第十章 君がいなくなって(3)
翌日、9月26日は朝から雨が降っていた。
今日は全日本の決勝。
総一は6番手スタートとの事でまずまずな位置。
−雨、か−
総一はため息をつく。
全く…嫌な展開だ。
しかも朝のウォームアップ後。
真由からまず賢司に電話があった。
すぐに代わって貰って話をすると…
「そーちゃん、怖い」
まず第一声がそれだった。
朝から何度も腹痛を繰り返していつもと違う、と。
「真由、今日は出来るだけ早く帰るから。
もし、病院に行ったら社長に連絡入れておいて。
そのまま向かうから」
「うん」
真由の声が更に頼りない。
もし、帰っていいなら帰りたい。
けれど…
総一はピット内を見つめる。
至や他のスタッフ、更にヘルプで入ってくれているサーキット仲間。
みんなが総一の為に動いてくれている。
−とにかく、頑張ろう−
もし、至が言う様に悪運が強いならば…きっと間に合う。
そう自分自身に言い聞かせていた。
ウォームアップが終わってから一段と雨が強くなっている。
更に観客席を見ると、それでも熱心に見てくれる各チームのファンの人達。
そんな人達の気持ちを思うともっとしっかりしなければ、と思う。
真由は心配だけど。
−悪運−
そこに賭けるしかない。
一方の真由は。
朝から部屋中を歩き回ったせいか段々陣痛の周期が短くなっていた。
「真由ちゃん、そろそろ病院に連絡入れた方がいいわね」
彩子がちらっと時計を見ると午前10時。
−ひょっとしたらそーちゃん、間に合わないかな−
病院は準備をして来てくださいとの事だったので彩子は夫の賢司に連絡を入れて真由を車に乗せて車を出した。
病院に着いて診察を受けるとまだまだ分娩室には行けない。
しばらく様子見となった。
陣痛の痛みが何度も繰り返される中、真由は窓の外を見ていた。
雨は相変わらず降り続いている。
−そーちゃん、大丈夫かな…−
雨のレースが特に嫌い。
そう言って切なく笑った総一の顔を思い出す。
この前のレースの接触も真由の脳裏に過ぎる。
とにかく、無事に帰ってきて欲しい。
レースで勝つ、云々より生きて戻ってきて、もうじき生まれるであろう我が子を抱きしめて欲しい。
真由の願いはそれだ。
総一は勝ち負けにこだわるだろうけど。
『生きて』
くれていないと意味がない。
時計を見ると午後2時になろうとしていた。
そろそろ決勝が始まる頃だ。
真由は念を総一に送るようにそっと目を閉じた。