第九章 突然の…(8)
肌寒い。
思わず真由は首を竦めた。
東北は夏の終わりは短く、8月だというのに秋そのものに思えた。
朝、起きると隣のベッドで寝ているはずの総一が同じベッドに寝ていて、隣のベッドには至が寝ていた。
−何があったんだろう?−
思わず首を傾げてカーテンを開けた。
目の前に広がる景色は山。
そして朝日がちょうど登り始めた所だった。
「おはよう」
後ろから声が聞こえて振り返ると総一が眠そうな顔をしていた。
祥太郎達が部屋に戻ったのは明け方。
1時間ちょっとしか寝ていない。
「おはよう」
真由の微笑みは総一の眠気を多少なりとも消してくれそうに思えた。
総一も微笑む。
そして物思いに耽る。
間違いなく、次のレースには真由はサーキットに来られない。
そして真由は成績を残す事が出来なかった総一を今まで見てきている。
今なら。
それを払拭出来る。
スタートで決めよう。
総一は心に決めていた。
夏休み最後の日曜日という事もあって割と観客が入っていた。
晴れ渡った空を見上げて総一は手を握りしめる。
−勝ちたい−
その意識がここまで強く出たのは初めてかもしれない。
サイティングラップの感触は。
それほど悪くない。
タイヤも総一好みになっていた。
このクラスになってからフロントロースタートというのが初めてで多少緊張している。
ポールポジションの隆道を見ると余裕たっぷりで悔しい。
けれどもそんな事を言っている場合ではない。
グリッドにつくと自分を包むのは『無』
大声援もチアホーンも。
聞こえない。
日差しの暑さも。
レーシングスーツの蒸れも。
気にならない。
シグナルをじっと見つめて変わった瞬間、アクセルを開けた。
「おーっ!!」
レースが始まって第一コーナーに突入する寸前、ピットが沸き返った。
真由も思わず笑顔になって飛び上がる。
ホールショットを奪ったのは総一。
あの隆道を完全に抑えた。
「これが本来の総一だよ」
真由を見つめて賢司が笑った。
レースは総一を中心に展開されていく。
見事なまでのレース展開にピットは大騒ぎだった。
確かに今シーズン。
総一の成長は素人の真由から見てもわかるくらい、著しい。
拓海が生きていた時、何度か総一のレースを見ていたけど、どこか精気を失っていて『勝てる』というのがなかった。
今は『勝てる』
気がした。