もちろんアサカも来るでしょう?」

「ええ」


シャーネもユイカとアサカはセットだと思っているようだ。

相変わらず自分本位なお嬢様にミヤトが苦笑していれば、なぜかシャーネがミヤトの方を向いた。

驚きでどきりと胸がはねる。


「ミヤトも一緒に行くのよ」

「え? 俺もか?」

「そうよ。あたしが冴えないあなたをプロデュースしてあげるわ」


余計なお世話とも思えなくもないが、一緒に行けばユイカの色んな可愛い姿を目にすることができる。

断る理由はない。

――しかし、あまり食いついては気持ち悪いと思われかねない。

ミヤトは肩をすくませ、やれやれと首を振る。


「仕方ない。ちょうど新しい服も欲しかったところだし、一緒に行くか」

「……なんか下心を感じるわね」


シャーネの疑惑の目がミヤトに突き刺さるも、右斜め上を見てやり過ごした。


「まあ、いいわ。さて、他の人は……」


シャーネが教室内を見回す。

ヴィンセントは危険を察したのか教室内から姿を消している。

エリアは親戚の集まりがあるようで断っていた。

そして、シャーネの矛先はラースへと向いた。


「ラースも行きましょうよ。あんた綺麗な顔で身長もあるから着飾りがいがありそう」


ラースの近づきがたい雰囲気に気圧されることなく、シャーネはいつも通り堂々としている。

誘われたラースはシャーネからふいっと顔を外し、ミヤトを見た。


「明日は予定がないから行こうと思う」


シャーネ相手でも相変わらずラースは緊張するようだ。

ミヤトは呆れつつも「そうか」と頷いた。

しかし、シャーネは不審に感じたのか首を傾げる。


「どうしてミヤトに返事してるのよ」

「あー。これには深い理由があってだなぁ」

「――なるほど。あたしが美しすぎて直視できないってわけ。なら仕方ないわね」


ミヤトが説明する前に、シャーネは勝手に解釈し納得する。

とはいえ、当たらずといえども遠からずのためミヤトが余計なことを付け足すことはなかった。

シャーネはつかつかとユイカのもとに歩み寄り、彼女の肩に片腕をかけて自身の身体に引き寄せると、反対の手で窓に向かってビシッと指さした。


「それじゃあ、明日は5人で街の大きなショッピングモールにレッツゴーよ!」


シャーネのはしゃぎように、ミヤトは一番楽しみにしているのはシャーネなんだろうなと察した。


次の日、ミヤトが家から近場の駅に向かうと、その道の間で3回ほど黒い蝶を目にした。

あてもなく飛んでるように見える蝶。

最近よく見かけるのはただの気の所為なのか。

しかし、特段気に掛ける必要もなくミヤトは意識を向けるのをやめた。


待ち合わせの学園付近の駅に着けば、ラースは既に到着しており時計台の前に立っていた。

彼の青い髪と高身長はよく目立つ。

ミヤトは近づこうとしたが、異変に気づき眉をしかめて足を止める。

早く着いていたことが裏目に出たのか、ラースは年上であろう若い女性二人組に言い寄られていた。


「ねぇねぇ、私たちと一緒に遊ばない?」

「……」


ラースがいつもの癖で「ああ」と答えなかったのをミヤトは評価した。

頑張って無言を貫き通している。

無意識であろうが、ラースが一見冷たくも取れる視線を女性たちに向ける。

しかし、あまり効果はないようで彼女たちは「やばい! クールでカッコいい!」とはしゃぎ始める。

弱りきったのか。ラースは周囲を見回し、ミヤトに気づいた。

逸らされることなくミヤトに一心に注がれる瞳。

無表情でもあるにも関わらずその顔には必死さが感じ取られ『助け求む』と書かれているようであった。


ミヤトは気の強そうな女性たちに太刀打ちできるか若干不安ではあったが、友達を見捨てることは出来ない。

意を決して近づこうとしたが、先にピンク髪のシャーネが女性たちの前に現れ腰に手を当て仁王立ちすると彼女たちに凄む。

 

「ちょっと! 私の連れになにか用!?」


女性二人はラースからシャーネへと向きを変える。

食って掛かった言い方が気に入らないのか、彼女たちの顔は不快感で歪んでいる。

シャーネと女性達の間で見えない火花が散っている。

現場は一層悪くなり、一人のイケメンを三人の女性が取り合っている修羅場と化した。

どちらも気が強く争いは激化しており、腰が引けたミヤトは傍観者の道を選びたかったがラースの切実な救援を求める。

ミヤトはとりあえずシャーネを落ち着かせることを目標にし、自分を奮い立たせ歩み寄る。

シャーネの肩を片手で掴み声を掛ける。


「シャーネ、とりあえず落ち着けって」

「はあ!? だいたいこんなところに一人で立ってるなら待ち合わせだって誰でも思うでしょう!?」


目尻が吊り上がったシャーネがミヤトの顔に向かって怒声を浴びせる。

宥めるつもりが一歩間違えれば怒りの矛先がミヤトに向かいかねない。

女性たちもその言葉が自分たちに向けられていることを理解しているため、言い返す。


「そんなことこっちだって分かってるわよ! 分かってる上でやってるのよ!」

「そうよそうよ! だけど待ち合わせの相手が自分より劣っている女だって分かったら、私たちにも十分チャンスはあるわよねぇ」

「あたしがあんたたちのどこに劣ってるって言うのよ!」

「(これを俺にどうにかしろって無理だろ!)」


収拾のつかなそうな状況に、ミヤトは心のなかで叫びながらも、気の利いた言葉が見つからず「まあまあ」と発するのが精一杯であった。


「ごめんなさいね。彼は私の連れなのよ」


ギスギスした空間に突如、透き通るような声が乱入する。

いつの間にか到着していたアサカがラースの隣に現れ、流れるように彼の腕にそっと手を回すと女性二人に魅惑的な視線を向ける。

興奮していた女性二人は勢いそのままに何か言い返そうとしたが、発する前にピタリと固まる。


美女のアサカがラースの隣に並ぶと美男美女で釣り合いが取れており、その間に割り込むには客観的に見てもあまりにも無謀というより、滑稽であるのは火を見るよりも明らかであった。


女性二人は顔を見合わせつつ、ぶつぶつと文句をたれながらも踵を返し去っていった。

一難が去ってほっとしたミヤトだったが、それ以上に安堵しているのはラースであろう。

ラースは至近距離のアサカを目を丸くして見下ろしている。


「(あんなにアサカに近づかれたらラース卒倒しちゃうんじゃないか?)」


ミヤトは間に入るか、様子を見守るか逡巡する。

はらはらしながら見守っていればラースはアサカを見つめたまま徐ろに口を開いた。


「手を煩わせてしまったようで、すまなかった」

「いいのよ。それに、せっかく皆で遊びに来たんだからラースくんには楽しんでもらいたいもの」

「(あのラースが普通に喋ってるだと!?)」


アサカは笑顔で、ラースはいつも通りの涼し気な表情でやりとりをしている。

驚くミヤトの隣でシャーネが納得のいかない表情でぼやく。


「どうしてあたしの時は楯突いてきたのかしら?」

「アサカは美人だから、勝負するには分が悪いと思って引いたんじゃないか?」

「あたしは美人じゃないって言いたいの!?」


ミヤトが深く考えずに見識を述べれば、気に触ったのかシャーネが物凄い勢いで胸ぐらを掴み上げる。

シャーネより身長があるミヤトがつま先立ちになるほど身体を持ち上げられ、ミヤトは返事を間違えれば身が危ないと戦々恐々しながら慎重に言葉を選んだ。


「シ、シャーネは美人というよりは、可愛いって感じだろ? ほ、ほら。女の子の可愛いって同性から色々とやっかみがあるんじゃないのか?」


ネット知識でそういうのを見た気がしたので一か八か様子を窺うようにミヤトは探りを入れる。

シャーネは返事を返すことなくミヤトの瞳をじっと見つめる。

彼女の黄金色の瞳が興味深そうな色を示している。


「……ふーん。そういうのすんなり言えちゃうの」


シャーネは見定めるように目を細めては満更ではなさそうに呟くとミヤトの胸ぐらから手を離した。

事なきを得たミヤトは地面に足がつくとほっと息を吐く。


「よくわかんないけど大変だったんだね、ミヤトくん」


ユイカの声が聞こえ、振り向く。

そこにはおにぎりを片手に、もぐもぐと咀嚼しながら佇むユイカの姿があった。

ミヤトは呆気にとられた。


「……えっと、朝ごはん?」

「うん。寝坊しちゃったんだけど、ご飯はしっかり食べないと元気が出ないって学校で習ったから、持ってきたの」


そう言ってユイカは再びおにぎりを口にする。

彼女の呑気さにミヤトは気が抜けて苦笑する。


「とりあえず座ってゆっくり食べたほうがいいかもな。あっちにベンチがあるから行こうか」


ミヤトの提案にユイカはしゅんと肩を落とす。


「私のご飯のために皆を巻き込むわけにはいかないよ……」

「そう思うなら早く起きなさいよ」


シャーネがジト目でツッコミを入れる。

ユイカはしばし沈黙した後、何も答えずおにぎりを頬張った。

シャーネがため息をつき小さく「呆れた」と呟いた。


それからユイカがおにぎりを食べ終えるまで待つことになり、ユイカとアサカが並んでベンチに座る。

騒動は収拾したとはいえ、ミヤトたちも気疲れがあったためそれぞれ近くのベンチへと腰を掛けた。

ミヤトは隣に座っているラースに先ほどのアサカとのやり取りについて声を潜め問いかける。


「さっきアサカと顔を合わせて喋れてたけど、緊張が克服できたのか?」


ラースは顎に手をやり、首を少し傾ける。

本人も不思議なのか、すぐには答えず静かに少考しているようだ。


「アサカは……普通の女子とは違う何か……安心感と言うか、母性のようなものを感じたんだ」

「ラース……仮にも同級生の女子を母親みたいって思うのはどうかと……」


咎めようとして、ラースの先にいるアサカが何やら動いたのが視界に映りそちらに意識を向ける。


「ユイカ、頬に米粒がついてるわよ」


アサカはユイカの頬についた米粒を指で掬い取る。

ユイカはその間も気にすることなくおにぎりを頬張り続けている。

母親と子供のようなやりとりを目にし、ミヤトは考えを少し改める。

そして前にもアサカはラースの前で、ユイカに対し授業を真面目に受けていたかと母親じみたことを言っていたことを思い出す。


「……まあ、気持ちはわからなくもないか」


ユイカの朝食が終わり五人はショッピングモールに向かうため街中の大きな歩道を歩く。

そこには休日だというのに示威運動の団体が複数あり、間隔をあけて車道側に1列に並んでいる。

その内の一つは女王制度の廃止を求めてプラカードを掲げており、熱心な中年の男性が過激ともとらえられる演説をしている。

通行人はそれに目をやることなく素通りしている。


名目としては、神至上主義の女王制度は科学の発展を妨げる要因になるためと言っているようだ。

あの日を境に活動が活発化したらしい団体にミヤトは一瞬だけ目をやり、逸らす。

彼らから離れてから、呆れたように言葉をこぼす。


「あんな活動してまで女王制度を廃止にする必要なんてないと思うけどな。生きてる上で困ることもないだろうに」

「まあ、実際に滞りは起きてるみたいだから都合が悪い人はいるみたいよ」


シャーネが興味がなさそうな口調で答える。

両親がいろんな分野に手を出している経営者となれば知ることも多いのだろう。

言論統制も昔ほど厳しくはないが、彼らが主張していることは魔法より科学が勝っているという神批判に近いものであるため取り締まられる可能性だってある。


「一歩間違えれば不敬罪で捕まるだろうに……」

「誰かさんにとって都合がいいから野放しにしてるのよ。あんまり関わらない方がいいわよ」


シャーネは面倒くさそうに手をひらひら振って話を終わらせた。

こういう話は好きではないらしい。

それ以上話を続けるのは野暮のためミヤトは口を噤んだが、ラースが神妙な面持ちで口を開く。


「ミヤトくん。今はいいが学園ではそういう話題は出さないほうがいい。一般生な君たちにとってはただの世間話程度の扱いだろうが、貴族間では時期的に繊細な話だ。クラスメイトではいないと思うが、癖のある貴族もいる。自分の身を守るためにもその話は避けていてくれ」


友人、貴族としての忠告だろう。ミヤトは素直に頷いた。


「分かった。教えてくれてありがとな」

「親友に辛い思いはしてほしくないからな」


いつの間にかラースの中で友人から親友にランクアップしていた。

涼しい表情をしてはいるものの心なしか嬉しそうなラースに、ミヤトは微笑ましいものを感じ薄く笑った。

ラースは一拍おいて閉口したあと、淡々と語る。


「人は初めは皆同じ思想を持つ者同士だった。しかし、今ではそれぞれが別々の考えを持ち、違うの道へと向かっている。……だからだろうか。分かり合うことが難しくなっているのかもしれない」


五百年前、女王は神との結束を強めたが時代とともに人は神から離れるように科学へ傾倒していき、中には制限に耐えきれず国から立ち去る者もいるほどであった。人は神と近づいたはずなのに、おかしな話である。


「それを考えると貴族は一貫としてるから団結力があるな」


ミヤトの捉え方にラースは首を横に振る。


「実は言うとそうでもない。神至上主義の考えに変わりはないが、歪んだ考えを持つ者もいる。五百年の間、考える時間が有り余っていたのだろうな。……しかし、ここにいる皆には問題のない話だ」


ラースが、安心させるように僅かにふっと表情を緩ませる。

確かに彼が言うように一般人のミヤトたちにとっては貴族間の思想の話は関係のないことだろう。


「(神に重きを置く貴族ですら考えの不一致は起きるのか。……なら、昔の人はどうやって同じ思想を持つことが出来ていたんだ?)」


ミヤトがそこまで考えると同時にシャーネがパンパンと手を大きく叩く。


「はいはいはい! 気難しい話は終わり! あたしたちは遊びに来たんだから遊びに集中すること! 今のあたし達に必要なのは頭の痛くなる話じゃなくて、なんにも考えず楽しむことなの!」

「そうだそうだ!」


言い切るシャーネに、ユイカも拳を天高く上げ強く同意を示す。

ミヤトはいつの間にか表情が強張っていたことに気づき、頭を振った。

彼女たちの言う通り思想のことなど今はどうでもいいことであった。


「そうだな。じゃあ気を取り直して、いつもどこで服買ってるのかでも話しながら歩くか」


高級ブティックや、プチプライスな店の名前などが飛び交い始める。

空気が緩み、やっと高校生らしいやりとりになり、先ほどの話などなかったかのように皆が他愛のない話に身を委ねた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ