プロローグ あの日
魔王を倒してから五百年余りの時が過ぎた。
神の子である女王が統治してから世界は平和そのもの。
魔族の発見例も魔王の消滅とともに減少し、今ではその存在もあったのか疑問になるほどであった。
そして近年、科学技術が進み街並みも変わり、ビルが多く立ち並ぶようになった。
魔力に頼らず電気、ガスなどが人の力のみで使えるようになり世の中は人々が暮らしやすく便利な物であふれかえった。
自ずと魔法は必要としなくなり、魔力を強めるという研鑽がおろそかなった結果、人々の大半が魔力を失いつつあった。
それでも女王は魔法を重要視していた。
来るべき魔王の復活に備えるために――。
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月が赤く染まる満月の夜。緊急招集がかかった。
当直非番に拘らず多くの軍隊員の出動が命じられ、職場へと到着すれば装備に着替えるよう指示され、ほとんど説明もなしに現場へと向かう。
分かっていることは急を要していることと“魔物が人を攫い襲っていた”ということだけであった。
ボディアーマーを身に纏い、すぐに戦えるように銃を手に装甲車に乗り込み、到着した現場は王都から離れた過疎地の大きな広場で、赤黒い瘴気が靄のように漂っていた。
不穏な気配に銃を構える手に力が入る。
警戒しながら隊員たちが進んだ先には何かの儀式をしていたかのように大きな肉の塊が山のように積み上がっていた。
その周囲にも広範囲にわたり肉が無造作に落ちており、血の匂いと腐敗臭が漂っている。
「う――」
凄惨な現場にほとんどの隊員は思わず口鼻を腕で覆う。
見慣れないものにこみあがってきた吐き気を必死に堪え、慎重に周りを観察しながら歩みを進める。
山のように積みあがっているほうは人の形をしたものもあるが、無造作に転がっているのは魔物の形態のものが多い。
人も魔物も身体の内臓を取り出しているのか、形態を保っているものの穴が開いたものもある。
生き残りの確認は絶望的であろうと誰もがそう思った時「生存者発見!少女が二名!」という大声に皆がそちらに一斉に振り返り駆けだす。
駆けつけた先には年端もいかぬ少女二人が抱き合い寄り添うように倒れている。
規則正しく体が小さく上下し、息があることは確かであった。
絶望の現場の中、穏やかに眠る二人は奇跡のような光景として見る者の目に映っていた。