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11.魔具


一夜明けて、ミヤトが登校し教室に入ればとユイカとアサカが気付き笑顔で挨拶する。

ミヤトは片手を挙げてそれに応える。

昨日の話なんてなかったかのように普段通りだ。

当たり前のことだというのに、ミヤトはなんだか肩透かしを食らった気分になる。


「(いや、これでいいんだ)」


ミヤトは頭を振って思い直す。

魔物のことも、女王の噂の件も。

出ないなら、知らないならそれで良いのだと。

一番重要なのは何の変哲もない平和な日常が続くことのみ。

ミヤトは自分の中でそう区切りをつけ、席へと着いた。


一限目は魔力技術の授業のため、広さのある教室へと移動する。

一人一人の机が一メートルほど間隔を空けて配置され、それでもゆとりのある教室だ。

鐘の音とともに中年のおっとりした女性教師が入室し教壇の上へと立つ。

教師と生徒の挨拶を済ませた後、教師は胸の前で手を合わせ間延びした声で話す。


「今回は実際に核を魔具に具現化してみましょう。既に魔具にしているという方は挙手をお願いします」


ミヤトは手を挙げる。

周りを見れば半数ほどおり、その中にはアサカとユイカも混ざっている。

アサカの魔具は既に見ているがユイカの魔具についてはまだ見れていないので、ミヤトはどんなものなのか興味があった。

教師はざっと見回すと頷いた。


「はーい。手を下ろしていいですよ。それでは、魔具にしている方は参考人として、魔具にしていない方は今回は具体的なデザインを考えてみましょうか」


教師は白い紙を配り始める。デザインを描くための用紙だ。

ミヤトは紙を摘むとふっと表情を緩める。

幼い頃に父親がミヤトと一緒に魔具のデザインを考えていたことを思い出したからだ。

勇者らしいデザインの物を、とミヤト本人より息巻いていた父。

しかし、最終的に「勇者とは?」と概念に惑わされ、結局完成することはなかった。

父が亡くなった後でミヤトは今の魔具である刀を具現化させたのだった。

昔の懐かしい記憶。

紙を配り終えた教師が手をたたく。ミヤトは顔を上げる。


「デザインを描き始めたいという方は描いててもいいですからね。実物が気になる方はさっき手を挙げた子に魔具を見せてもらってくださいね。ただ、魔具を出すときは安全のために周りと距離を空けて出すことを心がけてください」


教壇の上に上がり一人一人発表という形ではなく、あくまで任意的な見せ方であった。


「時間があるなーと思った方は自習を行っててくださいね。それじゃあご自由にどうぞー」


教師は両手を広げ合図する。

控えめながらも動き出すもの、紙に描き始めるものなど周りは行動し始める。

ミヤトは椅子から立ち上がるとユイカの席へと向かう。

ユイカは白い紙を両手で掴みじっと見つめていた。


「ユイカ、魔具見せてもらってもいいか?」


ミヤトの声にユイカは紙から顔を上げた。

意外だったのか呆けた顔をしている。

ユイカはその顔のままアサカの方を向く。


「大丈夫よ」


アサカが答えると、ユイカはキリッと表情を引き締めて立ち上がる。

二人のやり取りをミヤトは不思議に思いアサカに問いかける。


「アサカの許可がいるのか?」

「ユイカは少し特殊なのよ。今はそうでもないけれど、前は魔具の使用が出来なかったの」

「え、それって大丈夫なのか? 無理に見せてもらわなくてもいいんだぞ」

「最近は身体も安定してるし大丈夫よ」


ミヤトは不安を拭いきれなかったが、アサカが良いというのならいいのだろう。

それにユイカもやる気になっている。

必要ない腕の準備運動までしている。


「それじゃあ、出します!」


ユイカは元気よく宣言すると瞳を閉じる。

彼女の右手に現れたのは先端に白いハートが装飾されたロッドであった。

ミヤトと同じ光を纏っていることから、光属性であることが分かる。

子供っぽさを感じる造りにミヤトはユイカっぽいなぁと感想を抱く。


「光属性に、ロッドとなると回復特化か?」


通常魔物を倒すために魔具を作る場合は剣や槍など殺傷能力があるものが選ばれるのだが、ロッドの形状は魔力を放つ目的で用いられる。

剣や槍でも魔力を放つことは可能だが、あくまで補助的なものであり、ロッドには及ばない。

殺傷能力はあまりないが、魔力量の高い者が選ぶのがロッドである。

ミヤトの問いにユイカは頷く。


「アサカちゃんから制限されてるけど、ある程度の怪我なら治せるよ」

「魔力制限もしてるのか?」

「念の為ね」


アサカが返事する。

魔具は通常の場合魔力がなくなると核に戻り、心臓に収納される。

戻された核は心臓から生出される魔力を再び貯める。

個人差はあるものの、魔具使用時も身体を伝って生出もできるため核の魔力を使い切ることなど滅多にないが、それを制限しているとなると徹底している。


「そういう事情には疎いけど、核に魔力がなくなることで害があったりするのか?」

「……一般的にはあまりないけれど、魔力出力が上手くいかずに他の人より魔力を貯めるのに時間がかかったりすることがあるみたいよ。それから、ユイカは強化魔力も使えないから戦闘には参加させないわ」


核を取り出した際に行き場をなくした魔力が身体に流れ出し、肉体を強化させる強化魔力。

常人の域を易々と超えることができるため魔物との戦闘では必須である。

ミヤトはアサカがバイト先にユイカを迎えに来る理由はこのためでもあるのだと理解する。


「アサカの魔具も改めて見せてくれないか?」

「いいわよ」


快く返事しアサカは立ち上がる。

彼女の左手に現れた大鎌は頭上に刃先を向けている。

闇属性の証である黒く妖しい輝きが全体に満ちている。

ミヤトは初めて目にした時が闇夜の下だったから怖ろしく見えたのだと思ったが、改めて観察すると刃の鋭さが異様に綺麗に見えそれが原因なのかもしれないと考え直した。

顔を上げて眺めているミヤトに、アサカは口を開く。


「ミヤトくんのも――」

「あんたたちの魔具ダッサ!」


アサカの言葉を遮り、そう言い放ったのは前の席の女子生徒。

ピンク髪を編み込ませ華美な髪留めで留めている、

大きな胸が印象的なシャーネ・トウドウだ。

座ったまま体を横向きに振り返り、視線の先にあるのはアサカとユイカの魔具。

彼女の率直な感想にアサカとユイカの眉がピクリと反応する。


「そうかしら? ユイカの杖とっても可愛いと思うけれど?」

「アサカちゃんの大鎌も凄くカッコいいよ!」


笑みを浮かべながら互いをフォローし合う。

顔に少々必死さが窺える。

しかし、シャーネの意見は揺るがず、腕を曲げ片手を広げると横に振る。


「小学生じゃあるまいし、杖の装飾がハートって……鎌は鎌でちょっと痛々しく感じるし……センス! そう! あなた達のセンスは幼すぎるのよ!」


シャーネが断言するとアサカとユイカは黙り込んだ。

気まずそうな表情で互いの視線を交差させる。

魔具を使用するうえで、注意しなければならないのは一度具現化を決めた魔具は変更ができないということ。

なのである程度成長してから魔具は決めるものなのだが、アサカとユイカは幼い時に決めたのだろう。

忠告する人間が近くにいない場合はよくある話だ。

ミヤトは見ていられなくなり、間に割って入る。


「そういうシャーネはどうなんだ?」

「なぁに? あたしの魔具が見たいの?」


シャーネが得意げな表情を浮かべ、胸の下で腕を組む。

たわわの胸が腕に乗っかり強調される。

鼻にかけた態度は彼女の方が見せたがっているのが透けて見えるようで、ミヤトは調子づかせたくないなと思わず本音がポロリと漏れた。


「いや、別に」

「……あんたモテないでしょう?」

「今それ関係あるか!?」


心底ドン引き顔でシャーネが身を引けば、聞き捨てならなかったミヤトはすかさず抗議する。

しかし、残念ながら的を射ている。


「まあ、いいわ。見せてあげる。あたしのセンスの良さに敬服してひれ伏すといいわ」


シャーネは勢いよく立ち上がると足を肩幅に開き、下げた両腕を軽く広げる。

核を具現化させると彼女の手にガントレット、足元はサバレントが現れた。

銀色のプレートには薔薇と蔦が浮き上がってデザインされており、魔具全体に土の魔力の証である黄土色の輝きが纏っている。

シャーネは両手を腰に当てると不敵な笑みを浮かべ得意げに顎を上げる。

アサカとユイカがほうっと感心し、シャーネに群がる。


「シャーネちゃんの魔具カッコいい〜!」

「デザインも繊細で綺麗。可憐なシャーネにぴったりね」

「そうでしょうそうでしょう! もっと褒めてくれていいのよ!」


アサカ達にもてはやされ、シャーネの鼻は高々と伸びる。

そんな中、ミヤトだけは彼女の魔具に疑問を抱く。

はしゃぐ女子たちを目の前に聞こうか迷ったが、やはり気になるためミヤトはおずおずと口を開いた。


「ちょっと質問なんだけど……」

「何かしら?」

「シャーネの戦闘スタイルってまさか、格闘技か?」

「ええそうよ。格闘こそ美の最高峰。選ぶのは当然でしょう?」


ガントレットとサバレントを選んでいる時点で答えは一つだった。

美と関係があるのかはミヤトには分からなかったが、格闘技となれば近接戦になり、より危険を伴うことになる。

魔具の変更はできないが、心配するくらいならいいだろうとミヤトはシャーネに忠告する。


「もし戦闘になれば近接戦だと怪我する確率が高くなる。討伐要請がきても応じないほうがいいかもしれないな」

「何を言ってるのよ? 傷ができるなんて当たり前じゃない」


不審そうにミヤトを見るシャーネ。


「いや、だけど美とか言ってたし、肌に傷がつくのは嫌だろう?」

「それも美の一つじゃない」

「美……女の美ってなんだ?」

「美しいってことよ」


ミヤトは未知の生物と話をしている気分になった。

女性なら傷ができるのは嫌なものなのではないか?と混乱する。

首を傾げるミヤトを余所にシャーネとアサカとユイカで盛り上がっていた。





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