第二章 総一の決断(1)
その日の夜。
柏原家ではまるで拓海の葬式の時の様に皆が沈み込んでいた。
「拓海…最後の最後でとんでもない事をしでかしてるよね」
賢司が深いため息をつく。顔にはこの数時間で何年も悩んだような苦悩が出ている。
「野生の勘が働いたんじゃない?」
それは拓海の本能がそうさせた、という風に言ったのは拓海の弟、祥太郎。
拓海とは5歳違い…だが正式には弟ではなく、従弟。
祥太郎もまた母親に捨てられ、その母親の姉である彩子が賢司と話し合った結果、養子として柏原家に引き取られた。
『まるでこの家はそういう因縁に取りつかれているのか』
と賢司が苦笑いをしながら総一に言ったことがある。
祥太郎は拓海以上に総一に懐いていて、高校卒業と同時に柏原家を出て一人暮らしをするときには3歳の祥太郎が泣き喚いて総一の足元から離れなかったのだ。
「それよりも、今後どうするか、よ」
彩子の言葉でハッと我に返った総一。
一人、部外者同然なので少し離れた所からみんなの様子を見ていた。
総一にとっては拓海も祥太郎も赤ちゃんのときから面倒を見ていて大切な弟同然だった。
その弟同然の拓海の子供が今、真由のお腹にいる。
生きているんだ。
「拓海がいれば、産んでも問題ないと思う」
賢司は真由をまっすぐ見つめていた。
「でも、いない。…真由ちゃんのこれからの人生を考えると、酷だけど堕ろした方がいい気がする」
絶対に賢司はそう言うだろうと総一には確信があった。
子供がいることで辛い目に遭うのは真由だ。
これから先、好きな人が出来ても子供のせいで躊躇する事も考えられる。
そして子供を自分が捨てられたように真由が子供を捨てるような事もあるかもしれない。
「真由はどうしたいの?」
真由の父、芳弘が聞いた。真由はゆっくりと頷くと消えるような声で
「…産みたい」
芳弘は厳しい視線を真由に向けると
「産むだけじゃないよ?その先の人生は大変な事になるんだよ?シングルマザーと言えばかっこよく聞こえるかもしれないけど、この子には最初からお父さんはいないんだ。
ハンディは大きいよ」
当然のことだ。
総一はみんなに気付かれないようにため息をついた。
誰も今の状態では産め、なんて言わない。
「産むまで、家にいていい?産んですぐに働くから。自分で生活出来るようになったら他に住むところを探すから…出来るだけ迷惑はかけないようにするから…」
真由は苦しい表情を浮かべながら芳弘を見つめた。
拓海の子供を殺す訳にはいかない。
真由は必死だった。
芳弘も困惑した表情を浮かべる。
「あ〜あ…俺が18だったら、真由ちゃんを今すぐお嫁さんに貰うのにな」
祥太郎は総一をチラッと見て言った。
総一はその視線を敢えて無視する。祥太郎が何を言いたいのか、わかっていたから。
「祥太郎!!!」
彩子の罵声が飛ぶ。今はそんな冗談を言っている場合ではない、と。
「だって!」
祥太郎は彩子を睨み付けた。
「そうすればお腹の子供にはお父さんはいる事になるんだから」
確かにそうだ。
総一は心の中で頷く。
かつて、満が自分の生みの母にそうしたようにすれば戸籍上は血の繋がらない父親でも父親が存在する。
「お前みたいなやんちゃな男は真由ちゃんが嫌がるよ…」
賢司は呆れ果てて却下した。
「…結婚って、恋愛結婚だけが結婚じゃないものね」
今まで黙っていた真由の母、雅が発言する。
「あなたがいいなら、お見合いもありだわ。子供を産んでからでもその子供と真由を大切にしてくれる人を探せばいいじゃない」
ほほー、そうきたか。
総一は内心苦笑いをした。
それもありだけど、よほど心の広い人間か問題のある人間じゃないとそういう相手はいないんじゃないかと思う。
見合いなら尚更ハードルが高い。
「私、そんなに割り切れないし、嫌だ」
真由は頭を左右に振った。
「私には今でも拓海くんしかいない。他の人と一緒になるくらいなら、一生大変な目をしてでも一人で子供を育てる」
そろそろ限界だ。
総一は口を開いた。
「それが甘いんだよ」