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15.お見舞い


放課後、ミヤトが帰り支度をしているとユイカから大きな声で名前を呼ばれ顔を上げる。

声をした方を見れば、ユイカとアサカ、エリアが集まりミヤトに注目している。


「どうしたんだ?」

「明日エリアちゃんと出掛けるんだけど一緒に行かない?」


明日は休日だが、夕方からバイトが入っているのはユイカも同じなので、その事を踏まえて誘っているならそれに合わせたお出かけなのだろう。

ミヤトは立ち上がり三人のもとへと歩んだ。


「どこに行くんだ?」

「王都にある大きな病院だよ。エリアちゃんの弟くんが入院してるからお見舞いに行くの」

「入院?」


ミヤトが詳細を訊く前にユイカは違う方向を向く。


「ヴィンセントくんも明日一緒に行かない?」


声をかけられたヴィンセントはユイカを一瞥した後、エリアへと顔を向ける。


「弟、どうかしたのか?」

「ああ。弟はもともと魔力がなかったんだが、最近になって魔力生出が見られて、生活に支障が出るようになってな。それを制御するための核も備わってないから、亡くなった祖父の核を移植するために入院することになったんだ」


先人たちの大半は魔力を所持していたため、魔力を持たずに生まれた者が後天的に魔力を持つことは珍しいことではない。

しかし、核がなければ生出した魔力は身体に流れ続けるため常に肉体強化状態になる。

それを抑えるためには同じ属性の核か、相反する核で魔力を制御するしかない。

ミヤトもエリアの話に耳を傾け、事情を知る。

エリアから話を聴いたヴィンセントは頷いた。


「そうか。そいつらと――一緒にはいかないが、後で花を贈るよう手配しよう」

「心遣いありがとう」


ミヤトは、今まで二人が親しげに話しているところを見たことはないが、花を贈るほどには交流があるのかと、二人の関係性が気になった。


「ヴィンセントとエリアは仲がいいのか?」


ミヤトの疑問にヴィンセントが答える。


「貴族間の狭い社会だからな。エリアだけじゃなく、このクラスのほとんどは昔からの顔見知りだ」

「へぇ。そうだったのか」


ミヤトは教室内の残った生徒たちを見回す。

近年、貴族は世襲のみに移行しているため新たに爵位を賜ることがないのでその総数は少ない。

アサカがヴィンセントの言葉を一言で言い表す。


「いわゆる幼馴染ってやつね」


途端にヴィンセントの顔が引きつる。


「アサカ……貴様自分が使っている言葉の意味を考えたことはあるか? 仲が良いとは言っていない」

「へー、みんな幼なじみなんだー」


ヴィンセントの否定など無意味なように、ユイカがアサカの言葉を鵜呑みにする。

ここで引くわけにはいかないと、ヴィンセントはムキになり口調を強める。


「仲が良いとは言っていない!」

「じゃあ今から仲良くなればいいんだよ!」

「そうしたら幼馴染でいいわね」


ユイカとアサカが「「ねー」」と顔を見合わせ首を横に倒す。

ヴィンセントが頭を抱え、盛大にため息をつく。


「……付き合ってられん。僕は帰る」

「ばいばーい! また来週ねー!」

「気をつけて帰るのよー」 


呑気に手を振る二人に応えることなく、ヴィンセントは渋い顔のまま鞄を手に、教室を去っていった。

ミヤトはデザイン騒動の一件もありヴィンセントに少し同情の目を向けた。

ヴィンセントを見送ったユイカはくるりと身体を回し、次はラースへと視線を向ける。


「ラースくんは一緒に行ける?」


ラースは顔を上げゆっくりと瞬きした後、立ち上がる。

何も言わずつかつかとユイカへと歩み寄る。

ピタリとユイカの前で止まるとラースはふいっとミヤトに向き直り、口を開く。


「明日は家の用事があるんだ」

「いや、俺じゃなくてユイカに言えよ」


緊張しているのは分かるが……とミヤトは心のなかで言葉を続ける。

呆れはするが男の情けとして口には出さない。

ユイカはラースの不審な行動に首を傾げたが、ラースの真似をするようにミヤトに体を向ける。


「そっかー。じゃあ仕方がないよね」


ユイカはミヤトの顔を見つめたまま返事をする。

ラースも同じくミヤトの顔を見つめたまま言葉を返す。


「誘ってくれてありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

「俺を中継して話すなよ……」


寧ろ声だけの会話になっている。

二人に見つめられたミヤトは居た堪れない気持ちになった。

ラースはその後自分の席へと帰っていった。

ユイカが、三人に向き合う。


「じゃあ明日はこの四人でお見舞いだね!」

「あれ? シャーネは?」


ライバル認定した後、仲良く追試を受けていたシャーネを誘っていないのかとミヤトは気を回す。


「シャーネちゃんはねぇ、予定がいっぱい詰まってるから前日のお誘いはお断りなんだって」

「あたしのスケジュールは1週間前から決まってるのよ。私を独占したいなら今度から前もって言いなさい」


どこからともなくシャーネが現れ、意気揚々とそれだけ言い放つと颯爽と立ち去っていった。

ミヤトはヴィンセントとはまた違った高慢さをシャーネに感じつつ彼女の後ろ姿を見送った。

こうしてミヤトはユイカ、アサカ、エリア、の四人で出かける事になった。


約束した次の日の朝、ミヤトが待ち合わせ場所の駅に着けば印象的な赤髪が視界に入る。

エリアだと認識し、近づこうと歩むが途中で足を止める。

彼女は白いシャツの上に薄手の赤いのカーディガンを羽織り、九分丈の黒いパンツ着用し、黒い光沢のあるアンクルストラップを履いている。

シャンとした立ち姿は、一見モデルのようでミヤトは声を掛けるのをためらう。

ユイカとアサカは見当たらず、まだ到着していないみたいだ。

ミヤトは一つの不安に駆られる。


「(これ、関係を知らない人が見たらデートだと勘違いされないか?)」


そう思えば自分の今の格好、周りの目がやけに気になり始める。

周囲を見れば男性だけでなく、女性の目線をもエリアは奪っている。

早いな、待たせたか、いつから待ってたんだ。

どれを選んでも今から二人で遊びに行く雰囲気を醸し出している気がしてならないミヤトは最善の声かけを思案する。

しかし、ミヤトが声を掛けるより先にエリアが気づき、片手を挙げて笑顔で名前を呼んだ。


「ミヤト! ……どうかしたか?」

「あ……いやいや、なんでもない。おはよう」

「? ああ。おはよう」


ギクシャクしながらエリアに近付く。

周りの視線がエリアからミヤトに値踏みするかのように移っている。


「それにしてもユイカとアサカはまだのようだなー!」 


いつもより大きな声で二人きりではないアピールを周囲にする。

エリアは自身の腕時計に目を落とす。


「待ち合わせにはまだ時間もあるからな」

「そうだな! よし、ここで待つか!」

「……いつもよりやけに元気じゃないか?」

「そ、そうか? いつもこんな感じだろう?」


エリアに訝しまれ、ミヤトは誤魔化す。

何も考えずミヤトは出かける約束をしたが、改めて言葉を言い換えると休日に女子と一緒にお出かけという男子学生にしては充実しすぎている体験だ。

会話なく待つのも気まずいのでミヤトは昨日訊けなかった質問をする。


「移植って難しいのか?」

「いろいろ方法はあるらしいが、簡易的なのは相手の核を自分の核のように収納すれば済むだけなんだが……弟にとっては、核なんてどのように使えばいいか分からないからな。体に負担がかからないように最善策を取らなければならないんだ」

「そう思うと、魔力を持ってる俺たちは習ってもないのに使い方が分かるから不思議だな」


心臓の一部分に感じる熱いものを意識するようにミヤトは手を胸に触れる。

魔力の知識とは別に、核の使い方は誰に教わることもなく知り得ていたからこそミヤトは核を魔具に変えることができた。

それを当たり前のように感じていたが、魔力がない者にとっては理解しがたいことなのだろう。


「人はもともと神様から魔力を賦与されているのだから、使い方が自然とわかるのだろうな。きっと弟も忘れているだけで、時間を置けば思い出すかもしれない」

「そうかもな。弟さん、何事もなく移植できるといいな」

「ああ」


エリアが微笑みながら頷いた。

それから会話が途切れる。

ミヤトは今聞いたエリアの話しを思い返すとふと抱いた疑問を何気なしに口にした。


「そもそも魔力を持つ人と持たない人の違いってなんなんだろうな」


ただ世間話を延長させるだけの話題。

エリアはすぐには返事をせず一拍置いてから口を開く。


「――神様に愛されているか、いないか」


冷たい声音にミヤトは耳を疑うようにエリアの顔を見る。

彼女の真摯な表情に、ミヤトは縫い付けられたように口を開くことができなかった。

暫し見つめ合った後、エリアは肩を竦めて笑う。


「なんて。昔はそんな事を唱える人間もいたらしい。しかし、魔力を持つ者自体少なくなった今、魔力を持つ者は選ばれた者、なんて好意的な意見が多数だ。――それでも立場上、持っていないことで問題視されることもあるんだ」


エリアは瞳を細め、遠くを見つめる。

ミヤトは今まで迫害など受けたことはないが、歴史の授業で昔は神の怒りに触れ見放されたなどそういった見方もあったようだ。

しかし、魔力量が少ない者が科学を作ったことでそれが広がりを見せ人々の暮らしは便利になっていった。

魔物も姿を見せなくなり魔法はあってもなくても困らない位置づけとなった。

と、思っているのは庶民だけなのかもしれない。

魔法使いのエリートの象徴である貴族達にとっては考え方も違うのだろう。

ミヤトは明るい声で言い放つ。


「魔力を持っていようが、持っていなかろうが人は人に変わりないだろ。平等だ平等」

「ふふ。なるほど。ミヤトみたいなのが普通なのだな。平等、か」


他人事のように笑うエリアにミヤトは首を傾げる。


「エリアだって普通だろ?」

「普通っていうのは割合的に大きく占めている考えのものを呼ぶだろう? 貴族は特殊なんだ。根っこの部分が昔からの掟で凝り固まっていて、潜在意識として残っているから――時には冷たくもなれるんだ」

「火属性なのにか?」

「ふふ。面白い返しだ。火属性なのに、だ」


エリアはミヤトの冗談に乗っかるようにお茶目に答える。

そうこう話している間にアサカとユイカが到着し、その話題は終わることとなった。





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