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14.パソコンと中間考査


魔法学園では近年になってから魔法だけではなく、科学分野――つまりパソコンの授業も組み込まれるようになってきている。

神の力ではなく、人の力で作られたそれは魔法使いにとって忌避されてきたのだが、近年では一般的になってきたため避けては通れないものとなってしまった。


中間考査も近くなった頃、パソコン技術の授業は行われた。

ミヤトは庶民的な学校に通っていたこと、家に保有していることも相まってパソコンの扱いはそこそこ手慣れている方であった。

なので慣れない魔法の授業よりは、一般分野のほうが馴染みがある分得意であると自負している。


この授業のために呼ばれたのであろう教師が、前のスクリーンにパソコン画面を映し出し操作の手順を丁寧に教えていく。

基本の操作であったため、ミヤトはそれを軽くこなす。

しかし、周りを見れば初手で躓いている生徒がちらほら見られ、授業が進んでいくごとに多くなり教師はすぐに指名されて呼び出され、てんてこ舞いだ。


ミヤトも隣のクラスメイトのフォローが終わり、他に困っている人がいないか歩いて探すことにした。

すると早速、赤髪のエリアが助けを求めるようにきょろきょろしている。

ミヤトと目が合うと、彼女は手を挙げ上目遣い気味で申し訳なさそうに声をかけた。


「ミヤトすまない。少しいいか?」

「どうかしたか?」

「画面が急に固まってしまって……完全にお手上げ状態だ」


エリアは相当参っているのか肩を落とし弱りきった様子で手元のマウスをぐるぐる動かしている。

しかし、画面は固まったままでカーソルは動いていない。

原因を調べようとエリアの傍に近づくと周囲の気温が上がったように感じ、ミヤトは首をひねる。

辺りを見回すが周りは特に気にしている様子はない。

体から汗がじわじわと出るのを感じる。


エリアを見れば心配そうにモニターを眺めている。

しばし少考する。

エリアの隣の席のラースに目が行く。

以前ラースが動揺により魔力が漏れでたことを思い出し、エリアに問いかける。


「エリアの魔力って火属性か?」

「え? そうだが……それとパソコンが何か関係があるのか?」


ミヤトはそれならば、とパソコン本体を触る。

尋常ではないほどの熱さを保っており、原因もとを理解した。


「やっぱり。パソコンが熱くなってるな」

「熱い?」


エリアは首を傾げてモニターを触る。

モニターをパソコンだと思っているのだろう。

ミヤトは苦笑しながらパソコン本体を手で優しくポンポンと叩く。


「パソコンはこの四角い箱のほう。そっちはパソコンの機能を使うための役割を担ってるって感じかな」

「パソコンってこっちじゃないのか……」


エリアが関心し、呟く。

エリアの隣だったラースも気になったのかミヤトの説明に顔を向け、涼し気な表情でふむふむと頷いている。

ミヤトはちょっとした先生気分だ。


「で、パソコンが熱くなった場合、冷ます必要があるんだが――」

「なるほど。冷やせばいいのか。それなら俺に任せてくれ」

「は?」


ミヤトが返事をする間もなく、ラースがエリアのパソコンに手をかざすと瞬時にそれは分厚い氷に覆われた。

呆気にとられるミヤトを余所に、エリアは安堵の息を吐き額の汗を腕で拭うとラースに笑顔で礼を言う。


「ありがとう。助かったよ。なにせ私は火属性だから相性が悪くてな」

「ああ」

「……『ああ』じゃない! パソコン凍らせてどうすんだ! これじゃあ壊れるぞ!」


ミヤトは氷漬けにされたパソコンを両手で掴む。

しかし、あまりの冷たさに手を引っ込める。

精密機械であるため早く対策を取らなければならず、ミヤトはあたふたしながらあれこれと考える。

そんなミヤトにエリアとラースは顔を見合わせ、いかに緊急事態であるのかを悟る。

エリアは思考がまとまらない状態で慌ててミヤトに声を掛ける。


「え、あ、そうなのか……! ま、任せてくれ! 私の魔力を使えば氷は一瞬で溶かすことが出来る!」

「あ、いや! それじゃあーー」


ミヤトの制止は耳に入らずエリアは氷に手をかざす。

氷は融解し、パソコンとその周りは水浸しになった。

エリアは氷が解けたことで嬉しそうにミヤトを見たが、彼が頭を抱えている姿を見て、はっとして「(もしかしてやってしまったのか?)」といった表情で冷や汗を流す。


「水は一番の天敵なんだよ……」

「す、すまない……」

「すまなかった……」


エリアとラースはしゅんとしながら謝った。

すぐに教師にこのことを伝えたが、この学園では日常茶飯事のようで特に怒られることなく他のパソコンへとエリアとラースは移された。

その後ミヤト指導のもと、彼らは拙いながらもノルマを達成することが出来た。

そしてミヤトは次の生徒へと向かう。


「ヴィンセントは大丈夫か?」


少々前のめり気味で画面と向き合っていたヴィンセントにミヤトは声を掛ける。

一応声を掛けてみたが、さすがに彼はエリアやラースのように突拍子のないことはしないだろう。

声をかけられたヴィンセントは前のめり気味だった姿勢を素早く正すと回転椅子を回しミヤトに向き合う。

長い脚を組み、片腕を曲げ手を横へと広げると鼻で笑うが、微かに顔に動揺が透けて見える。


「フン。僕にかかればこんな操作、造作もないことだ」

「……エラー出てるぞ」


ミヤトが指摘すれば、ヴィンセントは無言で回転椅子を回し画面へと向き合う。

しばし沈黙が流れる。

再び画面そのままにヴィンセントは回転椅子を回しミヤトへと身体を向ける。

再び脚を組み合わると神妙な面持ちで椅子にふんぞり返る。


「ミヤト、貴様に名誉ある仕事を任せたい。引き受ける気はあるか?」

「……エラーをどうにかしろ、だろ!? なーにが名誉ある仕事だよ! 人にモノを頼むのに偉そうにすんな! こういうときはお願いします、だろ!」

「貴様、人の苦手な分野に揚げ足を取るつもりか!?」

「言い方考えろって言ってんだよ! エラー画面出しといて偉そうにするなよな!」


ギャーギャー言い合いながらもミヤトはマウスを手に掛けエラー処理を行う。

言い合っているというのに手元が狂わないのは普段使い慣れているおかげだろう。

最終的には互いに顔を背け、ミヤトは手を止めると素っ気なくヴィンセントに伝える。


「……ほら、画面もとに戻しといたぞ」

「……褒めて遣わす」

「……素直にありがとうって言えよ」

「……だから言っただろう。ありがたく受けとるがいい」

「だからどうして上から目線なんだよ! しかもなんで俺が感謝する方になってんだ! 立場入れ替わってるだろ!?」

「なんだ? そんなに感謝されたいのか? はぁー。やれやれ。まったく。……ミヤト様ありがとうございました」

「1ミリも想いがこもってない言葉なんぞいるかー!」


ヴィンセントが棒読みで頭を下げれば、ミヤトは吐き捨てその場を去った。

手助けたというのに、ストレスを感じてしまったミヤトは癒しを求めてユイカのもとへと歩む。

ユイカはアサカと和やかに会話をしている。

その空間を目にした瞬間、ミヤトの疲労は吹き飛んだ。


「二人はどこかわからないところとかないか?」


声をかければ二人は同時にミヤトの方を向いた。


「私たちは大丈夫よ。ユイカも……他の授業よりは得意みたいね」

「うん! なんか覚えやすいんだよね〜。これならたくさん覚えられそう!」

「へぇ。案外ユイカは一般の授業の方が向いてたりするのかもな」

「……数学とか国語とかは嫌いだよ?」

「特定の分野のみ、か」


素直に答えるユイカにミヤトは苦笑する。

バイト先でも機器を使う作業はスムーズに覚えられていたのでユイカは機械関係に強いのだろう。

ミヤトは念の為二人のモニター画面を確認する。

教師に言われた通りの画面がしっかり映っている。満足気に頷く。


「よし。二人ともバッチリだな」

「やったー! 授業で初めて褒められたー!」

「良かったわね、ユイカ!」


両手を挙げて喜ぶユイカの頭をアサカが嬉しそうに撫でる。

そんな二人のやり取りをミヤトが眩しそうに目を細めて眺めていると、視線に気づいたアサカが口を開く。


「折角だから、ミヤト先生にも撫でてもらいましょうか」


アサカの提案に、ミヤトは目が点になる。

言葉の意味が理解できず、何度も頭の中で反芻する。

そんなミヤトを余所にアサカは自身の手をユイカの頭から退かす。


「えー? いいのー?」


ユイカも乗り気のようで笑顔でミヤトの顔を見た後、頭を差し出す。

ミヤトの視界にはプラチナブロンドのユイカの頭だけが映る。

緊張で周りの音が聞こえなくなる。

生唾を呑み込んだゴクリと喉が鳴る音だけがやけに耳に響く。

震える手を躊躇いがちにユイカの頭に伸ばす。

心臓が煩くドクドクと音を立てる。

ユイカの髪に指先が触れたことで、意を決してミヤトは掌を頭に置きそっと撫でる。


「えへへ〜。やったー!」

「(こんなの約得すぎるだろー!)」


ミヤトは瞳を閉じ、空いてる手でニヤける口元を隠すように押さえると心の中で叫んで身もだえる。


「(こんな良い思いが出来るのなら、ヴィンセントの相手ぐらい何度だってしてやるよ!)」


ミヤトの脳内は幸福で満ちた。

永遠に撫でていたかったが、あまり撫ですぎると変態だと思われかねない。

後ろ髪を引かれる思いだったが、ミヤトはユイカの頭から手を引いた。


「良かったわねー、ユイカ。ミヤトくんにも褒められて」

「うん!」


癒しを求めて二人の元へ赴いたが、想像以上の至福の時間であった。

ホクホク顔でミヤトは、ユイカの隣の席のピンク髪のシャーネを見る。

彼女は自身の手をかざしながら彩り飾られたネイルを鼻歌を歌いながら眺めている。

画面を見ればユイカたちと同じ画面が映し出されている。


「シャーネも大丈夫そうだな」

「まあね。最新技術はお家柄よく接する機会があるの。携帯も最新機種だし。こんな初歩的な授業、私からしたら楽勝よ」


シャーネは口元に手を当て高笑いする。

ミヤトはこんな絵に描いたような高飛車なお嬢様が本当に存在したんだなと物珍しいものを見る目で見つめる。

彼女は貴族の出にしては端正な雰囲気を持つエリア達とは違い、お転婆感が漂っている。

ミヤトはふと彼女の苗字を思い出す。


「シャーネってもしかして、トウドウグループのお嬢様か?」

「ええ。そうよ」


トウドウグループとはあらゆる事業を手広く経営している国内屈指の大企業だ。

そこのお嬢様となるとミヤトにとって雲の上の存在。

となると、彼女が何故この学園に入学したのかが気になりミヤトはシャーネに問いかけた。


「どうしてこの学園に来たんだ? 今の時代だと一般の学校に通ったほうが都合が良かったんじゃないか?」

「まあ、建前上は貴族との縁を結ぶためってことになってるけど、折角魔力を持って生まれたなら使わずに腐らせるなんて勿体ないじゃない」


自分の才能を活かすための魔力の研鑽。

商人の娘ゆえか、はたまたシャーネの性格からか。

どちらにしろ、志に感心したミヤトは「へぇ」と相槌を打つ。

シャーネは恍惚した瞳で話を続ける。


「それに想像してみて。美しいあたしが、美しい魔具をまとって人々を救う姿……思わずうっとりしてしまうでしょう?」

「すまん。それはよく分からん」

「……感性が乏しいって悲しいことね」


ミヤトが即答すれば、シャーネは肩を竦めて哀れみの目を向けた。

しかし、今のミヤトは何を言われても動じない。

何故ならユイカの頭を撫でられたから。

それだけで嫌なこと全てがどうでも良いことに変わるのだ。


授業後、貴族令息令嬢は見るからにどっと疲弊していた。

近づいている中間考査も重なって、不安渦巻くパソコン技術となった。


そして、中間考査が行なわれた数日後、廊下の掲示板に張り出された順位表にクラスメイトが群がる。

いの一番にユイカが感極まる歓声を上げる。


「す、凄い! 私、20位以内に入ってる!」


ユイカが、感動して衝撃を受けているが一年生の総数は二十人にも満たないため当たり前の事であった。

なんなら最下位であった。

ミヤトも後ろから数えたほうが早い結果に、人数が少ないのが仇になるとは……と少々落ち込んだ。

パソコン分野が足を引っ張ると思っていた貴族組は蓋を開けてみれば首席はヴィンセント、三席ラース、エリアであった。

ミヤトは三人に声を掛ける。


「よくパソコン分野、落とさなかったな」


その問いかけにエリアとヴィンセント、ラースは何も言わず気まずそうに目配せする。

エリアが息をつき、苦笑いしながら答える。


「正直のところ、意味はあまり分かってはいないが暗記と筆記ならなんとかなるからな」

「そういうことだ」


ヴィンセントとラースが頷く。

テスト内容も基本だけであり応用はなかったので、覚えてしまえば簡単な問題であった。

一方、一般入学組は下位を占めており情けない話である。

ミヤトは後悔を口にする。


「俺ももう少し魔法分野に力入れるべきだったな」

「まあ、今まで魔法とは縁遠い生活を送ってたなら仕方のないことだ。また次頑張ればいいじゃないか」

「ただ努力が足りてないだけだろう。僕は苦手な分野であろうが努力したぞ」


エリアが気遣うように声をかければ、ヴィンセントが辛辣な言葉を投げかける。

飴と鞭を受けたミヤトは、エリアとヴィンセントの言葉のどちらとも噛み締め、次の試験は頑張ることを決意した。

そんな中、一般入学組の中で唯一次席に輝いたアサカ。

顎に手を当てて順位表をじっと眺めている。眉間に皺を寄せ、悔しそうに呟く。


「あと三点……」


アサカはふうっと息を吐くと、険しかった表情を緩め、ヴィンセントに身体を向ける。


「ヴィンセントくん、次は負けないわ」

「せいぜい精進することだな」


ヴィンセントが鼻で笑い嫌みのように返事をすれば、アサカが可笑しそうにクスリと笑う。


「ええ。……ふふ。私たちライバルね」


隣で聞き耳を立てていたユイカが、反応する。


「ライバル……」


意味と響きが気に入ったのか、ユイカはアサカの言葉を繰り返し呟く。

ユイカはぱっと順位表を見上げ、アサカの名前を指差しながら独り言のように喋り始める。


「アサカちゃんのライバルが一つ上のヴィンセントくんだとしたら……私のライバルはシャーネちゃんってことだね!」


ユイカが明るい声で断言して、シャーネに顔を向ける。

シャーネは自分の名前とライバルという言葉で全てを察したのか不敵に笑う。


「あら。あたしのライバルだなんて、貴女には数年早いけれど……いいわ。寛大な心で許してあげる」

「やったぁ! 私にもライバルが出来た!」


五十歩百歩な点数差であるが、本人たちが盛り上がっているならそれでいいのだろう。

数日後、彼女たち二人は赤点を取っていたため仲良く追試を受けていた。




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