第十章 君がいなくなって(2)
『どう?変化あった?』
出かけたその日の夜に総一から電話があった。
「何にもない〜」
真由はお腹に手を当てる。
お腹が張ったり、軽い痛みはある。
もうすぐ、生まれるのには間違いない。
けれども日に日に不安の方が大きくなっている。
総一がいない時に陣痛が来たらどうしよう。
もし、いない時だったらどうしよう…
『また、電話するよ。
…社長が呼んでるから』
総一は慌ただしく電話を切った。
真由もため息をつきながら切る。
思わず、大きなため息をついてしまって苦笑いをする。
−そーちゃんに依存しすぎだな、私−
今日が9月23日。
予定日から一週間が過ぎた。
初産はどちらかというと遅くなる。
そんな話をどこかで聞いたけれど、もうどうせならもう少し遅くなって欲しい。
そんな風に思っていたら本当に何もなかった翌日。
『このまま帰るまで待っててくれないかなあ』
再び夜に電話を掛けてきた総一がそんな風に言う。
それは真由も同じ。
やっぱり総一がいないと怖い。
早く帰って来て抱きしめて欲しかった。
9月25日。
拓海が亡くなって9ヶ月。
二人が結婚して5ヶ月。
そして今日は予選の日。
何となく気持ち悪い感触を覚えた真由は午前5時。
トイレで思わず声を上げた。
「彩子さん!!」
まだまだ眠りを貪っていた彩子を揺すり起こす。
「な、何?」
真由に何かあったのかと彩子は目をパチパチさせながら慌てて起き上がる。
「…そーちゃんに一応連絡入れておきなさい」
事情を説明すると彩子は慌てる事なく指示を出してくれてホッとした。
5時半なら起きている頃だ。
時間を見計らって電話を入れた。
「今朝、出血してた」
総一は短く、えっ?と言った。
「彩子さんに言ったらおしるしだって。
もうすぐ生まれる合図なんだけどまだあまりお腹痛くない」
『お腹は痛くないの?』
「うん」
『そっかぁ。
何かあったら社長に電話して』
早朝なのでまだ時間に余裕がある。
しばらく話していると真由はますます不安に陥る。
総一は家を出てからほとんど寝ていないらしい。
−レース、大丈夫かなあ−
自分の事よりも総一の事の方が心配になってきた真由だった。
一方、総一は。
「そーちゃん、大丈夫?」
ポーカーフェイスを装ったつもりだった。
けれども至は見抜く。
「…うん」
頷くけれど、笑顔はない。
レースでは見せない、全く別物の緊張感に包まれているのがバレバレだ。
「至、やっぱり俺、運がない」
弱気な総一に至は鼻で笑うと
「運がない奴ならこの前の転倒で打撲だけで済むはずがない」
至の言う事は当然だった。
下手をすれば命を落としていた。
「おしるしが来たからってすぐに産む訳じゃない。
俺の嫁は初産の時はおしるしが来て5日後だった」
だから心配するな、と至は総一の背中を軽く叩いた。
ちなみに二人目の時は。
超安産。
おしるしから半日後にすんなりと生まれたらしい。
−あてにならない…−
思わず頭を抱えた。