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第十章 君がいなくなって(4)

雨が降っているというのに今日は転倒する気がしない。


ただ、走り抜く。


それしか考えていない。


ピットウォークも前へ出ろ、と言われたから一応出る。


色々声を掛けられたけれど、あまり覚えていない。


ただ雨が酷いなあ、なんて。


ピットウォーク中は割と強い雨が降っていた。


今は若干、マシになったけれどそれでも強い。


「頑張れよ!」


マシンに乗る前、至が背中をポン、と叩いてくれた。


総一は声を出さずに頷く。


決勝が始まると最初の1周目が終わる頃には2番手まで順位が上がっていた。


どう抜いたのかは覚えていない。


ただひたすら。


自分の走りに集中した。


転倒せずに走り抜いて。

真由に会いに行く。


きっと真由の事だから泣きそうになっているに違いない。


目の前を走る隆道のぴったりと後ろに付いた。


−頼むから早く走ってくれ。

俺は…早く終わらせたい−


しかし…


雨のせいか一向にペースが上がらない隆道。


そのうち、総一のイライラがピークに達した。


−…抜く!!−


抜いて、とっととこの状況から抜け出すんだ!!


総一は心の中で叫ぶ。


シケインに突入した時、隆道がバランスを崩した。


一瞬、総一が目を見開く。


−今だ!!−


アクセルを開けてパスした。


その瞬間、歓声が上がる。


後で聞いた話。


「そーちゃん、転倒するって思ったよ」


とは隆道。


あの雨の中。


普通に走行するにも気を使うシケインでアクセルを普通に開けるなんて死にたいのか?という感じだったらしい。


総一の思いは自分では絶対にいける。


その勘は当たった。


アクセルを開けていても、大丈夫だった。




その後はそのまま1位を独走して、チェッカーを受けた。






全日本最高峰カテゴリー、初優勝。




このクラスで初めて表彰台の高い位置に上る。


けれど。


この姿を一番に見て欲しい君はここにいなくて。


優勝したのに、あまり嬉しくない。


インタビューも記憶にないくらい、何を話したかわからない。


色んな人に囲まれて、祝福される。


けれど…


−真由、大丈夫かな−


そして空を見上げる。


−俺がいたいのはこの場所じゃない…−




一通りの取材を受けた後、パドックにファンの人達が来てくれたりしていると、時刻は午後5時を過ぎていた。


雨はいつの間にか止んでいる。




−生まれたかな…−


外向けの笑顔とは裏腹に、総一の心は沈んでいた。


「そー!!」


賢司が呼ぶので行くと


「まだ、産まれていないけど、間違いなく今日中」


「ありがとう…ゴザイマス」


最後の方は思わず声が小さくなった。


−ああ、もうイライラする!!

早く行きたい!!!−


声を大にして言いたかった。


けれどこんな事、言えない…






「あの〜!!」


人垣の後ろからメカニックの至が叫んだ。


「皆さん、門真の優勝を喜んでくださってありがとうございます。

…ただ、本当のおめでとうはこれからなんです」


周りにいた人達はみんな一斉に至に向いた。


そして静まり返る。


「門真はあと数時間もすればパパになります。

今、まさに奥さんは必死になって出産に立ち向かっていて…

どうか今日だけは…今すぐにここから解放してあげてもらえないでしょうか?

その分、次のレースや更にその次の最終戦ではレース後、思う存分、門真にファンサービスさせますので」


そう言って、至は深々と頭を下げた。


しばらくして


「えー!そうだったの?」


昔からずっと総一を応援してくれている女性ファンの人は


「ここでのんびりしている時間なんてないじゃない!!

早く行かないと!!」


と、総一の背中を押してくれた。


周りも頷いてくれる。


総一は頭を下げた。


思わず涙が出そうになる。


らしくない。


そんなキャラじゃないのに。


顔を上げるまでに涙を引っ込めた。


そしてすぐにレーシングスーツから普段、ツーリングに行く時の服装に着替えた。


「念のために持ってきていて正解だった」


と至が用意してくれていたのは総一の趣味でもあるツーリングで使っているバイク。「ちゃんとセッティングしてるから安心して乗りな」


至はそう言って笑った。


「ありがとう」


総一はヘルメットを受け取り、バイクに跨がる。


普段見かけない服装、更に自己所有のバイクとあって、色んな人が写真を撮っている。


総一は思わず苦笑いをしてしまった。


「お気をつけてー!!」


チームのメンバーやファンの人達に見送られて俺はサーキットを後にした。






さすがは日曜夕方。


高速道路は混んでいた。


それでも、早く真由の元へ。


多少は気にしない、そのまま突っ走れ。


車の間を簡単にすり抜けて行った。


休憩も取らずにひたすら走って、午後8時くらいにようやく病院へ着いた。

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