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9.味覚


全てを片付け終えた二人は着替えを済ませ、無言で校舎へと歩む。

教室に戻って着替えをロッカーに仕舞うとミヤトは弁当を持ち食堂に向かうため踵を返す。

ヴィンセントも同じことを考えていたのかドアの前で再び顔を合わせる。

何も言わず二人は教室を後にする。

やはり同じ方向に歩き始める。


「……付いてくるな」

「お前こそ付いてくるな」


ヴィンセントは不機嫌に鼻を鳴らす。


「僕のほうが先を歩いてるのだから、付いてきてるのは貴様の方だ」


殆ど並んで歩いているとは言えヴィンセントの言う通り若干ではあるが先を行っている。

それならばとミヤトは速歩きでヴィンセントを抜かし、振り返り嘲る。


「これでお前の方が付いてきてるってことになるな」


ヴィンセントはイラッと片眉をあげ、ミヤトを追い抜かす。

が、ミヤトはそれを予測していたため歩調を速くする。

ヴィンセントもそれに競うように速くなる。

速さが均衡したため肩で押し合いながら我先にと互いにムキになっていた。


「真似するな!」

「貴様こそ真似するな!」


大股でズンズン歩く二人。

対面から来る生徒たちが気圧され、自ずと端に寄って道を開けていく。

不毛な闘いを繰り広げながら食堂へと足を踏み入れる。


「ミヤトくーん! ヴィンセントくーん! 席取っといたよ!」


睨み合いながら食堂に入るやいなやユイカの声が聞こえ、目を向ければ大きく手を振り存在をアピールしている。

しかめっ面のままミヤトは素っ気なくヴィンセントに声を掛ける。


「……席取ってくれてるらしーぜ」

「誰が貴様たちと食事を共にするか! 僕はあっちで食べる!」

「おーおー。好きにしろよ」


互いに睨み合い、ふんっと顔を背けるとミヤトはユイカのもとへ、ヴィンセントは食事を受け取りにカウンターへと向かった。


「ヴィンセントの野郎は一緒に食べたくないってさ」


ツルギはそう言ってのけ、ユイカの目の前の席に弁当を置くとどかっと腰掛けた。

ユイカは残念そうに「えー」と声を上げる。

ユイカの反応を頬杖を突きながら横目で見ていたアサカはユイカの前へと流れた横髪を指ですくうと耳にかける。


「とっても仲良く入ってきたのにねぇ」


ユイカはその言葉にアサカの方を向き「ねー」と同意する。

ミヤトは誤解されたままではいけないと語気を強める。


「全っ然仲良くない! あいつはムッツリ姑息野郎なんだ!」

「ムッツリ姑息?」


不思議そうに首をかしげるユイカの隣でアサカは可笑しそうに「あらあら」と笑う。

理解されないもどかしさに、ミヤトはどうにもいたたまれないような気分になる。


「とにかく! あいつとは一緒に食べない!」

「それなら代わりに座ってもいいかな?」


凛とした声音。

赤髪のショートカットの美形の女性が、食事に乗っているプレートを手に持ち首を傾げている。

クラスメイトの女子生徒だ。

ユイカは瞳を輝かせて女性を見た後、ヴィンセントの方を向き口の横に手を添え大声でさけんだ。


「ヴィンセントくーん! エリアちゃんに席譲るねー!」


昼食を受け取ったヴィンセントは、苦々しい表情をして「断ってるんだからいちいち許可を取らなくていい!」と言い返し、遠く離れた席へと着いた。

知り合いだと思われたくないのだろうが、無視しなかった時点でそれは失敗に終わっている。

エリアはミヤトの隣へと腰掛ける。


「ミヤトくんとは、あまり喋ったことはなかったな。改めて私の名はエリア·カーク·セネディル。気軽にエリアと呼んでくれ」

「俺はミヤト。好きに呼んでくれ」


ミヤトはエリアが差し出した手を掴み、握手を交わす。

女性ではあるものの男性のような雰囲気に、ミヤトはユイカとアサカの時と比べると落ち着いて対応することが出来た。

ユイカとアサカのおかげで女性への耐性が徐々についているのかもしれない、とミヤトは自身の成長を誇らしく思った。

手を離すと、エリアはなにかを思い出したのか口元に指を当てるとふふっと可笑しそうに笑う。


「それにしても先程の授業での君たちのやりとり……とっても面白かった」


女性らしい愛らしい所作に育ちの良さがうかがえる。

ミヤトはエリアが言う、君たちのやり取りの部分がなんのことであるのか考え、人差し指を立てる。


「それってもしかしてシャンーー」

「ミヤトくんとヴィンセントくん、なかなか気が合ってたわよね」

「ああ。ヴィンセントがあんなに声を荒げてる姿なんて初めて見たよ」

「食堂にも一緒に入ってきたもんね!」


ミヤトそっちのけで女子達はわいわいお喋りする。

まさかそのことだとは思っていなかったミヤトは口を曲げる。

ヴィンセントと仲が良いなんて不名誉である。

ミヤトはこれ以上勘違いされないように、手を振って反論する。


「違う違う! あれは気が合わないから、いがみ合ってたんだって! 人を巧妙な罠に掛けるし……ホント、気に食わない野郎だぜ」


そんなミヤトを見て、アサカが全てわかっているといった悟り顔で口を開く。


「喧嘩するほどーー」


アサカの言葉にエリアとユイカが顔を見合わせ、楽しそうな表情で一緒に声を合わせる。


「「仲が良い!」」


クスクスと笑い合う。

ミヤトは女子達の楽しそうな空気に水を差す事もできず、不本意ではあるが諦めたように頬杖をつきため息をついた。


「ところでミヤトくんはお昼ご飯、お弁当?」


全盛期に比べ生徒数の少なさから食事は食堂で摂ることを義務付けられている。

学びと食事の場を分けるという意味づけでもあるが、昔と比べて貴族の令息令嬢が占めているためマナーの一環としての一面のほうが強い。


「ああ。アサカとユイカは?」

「お弁当だよー。今日はサンドイッチなんだ!」


返事をしたユイカが横から取り出したのは大きい蓋付きのバスケット。

ミヤトとエリアの目が点になる。


それにユイカは気づくことなく、鼻歌を歌い蓋を開けると、中からラップに包まれた掌より大きいサンドイッチを取り出しては前に置きを繰り返している。

そして山のように積まれたサンドイッチ。


最後にユイカは掌の半分ほどのサンドイッチをアサカの目の前に置くとバスケットを横へと追いやった。

ユイカの目の前にあるサンドイッチの量はミヤトの弁当よりはるかに多い。

そしてアサカの方はとてもじゃないが栄養が足りているとは思えない。


ミヤトがエリアの方を見ると彼女も驚いたような表情でミヤトを見ていた。

そんな二人を気に留めることなくユイカは手を合わせる。


「はー。もうお腹ペコペコだよぉ〜。いっただきま~す!」


ユイカは嬉しそうに合わせた手を離すとサンドイッチを早食いし始める。


「ちゃんと噛んで食べるのよ」


アサカの忠告にユイカは口に含んだままコクコクと頷き食べるペースを落とす。

それを見て安心したのかアサカは小さなサンドイッチを少し口に含みゆっくり咀嚼する。

ミヤトは呆気にとられながらも抱いた疑問を尋ねた。


「アサカはそれだけで足りるのか?」


ミヤトの質問にアサカはすっと影を落とした表情を見せる。

その隣には幸せそうにサンドイッチを頬張ってるユイカがいて、とても対照的だ。

そしてミヤトは二人の生い立ちを思い出し、息を呑みそれを口に出す。


「ま、まさかユイカの食料費を賄うために……」


我慢して――、と続きそうな言葉を遮るようにアサカは苦笑する。


「違うわよ。体があまり食事を受け付けなくてね。これでも昔と比べると食べられてるほうなのよ」

「それにしては少なすぎるんじゃーー」


続けようとしてミヤトははっとする。

誰かに見られているような視線を感じる。

恐る恐る正面に目を向けると、むくれたユイカがミヤトをじとーっと見つめている。


「いくら私でも、アサカちゃんに苦労かけてまで大飯食べたりしないよ」


相当、心外だったようでユイカはぷんっと怒っている。

ミヤトは慌てて頭を下げる。


「すまない! なんかアサカが苦労人の母親みたいに見えてしまって……あ、おかずいる?」

「えー!? いいの!? ありがとう!」


一瞬で機嫌が直る。

ミヤトは弁当を急いで広げる。

からあげを蓋の上に載せると素早く摘んで頬張るユイカ。

安堵のため息を吐くミヤトに、アサカとエリアがくすくすと笑う。

そして笑いが落ち着くと、アサカは穏やかな表情で口を開く。


「実を言うとね、何を食べても味がしないのよ」


ミヤトとエリアが息を呑む。

周りは騒がしいと言うのに、そこだけ時間が止まったように静まりかえる。

エリアが躊躇いがちに言葉を紡ぐ。


「それは味覚障害ということか?」

「うーん……そういうことになるのかしらね」

「辛味、甘味などもわからないのか?」

「ええ。感覚がないって言ったらいいのか……無味の物体を口に入れてるに近いかしら」

「そうか……それは……」


エリアが視線を下へと向ける。

どう返事を返せばいいのか考えつかない様子だ。

ミヤトはそれはいつからのことなのか、気になったが周りの目がある以上深くは訊けなかった。

二人が深刻そうに顔を伏せるためアサカは、明るい声を上げる。


「ただ、自分のために作ってくれた食事は味がしなくても美味しいと思えるの。嬉しさが美味しさに変わってるのかも。だから、そんなに深刻に捉えなくていいのよ」


健気なアサカにミヤトとエリアは心を打たれる。

しんみりした空気の中、それをぶち壊すように突然ユイカが得意そうに「ふっふっふ!」と含み笑いする。


「アサカちゃんがこんなにご飯を食べられるようになったのはね、私のおかげなんだよ! ね、アサカちゃん!」


ユイカが元気よく同調を求めるとアサカは微笑みながら頷いた。

エリアがその様子に安堵したのか肩の力が抜け、穏やかな口調で問う。


「どうしてユイカのおかげなのかな?」

「あのね、ご飯を食べれなかったアサカちゃんが、初めて食べられたのが、私が作ったご飯なんだよ。ね、アサカちゃん!」


再び同調を求める。

よほどユイカの中で功績であるのか自慢げな口ぶりだ。

アサカがいたずらっ子な笑みを浮かべ、ユイカをからかう。


「そうね。あの焼きすぎた炒り卵、本当に美味しかったわ」

「あ、あれはスクランブルエッグ! もう! すぐからかうんだから!」


動揺したユイカが顔を赤くしながら反論する。

自分の未熟さを掘り返され恥ずかしいのだろう。

一方でミヤトはここにきて新たな事実を知り、ドキドキしながら問う。


「え、もしかしてお弁当ユイカが作ってるのか?」

「そうだよ」


寮の食事事情がどうなっているかミヤトには分からなかったが、まさかユイカが作っているとはと少し驚く。

そして同時に、食べてみたいという欲に駆られる。

じっとサンドイッチを物欲しそうに眺めていれば、アサカが自分の食べかけの小さなサンドイッチを掲げミヤトに声をかける。


「良かったら一口いる?」

「ただでさえ少ないのに貰えないって」


これは即座に断った。

寧ろ少しでも栄養をとってほしいとミヤトは思った。

そんなミヤトを目にしてユイカは慌てて両手でサンドイッチをかき集めると抱き込み、先手を打つ。


「私のはあげないよ」

「え!? そんなにあるのに!?」


驚くミヤトにユイカが神妙な面持ちで頷く。

飢えた獣がありつけた食事に執着するような執念を感じる。

エリアが笑う。


「こうまで食い意地が違うとちょっと面白いな」


アサカとユイカの食に対しての違い。

アサカに、味覚障害がなかったとしてもユイカほど食べはしないだろう。

依然としてミヤトを警戒するユイカにアサカがちょっかいを出す。


「ユイカ、私が欲しいって言ったらくれる?」

「うん。アサカちゃんならあげるよ。はい」


ユイカは迷いなくアサカにサンドイッチを手渡した。

アサカは三分の一ほど千切ると残りをユイカへと差し出す。

ユイカは嬉しそうにそれにぱくつく。

自然なあーんであった。

エリアはそのやりとりに、納得する。


「なるほど。好感度の違いか」


呟かれた聞き捨てならない台詞をミヤトは丁寧に聞き返す。


「エリアさん、今何か言いました?」

「いや、別に」


ふいっとエリアは顔をそらし、絶対に嘘だとわかる誤魔化し方をした。

エリアはナイフとフォークを手にすると黙々と食べ始めたため、ミヤトも箸を持ちご飯を口に運んだ。







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