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16.報告先


エリアの弟が入院している病院は科学と魔法が合併している国立病院。

生活に支障をきたすとはどのくらいのものなのか想像はつかないが、そこまで深刻ではないだろうとミヤトは軽く考えていた。


エリアの弟は個室のようで、貴族の個室となるとさぞ豪華な病室だと想像していたミヤトだったが、辿り着いた先は室内が鉄のようなもので頑丈に造られていて、通常とは違った厳つい部屋であった。

置かれている家具も必要最低限であり、簡素だ。


特別な部屋ではあるがあまり嬉しくない理由だということがひしひしと伝わり、寧ろ一般の病室の方が落ち着けるのではないかと思わせる。


エリアはベッドに腰掛けている弟のそばに寄る。

年は小学校高学年くらいだろうか。髪はエリアと同じく赤く、幼さはまだあるが整った顔立ちをしている。

エリアが、弟に挨拶を促す。


「初めまして。エリアの弟のイオ·カーク·セネディルです」


挨拶をした弟イオは頭を下げる。その後ミヤトたちも簡単に自己紹介する。

イオの手首と足首にはパワーリスト、パワーアンクルが着けられており物理的な制御を試みているようだ。

肉体強化は跳躍すれば二階建ての家に容易に飛び乗ることが出来るし、投擲すれば軽く二百キロの速さで放つことができる。

魔力を持って生まれたならば手足を使うように制御することが出来るが、後天的に現れたエリアの弟はそれが出来ないのだろう。

エリアは優しくイオに問いかける。


「病院生活はどうだ?」


イオは両手を挙げて大きく伸びをすると頭の後ろに手を組み、眉をしかめる。


「暇すぎて退屈だよ。何触ってもすぐ壊れるから、することなんてテレビ観ることくらいしかないし……番組変えるのもいちいち言わないといけないから、参っちゃうよ」


ため息をつき、飽き飽きした表情を浮かべる。

先程からベッドの上から出ようとしないイオに、ミヤトは問いかける。


「ずっとベッドの上で過ごしてるのか?」

「油断するとすぐ体が暴走するんですよ。この前なんて天井に頭をぶつけてしまって……痛くはなかったんですけど、なんか間抜けみたいで恥ずかしかったので、殆ど動かないようにしてるんです」


イオが人差し指で天井を指し示したため、視線を上へと向ければ丸い凹みが確かにあった。

ミヤトはどう言って慰めればいいかわからず、言葉を濁す。


「こりゃあ……また……大変だな……」

「まったくですよ。俺は使いたいと思って使ってるわけじゃないのに体も疲れてしまいますし……。あーあ。せめてゲームだけでも出来ればいいのになー」


落胆しながらぼやくイオ。

それを聞いたエリアは、備え付けられた机に置いてあったチェス盤を手に取った。


「それなら姉さんとチェスでもするか? 番地さえ言えばこちらで動かそう」

「チェスは父さんたちとしてるからもういいよ。俺がやりたいのはこっちの方」


イオは両手を向かい合わせ親指を忙しなく動かす。

機械の方のゲーム機を表しているようだ。

エリアは眉を下げる。


「そっちのゲームは、姉さんよく分からないな。――だが、イオのためなら致し方ない。どのボタンを押せばいいのか指示をしてくれれば、誠心誠意努めよう」

「姉さんがやるとすぐオーバーヒートして壊すから絶対触らせない」


イオに咎められたエリアはしゅんと肩を落とす。

ミヤトはエリアがゲーム機に対しパソコンと同様のことを起こしていることを知り、本当に機械とは相性が悪いのだなと再度認識した。


「ゲームはどんなのするんだ?」

「ギミック解いて先に進んでいくゲームです。今流行りなんですけど協力プレイとかも出来て……」

「お! 俺もそのゲームやってた! いま出てるナンバリングはスリーか?」


ミヤトの発言にイオは瞳を輝かせる。


「本当ですか!? じ、じゃあミヤトさん! 俺が退院したら一緒にゲームしませんか? クラスの子でゲーム機持ってる子、本当に少なくって上手い子あんまりいないんです」

「ああ! やろう! 久々に聞いたら俺もやりたくなってきた!」


魔力なく生まれた場合でも貴族の子が通う学校は暗黙上決まっており、やはり魔法寄りの考えである。

そのため、親の世代など機械を毛嫌いしている家庭もあるため、ゲーム機の所持率は庶民に比べて少ない。

盛り上がるイオとミヤトに、ユイカも何かしたいという気持ちが働き二人の間に割って入る。


「私もイオくんが退院したら一緒に遊べるよ! 砂遊び、鬼ごっこ、かくれんぼ、かけっこ! どれにする!?」

「……気持ちは嬉しいんですけど、そんな子供っぽい遊びはもうしませんよ」


指折り数えて提案するユイカに、イオはあきれ顔で断った。

しかし、ユイカはテンションを下げることなく明るくイオに詰め寄る。


「楽しいよ! 皆でしよう!」

「えー、俺は遠慮しときます」

「皆でしよう!」

「しないです」

「絶対楽しいよ!」

「押しが強いよ! エリア姉さん、何なのこのお姉さん……」

「私の友人だ」

「それは分かってるよ!」


欲しい返事じゃなかったイオは呆れた声を張り上げる。

それに対しエリアは「他に答えようがないぞ」と首をひねる。


「それじゃあ子供っぽくないよう全員が肉体強化状態でやるのはどうかしら? イオくんの退院後の経過にもよるけれど、魔力の制御にも繋がると思うわ」


提案したアサカがにこりとイオに笑いかける。

イオは虚を突かれたように目を見開いた後、ごにょごにょと「それならいいですよ」と承諾した。


「なるほど。それはなんだか面白そうだな。詳しく聞いてもいいか?」


エリアは興味が湧いたのか、アサカから詳細を聞き出している。

ユイカも作戦会議だと思っているようで耳を傾けふんふん頷いている。

蚊帳の外になったイオは、時折様子を窺うようにチラチラとアサカを見ている。

それに気づいたミヤトはこそっとイオに声を掛ける。


「アサカの事が気になるのか?」


イオはぎくりと肩を震わせる。

顔を上げると声を潜めヒソヒソと話し始める。


「ミヤトさんもアサカさんのことが気になるの?」

「俺が気になるのはもう一人の方」


ミヤトが少し照れくさそうに答えると、イオは姉かユイカのどちらのことを言っているのか迷う。

察したミヤトがこっそり親指でユイカを指し示せばイオは抑えた声で驚く。


「え!? あの子供っぽいお姉さんの方!? アサカさんのほうが大人っぽくて綺麗だよ」

「ユイカは無邪気で可愛いんだよ。それにお互い恋敵にならなくて良かっただろ」

「こ、恋!?」


ミヤトの言葉にイオはぎょっとして声を潜めるのを忘れ声を上げた。

途端に、エリアたちの視線がイオに向けられる。


「どうした? ふたりして内緒話してたんじゃないのか?」

「な、なんでもない!」


あたふたしながらイオが首を振るとエリアたちは不思議そうに首を傾げた。

イオはアサカの視線も注がれているのに気づき、慌てて下を向く。

エリアはイオの頬が赤くなっていることに気づくと可笑しそうにクスリと笑った。


「なんだ。今さら人見知りか? まったく。しょうがない弟だ」

「仕方ないわ。私はミヤトくんやユイカと違って取っつきやすい感じではないから、イオくんも緊張するのよ」

「姉としては、どんな人とでも変わらず接してほしいものなのだがな」


勘違いしているエリアとアサカが和やかに会話を交わす。

イオは訂正しようにもアサカの前で緊張しているのか借りてきた猫のように静かに縮こまっていた。


昼食の時間になる前に三人は病室を後にする。


「弟が気分転換になったみたいでよかったよ。ありがとう三人とも」

「あの病室じゃ気もまいるだろうし、また時間がある時に面会に来てもいいか? 話し相手くらいにならなってあげられるしな」

「ミヤトが良ければ是非お願いしたい。弟があんなに楽しそうにしているのは久しぶりに見た。兄が出来たみたいで嬉しいんだろうな」

「ああ。二人も一緒に行くだろう?」


ミヤトがユイカとアサカに声を掛ければ、笑顔で頷く。

それを見たエリアは微笑みながら「嬉しいよ。ありがとう」と口にした。


下行のエレベーターを待っている間、ミヤトは廊下に貼られた地図を見る。

病棟がいくつもあり迷路のような地図を眺めていれば、大きな中庭の表示が目についた。


「この病院って中庭があるのか?」

「ああ。両親と行ったことがあるが、噴水もあって中々趣のある中庭だった。折角だから寄っていこうか」


アサカとユイカも異論はないようで四人は中庭へと足を運んだ。

お昼時のため中庭には人気が無く、噴水は今は止まっていて静けさが漂っている。

芝生と木々がある空間は院内でありながらも自然を感じられるよう工夫されており、心を落ち着かせるのに適した場所だ。


周りを見回していたミヤトは白い大理石で造られた噴水へと目を向ける。

汚れがなく綺麗な造りをしているが、ある異変に気付く。

水が溜まっている一部分が小さな山のように膨れ上がっている。

通常ではありえない光景に四人は注意深く凝視し、様子を窺う。


しばらくすると膝丈ほどのぷるんとした水の球体が噴水から身を乗り出し、堀を伝ってズルズルと地面に目掛けて動き始める。

地面に降り立つとそのままのろのろと何処かに移動し始める。

ミヤトは突然のことで呆気に取られるも水の球体の中に紅い何かが光っていることに気づく。


「魔物か!?」


目を見張り叫ぶと、同時に黒い影がミヤトの視界に現れる。

黒髪をなびかせたアサカが魔具を取り出し脇目も振らずに水の球体へと駆けている。

彼女は水の球体に向かって大鎌を下から振り上げる。

鎌の先が紅い核を掬い上げ外界へと飛び出る。

瞬く間の出来事。

しかし、ミヤトは我に返る。


「アサカ! 核の破壊はできないぞ!」


はっとした表情でアサカが振り返る。

彼女自身その事を忘れていたようだ。

ミヤトが刀を取り出し宙に放り出された核に向かって走る。

彼の目は核だけを捉えている。

しかし、ミヤトの耳の横から速い線が過ぎり、それが核に当たると、核は砕け散った。


「え?」


思わずミヤトは素っ頓狂な声を出して、足を止める。

しかし、勢いを殺せなかったため二、三歩前に出る。


「すまないな」


凛とした声。

ミヤトが振り返るとエリアが真摯な瞳で洋弓を構えている。


「折角の見せ場に水を指すようなことはしたくはなかったが――弟が入院してるんだ。何かあっては困るからな」


エリアが魔物の核を矢で射抜いたのだ。

彼女の手にしている洋弓は赤く輝いている。火属性の証だ。

エリアが洋弓を構えていた腕を下げると、隣にいたユイカは目を輝かせてそれに魅入っている。

ミヤトはすぐには状況を呑み込めなかったが、エリアのふっと緩んだ口元を見て全てが終わったことを理解した。


「あ、あはは。いや、俺は別に。魔物さえ倒せればそれで……」


行き場のないやる気に不完全燃焼を抱きつつも、ミヤトは刀を戻した。

アサカも魔物の肉体の消滅を確認後、ユイカたちのもとへと帰り、第一声は謝罪であった。


「ごめんなさい。魔物を見るとつい、ね」

「だからって破壊出来ないことは、忘れないでくれよ」

「……不便なものね」


ミヤトの忠告に、アサカは困り顔で独り言のようにぼやいた。

不服そうなアサカに、ミヤトは彼女の新たな一面を垣間見た気になった。


「……あ。そういえば報告……」


ミヤトは担任のセーラから口酸っぱくして言われていたことを思い出す。

考える間もなくアサカが、動いたためすっかり忘れていた。

再び事後報告となれば大目玉の可能性は避けられないだろう。


「特に騒ぎにもなってないし、いいんじゃないかしら?」

「え!?」


ミヤトはアサカがさらりと隠蔽の提案したことに驚きの声を上げた。

とはいえ、虚偽通報であるのを疑われ、肉体の再生を防ぎながら報告しろという勝手なことを言われればそう思うのも無理はないのかもしれない。

エリアが目を丸くする。


「驚いたな。優等生のアサカがそんな事を言うなんて」

「これには、理由があってだな……」


ミヤトは以前呼び出された時のことをエリアに説明する。

また、信用されたはずが何の注意喚起も行われなかったことも付け足した。

エリアは難しい表情で顎に手を当て静かに長考する。


「……なるほど。そういうことであれば……理事長に報告するのはどうだろうか?」

「理事長に?」

「ああ。理事長は女王陛下から国営である学園を任せられるほどの権威を持っている。今の話を聞くに理事長は魔物討伐に積極的な意向なのではないだろうか?」


確かにあの時の理事長は臨機応変に動くことを推奨し、担任のセーラに対し危機感が足りていないことを嫌みのように伝えていた。

エリアの言うように、相手が理事長であれば報告しなかったことを頭ごなしに非難してくるようなことはしないだろう。


休日に学園にいるかは分からないため、念の為ミヤトの携帯から電話を掛ければ警備員からいることの確認が取ることができた。

そうと決まれば四人は病院から学園へと向かう。


学園に着くと早速理事長室へと足を運び、扉をノックする。

理事長の許可の声が聞こえ、ミヤトは入室する。

執務机から顔を上げた理事長はミヤトを見ると目を丸くした後、アサカ、ユイカが入ってきたのを視認すると愉快そうに笑う。


「学生の貴重な休日だというのに私に会いたい、なんていう物好きな生徒がいるかと思えば――これはこれはそうそうたる面々だ。一ヶ月と半月程ぶりかな?」 


理事長は以前の三人だけだと思っていたのか、赤髪の女子生徒が続いて入ってきたことで瞳を瞬かせる。


「おや。花が一輪増えている。……なるほど。ミヤトくん、君も隅に置けない男だね」

「え?」


理事長が口元に薄っすら笑みを浮かべ、ミヤトに一目置くような視線を向ける。

ミヤトは彼が言っていることをしばらく理解出来ずにいたが、左右を見回し、女子に囲まれた状態であることに気づくと、慌てて訂正する。


「あ、いや。そういうのじゃないんです。これはたまたまで……」


ミヤトの言葉など聞く耳持たないように、理事長は勝手に解釈し和やかな目で遠くを見つめる。


「謙遜しなくてもいい。若い頃ならよくある話だ。しかし、欲張りすぎると私のように後々独り身になりかねない。気をつけなさい」

「は、はあ……」


まるで諭すような言い方に、ミヤトは頭を片手で押さえたまま気のない相槌を打つ。

その隣でエリアは理事長の机にある書類と手に握られている万年筆を見て、仕事中だったことを察する。


「お忙しい所、失礼致します。少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」

「エリアくん、そう固くならなくてもいい。丁度つまらない仕事をしていたところだ。君たちの話は良い気分転換になりそうだ」


理事長がおどけた表情で手を広げると万年筆が机に音を立てて転がる。

エリアの表情は緩み、可笑しそうにクスリと笑った。


それから理事長は机に両肘をつくと顎の下で手を組み、エリアたちの話に耳を傾ける。

そして魔物を倒したのがアサカということを耳にした理事長は驚きとともに笑いを堪えているような声音をあげた。


「なに? またアサカくんが?」


理事長の好奇のような目を受けたアサカは気まずそうに顔を伏せ小さく身じろぎをする。

それを見た理事長は噴き出す。


「ハッハッハ! 優秀な娘だ。これからもアサカくんの武勇伝を楽しみにしているよ」

「だけど、アサカは魔物の核が壊せないのに飛び込んで行くので、そこに関しては理事長から一言言ってくれませんか?」

「それはミヤトくんたちがカバーすれば何の問題もないだろう?」


ミヤトは理事長からアサカに苦言してもらおうとしたが、さらりと受け流される。

逆にアサカは理事長からお墨付きを貰いホッとしている。

近しい関係の理事長からならアサカも素直に効くかと思ったが、寛大すぎるのも問題かもとミヤトは少し不安になった。

理事長は四人を代わる代わる穏やかな瞳で見やった後、口を開いた。


「広く顔が利くのも考えものだと思っていたが、君たちの力になれるなら――つまらない仕事も引き受けるものだな。病院の院長とは懇意にしてもらっているから、最近変わったことはなかったか確認してみよう」

「ありがとうございます」


エリアのお礼とともに四人は頭を下げると、それを目にした理事長は満足そうに頷く。

四人は踵を返し、部屋を出ようとすると理事長思い出したように「そうだ。言い忘れていた」と声を上げたためミヤトたちは振り返る。


「虚偽報告をありがとう」


顔はいたずらっ子のような笑みを浮かべているというのに冗談を感じさせない物言いに、四人は顔を見合わせ小さく笑った。





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